走査型電子顕微鏡とは
走査型電子顕微鏡 (英: Scanning Electron Microscope (SEM) ) は、電子顕微鏡の一種で、試料に電子線を照射し、試料から放出される二次電子などを検出することで試料の表面状態を観察できる測定装置です。
走査型電子顕微鏡を用いることで、光学顕微鏡では観察が困難である微細な構造であっても観察が可能です。そのため、材料工学や生化学など幅広い分野で利用されています。
走査型電子顕微鏡の使用用途
走査型電子顕微鏡の倍率は数十万倍程度まで上げ、分解能を数nm程度にまで高めることができます。また、焦点深度が深く試料の凹凸を観察しやすいといった特徴があります。
光学顕微鏡では倍率の限界が1,000倍程度で、分解能の限界が150nm程度であるため走査型電子顕微鏡を用いることで光学顕微鏡よりもはるかに高倍率かつ高分解能での観察が可能です。
また、光学顕微鏡で得られる画像とは異なり、走査型電子顕微鏡では電子線の入射方向と垂直な面が暗く、平行に近づくほど明るくなるようなコントラストがついた立体的な画像が得られるため直感的に観察することができます。
これらの特徴を活かし、走査型電子顕微鏡は半導体材料やセラミック材料などの各種材料の表面状態の観察、細菌やウイルスといった微生物の観察、細胞といった生体試料の観察に用いられます。一方で、試料の内部構造の観察が目的の場合は一般的に透過型電子顕微鏡が用いられます。
走査型電子顕微鏡の原理
走査型電子顕微鏡では、加速させた電子線を試料表面に集束させて照射し、その際に発生する二次電子 (SE) や後方散乱電子 (BSE) を検出して解析を行い、観察範囲全体に走査 (スキャン) することで画像データとして試料の状態が観察可能です。
加速電圧を上げて照射する電子のエネルギーを大きくすることで、分解能を数nm程度にまで高くできます。加速電圧を上げると分解能が高くなりますが、上げすぎると試料の深い位置からの反射電子の影響や帯電 (チャージアップ) の問題などが生じてくるため、通常は数kV~数十kVの加速電圧で使用します。
二次電子は、電子線を当てた際に試料の表面付近から飛び出した電子です。
試料の凹凸に応じて電子の状態が異なり、二次電子の測定によって得られる画像データにコントラストが生じ、表面の凹凸や粒子の形状を観察できるようになります。
一方、後方散乱電子は電子線が原子と相互作用して跳ね返った電子のことです。
原子によって放出される電子の反射率が異なります。後方散乱電子の測定によって、原子の種類ごとにコントラストが強調され、試料に含まれる原子の分布を観察することができます。
走査型電子顕微鏡の構造
走査型電子顕微鏡は、主に電子線を放出する電子銃、電子線を試料表面に収束させる電子レンズ、二次電子や後方散乱電子を検出する検出器によって構成されています。
電子銃には、熱電子放出型と電界放出型、ショットキー型の3種類があり、それぞれ特徴が異なります。電子レンズはコイルに電流を流して磁場により電子線を制御する方式が一般的で、アウトレンズ方式やインレンズ方式など様々な種類があります。
測定時の走査型電子顕微鏡内部は10^-4Pa程度の高真空状態で保たれますが、近年低真空状態 (10^2Pa程度) や大気圧下でも測定できるものも開発されており、水分を多く含む試料を用いる生物分野でよく利用されています。
走査型電子顕微鏡のその他情報
1. 走査型電子顕微鏡測定のための試料調製
走査型電子顕微鏡は様々な試料を測定することが可能ですが、試料によっては適切な試料調製や測定条件の設定が必要な場合があります。
絶縁性試料
絶縁性試料を用いる場合、照射される電子線によって試料表面が帯電することがあります。帯電が起こると画像が乱れたり異常コントラストが観測されたりするため、正確な画像データが得られない場合があります。帯電を防ぐには、試料表面に金属を薄くスパッタリングしてコーティングする、低加速電圧で観察する、低真空状態で観察するなどの対策をとる必要があります。
高真空条件で蒸発や昇華する試料
高真空条件で蒸発や昇華が起こると、試料の構造や形状が変化してしまうだけでなく、装置の故障につながる場合があります。これらを防ぐためには、低真空下で測定するなどの対策をとることが効果的です。また、水分を多く含む生物試料などは低真空化での観察においても別途前処理が必要な場合が多いです。
磁性を有する試料
磁性を有する試料を用いる場合、電子レンズと試料との距離が近いと試料が磁化され電子線の調整が困難になり、サイズの大きい試料では試料台から外れてレンズ部に吸い付いてしまう可能性もあります。これらを防ぐには、試料とレンズがアウトレンズ方式などの走査型電子顕微鏡を用いて、試料をねじ止めや接着剤などで固定する必要があります。
試料内部を観察したい場合
後述の透過モードを用いずに試料内部を観察したい場合は集束イオンビーム (FIB) などを用いて試料を加工し、断面を観察するといった方法をとる必要があります。
2. 走査型電子顕微鏡に装着される主な分析装置
加速させた電子線を試料に照射すると、二次電子、後方散乱電子だけでなく、透過電子、X線、カソードルミネッセンス、吸収電子などの信号を得ることができます。これらの信号を検出するための分析装置が装着可能な場合があります。
透過電子
試料の厚さが十分薄い場合や、微粒子などの資料の場合は、照射した電子の一部が透過し透過電子として検出できます。透過型電子顕微鏡や、走査型透過電子顕微鏡 (英: Scanning transmission Electron Microscope (STEM) ) として独立した測定装置で測定することが一般的ですが、走査型電子顕微鏡に透過モードとして搭載されていることされていることがあります。走査型電子顕微鏡の苦手とする内部構造の観察を行うことが可能です。
X線
電子線が原子に照射されると電子線のほかにX線が放出されることがあります。このX線は原子ごとに固有のエネルギーを有するため、放出されたX線を検出することで試料表面に存在する原子の種類を特定することが可能です。
X線検出器を装着し測定すると、試料表面の原子の組成だけでなく、試料のどの部分にどの原子が存在するかを画像データ上に表示する元素マッピングも行うことができます。X線検出器には、エネルギー分散型X線検出器 (EDS) と波長分散型X線検出器 (WDS) の2種類があり、それぞれ特徴が異なるため目的に合わせて選択する必要があります。
カソードルミネッセンス
カソードルミネッセンスとは、電子線が試料に照射された際に放出される光のことで、これを検出することで結晶欠陥や不純物、キャリア濃度といった試料の結晶としての性質を測定することができます。
他にもオプションを追加することで様々な機能を追加することが可能です。独立した測定装置で測定を行った場合と比べて、走査型電子顕微鏡の画像を見ながら測定位置を選択できるというメリットがあるため、より詳細な測定ができるようになります。