乳酸

乳酸とは

乳酸とは、分子内にカルボキシル基 (-COOH) とヒドロキシ基 (-OH) の両方をもつヒドロキシ酸と呼ばれる有機化合物の1種です。

性状は無色〜淡黄色透明の粘性のある液体で、別名で2-ヒドロキシプロパン酸とも呼ばれます。

乳酸の使用用途

乳酸は、生分解性プラスチックの1つであるポリ乳酸やポリエステルポリオール等の原料として使用されています。また、医薬の原料として使用されている他、安定化剤、可溶化剤、緩衝材、pH調整剤などの医薬品添加物としても使用されています。

その他、食品工業でも広く利用されており、酸味料やpH調整剤等として、飲料や味噌、醤油、漬物、チーズ、香料、シロップなど、さまざまな食品に利用されています。化粧品や農薬、染色工業の還元剤、皮革加工用 (脱灰) なども用途の1つで、市販されているものとしては、40%、50%、90%品が主流です。

乳酸の性質

乳酸は分子量90.08で、無臭ですが、酸性でやわらかみのある酸味がある液体です。比重は1.207で、融点が16.8° (DL体) 、沸点が122℃、水、アルコール、エーテル等には非常によく溶けます。一方、クロロホルム、二硫化炭素、ベンゼンなどには不溶です。

乳酸は、生体内では解糖系代謝経路の最終産物であり、多くの動植物の組織に存在しています。また、乳の発酵物や食品にも多く含まれています。

急激な運動により筋肉細胞内で糖がエネルギー源として消費され、乳酸が蓄積します。筋肉に蓄積した乳酸が筋肉痛が発生する考えが以前からありましたが、最近では乳酸が原因物質ではないと言われています。

乳酸の種類

乳酸の分子式はCH3CH(OH)COOHであり、1つの炭素が4種の異なる原子、原子団 (乳酸の場合は、-H、-OH、-COOH、-CHM3) と結合しています。このような炭素を不斉炭素原子と呼び、不斉炭素原子をもつ化合物は分子式が同じでも構造的に異なっています。

鏡像異性体や光学異性体と呼ばれ、別の物質として扱われます (右手と左手の関係と同様) 。このため、乳酸には、L-乳酸、D-乳酸の2種類が存在し、これらの等量混合物をDL-乳酸と呼びます。L-乳酸、D-乳酸の融点はそれぞれ53℃ですが、DL-乳酸は16.8℃です。また天然にはL体が多く存在します。

乳酸のその他情報

1. 乳酸の製造方法

乳酸の製造方法には、乳酸菌等の微生物を用いる発酵法と、アルデヒドと青酸を出発原料として化学合成する方法があります。

発酵法
麦芽でデンプンを糖化し、これに炭酸カルシウムを加えて麦芽汁を作ります。麦芽汁に乳酸菌を加えて6~8時間発酵し、49℃で攪拌し続けると8~10日で発酵が完了します。その後、石灰乳を加えて弱アルカリ性にした後、再結晶により精製を行います。硫酸により再溶解させた後、ろ過、蒸発濃縮により工業用乳酸水溶液が得られます。

合成法
アセトアルデヒドに青酸を作用させ、シアンヒドリンを合成し、これを加水分解することで乳酸を合成します。

     CH3CHO + HCN → CH3CH(OH)CN
     CH3CH(OH)CN + 2H2O → CH3CH(OH)COOH +NH3

2. 乳酸菌について

乳酸菌は、炭水化物を分解して乳酸を産生する微生物の総称です。乳酸菌はヨーグルトやチーズ、バター、漬物、日本酒などの加工食品に含まれています。乳酸菌は食品工業にも応用されており、例えば赤ワインの醸造過程では、乳酸菌を利用してリンゴ酸を発酵除去して乳酸を作ることにより、酸味などの味を調えることが可能です。

このように、リンゴ酸が乳酸菌によって、乳酸と炭酸ガスに分解される反応を、マロラクティック発酵といいます。また、日本酒の醸造過程では、乳酸による酸性化を利用して雑菌の繁殖を防止するため、生酛醸造では乳酸菌を利用します。

一方、速醸酛では乳酸そのものを添加します。生酛系醸造では、乳酸菌の発酵によってできた乳酸を利用するため、微妙な味わいや香りが生産されますが、速醸酛による醸造では、発酵の過程でできる他の発酵産物による微妙な味わいや香りが失われるのが欠点です。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/50-21-5.html
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/79-33-4.html

メチルエチルケトン

メチルエチルケトンとは

メチルエチルケトンとは、独特な匂いがある無色透明な液体の有機化学物質です。

別名でエチルメチルケトン、メチルアセトン、2-ブタノンなどがあり、省略してMEKとも呼ばれます。メチルエチルケトンは、毒物劇物取締法で「劇物」として指定されている薬物であり、消防法でも「危険物第1石油類」に分類されているため、取り扱いには注意が必要です。

メチルエチルケトンの使用用途

メチルエチルケトンは溶剤としての用途が多く、樹脂加工溶剤や塗料、接着剤、印刷インキ等の溶剤、潤滑油等の石油精製溶剤、ビニル、アクリル、ポリウレタン、エポキシ等の樹脂用溶剤、硝酸セルロース、およびラッカー用溶剤などとして幅広く使用されています。

揮発性が高く、非常に乾燥が速いことから、自然乾燥型の塗料や接着剤・インクの溶剤としても広く利用されています。その他の用途として、有機合成用原料や工業用洗浄剤、塩ビ表面処理剤、フィルム加工、加硫促進剤などが挙げられます。

メチルエチルケトンの性質

メチルエチルケトンは化学式CH3COC2H5で、分子量72.10、密度0.8047g/cm3 (20℃) 、融点-87℃、沸点80℃のアセトンに近い臭いのある液体です。水に溶けにくいですが、アルコールやエーテルやベンゼン、トルエン等と混和しやすい性質があります。

発火点は514℃ですが、引火点が-7℃と低く、爆発限界が1.7~11.4vol%であることから、低い濃度でも爆発の危険性があります。蒸気は比重が空気よりも重いため、低い場所に溜まりやすくなっています。

塩基によりケトン基の隣の炭素に結合した水素が脱プロトン化し、縮合反応を起こすことがよくあります。

メチルエチルケトンのその他情報

メチルエチルケトンの製造方法

メチルエチルケトンは、2-ブタノールの脱水素反応により合成されます。原料である2-ブタノールの合成方法はn-ブテンからの間接水和法と直接水和法の2つがあります。

間接水和法は、n-ブテンを硫酸エステル化して硫酸に吸収させた後、加水分解する2段階の反応で2-ブタノールを合成します。直接水和法はヘテロポリ酸水溶液を触媒にしてn-ブテンの水和により1段階で2-ブタノールを合成する方法です。以下は、間接水和法によるn-ブテンからメチルエチルケトンを合成する方法です。

1. n-ブテンの硫酸への吸収
n-ブテンとn-ブタンの混合物を硫酸と接触させ硫酸エステル化し、硫酸中にn-ブテンのみを硫酸エステルとして吸収させ、n-ブタンを系外に分離します。

CH3CH2CH = CH2 + H2SO4 → CH2CH2CH(CH3)OSO3H

2. 2-ブタノールの合成
n-ブテンの硫酸エステルに水を加えて分解し、2-ブタノールを合成します。

CH2CH2CH(CH3)OSO3H + H2O → CH2CH2CH(CH3)OH + H2SO4

3. 脱水素反応によるメチルエチルケトンの合成
2-ブタノールをCu-Znを触媒として使用して脱水素させることで、メチルエチルケトンを合成します。

CH2CH2CH(CH3)OH → CH2CH2COCH3 + H2

2. メチルエチルケトンの取扱い上の注意

メチルエチルケトンを吸入すると、吐き気、嘔吐、意識障害などの症状が現れる場合があります。高濃度で吸入すると、呼吸困難、意識不明瞭、心臓麻痺などの重篤な健康被害を引き起こす可能性が高いです。また、メチルエチルケトンに触れると、皮膚刺激、湿疹、かゆみなどの症状が現れることがあります。

メチルエチルケトンは、国際がん研究機関により、グループ2Bに分類され、がんを引き起こす可能性がある物質として指定されています。メチルエチルケトンを扱う場合は、引火性・爆発性に注意が必要です。密閉容器に保管し、換気の良い場所での使用が推奨されます。

また、目や皮膚、呼吸器への被害を防ぐため、適切な防護具の着用が重要です。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0618.html

マンガン

マンガンとは

マンガンとは、鉄と似た性質を持っている銀白色の金属です。

原子番号25で、鉄よりも硬くて脆いです。パイロルース鉱、菱マンガン鉱、軟マンガン鉱などが主要な鉱石で、生産量は、中国、南アフリカ、オーストラリアが上位となっています。

また、マンガンは、人体に必要な栄養素です。酵素を構成する成分となったり、酵素を活性化したりして、成長や生殖に関与しています。必要な量がわずかで、多くの食品に含まれているため、マンガンの不足はあまりありません。 

マンガンの使用用途

マンガンは、鉄鋼や非鉄金属に対する合金添加剤として利用されることが多いです。マンガンを添加すると、強度、硬度、耐食性などの金属特性が改善されるためです。例えば、船のスクリューには、海水に対する耐食性があるマンガン入り黄銅が使われます。

さらに、マンガンには幅広い酸化数が存在します。酸化状態が変わりやすいため、酸化還元反応の触媒として使用可能です。酸化マンガンは、その強力な酸化力を活用して、乾電池や自動車用リチウムイオン電池などにも利用されています。 

マンガンの性質

マンガンの融点は1,246°C、沸点は2,061°Cです。単体のマンガンは常磁性ですが、ホイスラー合金などの強磁性を持つ合金もあります。さまざまな磁気的性質を有する化合物も存在します。

触媒に二酸化マンガンを用いた過酸化水素の酸素と水への分解反応は、日本の義務教育課程で実験の題材になっており、有名な反応です。空気中でマンガンは、酸化被膜が生じ、内部が保護されて、赤みがかった灰白色になります。粉末状のマンガンは、空気中の酸素や水と反応します。

酸化数は−3〜7を取りますが、+2、+3、+4、+6、+7などの酸化数が安定です。希酸に溶けやすく、淡桃色の2価のマンガンイオンが生じます。

マンガンの構造

マンガンは、元素記号がMnの遷移金属元素です。室温付近での密度は7.21g/cm3、融点での液体密度は5.95g/cm3です。

常温常圧では、体心立方類似構造を取っています。742°C以下で安定している構造はαマンガンで、単位胞あたり原子を58個含んだ複雑な立方晶を形成し、硬くて非常に脆いです。原子の位置によって、異なる4種のスピンを有し、全体で磁気モーメントがない広義の反強磁性体だと考えられています。

742〜1,095°Cで安定しているのは、βマンガンです。単位胞あたり原子を20個含んだ複雑な立方晶で、常磁性体です。γマンガンは、1,095〜1,134°Cで安定しています。面心立方構造を取り、反強磁性体です。1,134〜1,245°Cになると、δマンガンが安定しています。体心立方構造を取っている常磁性体です。

マンガンのその他情報

1. マンガンの同位体

天然で生成する安定同位体は、55Mnだけです。放射性同位体は18種類知られており、最も安定な53Mnの半減期は370万年です。それ以外にも、半減期が312.3日の54Mnや半減期が5.591年の52Mnも存在します。その他の同位体はすべて半減期が3時間以内で、ほとんどは半減期が1分以下です。

同位体の質量数は、46から65までを取っています。質量数が55以下の同位体は電子捕獲などで崩壊し、質量数が55以上の同位体はベータ崩壊などを起こします。

2. マンガンの危険性

マンガン中毒によって、関節痛、頭痛、易刺激性、眠気などを引き起こして、錯乱状態や情動不安定になります。大脳基底核や錐体路にも障害が起こり、パーキンソン症候群や平衡覚障害を起こすだけでなく、抑うつや無関心などの精神症状も知られています。

マンガンは、酸素吸着作用が強いです。そのため、天然のマンガンが多い井戸や洞窟では、内部の空気中の酸素が欠乏している場合があります。十分に換気せずに奥に入ると酸素欠乏症になって、最悪の場合には死亡する可能性もあります。

ヘリウム

ヘリウムとは

ヘリウムとは、原子番号2の元素で周期表の第1群に位置する希ガス元素です。

化学式はHeで原子量は4.002602、密度は0.1786g/Lです。融点は-272.20℃で沸点は-268.93℃と非常に低温です。化学的に極めて安定であり、水素に次いで軽い気体であることから産業で広く利用されています。

ヘリウムの使用用途

ヘリウムの主な使用用途は下記の通りです。

1. 気球や飛行船の浮揚ガス

ヘリウムは非常に軽量で、気球や飛行船の浮揚ガスとして利用されています。不活性で水素よりも安全で爆発のリスクが低いため、多くの国で公共の場所での使用が認められています。

2. 半導体製造

半導体製造において、クリーニングは非常に重要な工程です。製造工程中に発生する微細な不純物や汚染物質を除去することで、半導体の品質を向上可能です。クリーニングガスとして利用されることがあります。特に、表面に付着した微小な不純物を取り除くために利用されます。また、半導体製造において極低温下での処理が必要となる場合があり、液体ヘリウムが広く利用されています。

3. 冷却剤

液体ヘリウムは、超伝導体を冷却するために利用されます。超伝導体は非常に低温でなければ効果を発揮しないため、液体ヘリウムは非常に重要な冷却剤となっています。また、磁気共鳴イメージングなどの医療用途にも利用されます。

4. 漏洩検査

漏洩検査においては、被検査物にヘリウムを注入して、漏れ出したヘリウムガスを検知することで、被検査物内部の漏れ箇所を特定することができます。ヘリウムは空気中に含まれる量が非常に少ないため、バックグラウンドノイズを抑制可能です。

漏洩検査においては、ヘリウムを利用した2つの方法があります。1つは、ヘリウムマススペクトロメータ法と呼ばれる方法で、被検査物にヘリウムを注入し、ヘリウムを検出するためのマススペクトロメータを使用する方法です。もう1つは、ヘリウムリーク検査法と呼ばれる方法で、被検査物を密閉し、外部にヘリウムを漏らしながら被検査物内部のヘリウム漏れを検出する方法です。

5. 光ファイバー

光ファイバーは、微細なガラス繊維から作られています。光ファイバーを製造する際には、繊維内部に光を伝えるための中心部分を作る必要があります。この中心部分を作るために、高純度のガスを使用します。この高純度のガスとして、ヘリウムが利用されます。ヘリウムは、非常に純度の高いガスであり、繊維内部の中心部分の作成に最適です。

6. 溶接

ヘリウムやアルゴンなどの不活性ガスは、金属のアーク溶接に利用されています。ヘリウムガスを溶接部に供給することで、溶融している金属と、空気中に含まれる酸素や窒素との化学反応を抑制することができ、高品質な溶接が可能となります。

7. 分析

化学分析においてヘリウムが利用されています。例えば、気体クロマトグラフィーのキャリアガスとしてヘリウムが利用されます。

ヘリウムイオンマイクロスコープは、ヘリウムイオンをビームとして利用することで、高分解能の画像を得ることができる装置です。ヘリウムイオンマイクロスコープは、従来の電子顕微鏡と比較して、高い解像度と表面のダメージが少ない特徴があります。

ヘリウムの性質

ヘリウムは、希ガス元素の中で最も軽量なものであり、非常に低い沸点と融点を持っています。このため、ヘリウムは常温・常圧下で気体として存在し、液体ヘリウムを得るには極低温下での処理が必要です。液体ヘリウムは熱伝導率が非常に高いです。

ヘリウムは非常に不活性な元素であり、化学的な反応性はほとんどありません。そのため、不活性ガスとして利用できます。

ヘリウムのその他情報

大気中に含まれるヘリウム

ヘリウムは、大気中に体積で0.0005%程度しか含まれていませんが、アメリカなど一部の地域から採れる天然ガス中に多量に含まれています。その天然ガスからの分離・精製が主な生産方法です。 大気中のヘリウムの含有量はわずかであるため、窒素や酸素のように空気からヘリウムを分離することは工業的には行われていません。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/7440-59-7.html

ヘキサノール

ヘキサノールとは

ヘキサノールとは、炭素数6のアルキルアルコールです。

1-ヘキサノール (英: 1-hexanol) は代表的なヘキサノールの1つであり、有機化合物のアルコールの一種で、無色の液体です。1-ヘキサノールはn-ヘキシルアルコールやヘキシルアルコールとも呼ばれます。

ココナッツ油やパーム油から製造される他、セルロースの変換における中間体として生成される物質です。「消防法危険物第4類」に分類されており、取り扱いには注意が必要です。

ヘキサノールの使用用途

ヘキサノールは、可塑剤の製造などで使用される溶剤や有機合成原料としての用途の他、界面活性剤や防腐剤、消毒剤、医薬、織物・皮革の仕上剤など、幅広く利用されています。嗅覚反応の研究において匂い物質として利用される他、芳香剤や香料の製造など、その匂いを利用した用途にも使用可能です。

特に3-ヘキサノールは、パイナップル等の植物の香りの原因となっており、風味を加える食品添加物として使用されます。化粧品にも、消泡剤・香料・溶剤・減粘剤等として配合されることがあります。

ヘキサノールの性質

1-ヘキサノールは水にはあまり溶けません。ただしアルコールやエーテルにはよく溶けます。特にエタノールジエチルエーテルには非常によく溶解します。1-ヘキサノールの密度は25℃で0.8153g/cm³、融点は-51.6℃、沸点は157℃です。

直鎖構造のヘキサノールには、1-ヘキサノールの他にも、2-ヘキサノールや3-ヘキサノールがあります。2-ヘキサノールの密度は0.81g/cm³、沸点は140°Cであり、3-ヘキサノールの密度は0.819g/cm³、沸点は135°Cです。

ヘキサノールの構造

ヘキサノールは、ヘキサンの1つ水素がヒドロキシ基に変換した構造を有するアルコールです。ヒドロキシ基の位置や分枝によって、17種類の異性体が存在します。

具体的には、第一級アルコールが8種類、第二級アルコールが6種類、第三級アルコールが3種類です。

ヘキサノールのその他情報

1. 1-ヘキサノールの合成法

工業的に1-ヘキサノールは、エチレンのオリゴ化によって合成されています。トリエチルアルミニウムを使用して、ヘキシル鎖が生成した際に酸化処理することで、 1-ヘキサノールを得ることが可能です。他の鎖長のアルコールも生じるため、分留が必要です。

それに対して、1-ペンテンのヒドロホルミル化で生じるヘキサナールの水素化によって、1-ヘキサノールを合成できます。この合成法では混合物としてヘキサノールの位置異性体などが生じるため、可塑剤におけるそれぞれの原料として利用可能です。

2. 第一級アルコールのヘキサノールの構造異性体

第一級アルコールのヘキサノールの構造

図1. 第一級アルコールのヘキサノールの構造

第一級アルコールのヘキサノールには、主鎖の炭素数が6の1-ヘキサノール以外にも、主鎖の炭素数が5の2-メチル-1-ペンタノール、3-メチル-1-ペンタノール、4-メチル-1-ペンタノールが存在します。主鎖の炭素数が4のヘキサノールには、2,2-ジメチル-1-ブタノール、2,3-ジメチル-1-ブタノール、3,3-ジメチル-1-ブタノール、2-エチル-1-ブタノールがあります。

3. 第二級アルコールのヘキサノールの構造異性体

第二級アルコールのヘキサノールの構造

図2. 第二級アルコールのヘキサノールの構造

第二級アルコールのヘキサノールには、主鎖の炭素数が6の2-ヘキサノールや3-ヘキサノールのほか、主鎖の炭素数が5の3-メチル-2-ペンタノール、4-メチル-2-ペンタノール、2-メチル-3-ペンタノールが存在します。主鎖の炭素数が4のヘキサノールには、3,3-ジメチル-2-ブタノールがあります。

4. 第三級アルコールのヘキサノールの構造異性体

第三級アルコールのヘキサノールの構造

図3. 第三級アルコールのヘキサノールの構造

第三級アルコールのヘキサノールには、主鎖の炭素数が5の2-メチル-2-ペンタノールや3-メチル-3-ペンタノールがあります。主鎖の炭素数が4のヘキサノールには、2,3-ジメチル-2-ブタノールが存在します。

ナフタレン

ナフタレンとは

ナフタレンの基本情報

図1. ナフタレンの基本情報

ナフタレンとは、二環式の縮合環を有する芳香族炭化水素の一つです。

ナフタレンは別名、ナフタリンとも呼ばれます。ナフタレンはうろこ状をした白色の結晶です。ナフタレンに紫外線を当てると、紫色の蛍光を発します。スルホン化やニトロ化などの反応の際に、有用な合成中間体です。

ナフタレンは、コールタール中に最も多量に含まれる成分で、コールタールを精製して得られます。コールタールから抽出されたナフタレン油を強制冷却すると、ナフタレンが結晶として析出します。

ナフタレンの使用用途

ナフタレンは室温でも揮発性に優れ、防虫剤や防臭剤として生活に広く使用されています。また、ナフタレンから生成される無水フタル酸は、ポリエステル繊維の原料としても使用可能です。

ナフタレンは、他にも染料中間体や合成樹脂、殺虫剤、滅菌剤、燃料、界面活性剤、ゴムに柔軟性を与える乳化重合用分散剤、有機顔料等の有機化学合成の原料としても幅広く用いられています。

ナフタレンを水素化すると、化学合成やインク塗料等の製造に有用な溶剤であるテトラリンやデカリンを生成可能です。

ナフタレンの性質

ナフタレンには独特の匂いがあり、常温で昇華性を示します。ナフタレンはエタノール、エーテル、ベンゼンなど多くの有機溶剤には溶けますが、水には不溶です。

ナフタレンは2組の等価な水素原子を持っています。α位は1、4、5、8位で、β位は2、3、6、7位です。

ナフタレンの構造

ナフタレンの共鳴構造

図2. ナフタレンの共鳴構造

ナフタレンは、1辺を2個のベンゼン環が共有している構造を持った多環芳香族炭化水素です。分子式はC10H8、分子量は128.17です。

ナフタレンの炭素-炭素結合は、ベンゼンとは異なり、すべて同じ結合長ではありません。C1-C2、C3-C4、C5-C6、C7-C8間の炭素-炭素結合はおよそ136pmですが、それ以外の炭素-炭素結合の長さはおよそ142 pmです。この違いは3種類の共鳴構造を含めたナフタレン中の結合の原子価結合モデルによって説明できます。

すなわち、C1-C2、C3-C4、C5-C6、C7-C8間の炭素-炭素結合は3種類の共鳴構造のうち2種類が二重結合ですが、それ以外の炭素-炭素結合は共鳴構造のうち1種類のみが二重結合であるためです。

ナフタレンはアセン類 (英: acene) の最も単純な化合物です。ナフタレンの構造異性体には、5員環と7員環で構成されるアズレン (英: azulene) があります。

ナフタレンのその他情報

1. ナフタレンの反応性

ナフタレンもベンゼンと同じように、芳香族求電子置換反応を受けます。ただし、ナフタレンはベンゼンと比べて穏和な条件で反応する場合が多いです。

したがって、ベンゼン上で起きる反応は、ナフタレンでも起こります。位置選択性は反応により違いますが、速度論的に有利なのはα位の置換で、熱力学的に有利なのはβ位の置換です。

2. ナフタレンの置換体

ナフタレンの置換体

図3. ナフタレンの置換体

ナフタレンにはモノ置換体が2種類、ジ置換体が10種類存在します。2,7位ジ置換体以外には、すべて置換位置を示す接頭辞が付けられています。

1、4、5、8位のモノ置換体は、アルファ (α-) 、2、3、6、7位のモノ置換体は、ベータ (β-) です。1,2位のジ置換体はオルト (o-) 、1,3位のジ置換体はメタ (m-) 、1,4位のジ置換体はパラ (p-) 、1,5位のジ置換体はアナ (ana-) 、1,6位のジ置換体はエピ (ε-) 、1,7位のジ置換体はカタ (kata-) 、1,8位のジ置換体はペリ (peri-) 、2,3位のジ置換体はプロス (pros-) 、2,6位のジ置換体はアンフィ (amphi-) と付けられています。

3. ナフタレンの置換基

ナフタレンから水素を1つ取り去った置換基は、ナフチル基 (英: naphthyl group) と呼ばれています。水素の位置によって、1-ナフチル基と2-ナフチル基が存在します。

グリシン

グリシンとは

グリシンの基本情報

図1. グリシンの基本情報

グリシンとは、側鎖が水素原子のみのアミノ酸です。

タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうちの一つで、その中で不斉炭素原子を持たない唯一のアミノ酸です。略号は、GlyあるいはGと表されます。

グリシンは様々な働きを持っており、人の体内で生成可能です。特に中枢神経系では不可欠な物質で、脊髄や脳幹に高濃度で存在しています。コラーゲンを構成する主要なアミノ酸であり、コラーゲン中の約3分の1を占めています。 

グリシンの使用用途

グリシンは、金属を溶かしやすくする、キレート効果を持っています。この性質を利用して、精密機器などの洗浄剤、研磨剤として用いることが可能です。微生物により分解されやすいため、環境に優しいキレート剤と言えます。調味料や日持ちを向上させる手段として、さまざまな食品にグリシンを利用可能です。

それ以外にも、最も単純なアミノ酸であることから、他のアミノ酸の合成原料としても使われます。それに加えて、コラーゲン、ポルフィリン、グルタチオン、クレアチンのような、多種多様な生体物質の原料として使用可能です。

グリシンの性質

グリシンは、白色の固体です。エタノールやピリジンに溶解しますが、エーテルには溶けません。水に溶けやすく、カルボキシル基の酸解離定数はpKa = 2.34、アミノ基の酸解離定数はpKa = 9.6です。自然な甘みを持ち、菌の働きを抑える静菌作用にも優れています。

グリシンの構造

グリシンの構造

図2. グリシンの構造

グリシンとは、2-アミノ酢酸のことです。地球生物のDNAに規定された20種のアミノ酸の一つでもあります。アミノ酸の構造の側鎖が水素原子 (–H) であり、不斉炭素がありません。したがって、生体を構成しているα-アミノ酸の中で、唯一立体異性体 (D-, L-) を持っていません。

化学式はC2H5NO2で、モル質量は75.07g/molです。示性式はH2NCH2COOHで、密度は1.1607g/cm3です。グリシンは非極性側鎖アミノ酸に分類されています。両性イオンであり、酸性側とアルカリ性側のいずれでも解離します。具体的には、pH = 2.4未満でアンモニウムカチオンになり、 pH = 9.6以上でグリシネートになります。

グリシンのその他情報

1. グリシンの生合成と代謝

グリシン開裂系はテトラヒドロ葉酸によって、グリシンを開裂し、テトラヒドロ葉酸は5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸になります。その一方で、グリシンヒドロキシメチルトランスフェラーゼの働きで、可逆的にグリシンをL-セリンに相互変換可能です。そして、5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸がテトラヒドロ葉酸に変わる反応が触媒されます。

もしグリシンが脱アミノ化すると、グリコール酸が生成し、酸化によってグリオキシル酸が生じます。ヒトにおいてグリオキシル酸は、エチレングリコールがしゅう酸に代謝されるときの中間体です。酸化すると有害なシュウ酸が生成し、酸化反応を避けるためにも、グリシンの代謝は重要です。

2. グリシンの反応

グリシンの反応図3. グリシンの反応

酸塩化物を用いると、グリシンは馬尿酸やアセチルグリシンなどのアミドカルボン酸に変換されます。亜硝酸を使用することで、グリシンからグリコール酸が得られます。グリシンとヨウ化メチルの反応では、アミンが四級化されて、天然生成物であるトリメチルグリシンを生成可能です。

そのほか、グリシンは縮合して、ペプチドを生成します。その第一段階は、グリシンのジペプチドであるグリシルグリシンの形成です。ほかにも、グリシンやグリシルグリシンの熱分解によって、環状ジアミドである2,5-ジケトピペラジンが得られます。

また、グリシンはアルコールとエステルを形成し、グリシンメチルエステル塩酸塩として単離可能です。さらに、アミノ基とカルボキシ基を有するため、二官能性分子としてさまざまな試薬と反応します。

クロロホルム

クロロホルムとは

クロロホルムとは、脂肪族塩素化合物の一つです。

メタンの水素原子3個が塩素に置換した構造をしていることから、トリクロロメタンとも呼ばれます。

クロロホルムの使用用途

クロロホルムの使用用途は、主にクロロジフルオロメタンとフロンの原料です。

1. クロロジフルオロメタンの原料

クロロホルムは、工業的には、ポリテトラフルオロエチレン (PTFE) などのフッ素樹脂の原料であるクロロジフルオロメタン (HCFC-22) の製造等に使用されます。蛍石と硫酸を反応させることで生成するフッ酸とクロロホルムを反応させることで、クロロジフルオロメタンが生成します。

2. フロンの原料

クロロホルムは、フッ素系冷媒等として使われるフロンの製造にも用いられます。しかし、オゾン層を破壊するおそれのある物質を指定して、物質の製造、消費および貿易を規制することを目的とするモントリオール議定書により、オゾン層破壊物質であるフロンの製造量は年々減少しています。

3. その他

クロロホルムには、医薬・農薬用抽出溶剤としての用途もあり、ペニシリン等の抗生物質、ビタミンやアルカロイド等の抽出精製のために使用されています。また、クロロホルムを重水素化した重クロロホルムは、NMR測定用の重溶媒として広く用いられています。

その他、様々な物質 (脂質、油、ゴム、アルカロイド、ワックス、ガッタパーチャ、樹脂など) に用いる溶剤や天然物等の抽出分離剤等としても利用されています。

クロロホルムは、かつては吸入麻酔剤として使用されていました。しかし、クロロホルムが心臓・腎臓等に有害であり、発がん性もあることが判明したことから、ジエチルエーテルなどに取って代わられていき、現在では麻酔剤としてはほぼ使われていません。

クロロホルムの特徴

クロロホルムは、特有のエーテル臭をもつ無色の液体であり、比重 (水=1) は1.48、沸点は61℃、融点はマイナス64℃です。揮発性が高く、麻酔作用があります。

水には不溶ですが、ほとんどの有機溶媒と混ざる性質を持つ、非常に溶解性の高い溶剤です。また、酸には安定ですが、アルカリにはあまり安定ではありません。液体状態のクロロホルムは不燃性ですが、蒸気の状態になると燃えます。

クロロホルムは、土壌や地表水から容易に揮発し、空気中で分解してホスゲンジクロロメタン、塩化ホルミル、一酸化炭素二酸化炭素、塩化水素を生成します。一般的な市販品には、メタノールエタノール、アミレンなどが安定剤として添加されています。クロロホルムの空気中における半減期は、55〜620日とされています。

クロロホルムのその他情報

1. クロロホルムの合成方法

塩素とクロロメタン、あるいはメタンを約500℃で加熱すると、フリーラジカルの塩素化反応によってクロロメタン類の混合物 (クロロメタン、ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素) が生成します。クロロホルムは、これらの生成物を蒸留分離することで工業的に製造されています。

クロロホルムは、エタノールまたはアセトンと次亜塩素酸カルシウムとの反応(ハロホルム反応)や、四塩化炭素と水素との反応などによっても生成されます。

クロロホルムは様々な海藻から自然生成することが知られています。また、菌類も土壌中でクロロホルムを生成すると考えられています。その他、水道水の塩素処理によっても、有機物と塩素の反応によってクロロホルムが生成します。

2.クロロホルムの安全性

クロロホルムを吸入すると、咳、めまい、し眠、感覚麻痺、頭痛、吐き気、嘔吐、意識喪失を引き起こすことがあります。大量に吸入すると、心拍の低下、最悪の場合は死に至る可能性もあります。呼吸器、肝臓、腎臓への発がん性も疑われています。

クロロホルムを目に対してばく露すると、痛み、発赤、催涙を引き起こします。また、皮膚にばく露すると、発赤、痛み、皮膚の乾燥を引き起こします。取り扱い時には安全メガネや保護手袋を着用する必要があります。

参考文献

https://www.env.go.jp/earth/ozone/montreal_protocol.html
http://www.nihs.go.jp/hse/cicad/full/no58/full58.pdf

クロム

クロムとは

クロムとは、原子番号が24、元素記号がCrで表される金属元素です。

クロムの化合物はさまざまな色を持つことから、ギリシャ語の色を意味するchromaをもとに、ルネ=ジュスト・アユイ (英: René Just Haüy) によって名前がつけられました。

クロムは主にクロマイト鉱石 (FeCr2O4) から採取されます。世界のクロム資源の90%以上は、南アフリカとカザフスタンの2カ国に集中しており、非常に偏っています。 

クロムの使用用途

クロムは、主に鉄鋼の分野で利用されています。クロムを12%以上含むクロムと鉄の合金は、ステンレス鋼と呼ばれ、腐食耐性が高く錆びにくい金属として、機械や台所用品などに幅広く使われています。さらに、クロム金属は光沢があり腐食耐性が高いため、メッキとして利用可能です。

また、クロムは人の代謝に関わる必須ミネラルでもあります。特に、脂質代謝を活発にする働きがあるため、コレステロール値や中性脂肪を下げ、動脈硬化や高血圧を予防可能です。そして、インスリンの働きを助ける作用もあり、糖尿病の予防効果があると言われています。 

クロムの性質

クロムは銀白色の硬い金属であり、融点は1,907°Cで、沸点は2,671°Cです。常温では極めて安定です。

塩酸や希硫酸に溶かすと、2価のクロム塩溶液となります。2価の状態は不安定なため、空気中の酸素によって、3価のクロムへと速やかに酸化されます。

クロムの構造

クロムの電子配置は[Ar] 3d5 4s1です。α、β、γの3種類の同素体を持っています。結晶構造は、αが体心立方格子、βが立方最密充填構造、γが六方最密充填構造です。

天然存在比が最も多いクロムの同位体は52Crで、83.789%です。そして、安定同位体 (52Cr、53Cr、54Cr) が存在します。放射性同位体は19種類同定されており、最も安定な50Crの半減期は1.8×1017年以上です。51Crの半減期は27.7日で、それ以外の半減期はすべて24時間以内であり、ほとんどの半減期は1分以下です。

同位体の質量数は、42から67までを取っています。主に52以下の質量数のクロムは電子捕獲により崩壊して、52以上の質量数のクロムはベータ崩壊します。

クロムのその他情報

1. 体内のクロム

人間にとってクロムは、微量必須元素です。体内でインスリンとレセプターの結合を助ける働きをする耐糖因子を構成するための材料です。体内でクロムが不足している場合には、糖代謝の異常が起きて、糖尿病が発症する可能性があります。

クロムを多く含んだ食品の例として、エビ、レバー、キノコ類、豆類、ビール酵母、黒胡椒などが挙げられます。1日のクロムの必要量は、50〜200μgです。

未精製の穀類にも含まれていますが、精製によって大部分のクロムが失われます。小麦粉を精白するとクロムが98%失われ、米を精米するとクロムが92%なくなると報告されています。その上クロムは、体内へ吸収されづらいミネラルです。クロムを体内へ吸収するためのサプリメントなども販売されています。

2. クロムの危険性

単体のクロムや3価のクロムには、毒性がありません。しかし、6価のクロム化合物の毒性は高いです。以前はメッキのために6価のクロムが使われていましたが、土壌汚染などの問題が指摘され、亜鉛メッキのクロメート処理で使用されなくなってきました。

クロムはたばこに含まれている発がん性物質です。4価のクロム化合物には、発癌性があると報告されています。

3. クロムの同位体の応用

53Crは53Mnの崩壊生成物であり、クロムとマンガンの同位体の含有量は関連性があり、同位体地質学で利用可能です。クロムとマンガンの同位体の組成比を考えると、初期の太陽系には26Alや107Pdが存在したことを示しています。小惑星の52Crと53CrやMnとCrの多様な構成比から、天体の形成初期に53Mnが崩壊したことが示唆されます。

アルゴン

アルゴンとは

アルゴン (英: Argon) とは、地球大気中に水蒸気を除き、窒素や酸素に次いで3番目に多く含まれる気体です。

元素周期表の第18族に属し、貴ガス (英: noble gas) と呼ばれています。ただし、化学的に分離や抽出が困難であった時代の名残で、希ガス (英: rare gas) とも呼ばれています。

大気中にアルゴンはおよそ0.93%存在します。貴ガスの中で、空気中の存在比が最も大きいです。現代では空気を-200℃程度の極低温に冷却し、窒素や酸素と分離して得られます。

アルゴンの使用用途

アルゴンは、他の物質と反応しにくいため、不活性ガスとして製造現場で広く使用されています。代表的な用途として、溶接のシールドガスが挙げられます。

アルゴンに数%の酸素を加えたシールドガスを用いることで、局所的にアークを集中できるため、高品質な溶接加工を行うことが可能です。また、半導体基板の材料であるシリコンウエハを製造する際の雰囲気ガスとしても、アルゴンがよく用いられています。

他の物質と反応しにくい不活性ガス雰囲気を用いて、純度99.99%の高品質なシリコンの製造も可能です。他にも、ステンレス鋼を製造する精錬炉の雰囲気ガスとしても広く使用されています。

アルゴンの性質

常温常圧でアルゴンは、無色無臭の気体です。他の物質と化学反応を起こしにくいため、不活性ガスと呼ばれます。三重点は83.8058Kです。

アルゴンの構造

アルゴンは第18族元素の貴ガスで、第3周期元素の1つであり、元素記号はAr、原子量は39.95です。最外殻には価電子がなく、オクテット則を満たすため、化学的に構造が安定しています。電子配置は、[Ne] 3s2 3p6です。

比重は−233°Cの固体状態で1.65、−186°Cの液体状態で1.39であり、空気に対する比重は1.38です。固体状態では、面心立方構造を取っています。

地球上に存在するほとんどのアルゴンは、質量数が40 (40Ar) であり、地殻中にあるカリウム40 (40K) の崩壊によって生成しました。40Arの半減期は1.25×109年です。その一方で、宇宙にはアルゴン36 (36Ar) が最も多く、超新星爆発によって生じました。アルゴンの同位体の中で、安定同位体は36Ar、38Ar、40Arの3種類です。

アルゴンのその他情報

1. アルゴンの精製

液体空気の分留により、アルゴンの単体を得られます。分留の反復以外にも、活性炭による分別吸着、アルカリ金属との加熱、ガスクロマトグラフィー、分別蒸発などで、アルゴンを精製できます。

2. アルゴンの同位体

アルゴンには、25種類の同位体が知られています。地球の大気中には、圧倒的に40Arが多いです。

宇宙線の作用によって、39Arや40Arが生成します。地球表面では、39Kの中性子捕獲などによって39Arが生じます。天然のアルゴンに含まれる39Arの割合の測定値は、(8.0±0.6)×10−16g/gです。

さらに、大気圏での核実験によって、37Arが生成します。37Arの半減期は35日です。また、地球大気中の42Arの割合は、およそ6×10−21です。

3. アルゴンの化合物

アルゴンの単原子はオクテット則を満たすため、長い間他の原子と結合した化合物は知られていませんでした。しかし、2000年に初めて、アルゴンフッ素水素化物 (英: argon fluorohydride) が合成されました。化学式はHArFで、アルゴン、フッ化水素、ヨウ化セシウムを混ぜて、7.5Kで紫外線を照射すると合成できます。

アルゴンフッ素水素化物は-256℃以下では安定していますが、-256℃以上ではアルゴンとフッ化水素に分解します。アルゴンは水和物結晶やキノール分子化合物などを除いて、安定な包接化合物を作りません。

具体的には、水とは8Ar・46H2O、ヒドロキノンとは包接化合物であるAr・3C6H4(OH)2を作ります。