アニリン

アニリンとは

アニリンとは、 有機化合物の1種であり、化学式が C6H5NH2の芳香族アミンです。

別名として、アミノベンゼン、フェニルアミン、ベンゼンアミンなどがあります。

室温において無色透明な液状の化学物質ですが、徐々に澄紅色に変化し、空気中では赤褐色になります。人体に対し毒性があり、蒸気の吸入あるいは皮膚からの吸収により中毒を起こすので、取り扱いおよび保管には注意が必要です。

アニリンの使用用途

アニリンが単独で何らかの素材として用いられることはほとんどなく、他の化学物質の原料として用いられた後、多種多様な用途で使用されています。

1. 工業分野

工業分野においては、染料、顔料の原料や、ゴムの硫化促進剤、合成樹脂、プラスチックなどの原料として使用されます。

また導電性高分子であるポリアニリンの原料として用いられます。ポリアニリンは、高い電気伝導性や電気化学的安定性を持つことが特徴です。これらの性質から、電気化学センサーや電池やコンデンサなどの用途で使用されています。

2. 医薬分野

アニリンから合成された化合物が鎮痛薬、解熱薬、化膿疾患薬、抗アレルギー薬、ビタミンの調製に用いられます。

3. 農業分野

農薬、除草剤、殺菌剤の原料にも使用されます。

その他、火薬原料の原料や香料調薬、化粧品原料のハイドロキノンや、ウレタン樹脂の原料であるメチレンジフェニルジイソシアネートの原料として用いられています。また、ガソリンのアンチノック性を高める用途にも用いられます。

アニリンの性質

アニリンは分子量が93.13で、弱塩基性を示し、アミン臭があある物質です。また比重が1.022、融点は-6℃、沸点184℃で、水には難溶ですが、エーテル、エタノールベンゼンなどの有機溶剤に溶けやすい性質を持ちます。アルカリ金属、アルカリ土類金属と反応して水素を発生、アニリドを生成します。

アニリンのその他情報

1. アニリンの製造方法

アニリンの工業的な製造方法としては、以下の3種類があげられます。

ニトロベンゼンを塩酸で還元する方法
ニトロベンゼンに鉄の微粉と塩酸を混合して加熱し還元します。反応後、消石灰、硫酸アルミを加えて中和し、ろ過することで粗アニリンが得られます。これを減圧蒸留することでアニリンが得られます。

ニトロベンゼンを水素で接触還元する方法
水素気流中で銅、ニッケル、白金触媒の存在下で加熱還元します。水洗した後、油相側を減圧蒸留することでアニリンが得られます。

クロロベンゼンのアンモニア置換反応
クロロベンゼンを銅触媒の存在下、加圧加熱してアンモニアと反応させることで、塩酸が脱離してアニリンが生成します。

2. アニリンの安全性

アニリンは、皮膚や粘膜から吸収されます。皮膚からの吸収は速やかであり、短時間で血液中に吸収されることが知られています。また、吸入による毒性も報告されています。

毒性の症状 アニリンの毒性による症状には、貧血、腎臓障害、肝障害、神経障害、皮膚炎などがあり、暴露基準値や許容濃度が定められています。

アニリンを取扱う場合には、適切な防護対策が必要です。皮膚や目を保護するための防護具を着用すること、作業場所を換気すること、取り扱いや処理の際には、適切なマニュアルに基づいて作業することが重要です。

3. ポリアニリンについて

アニリンの主要用途として、導電性高分子のポリアニリンがあります。ポリアニリンはアニリンを電解重合することによって得られます。電解重合する際の溶液のpHによって、生成するポリアニリンの化学構造が変わり、性質の異なるポリアニリンが得られます。

塩酸や硫酸などで酸性にした水溶液中で電解酸化すると導電性の高いポリアニリンが得られます。この方法で得られたポリアニリンは、青色から緑色を呈しており、N-メチルピロリドンなどの有機溶媒に可溶で、塗工したりすることが可能で成型性に優れた材料です。

一方、中性やアルカリ性水溶液中での重合では絶縁性のポリアニリンが生成します。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/62-53-3.html

アドレナリン

アドレナリンとは

アドレナリンの基本情報

図1 アドレナリンの基本情報

アドレナリン (Adrenaline) とは、分子式C9H13NO3で表される有機化合物であり、カテコールアミンの一種です。

生理学的には副腎から分泌されるホルモンであり、神経節や脳神経系における神経伝達物質でもあります。CAS登録番号は、51-43-4です。

「アドレナリン」は米名ですが、英名である「エピネフリン」 (Epinephrine) と呼ばれる場合もあります。大まかに分けると、生物学分野ではアドレナリンと呼ばれることが多く、医学分野ではエピネフリンと呼ばれていることが多いです。ただし、欧州薬局方では「アドレナリン」が採用されており、日本薬局方においても2006年4月より一般名がエピネフリンからアドレナリンに変更されています。

分子量は183.20、融点は215℃であり、常温では白色から褐色の粉末状固体です。空気から光によって次第に褐色となります。薄めた塩酸には溶けますが、水に極めて溶けにくい物質であり、エタノールや、ジエチルエーテルクロロホルムなどの有機溶媒にはほとんど溶けません。キラル化合物ですが、通常はR体 (-体) を指します。

生体においては、一般的に、強いストレス状態や興奮状態となった時に分泌することが知られています。

アドレナリンの使用用途

アドレナリンは、体内でホルモンとして分泌されているだけではなく、医薬品として製造販売されています。臨床用製剤の主な効能・効果には、下記のようなものがあります。特にアナフィラキシー反応に対する治療については、自己注射も可能であり、発症する懸念がある人に処方されています。

  • 蜂毒、食物及び薬物等に起因するアナフィラキシー反応に対する補助治療
  • 気管支喘息、百日咳の気管支痙攣の緩解
  • 急性低血圧又はショック時の補助治療、心停止の補助治療
  • 局所麻酔薬の作用の延長
  • 手術時の局所出血の予防と治療
  • 耳鼻咽頭科における局所出血及び粘膜の充血・腫脹の治療
  • 外創における局所出血の治療
  • 歯科治療における浸潤麻酔又は伝達麻酔

臨床以外の用途では、研究開発用試薬として有機合成化学や生化学の分野で使用される場合があります。

アドレナリンの性質

1. アドレナリンの合成

アドレナリンの生合成経路

図2. アドレナリンの生合成経路

アドレナリンはカテコールアミンの一つです。生合成経路では、L-チロシンからL-ドーパを経て順にドパミン、ノルアドレナリン (ノルエピネフリン) 、アドレナリン (エピネフリン) の順で合成されます。

2. アドレナリンの生理学的作用

アドレナリンの主な生理学的作用

図3. アドレナリンの主な生理学的作用

アドレナリンは、交感神経α及びβアドレナリン受容体に作用し、交感神経を興奮させる働きがあります。主な作用の例として下記のものが挙げられます。

  • 心臓における強心作用: 心拍数、心筋収縮力及び心拍出量を増加させる (β1 刺激作用) 
  • 皮膚及び粘膜の血管を収縮させる作用 (α1 刺激作用) 
  • 骨格筋及び内臓や心臓冠動脈の血管を拡張させる作用 (β2 刺激作用) 
  • 気管支平滑筋を弛緩し、気管支を拡張させる作用 (β2 刺激作用) 

また、α遮断作用のある薬との併用はアドレナリンの作用を逆転させ、急激な血圧降下を起こす可能性があるため禁忌とされています。具体的な薬剤の例としては、下記の抗精神病薬が挙げられます。

  • ブチロフェノン系薬剤
  • フェノチアジン系薬剤
  • イミノジベンジル系薬剤
  • ゾテピン
  • セロトニン・ドパミン拮抗薬
  • ドパミン受容体部分作動薬

尚、ここに記載されていない薬剤でも、α遮断作用のある薬剤は原則的に併用禁忌です。ただし、アナフィラキシーショックの救急治療の際には、アドレナリンが投与される場合があります。

アドレナリンの種類

現在市販されているアドレナリン製品の種類には、主に臨床用の医薬品と研究開発用試薬とがあります。臨床用の医薬品は、主に注射剤として販売されている他、気管支喘息などの治療では吸入薬として用いられることもある薬剤です。

様々なメーカーから、様々な用量・濃度の製品が発売されており、適切なものが選ばれます。代表的な商品名は、「エピスタ」「ボスミン」「エピペン」です。いずれも処方箋が必要な薬剤です。

研究開発用では、輸送は室温で良いものの冷蔵保管が必要な試薬として扱われます。1g , 5g , 10gなどの容量があります。キラル化合物ですが、通常市販されているものはR体です。また、塩酸塩も試薬として販売されています。

参考文献
https://www.mhlw.go.jp/

アデニン

アデニンとは

アデニンの構造

アデニン (Adenine) とは、プリン骨格を持った有機化合物の一つです。

別名6-アミノプリン (6-Aminopurine) 、IUPAC命名法では9H-Purin-6-amineです。理論上は1H・3H・7H・9H体の互変異性体をとることができますが、気相などの孤立条件下で確認されるのはほぼ9H体であるため、本項でも9H体として取り扱います。

核酸を構成する5種類の塩基のうちの1つであり、生体内に広く存在します。分子式はC5H5N5、分子量135.13、融点360℃ (分解) 、密度1.6 g/cm3の、常温では無色もしくは淡黄色の固体です。水に対して難溶で、エタノールアセトンにも溶けにくい物質です。ただし、両性物質のため、希塩酸などの酸、及び、水酸化ナトリウム水溶液やアンモニア水などのアルカリによく溶けます。CAS 登録番号は73-24-5です。

アデニンは生体遺伝子に含まれる化合物であるため、労働安全衛生法では「変異原性が認められた化学物質等」に指定されています。その他、消防法、毒物及び劇物取締法やPRTR法などの法規制には該当しません。

アデニンの使用用途

アデニンは、遺伝子に含まれるDNAやRNAなどの核酸を構成する物質です。そのため、放射線曝射ないし薬物による白血球減少症に対する医薬品として、認可されています。悪性腫瘍の放射線療法及び化学療法時に起こる白血球減少症の治療に対して用いられます。

アデニンは、半導体基板製造時の洗浄後の腐食防止効果を示すことなどが研究で知られており、現在産業分野への活用も模索されているところです。魚類の性識別などの活用方法も報告されています。

アデニンの原理

アデニンの原理を性質と合成の観点から解説します。

1. アデニンの性質

アデニンの様々な性質

アデニンは塩基として働きますが、酸解離定数 pKaは4.15、9.08です。即ち、1位の窒素原子が水素を受け取る反応のpKaが4.15であるため、生理的条件 (pH 7程度) では溶液を塩基性側に傾けるような効果はありません。

生体内ではDNA (デオキシリボ核酸) 、RNA (リボ核酸) を構成するプリン塩基です。対応するヌクレオシドは、アデノシン (A) 及びデオキシアデノシン (dA) となります。DNAではチミンと、RNAではウラシルと、それぞれ2つの水素結合を介して相補的に会合します。

また、アデニンは補酵素A、FAD、NADの構成成分であり、エネルギー物質ATPの塩基部分であるため、非常に重要度の高い核酸塩基です。

2. アデニンの合成

アデニンの合成

アデニン骨格を含むヌクレオシドは、生体内ではプリン代謝によって生合成されます。この合成経路は、まずリボース-5-リン酸をグリシン・グルタミン・アスパラギン酸・テトラヒドロ葉酸などを用いてイノシン酸 (IMP) に変換する経路です。アデニル酸 (AMP) やグアノシン一リン酸 (GMP) を合成します。

工業的製法においては、密閉容器でホルムアミドを120℃で5時間加熱することで合成できます。この反応では、塩化ホスホリル (POCl3) または五塩化リン (PCl5) を酸触媒として用いることにより、収量の増加が可能です。

アデニンの種類

アデニンは、放射線曝射や薬物による白血球減少症に対する医薬品として承認されていることから、錠剤として販売されています。1錠にアデニン10mgを含みます。購入には処方箋が必要な薬剤です。

その他には、研究用試薬としても販売されています。主な用途は、一般的な化学・生化学の他、培養工学における植物組織培養・植物生長制御試薬・器官分化制御剤などです。95%または99%の純度で製品化されており、包装単位には、1g, 25g, 100g, 250gなどがあります。

室温保存可能な化合物ですが、光により変質する恐れがあるとされています。また、有害な分解生成物として、一酸化炭素 (CO) 、二酸化炭素 (CO2) 、窒素酸化物 (NOx) が挙げられているため、留意が必要です。

アゾベンゼン

アゾベンゼンとは

アゾベンゼンの構造

アゾベンゼン (Azobenzene) とは、2個のベンゼン環がアゾ基、即ち窒素-窒素二重結合で繋がった構造をしている有機化合物です。

IUPAC命名法では、ジフェニルジアゼンと表されます。これは、ジアゼン (diazene、H-N=N-H) の2個の水素をそれぞれフェニル基に置き換えたものと見なしていることによる命名です。CAS登録番号は103-33-3、分子量は182.22です。

アゾベンゼンは融点68℃、沸点293℃であり、常温では固体です。水には難溶で、エーテルやベンゼン、アルコールなどの有機溶媒に溶解します。消防法や毒劇法などには特段指定のない化合物です。

また、アゾベンゼンの構造を含む、ベンゼン環上にさまざまな官能基を持つ芳香族アゾ化合物群を、総称してアゾベンゼンと呼ぶ場合もあります。

アゾベンゼンの使用用途

アゾベンゼンは、可視光を吸収する特性があるため、誘導体も含めて、色素、顔料や染料などとして広く用いられてきました。棒状の構造から、液晶のメソゲン基としても用いられます。

また、アゾベンゼン及びその誘導体は、光照射によってトランス型→シス型の異性化を起こす分子です。このように、光照射によって分子量を変えることなく分子構造が変化する化合物は、「フォトクロミック化合物」と呼ばれています。光応答性機能材料として調光材料、光記録材料、光スイッチ、機能性インクなどさまざまな分野での応用が期待されています。

アゾベンゼンの原理

アゾベンゼンの原理を性質と化学反応の観点から解説します。

1. アゾベンゼンの性質

アゾベンゼンの光異性化 及び 熱異性化

アゾベンゼン及びその誘導体は、紫外可視領域の光を強く吸収し、色素として用いることができるという特徴があります。無置換のアゾベンゼンは、可視領域の弱いn-π*吸収と紫外領域の強いπ-π*吸収を示し、トランス体 (trans) は黄色、シス体 (cis) は橙色です。

アゾベンゼンにはシス、トランスの配座異性体が存在しますが、シス体は通常トランス体よりも不安定です。理由の一つとして、シス体は2つのベンゼン環同士の立体反発により歪んだ構造をしているため、共役による安定化が弱まっていることが挙げられます。

しかし、光照射や加熱によって、この2種類の異性体の比率を制御することができます。これがアゾベンゼンの光異性化、及び熱異性化です。トランス体のアゾベンゼンに波長300–400nmの可視光を照射するとシス体に変化しますが、シス体に400nm以上の光を照射するとトランス体に戻ります。

また、シス体は加熱によってもトランス体に変化させることができます (T型のフォトクロミック分子)。尚、トランス体は約50kJ/mol程シス体よりも安定であり、光異性化反応におけるエネルギー障壁は200kJ/mol程度です。

2. アゾベンゼンの化学反応

アゾベンゼンの各種反応

アゾベンゼンは、ニトロベンゼン塩化スズ (II) と水酸化ナトリウムと反応させる、もしくはナトリウムアマルガムと反応させる方法により、合成することが可能です。酸化によってアゾキシベンゼンを与え、水素添加によって1,2-ジフェニルヒドラジンが生成します。

また、金属の配位子としても知られており、代表的な金属錯体はニッケルとの錯体である、Ni(Ph2N2)(PPh3)2です。

アゾベンゼンの種類

一般に販売されているアゾベンゼンの種類としては、一般的な試薬製品のほか、融点測定用標準試料があります。市販品には、500mg、1g、25g、100g、500gなどの容量があります。

また、アゾベンゼン及びその誘導体は、色素としても広く利用されています。代表的なものは、メチルレッド、メチルオレンジ、などの化合物です。

無置換のアゾベンゼンと異なり、誘導体はジアゾカップリングで合成されることが一般的です。これは、置換基によって芳香環が電子豊富になっており、芳香族求電子置換反応が進みやすくなっていることが理由として挙げられます。

アセトフェノン

アセトフェノンとは

アセトフェノンの構造

図1. アセトフェノンの構造

アセトフェノンとは、別名メチルフェニルケトンと呼ばれ、オレンジの花のような独特の芳香を有します。常温で無色の液体であり、天然物としては、ラブダナム油やウミダヌキ香、イチゴ、日本茶花中に存在します。本化合物は、香料、溶剤、有機合成の材料などの用途で幅広く用いられています。

アセトフェノンの使用用途

1. 独特の芳香と香料としての利用

アセトフェノンは、その独特の芳香を活かして、着香料や香料の合成原料として広く用いられています。その使用例としては、ナッツ,飲料,アイスクリーム,キャンディーなどの多くの食品やタバコなどが挙げられます。

2. ケト基の反応性の高さと工業製品、医薬品としての利用

アセトフェノンはカルボニル基を有するという構造上の特徴から工業製品、医薬品の有機合成における有用な基質となります。工業用製品の用途としては、機能性樹脂や、今でも根強い需要のある写真のフィルムなどの光重合開始剤の原料、さらには、沸点が高いことや安定性に優れているという特性を活かした各種溶剤としても使われています。なお、アセトフェノンの溶剤としての使用は、エタノールやケトン、エステルなどと混合されて使われることが多いです。

アセトフェノンの物理化学的諸性質

1. 名称
和名:アセトフェノン
英名:acetophenone
IUPAC名:1-phenylethan-1-one

2. 分子式
C8H8O

3. 分子量
120.15

4. 融点
19.65℃

5. 溶媒溶解性
水に不溶。エタノールクロロホルムに可溶。

アセトフェノンのその他情報

1. カルコンの合成基質としての利用とグリーンケミストリーとの関係

カルコンの合成

図2. カルコンの合成

本化合物は、C-C結合を伸ばして新しい結合を作る反応として有名なアルドール反応の良い基質となります。この特徴から、多くの医薬品中間体として幅広く用いられています。そのような反応の一例として、塩基性触媒存在下でのベンズアルデヒドとアセトフェノンのアルドール縮合によるカルコンの合成があげられます。本反応は、アトムエコノミーが高く、環境への負荷が少ない反応であり、言い換えると『目的生成物を得るためにゴミが出ない反応』と表現する事ができます。そのため、本化合物はグリーンケミストリーという観点から非常に優れた原料であるといえます。

2. アセトフェノンの合成

ベンゼン塩化アセチルとのフリーデル‐クラフツ反応により合成します。

3. アセトフェノンの毒性

飲み込むと有害であり、軽度の皮膚刺激性や強い眼刺激性を有します。また、本化合物は可燃性液体でもあります。このような理由から、消防法上では第4類第3石油類の非水溶性に、労働安全衛生法では有害物表示対象物に指定されています。

アセトニトリル

アセトニトリルとは

アセトニトリル(Acetonitrile)とは、CAS RN®75-05-8の無色透明の液体です。化学的に安定しており、水やアルコールによく溶け、多くの有機化合物を溶かす性質を持つことから産業上欠かせない物質となっています。

アセトニトリルは、分子式C₂H₃N、分子量41.05、沸点81.6℃、融点-45℃、比重0.783で、誘電率が37.5と高く、水と良く混ざります。化学構造は疎水性のメチル基CH3と分極しているニトリルCNから成り、疎水性と誘電率(極性)を併せ持つ分子で、極性溶媒でありながら水酸基を有さない溶媒であるpolar aprotic solventの一つです。

常温で引火することから消防法(危険物第四類第1石油類の水溶性液体)、労働安全衛生法、船舶安全法及び航空法で引火性の化学物質として扱われます。また、毒物及び劇物取締法で劇物に指定され、PRTR法で第1種指定化学物質となっています。

健康に対する有害性があるため、適切に管理して用いる必要があります。吸入する可能性があるほか、経皮吸収性があるため、手袋などの保護具による防護が必要です。

アセトニトリルの使用用途

ここでは、アセトニトリルの使用用途を3つ紹介します。

1. 溶媒・分析用試薬

アセトニトリルは、有機合成反応や精製に用いる溶媒、分析用試薬として利用されています。溶媒としての利点の一つは、水や有機溶剤との均一混合が可能で、多くの化合物を溶解できる点にあります。特に、逆相系HPLCで汎用される担体に含まれるオクタデシル基担体をよく溶媒和することから、HPLC溶媒として優れた性能を有します。

UV吸収が少ないため、UV検出と組み合わせたHPLCにおいて、分析時の背景信号が低く、良好なクロマトグラムを与えます。メタノールもHPLCによく使われる溶媒ですが、アセトニトリルはメタノールに比べ分離能力に優れるほか、粘度が低いため、使用時の圧力が低くなる点でも優れています。

2. 極性物質の溶解

polar aprotic solventとして水を用いないで極性物質を溶解することにも使われます。例えば、AlCl3やPOCl3を使う非水反応など、水が共存してはいけない反応において、溶媒に利用されます。溶媒としてのもう一つの利点は、誘電性が高い溶媒であるために、有機合成反応の反応速度を高めることが可能で、溶媒として反応場を提供するのに使えます。

3. 農薬や医薬など

その他のニトリル化合物と同じように、シアノ基の反応性を活かした有機合成用の原料として、農薬や医薬をはじめ、染料、合成樹脂改質剤、エポキシ樹脂硬化剤などに利用されています。さらにアセトニトリルは多くの有機溶媒と2成分系共沸混合物を形成することから、石油精製分野での抽出蒸留溶媒としても活躍の場を広げています。具体的には、パラフィン-オレフィン混合物からオレフィンを分離・精製する工程です。

今後は二次電池の電解液や有機EL材料合成用溶媒への応用のほか、電子部品の洗浄に用いることも期待されていると言われています。また、DNA合成・精製溶媒としても期待されています。

アセトニトリルの種類

アセトニトリルの多様な用途を反映し、用途に適合するように不純物を制御した製品が提供されています。分析用試薬としてはHPLC用、LC/MS用、残留農薬・PCB試験用などがあります。

アセトニトリルのその他情報

アセトニトリルの供給問題

アセトニトリルは、工業的に大部分がアクリロニトリル生産時の副生物として得られています。アクリロニトリルは自動車部品のABS樹脂に多く使われているため、自動車産業の減産や生産調整があると、アクリロニトリルの副生物であるアセトニトリルも供給が減少し、品薄になる傾向にあります。

最近では、2020年の新型コロナウイルス感染症の世界的流行によって、自動車工場の操業が出来なくなったときにも、アセトニトリルの供給懸念が浮かび上がりました。そのため、アセトニトリルの取り扱い会社では、原料確保の取り組み、自社工場の立ち上げ、別の合成法の検討など、安定供給に全力を尽くしています。

一方、HPLCメーカーでは溶媒使用量の少ない装置を開発し、アセトニトリルの供給問題がユーザーの事業に影響しにくくなるように努力しています。

アセトアニリド

アセトアニリドとは

アセトアニリドの基本情報

図1. アセトアニリドの基本情報

アセトアニリド (Acetanilide) とは、化学式C8H9NO、示性式C6H5NHCOCH3で表される有機化合物です。

IUPAC命名法による名称はN-フェニルアセトアミドであり、他の名称としてN-アセチルアニリン、N-アセチルベンゼンアミン、アセタニルなどが挙げられます。CAS登録番号は、103-84-4です。

分子量135.16、融点114-117℃、沸点304-305℃であり、常温では白色の粉末もしくは板状結晶です。エステルの臭いに似た特異臭を呈します。密度は1.219g/cm3です。ジエチルエーテルベンゼントルエンに可溶であり、エタノールアセトンなどによく溶ける性質があります。

分子の極性が高くないため水には溶けにくく、水への溶解度は5.2g/kg (20℃) です。ただし、熱水には溶解します。

アセトアニリドの使用用途

アセトアニリドの関連物質

図2. アセトアニリドの関連物質

アセトアニリドの主な用途は、色素や医薬品、染料や繊維などの各種有機化合物の合成における合成原料です。過酸化水素の安定剤、ゴム加硫促進剤などにも使用されており、アゾ顔料としてトナーなどへも利用されています。

医薬品原料としては、特にサルファ剤の中間体である4-アセトアミドベンゼンスルホニルアジドの原料として用いられます。<また、アセトアニリドはアセトアミノフェンと同族の医薬品として、解熱鎮痛作用が知られています。かつては大衆薬として販売されており、アンチヘブリンという名称で知られていました。

しかし、メトヘモグロビン血症を引き起こして肝臓や腎臓に損傷を与えたり、血球破壊やけいれんといった中毒作用を引き起こしたりする事例が多く確認されたため、現在はあまり使用されてはいません。アセトアミノフェンなどの、より毒性の低い化合物で代替されています。

アセトアニリドの性質

アセトアニリドは空気中では安定な化合物ですが、強酸化剤や強塩基とは激しく反応します。そのため、強酸化剤や強塩基との混触を避けて保管することが必要です。なお、引火点は161℃であり、545℃まで加熱すると発火するとされています。

アセトアニリドの種類

アセトアニリドは主に研究開発用の試薬製品として販売されています。容量の種類には1g , 5g , 100g , 500g , 1kgなどがあり、室温で取り扱い可能な試薬製品です。

通常の有機合成の他、薬物–タンパク質結合のアフィニティキャピラリ電気泳動の研究などにおいて使用されることもあります。元素分析を行う場合に標準品として使用されることもあり、この場合は専用の高純度品が使用されています。

アセトアニリドのその他情報

1. アセトアニリドの合成

アセトアニリドの合成反応

図3. アセトアニリドの合成反応

アセトアニリドは、アニリンのアセチル化によって合成されます。主なアセチル化剤は無水酢酸ですが、アニリニウム塩や塩化アセチルを使用することも可能です。

アニリンと無水酢酸によるアセトアニリドの合成反応は、非常に典型的なアミドの形成反応であるため、しばしば学習の上で取り上げられることの多い反応です。

2. アセトアニリドの代表的な化学反応

アセトアニリドをニトロ化することによりニトロアセトアニリドが得られます。この反応は、オルト・パラ配向性の芳香族求核置換反応です。2-ニトロアセトアニリドと4-ニトロアセトアニリドが生成します。

このうち、特に4-ニトロアセトアニリドは染料の原料として用いられる物質です。なお、2-ニトロアセトアニリドと4-ニトロアセトアニリドは、酸処理によってアセチル基の除去を行うことが可能であり、それぞれ2-ニトロアニリンと4-ニトロアニリンを与えます。

また、アセトアニリドが医薬品として用いられた場合、体内ではアセトアミノフェンがアセトアニリドの代謝産物として生成されることが報告より示唆されています。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/103-84-4.html

アセチルアセトン

アセチルアセトンとは

アセチルアセトンの構造

アセチルアセトン (Acetylacetone) とは、示性式CH3COCH2COCH3で表される有機化合物です。

IUPAC命名法では2,4-ペンタンジオン (Pentane-2,4-dione) と表記されます。1,3-ジケトンの一種であり、常温では無色もしくはうすい黄色の液体です。

果物が腐った時に発するケトンのような匂いを発し、水に溶解します (溶解度16 g/100 mL) 。また、エタノール及びジエチルエーテルなど、様々な溶剤にも溶けやすい性質を持ちます。CAS 登録番号は123-54-6です。

尚、安全衛生法では「名称等を表示すべき危険有害物」に、消防法では第4類 第2石油類 非水溶性液体に、それぞれ指定されています。

アセチルアセトンの使用用途

アセチルアセトンは、金属イオンの抽出剤として使用することが可能です。理由として、アセチルアセトンの共役塩基アセチルアセトナート (略号 acac) は、2つの酸素原子を介して二座配位子として多くの遷移金属イオンと六員環結合を形成することが挙げられます。

また、アセチルアセトンの金属錯体には、広範囲にわたる使用用途があります。具体的には、触媒や反応試薬の前駆体、NMRシフト試薬、有機合成における遷移金属触媒や、工業的なヒドロホルミル化触媒の前駆体などです。

その他にも、アセチルアセトンは、ガソリンや潤滑油の添加剤としても知られています。近年では、色素増感型太陽電池の開発において、ベースとなる酸化チタン (Ⅳ) にアセチルアセトンを添加すると性能が向上するとの報告があります。

アセチルアセトンの原理

アセチルアセトンの原理を性質や合成方法、化学反応の観点から解説します。

1. アセチルアセトンの性質

アセチルアセトンのケト-エノール平衡

アセチルアセトンは、示性式CH3COCH2COCH3で表されます。分子量100.12、融点-23℃、沸点約141℃、引火点39℃の有機化合物です。常温では密度0.98g/mLの無色透明の液体であり、水への溶解度は16g/100mLです。

1,3ジケトンであるため、ケト-エノール平衡状態を取ります。更に、エノール体はC2v対称分子として存在していて、エノールの水素原子はちょうど2つの酸素の中間に位置して安定化を受けています。このことは、マイクロ波分光法などにより証明されました。

2. アセチルアセトンの合成方法

アセチルアセトンは、工業的には、酢酸イソプロペニルの熱転位によって製造されています。

実験室的合成法としては、

などの合成方法が挙げられます。

3. アセチルアセトンの化学反応

アセチルアセトンの反応の例

共役塩基と金属錯体の形成
アセチルアセトンは、共役塩基アセチルアセトナート (acac) として、種々の金属錯体を形成します。代表的なものは、以下の通りです。

  • Mn(acac)3
  • VO(acac)2
  • Cu(acac)2
  • Fe(acac)3
  • Co(acac)3

例えば、Mn(acac)3フェノール類の酸化的カップリング反応などに用いられる1電子酸化剤です。

イミン・ヘテロ環式化合物の合成
アセチルアセトンはカルボニル基でアミンと反応して縮合します。生成物は、モノ−あるいはジケトイミンです。また、ピラゾール (ヒドラジンと反応) やピリミジン (尿素と反応) など、ヘテロ環式化合物の合成反応に用いられます。

酵素的分解反応
酵素アセチルアセトンジオキシゲナーゼによって、アセチルアセトンの炭素-炭素結合が切断されることが知られています。この反応の生成物は、酢酸と2-オキソプロパナールです。

アセチルアセトンの種類

アセチルアセトンは、実験室用化学試薬として市販されています。容量には、25mL、100mL、500mLなどがあります。常温試薬ですが、暗所保存が原則です。

また、アセチルアセトンの各種金属錯体 (Al, Cr, Co, VO, Cu, Fe, Ni, Zn, Zr, Sn, Ti, Inなど) は、実験室用の試薬スケールから、工業用の5kg、10kgスケールまで様々な製品が販売されています。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/123-54-6.html

アジピン酸ジヒドラジド

アジピン酸ジヒドラジドとは

アジピン酸ジヒドラジド(Adipic dihydrazide)とは、ADHと略され別名アジポジヒドラジドと言われるセバシン酸ジヒドラジドやドデカンジオヒドラジドなどと並ぶヒドラジド化合物の一つです。

アジピン酸ジヒドラジドは、常温では白色の粉末若しくは結晶の塊で水に溶ける性質をもち架橋剤として知られる物質で、CAS RN®1071-93-8、分子式C6H14N4O2、分子量174.20、融点180~182℃、沸点305.18℃で、適切な条件下では化学的に安定なことで知られています。

アジピン酸ジヒドラジドの使用用途

アジピン酸ジヒドラジドは、ヒドラジド化合物の一つとして同化合物がもつ高い反応性や低温での硬化などといった特性を生かし、塗料や接着剤などの分野で広く使われている熱硬化性樹脂であるエポキシの潜在性硬化剤として使われています。

アジピン酸ジヒドラジドは、ヒドラジド化合物を複数使用してエポキシ樹脂の硬化温度や硬化速度といった特性の調整にも使われているほか、熱可塑性樹脂であるケトン基含有アクリルエマルジョンの架橋剤としても利用されています。

アジ化ナトリウム

アジ化ナトリウムとは

アジ化ナトリウム (Sodium Azide) とは、分子式NaN3で表される、常温で白色の結晶性の粉末の物質です。分子量は65.01であり、比重は1.85、沸点は約300℃、融点は275℃です。

アジ化ナトリウムの性質

アジ化ナトリウムは水や液体アンモニアにはよく溶けますが、エタノールやエーテルには難溶です。

金属と触れると爆発する危険性があるため、秤量する際はプラスチック製のスパーテルを使用することが推奨されます。

消防法では第5類自己反応性物質として、労働安全衛生法の名称等を表示すべき危険有害物に指定、さらに毒物及び劇物取締法でも毒物に指定されています。

アジ化ナトリウムを吸入または経口ばく露した場合、めまいや呼吸困難、痙攣などの症状を引き起こす恐れがあります。取り扱い場合は、火災や爆発、ばく露に注意することが必要です。

アジ化ナトリウムの使用用途

アジ化ナトリウムの主な使用用途には以下の5つがあります。

  • アジド基の導入
    アジ化ナトリウムはアジ化物イオンとナトリウムイオンで構成される塩です。そのため、アジ化物イオンの求核性を利用することで、有機化合物にアジド基を導入することができます。例えば、有機化合物が有用な脱離基を持つ場合、アジ化物イオンが求核攻撃することでSn2反応が進行し、立体反転を伴ってアジド基が導入されます。アジド基は銅触媒存在下で、アルキンと環化付加反応を起こすことが知られています。この反応は有機化合物に蛍光基などの機能性分子を連結させる際に極めて有用であることから、アジド基は有機化学の分野において非常に重要な官能基の1つです。
  • アミノ基の導入
    先述したアジド基は、別の重要な館嘔気であるアミノ基へと容易に変換できます。例えば、アジド基の導入後にパラジウム触媒を用いた接触水素還元を行うことで、窒素(N2)の脱離を伴いながらアジド基をアミノ基へと変換できます。またカルボン酸アジドの場合は、加熱するとクルチウス転位が起こることでイソシアネートが生成され、これを加水分解することでアミノ基を得ることができます。
  • 窒素ガス発生剤
    アジ化ナトリウムは爆発原料としても使用されています。以前までは、自動車の運転席側エアバックにおいて、衝突時などの衝撃で火薬を爆発させることで生じる高熱を利用して、アジ化ナトリウムを爆発させて窒素ガスを発生させる発生剤に使用されていました。しかし、リサイクルなどで漏出した同物質が酸と反応し有毒なアジ化水素を発生させるため、現在では代替品へと切り替わっています。
  • 防腐剤
    アジ化ナトリウムは市販の抗体に防腐剤として含まれていることがあります。これによって細菌の増殖を抑えることが可能になります。しかし、アジ化ナトリウムはホースラディッシュ・ペルオキシダーゼ (Horseradish peroxidase; HRP) という酵素の活性を阻害することから、HRPの標識抗体には含まれていません。
  • 溶存酸素 (DO) の測定
    水中の溶存酸素量 (DO) を測定する方法の1つに「ウィンクラー法」があります。この手法は、硫酸マンガン (Ⅱ) 水溶液をアルカリ処理することで得られる水酸化マンガン (Ⅱ) とDOが反応することで、褐色沈殿である亜マンガン酸 (H2MnO3) を生じさせる方法です。この方法を用いた際、水中の亜硝酸イオンがDOと反応してしまい正しい測定が出来ないおそれがありますが、アジ化ナトリウムを試料中に加えておくことで、亜硝酸イオンとDOの反応を抑制することが出来ます。

アジ化ナトリウムの反応性

アジ化ナトリウムは熱力学的に不安定な物質であるため、融点を超える温度によってナトリウムと窒素に分解します。これを利用して、先に述べたように過去にはエアバックで使用されていました。

またアジ化ナトリウムは、酸に反応し有毒で爆発性あるアジ化水素(HN3)を発生させます。

アジ化水素はアジ化ナトリウムと同等の毒性を発揮することに加えて、血管拡張や気管支炎を引き起こす恐れがあるため十分な注意が必要です。

アジ化ナトリウムの製法

工業的には、Wislicenus process と呼ばれる方法で製造されています。これは、液体アンモニウムからナトリウムアミド(NaNH2)を経て亜酸化窒素 (N2O) と反応させる製造法です。

参考文献

https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/26628-22-8.html
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/7782-79-8.html