ペンテン

ペンテンとは

1-ペンテンの基本情報

図1. 1-ペンテンの基本情報

ペンテンとは、無色もしくはわずかにうすい黄色の澄明な液体で、強い不快臭のある有機化合物です。

消防法では「危険物第四類 特殊引火物 危険等級Ⅰ」、労働安全衛生法では「危険物」「引火性の物」、危険物船舶運送及び貯蔵規則では「引火性液体類」、航空法でも「引火性液体」の指定がされています。

ペンテンの使用用途

ペンテンは単独で使用されるよりも、各種異性体での利用が多いです。しかし、単独でも試験研究用の試薬や抗体といった方面でも使用できます。

ペンテンは、アルケン (CnH2n) の1つであり、炭素原子 (C) が5つある鎖式不飽和炭化水素です。不飽和炭化水素の特質である構造的な無理から起因した、非常に不安定な物質として知られています。

ペンテンのようなアルケンには、工業上重要な物質と言われるエチレン (C2H4) をはじめとする、プロピレン (C3H6) 、ブテン (C4H8) 、ヘキセン (C6H12) といったものがあります。

ペンテンの性質

ペンテンの融点/凝固点は-135℃で、沸点は30℃です。エタノールアセトンには極めて溶けやすいですが、水にはほとんど溶けません。

なお、ペンテンの化学式はC5H10、分子量は70.13、CAS登録番号は25377-72-4です。ペンテンには、引火性があります。

ペンテンの構造

ペンテンの直鎖異性体の構造

図2. ペンテンの直鎖異性体の構造

ペンテンはアルケンの一種で、鎖式有機化合物であり、二重結合を一つ持っています。二重結合の位置によって、1-ペンテンと2-ペンテンという構造異性体が存在します。

さらに、2-ペンテンはシス型とトランス型を有し、これらは幾何異性体 (シス–トランス異性体) です。

ペンテンのその他情報

1. 1-ペンテンの構造

1-ペンテンはα-オレフィンの一つです。1-ペンテンは、石油の流動接触分解 (英: Fluid catalytic cracking) や熱分解のほか、炭化水素フラクションの熱分解によって、エチレンやプロピレンを生産する際に、副生成物として主に製造されます。ただし、化合物として1-ペンテンが、分離・単離されるのは稀です。

その一方で、1-ペンテンはガソリンにブレンドされます。ガソリンを作るために、炭化水素の混合物として、イソブタンでアルキル化されて使用されています。また、フィッシャー・トロプシュ法 (英: Fischer-Tropsch process) によって合成される原料から1-ペンテンが分離されて、Sasol社により販売されています。

なお、n-ペンテン、アミレン、n-アミレンなどは、1-ペンテンの別称です。

2. 2-ペンテンの構造

2-ペンテンには、cis-2-ペンテンとtrans-2-ペンテンという、2つの幾何異性体が存在します。とくにcis-2-ペンテンは、オレフィンメタセシス (英: Olefin metathesis) に用いられています。

ちなみに、β-n-アミレンやsym-メチルエチルエチレンは、2-ペンテンの別称です。

3. ペンテンの分岐鎖異性体

ペンテンの分岐異性体の構造の構造

図3. ペンテンの分岐異性体の構造

ペンテンの分岐鎖異性体には、2-メチル1-ブテン、2-メチル-2-ブテン、3-メチル-1-ブテンが存在します。2-メチル-2-ブテンはβ-イソアミレン、3-メチル-1-ブテンはイソペンテンやα-イソアミレンとも呼ばれています。

イソアミレンは、深度接触分解 (DCC) における、主な3つの副生成物です。深度接触分解 (DCC) とは、流体接触分解 (FCC) と非常に似ている比較的新しい概念です。深度接触分解 (DCC) ではプロピレン、イソブチレン、イソアミレンを得る原料として、真空軽油 (VGO) を用います。

イソブチレンやイソアミレンは、ガソリンにブレンドするための代替成分として議論されている、メチルtert-ブチルエーテル (MTBE) やtert-アミルメチルエーテル (TAME) の生産にも必要な原料です。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0101-0382JGHEJP.pdf

ペリルアルデヒド

ペリルアルデヒドとは

ペリルアルデヒドの基本情報

図1. ペリルアルデヒドの基本情報

ペリルアルデヒドとは、無色かうすい褐色の澄明な液体で、特異臭のある有機化合物です。

ペリルアルデヒドはシソの精油の約半分を占める成分で、多くの植物やそれらの精油に含まれています。ペリルアルデヒドの名称は、シソ属の学名であるPerillaに由来しています。

ペリルアルデヒドのCAS登録番号は2111-75-3です。国内法規上の適用法令は消防法のみで、「危険物第四類 第三石油類 危険等級Ⅲ」に指定されています。

ペリルアルデヒドの使用用途

ペリルアルデヒドは、食品の香料として主に使用されており、天然のシソからも精油される物質です。シソの葉は、各種ビタミンの宝庫としても知られていましたが、シソに含まれるペリルアルデヒドが、嗅覚を刺激して効能をもたらしていたことが後になって判明しました。

その効能の1つに抗菌作用があることから、治療の分野でも抗炎症効果をもつ治療薬として、ペリルアルデヒドは使われるようになっています。

ペリルアルデヒドの性質

ペリルアルデヒドの鏡像異性体の構造

図2. ペリルアルデヒドの鏡像異性体の構造

ペリルアルデヒドの沸点は237℃、密度は0.953g/cm3です。ペリルアルデヒドはメタノールエタノールと混和しますが、水には極めて溶けにくいと言えます。

ペリルアルデヒドの化学式はC10H14O、分子量は150.22で、ペリルアルデヒドはホルミル基を有するモノテルペン (英: Monoterpene) です。モノテルペンとは、テルペンの分類の一つであり、2つのイソプレン単位から構成され、C10H16の分子式を有しています。

モノテルペンには線形のものと環を含むものが存在します。酸化や転位反応などの生化学修飾により、モノテルペノイドを生成可能です。ペリルアルデヒドには (-) -ペリルアルデヒドと (+) -ペリルアルデヒドという鏡像異性体が存在します。シソ中に含有されるのは (4S) -体 (または(-)-ペリルアルデヒド) で、市販されているものも同様です。

ペリルアルデヒドのその他情報

1. ペリルアルデヒドの香り

シソの成分の大半を占めているのが、ペリルアルデヒドです。シソの持つ独特な香りの成分は、ペリルアルデヒドのほか、リモネン (英: limonene) やピネン (英: pinene) などの精油成分によるものです。

シソは薬味や添え物に用いられることが多い香味野菜で、大葉とも呼ばれています。ヒマラヤや中国南部が原産で、日本には平安時代に伝わったとされています。

2. ペリルアルデヒドの効果

ペリルアルデヒドには、強い抗菌作用や防腐効果があります。食中毒を予防して、消化酵素の分泌を促し、食欲を増進させて胃の調子を整える作用を持っています。そのため、よくシソは刺身のつまとして添えられることが多いです。

シソの香りの主成分であるペリルアルデヒドは、刻むことで香りが引き立って、より効果が出ます。例えば刺身などに添えるときも細かく刻んで食べると良く、漬物やサラダに加えた場合にもより香りが楽しめます。シソは薬味として使用されることが多いため、一度の摂取量は多くありません。

3. ペリルアルデヒドの関連化合物

ペリルアルデヒドの関連化合物の構造

図3. ペリルアルデヒドの関連化合物の構造

純粋な化合物やシソから得られるペリルアルデヒドを豊富に含んだ揮発性のオイルは、香り付けのための食品添加物や香料の鋭さを与えるために利用されています。さらに、ペリルアルデヒドから合成されるペリラアルコール (英: perillalcohol) も、同様に香料として使用されます。

その一方で、ペリルアルデヒドのオキシム (英: oxime) であるペリラルチン (英: perillartin) は、紫蘇糖の主成分です。ペリラ・シュガー (英: perilla sugar) の名前でも知られており、化学式はC10H15NOです。このペリラルチンは、砂糖の主成分であるスクロースの2,000倍も甘みを持つことが明らかになりました。以前日本で発売されたピース (英: Peace) などのタバコ用の甘味料として、ペリラルチンは用いられていました。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0116-2416JGHEJP.pdf
https://www.nite.go.jp/chem/chrip/chrip_search/dt/html/GI_10_001/GI_10_001_2111-75-3.html

ベンゾフェノン

ベンゾフェノンとは

ベンゾフェノン (英: benzophenone) とは、甘い香気を持つ常温で白色かほとんど白色の結晶あるいは結晶性粉末です。

代表的な芳香族ケトン化合物の1つであり、有機化学で広く使用されるビルディングブロックです。ジフェニルケトン (英: diphenyl ketone) という別名があります。

ベンゾフェノンの性質

ベンゾフェノンの主な物理的及び化学的性質は、融点/凝固点が48~50 ℃、沸点又は初留点及び沸騰範囲が305.4 ℃、引火点が143 ℃です。密度が1.11 g/cm3の固体で、アセトンエタノールに溶け、水にはほとんど溶けません。

二つのベンゼン環がカルボニル基で架橋された構造をもち、化学式はC6H5COC6H5で表され、Ph2COと略されることもあります。分子量は182.22で、CAS登録番号は119-61-9です。

ベンゾフェノンの使用用途

1. 光重合開始材

ベンゾフェノンは、紫外線を吸収して光増感作用を示す性質をもっているため、光重合の開始剤に用いられます。

2. 紫外線吸収剤

ベンゾフェノン系の紫外線吸収剤は、プラスチックとの相性が良く、塗料などに効果が高いことで知られています。紫外線吸収剤は、紫外線を跳ね返す紫外線散乱剤と異なり、紫外線を吸収して他のエネルギー (熱エネルギーなど) に変えることで、結果的にベースとなる物質を保護する物質となります。黒色、不透明なパッケージでは不都合な場合に特に有用です。

3. 脱水溶媒の調製

ベンゾフェノンは、有機合成の実験室で溶媒の脱水と脱酸素を行う際に、金属ナトリウムと併せて用いられることが多いです。ベンゾフェノンから生じたベンゾフェノンケチルは青色ですが、水分や酸素と速やかに反応し消色するので、溶液が青く保たれた状態を目視することで、脱水の完了が分かります。テトラヒドロフランジエチルエーテルなどのエーテル系溶媒に対して用いられる方法です。

4. 光アフィニティプローブ

ベンゾフェノンは、ケミカルバイオロジーの分野では、光アフィニティープローブに用いられます。ベンゾフェノンを結合させた低分子化合物に、タンパク質などの生体分子内で紫外線を照射すると、低分子と相互作用するタンパク質に対してベンゾフェノン部位が共有結合を形成し標識化されます。これを検出することで、低分子と相互作用しているタンパク質を決定することができます。

5. その他の使用用途

ベンゾフェノンは、樹脂モノマーとの混和性や反応速度を向上させることを目的として種々のベンゾフェノン誘導体が開発され、市販されています。ベンゾフェノン誘導体の中には、日焼け止め成分として有用なものもあります。その他にも、有機合成の原料や医薬関連製品の中間体 (原料と最終の医薬品との中間に位置する製品) としても知られています。

ベンゾフェノンのその他情報

1. ベンゾフェノンの製造法

ベンゾフェノンは、空気中ジフェニルメタンを銅触媒で酸化することで製造されます。実験室的には、2分子のベンゼンと四塩化炭素からルイス酸触媒下で合成されるジクロロジフェニルメタンを加水分解することで合成できます。同じくルイス酸存在下で、塩化ベンゾイルとベンゼンとのフリーデル・クラフツ反応によっても合成可能です。

2. 法規情報

ベンゾフェノンは国内法規上、危険物船舶運送及び貯蔵規則で「有害性物質」、航空法で「その他の有害物質」に指定されています。化学物質排出把握管理促進法 (PRTR法) でも「第1種指定化学物質」に指定があります。

3. 取扱いおよび保管上の注意

取扱い及び保管上の注意は、下記の通りです。

  • 容器を密栓し、冷暗所に保管する。
  • 酸化剤などの混触危険物質から離して保管する。
  • 屋外や換気の良い区域のみで使用する。
  • 粉塵が飛散しないように注意する。
  • 使用時は保護手袋、保護眼鏡を着用する。
  • 使用後は適切に手袋を脱ぎ、本製品の皮膚への付着を避ける。
  • 取扱い後はよく手を洗浄する。
  • 皮膚に付着した場合は、石鹸と多量の水で洗い流す。
  • 眼に入った場合は、水で数分間注意深く洗う。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/119-61-9.html

ベンジルアミン

ベンジルアミンとは

ベンジルアミン (benzylamine) とは、芳香族アミンの1種であり、フェニルメチルアミンとも呼ばれる化合物です。

アンモニア (NH3) のHを1つとったアミノ基 (NH2) に、トルエン (C6H5CH3) から同じようにHを1つとったベンジル基 (C6H5CH2) がつながった構造を有しています。無色から淡黄色の液体で揮発性が高く、アンモニアに似た強い臭いがあります。

水やエタノールあるいはアセトンに極めて溶けやすいです。なお、化学式はC6H5CH2NH2、分子量107.15、融点/凝固点10℃となっています。沸点又は初留点及び沸騰範囲は185 ℃、引火点70℃、CAS登録番号100-46-9です。

消防法で「危険物第四類 第三石油類 危険等級Ⅲ・水溶性」、危険物船舶運送及び貯蔵規則では「腐食性物質」、航空法で「腐食性物質」に指定されています。

ベンジルアミンの使用用途

ベンジルアミンは、医薬品はじめ染料や界面活性剤の原料など産業上の基礎材料として幅広く活用されています。例えば、ベンジルアルコール、シアン化ベンジルなど化合物の製造原料です。

工業用途では、農薬や染料、防腐剤、プラスチック、香料、ゴムなどの製造に広く使用されます。さらに、さまざまな医薬品や農薬を合成する際の官能基の導入や置換反応の起点としても使用される、重要なビルディングブロックでもあります。

ベンジルアミンの性質

ベンジルアミンは無色透明な液体であり、沸点は185~187℃、融点は-51℃です。比重は1.04、蒸気圧は20℃において、0.15 kPaです。水には微溶性で、エタノール、アセトン、ジエチルエーテルなどの有機溶媒に溶解します。

アルカリと反応し、水酸化ナトリウムと反応するとベンジルアミンナトリウムと水が生成します。また、酸と反応して塩化水素や硫酸などの塩酸塩や硫酸塩を形成します。

ベンジルアミンの構造

ベンジルアミンは化学式 C6H5CH2NH2 、分子量107.15 で表される有機化合物です。フェニル基 (C6H5) がメチレン (CH2) 基を介して、アミノ基 (-NH2) に結合したユニークな化学構造を持っています。

ベンジルアミンは、窒素原子にアルキル (メチル) 基と水素原子が1つずつ結合しているため、一級アミンに分類されます。一級アミンは酸化、還元、置換反応など、さまざまな修飾を受けられるため、多くの化学反応において重要な官能基です。

ベンジルアミンのその他情報

ベンジルアミンの製造方法

ベンジルアミンの製造には、ベンゼンとアンモニアを反応させる方法やトルエンとアンモニアを反応させて得られる方法などで合成することができます。

最も一般的な方法は、アンモニアまたはアミンの存在下、アルカリ金属またはアルカリ土類金属を用いて塩化ベンジルを還元する方法です。

まず、ベンジルアルコールと塩酸を反応させ、塩化ベンジルを調製します。次に、合成した塩化ベンジルを、アンモニアまたはメチルアミンエチルアミンなどのアミン存在下、ナトリウムなどのアルカリ金属あるいはアルカリ土類金属と混合します。

この混合物を約80〜100℃の温度まで加熱することで、塩化ベンジルをベンジルラジカルに還元する反応が起こります。生じたベンジルラジカルは、アンモニアまたはアミンと反応してベンジルアミンが合成されます。

その後、エーテルやジクロロメタンなどの溶媒を用いて反応混合物から生成物を抽出します。この合成法は複数あるベンジルアミン合成法の中で最も効率的であり、高い純度の生成物を得ることが可能です。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0102-0527JGHEJP.pdf
https://www.nite.go.jp/chem/chrip/chrip_search/dt/html/GI_10_001/GI_10_001_100-46-9.html

ベンジル

ベンジルとは

ベンジルとは、黄色の結晶もしくは結晶性粉末の有機化合物です。

国内法令上の規制は特にありませんが、保管に関してガラスを安全な容器包装材料とし、注意事項は「直射日光を避け、換気のよいなるべく涼しい場所に密閉して保管すること」とされています。

ベンジルの使用用途

ベンジルの用途には、印刷の製版に以前から使用されていた「光硬化性樹脂」の光増感剤としての利用が挙げられます。写真材料の分野では増感剤は、限られた波長以外の光でも反応するようにした「光学増感剤」と光の感度をよくする「化学増感剤」に使い分けられています。

光増感剤は、写真の感度向上に寄与しているといわれ、光硬化性樹脂は多方面へ活用することが可能です。そのほか、医薬品分野では中間体として、また重合反応の開始剤といった方面で使用されています。

ベンジルの性質

ベンジルは密度が1.23 g/cm3の固体です。エタノールやエーテルに溶けますが、水には溶けません。

融点は94〜97℃、沸点は346〜348℃、引火点は180℃です。化学式はC6H5COCOC6H5、分子量は210.23、CAS登録番号は134-81-6です。

ベンジルの構造

ベンジル (英: benzyl) は、芳香族のジケトンです。ジベンゾイル (英: dibenzoyl) 、ビベンゾイル (英: bibenzoyl) 、ジフェニルグリオキサール (英: diphenylglyoxal) などの別名を持っています。なお、ベンジルの構造式は、C6H5-C(=O)-C(=O)-C6H5と表されます。

ベンジルのその他情報

1. ベンジルの合成法

ベンジルの合成

図1. ベンジルの合成

研究室でベンジルを合成する場合には、ベンズアルデヒド (英: benzaldehyde) をベンゾイン縮合 (英: benzoin condensation) によって、2-ヒドロキシ-1,2-ジフェニルエタノンであるベンゾイン (英: benzoin) を得てから、硝酸硫酸銅(II)などで酸化することで生成します。

ベンゾイン縮合とは、触媒としてシアン化物イオンを用いることで、芳香族アルデヒドが2量体化して、α-ヒドロキシケトンであるアシロイン (RC(=O)CH(OH)R’) を生成する化学反応のことです。代表的な芳香族アルデヒドのベンズアルデヒドから、ベンゾインが生成するため、ベンゾイン縮合と呼ばれています。

2. ベンジルの反応

強塩基をベンジルに作用させると、フェニル基の転位が起こって、ベンジル酸の塩が生じます。これをベンジル酸転位と呼びます。

3. ベンジル酸転位

ベンジルを用いたベンジル酸転位

図2. ベンジルを用いたベンジル酸転位

ベンジル酸転位 (英: benzilic acid rearrangement) とは、有機化学における転位反応の一つです。水酸化カリウムをベンジルに作用させると、フェニル基が1,2-転位を起こし、ベンジル酸のカリウム塩を与えます。この反応はユストゥス・フォン・リービッヒ (英: Justus Freiherr von Liebig) によって示されました。

脂肪族の1,2-ジケトンを基質として 、α-ヒドロキシカルボン酸を合成した例も知られています。

4. ベンジル酸転位のメカニズム

ベンジル酸転位のメカニズム

図3. ベンジル酸転位のメカニズム

量子化学計算の結果によって支持されている機構は、上図の通りです。まず反応は、1のカルボニル基に対して、ヒドロキシドアニオンの付加によって開始します。

付加体2から3への軸回転後に起きる、4へのR基の1,2-転位は協奏的です。溶媒の水と4の間で、プロトンの移動を起こして、5になります。酸で処理した段階で、6が生成します。

5. ベンジルの関連化合物

ベンジル基 (英: benzyl group) 構造はC6H5CH2-であり、トルエンからメチル基の水素1個を除いた構造です。ベンジルと名前が似ていますが、全く異なります。

ベンジル酸 (英: benzilic acid) も水酸化カリウムとアルコールの混合物を、ベンジルとともに熱することで作られる化合物です。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0102-0815JGHEJP.pdf

ベンザルアセトン

ベンザルアセトンとは

ベンザルアセトンの基本情報

図1. ベンザルアセトンの基本情報

ベンザルアセトンとは、構造式がC6H5CH=CHC(O)CH3の有機化合物です。

別名としてベンジリデンアセトンとも呼ばれています。ベンザルアセトンのCAS登録番号は122-57-6、trans体のCAS登録番号は1896-62-4です。

国内法規上の適用法令は、労働安全衛生法で「変異原性が認められた化学物質等」の指定がされています。

ベンザルアセトンの使用用途

ベンザルアセトンは、香料に関係した分野での利用が多くみられます。芳香族に属する有機化合物で、スイートピーのような臭いが特徴です。とりわけ顕著なのが、石鹸の香料と言われています。

石鹸は、天然油脂とアルカリが主原料となるため、そのままでは油くさいものでしたが、香料を混ぜることで人が好む香りが石鹸の香り (=清潔な香り) と言われるようになりました。

石鹸は、ひとの肌に直接つける洗浄剤とも定義付けされているため、薬機法 (旧薬事法:正式名称を「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」) の化粧品となるため、成分表示が義務付けられています。

ベンザルアセトンの性質

ベンザルアセトンは、うすい黄色又は黄色から黄褐色の澄明な特異臭のある塊か液体をしています。ベンザルアセトンの融点は37〜41℃、沸点は262℃、引火点は66℃です。

なお、ベンザルアセトンの化学式はC10H10O、構造式はC6H5CH=CHC(O)CH3、分子量は146.19です。

ベンザルアセトンはα,β不飽和ケトンであり、cis体とtrans体の両方の構造が可能ですが、観測されるのはtrans体のみです。

ベンザルアセトンのその他情報

1. ベンザルアセトンの合成法

ベンザルアセトンの合成

図2. ベンザルアセトンの合成

容易に入手できるアセトンとベンズアルデヒドから、NaOH誘導の縮合反応によって、効率的にベンザルアセトンが合成可能です。

2. ベンザルアセトンの反応

ベンザルアセトンの反応

図3. ベンザルアセトンの反応

ベンザルアセトンもその他のメチルケトンと同様に、α位とβ位の水素原子が中程度に酸性です。そのため容易に脱プロトン化して、対応するエノラート (英: enolate) を形成します。

エノラートとは、炭素-炭素二重結合上の炭素に、ヒドロキシ基が直接結合した化合物のことです。エノールにおけるヒドロキシ基の水素原子が、プロトンとして解離して生成する陰イオンと同じ構造を取っています。

ベンザルアセトンのエノラートは、多種多様な反応をすることが期待できます。

3. ベンザルアセトンの応用

ベンザルアセトンのエノラートの反応例として、臭素の二重結合への付加やヒドラゾン (英: hydrazone) の形成などが挙げられます。また、ヘテロジエンへのアルケンの付加によって、ジヒドロピラン (英: dihydropyran) をディールス・アルダー反応 (英: Diels–Alder reaction) で合成可能です。

さらに、二鉄ノナカルボニル (英: nonacarbonyldiiron) と呼ばれるFe2(CO)9に反応させると、(ベンジリデンアセトン)鉄トリカルボニル (英: (Benzylideneacetone)iron Tricarbonyl) が生成して、Fe(CO)3単位が他の有機化合物に転移します。

4. ベンザルアセトンの関連化合物

ベンザルアセトンのエノラートを用いて、メチル基部分にベンズアルデヒド (英: benzaldehyde) を縮合させたジベンザルアセトン (英: dibenzalacetone) を合成可能です。

芳香族ケトンであるジベンザルアセトンは、ジベンジリデンアセトン (英: dibenzylideneacetone) とも呼ばれています。ジベンザルアセトンには、cis,trans体やcis,cis体も存在しますが、通常trans,trans体のことを指します。

遷移金属の配位子としてのdbaは、ジベンザルアセトンの略称です。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/product/detail/W01W0102-0056.html

ヘミン

ヘミンとは

ヘミンの基本情報

図1. ヘミンの基本情報

ヘミンとは、青紫色もしくは黒紫色の結晶あるいは粉末の有機化合物です。

現在では多くの場合、プロトヘミン (英: protohemin) を指します。プロトヘミンとは、フェリプロトポルフィリンⅨクロリド (英: ferriprotoporphyrin Ⅸ chloride) またはフェリヘムクロリド (英: ferrihem chloride)のことです。

ヘミンのCAS登録番号は16009-13-5で、国内法令上の規制は特にありません。

ヘミンの使用用途

ヘミンはヘモグロビンといった血液への活性に関わる分野で、医薬の中間体として使われています。ヘミンは医療において、赤血球系の細胞の「分化誘導」活性を有することがわかっていました。

ヘミン自体が化学式の示す通り、塩素イオンを1つ有するポルフィリンの3価鉄錯体です。血液中のヘモグロビンを作るのに重要な鉄分と相関があります。そのため、人体に対して早くから貢献していた物質と言えます。

ヘミンの性質

ヘミンはジメチルスルホキシドにやや溶けますが、エタノールには極めて溶けにくく、水にはほとんど溶けません。ヘミンは光によって変質する恐れがあるため、ガラスが安全な容器包装材料とされています。

保管する際は、遮光して2~10℃の冷蔵庫に密封する必要があります。

ヘミンの構造

ポルフィンの基本情報

図2. ポルフィンの基本情報

ヘミンは塩素イオン (Cl) 1個がイオン結合しているポルフィリン (英: porphyrin) の三価鉄錯体の慣用名です。ヘミンは錯化合物であり、基本構造はポルフィリンの正方形の平面に対し、垂直に1つの配位子を有するピラミッド型を取っています。

塩化物などのハロゲン化物の陰イオンは、鉄と配位結合をしています。ヘミンの化学式はC34H32ClFeN4O4、分子量は651.94です。

詳細に解説すると、ヘミンはポルフィリンの三価鉄錯体です。ポルフィリンとは4つのピロール環が4つの炭素によって結合しており、閉環したポルフィン (英: porphine) に側鎖が付いた化合物の総称です。

ポルフィンの化学式はC20H14N4、分子量は310.35で、ポルフィリン系物質の前駆体でもあります。ポルフィリンやその他類似化合物の金属錯体は、生体内で重要な役割を担っています。色素や触媒として、人工的にも広く使用可能です。

ヘミンのその他情報

1. ヘミンの合成法

ヘミンは血液に氷酢酸と食塩を加えて加熱後、放冷することで容易に結晶として生成します。1個の陽荷電を有し、通常は塩化物として得られ、クロロヘミン (英: chlorohemin) とも呼ばれています。

遊離のヘムは不安定です。そのため、すぐに酸化されてヘミンになります。

2. 色素としてのヘミン

酵素の一種であるカタラーゼ (英: catalase) やペルオキシダーゼ (英: peroxidase) の色素部分はヘミンです。チトクロム (英: cytochrome) やチトクロムオキシダーゼ (英: cytochrome oxidase) の色素部分も類似のものだと考えられています。

ヘモグロビンの検出に使用するベンジジン染色 (英: benzidine staining) に対して、ヘミンは陽性です。マウス赤白血病細胞 (MEL細胞) とヒト慢性骨髄性白血病K562細胞に対して、赤血球への細胞分化誘導活性を有することも知られています。

3. ヘミンの関連化合物

プロトポルフィリンⅨの基本情報

図3. プロトポルフィリンⅨの基本情報

ヘミンはフェリプロトポルフィリンⅨクロリドとも呼ばれ、プロトポルフィリンⅨの化学式はC34H34N4O4、モル質量は562.658です。プロトポルフィリンⅨはポルフィン環にメチル基が4つ、ビニル基が2つ、プロピオン酸基が2つ結合しています。ポルフィリン類の分類に使用されているローマ数字は、置換基の種類や位置によって決められています。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0108-1032JGHEJP.pdf

ヘプタン

ヘプタンとは

n-へプタンの基本情報

図1. n-へプタンの基本情報

ヘプタンとは、無色・澄明の液体で特異臭がある物質です。

消防法で「危険物第㈣類第一石油類 危険等級Ⅱ」、労働安全衛生法で「名称等を表示すべき危険物及び有害物」「名称等を通知すべき危険物及び有害物」の指定があり、危険物船舶運送及び貯蔵規則や航空法、海洋汚染防止法施行令にも指定されています。

ヘプタンの使用用途

ヘプタン (n-ヘプタン:ノルマルヘプタン) は、ポリオレフィン重合を行うときの溶剤のほか、接着剤や塗料・インキの溶剤、油脂抽出の溶剤に使用されています。

また、シンナーや測定試薬としてプラズマを使った分光分析を代表とし、気体分析手法の一つであるGC分析 (ガスクロマト分析) 、自動車利用者にはおなじみのガソリンのオクタン価分析などにも使われています。研究実験用の洗浄剤としても利用可能です。

ヘプタンの性質

n-へプタンの融点は-91℃、沸点は98℃、引火点は-1°C、自然発火点は204℃です。揮発性と石油臭を示します。

通常ヘプタンは、n-へプタンのことを指します。n-へプタンのCAS登録番号は142-82-5で、エタノールジエチルエーテルに極めて溶けやすく、水には溶けにくいです。

ヘプタンの構造

ヘプタンの異性体は、光学異性体を含めると11種類あります。n-へプタンの化学式はCH3(CH2)5CH3、分子量は100.20です。直鎖アルカンで、オクタン価0の指標になる物質でもあります。

ヘプタンのその他情報

1. ヘプタンの構造異性体 (主鎖:C7)

ヘプタンの構造異性体

図2. ヘプタンの構造異性体

ヘプタンの構造異性体は9種類あります。主鎖の炭素原子の数が7のヘプタンは、n-ヘプタン (英: n-heptane) のみです。

2. ヘプタンの構造異性体 (主鎖:C6)

主鎖の炭素原子の数が6のヘプタンには、2-メチルヘキサン (英: 2-methylhexane) と3-メチルヘキサン (英: 3-methylhexane) の2種類があります。2-メチルヘキサンは、イソペンタン (英: isoheptane) とも呼ばれています。

3. ヘプタンの構造異性体 (主鎖:C5)

主鎖の炭素原子の数が5、側鎖の数が1つのヘプタンは、3-エチルペンタン (英: 3-ethylpentane) だけです。主鎖の炭素原子の数が5、側鎖の数が2つのヘプタンには、以下の4種類が存在します。

  • 2,2-ジメチルペンタン (英: 2,2-dimethylpentane)
  • 2,3-ジメチルペンタン (英: 2,3-dimethylpentane)
  • 2,4-ジメチルペンタン (英: 2,4-dimethylpentane)
  • 3,3-ジメチルペンタン (英: 3,3-dimethylpentane)

2,2-ジメチルペンタンは、ネオヘプタン (英: neoheptane) とも呼ばれます。

4. ヘプタンの構造異性体 (主鎖:C4)

主鎖の炭素原子の数が4、側鎖の数が3つのヘプタンは、2,2,3-トリメチルブタン (英: 2,2,3-trimethylbutane) のみです。

5. ヘプタンの立体異性体

ヘプタンの立体異性体

図3. ヘプタンの立体異性体

ヘプタンは立体異性体を区別すれば、11種類存在します。3-メチルヘキサンと2,3-ジメチルペンタンに立体異性体が存在するためです。

3-メチルヘキサンには、以下の2種類が存在します。

  • (3R)-3-メチルヘキサン (英: (3R)-3-methylhexane)
  • (3S)-3-メチルヘキサン (英: (3S)-3-methylhexane)

一方2,3-ジメチルペンタンは、以下の2種類が存在します。

  • (3R)-2,3-ジメチルペンタン (英: (3R)-2,3-dimethylpentane)
  • (3S)-2,3-ジメチルペンタン (英: (3S)-2,3-dimethylpentane)

また、3-メチルヘキサンと2,3-ジメチルペンタンは、キラル炭素を持つ最小のアルカンです。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0108-0015JGHEJP.pdf

ヘキサメチレンジアミン

ヘキサメチレンジアミンとは

ヘキサメチレンジアミンとは、アミノ基 (-NH₂) をもつ有機化合物です。

芳香環をもたない炭化水素上にアミノ基や置換されたアミノ基が結合した構造をもつため、脂肪族アミンに分類されます。一般的に塩基性の性質をもっており、それらは置換基の数や立体構造によって異なります。

別名は、ヘキサン-1,6-ジアミン、1,6-ヘキサジアミン、1,6-ジアミノヘキサンなどです。

ヘキサメチレンジアミンの使用用途

ヘキサメチレンジアミンは、腐食防止剤、化学中間体、硬化剤に使用されています。特に、合成繊維であるナイロン66やポリウレタンの原料であるヘキサメチレンジイソシアネートの原料として広く使われています。

ヘキサメチレンジアミンは、工業用製品や生活用品に必要な原料となるなど、汎用性の高い化学物質です。

1. ナイロン66

ナイロン66とは、アジピン酸ジクロリドとヘキサメチレンジアミンが縮合重合することにより合成され、バランスがとれた物性をもつエンジニアリングプラスチックです。ナイロン66は、耐熱性、引張強度、耐摩耗性、有機溶剤にも強い耐薬品性が備わった安定的な化学物質です。そのため、主に自動車、繊維、塗料やコーティングなどに用いられる樹脂の生産に使用されています。

2. ポリウレタン

ポリウレタンは別名ポリウレタンゴムと呼ばれ、引張強度や耐摩耗性、弾性などに優れたプラスチックです。特に、その優れた伸縮性から衣類や水着などのウェアの素材として使用され、さらに発泡剤を含ませることにより、防音材、接着剤、自動車部品の原料として広く使用されます。

ヘキサメチレンジアミンの性質

ヘキサメチレンジアミンは、化学式H2N(CH2)6NH2、分子量116.20の有機化合物です。物理的 性質及び化学的性質として、融点/凝固点は38℃〜42℃、沸点又は初留点及び沸騰範囲は204~205℃、室温下 (20℃) で固体であるという性質が挙げられます。

水に可溶で、エタノールアセトンにはわずかに溶ける性質を持っています。水溶液自体は強塩基であるため、酸と激しく反応して腐食性を示し、亜鉛黄銅及び青銅を腐食します。

また、希釈した際に腐食性の気体が生じるのが特徴です。さらに、昇華性と吸湿性を有しており、空気中の二酸化炭素を吸収することで炭酸塩が生成します。

ヘキサメチレンジアミンのその他情報

1. ヘキサメチレンジアミンの製造方法

ヘキサメチレンジアミンの製造方法は、ナイロン66の原料であるヘキサメチレンジアミンとアジピン酸が同一の出発原料から製造可能なADA法が一般的です。この製造方法はナイロン66の製造に必要なシクロヘキサンの酸化及びアジピン酸製造設備のスケールメリットを目的に開発されましたが、製造コストが高いというデメリットがありました。

そのため、1960年代の初期にアクリロニトリルからヘキサメチレンジアミンの原料となるアジポニトリルを製造する電解還元二量化法が開発されました。それに次いで1970年代には、ブタジエンに直接シアン化水素を付加させるペンテンニトリルを経由したハイドロシアネーション法によるアジポニトリル製造方法が開発されました。

他にも アジポニトリルを経由しないヘキサメチレンジアミンの製造方法として、ジオール法、カプロラク タム法及びプロピレン-アリルクロライド法などが挙げられます。

2. ヘキサメチレンジアミンの法規情報

  • 消防法:危険物第2類である可燃性個体に該当
  • 毒物及び劇物取締法:劇物に指定
  • 化学物質排出管理促進法 (PRTR法):第一種指定化学物質に該当
  • 船舶安全法及び航空法:腐食性物質に指定

3. 取扱い及び保管上の注意点

ヘキサメチレンジアミを取り扱ったり、保管したりする際は、以下の点に注意が必要です。 

  • 分子中に窒素を含有しているため、酸性物質と一緒に保管しない。 
  • 吸湿性があるため、保管する際はアルミ箔でコートしたポリエチレン袋及び吸湿剤を使用する。
  • 鉄製の保管容器での保管は避ける。
  • 空気中の水分を吸収することで金属に対する腐食性が強くなるため、金属容器での取扱いには十分に注意する。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0108-0032JGHEJP.pdf

ヘキサフルオロイソプロパノール

ヘキサフルオロイソプロパノールとは

ヘキサフルオロイソプロパノールの基本情報

図1. ヘキサフルオロイソプロパノールの基本情報

ヘキサフルオロイソプロパノール (英: Hexafluoroisopropanol, HFIP) とは、化学式C3H2F6O、示性式(CF3)2CHOHで表される有機化合物です。

IUPAC命名法による名称は1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノールであり、その他の慣用名としてはヘキサフルオロイソプロピルアルコールの別称があります。CAS番号は920-66-1です。

分子量168.04、融点-4℃、沸点59℃であり、常温では無色透明の液体です。刺激臭を呈します。密度は1.62g/mL、酸解離定数pKaは9.3です。水やエタノールほかアセトンに極めて溶けやすい性質を示します。

ヘキサフルオロイソプロパノールの使用用途

ヘキサフルオロイソプロパノールの主な用途は、有機合成溶媒、ポリマー溶剤、医薬品や農薬等の合成原料などです。

ポリアミド、ポリアクリロニトリル、ポリアセタール、ポリエステル、ポリケトンなどの高分子は多くの溶媒に溶解しませんが、ヘキサフルオロイソプロパノールには溶かすことができます。また、生化学分野及び液相ペプチド化学用溶媒としても用いられており、ペプチドやβシート構造を持つ単量体タンパク質を溶解することが可能です。その他には、イオン対HPLCの緩衝液としての用途もあります。

また、有機合成原料・中間体としては、医薬品・農業関連物質・光学関連物質などの中間体として活用されています。例えば、吸入麻酔薬であるセボフルランの前駆体として利用することが可能です。強力脱保護促進剤、溶解促進剤として利用されることもあります。

ヘキサフルオロイソプロパノールの性質

1. ヘキサフルオロイソプロパノールの合成

ヘキサフルオロイソプロパノールの合成

図2. ヘキサフルオロイソプロパノールの合成

ヘキサフルオロイソプロパノールは、主にヘキサフルオロアセトンのヒドリド還元、あるいは触媒的水素化反応によって合成されています。

2. ヘキサフルオロイソプロパノールの化学的性質

ヘキサフルオロイソプロパノールの分極

図3. ヘキサフルオロイソプロパノールの分極

ヘキサフルオロイソプロパノールは、分子内で大きく分極していることが特徴です。トリフルオロメチル基 (-CF3) は、フッ素原子の電子求引性により、置換基全体として非常に強い電子求引性を示します。ヘキサフルオロイソプロパノールの分極は、分子内にある2つのトリフルオロメチル基と、電子供与性置換基であるヒドロキシ基 (-OH) によるものです。

ヘキサフルオロイソプロパノールは、この分子内の分極と水素結合部位 (-OH) を持つことにより、水素結合受容体であるアミドやエーテルなどを溶解させることが可能であり、その他結晶性高分子を溶解させることが可能となっています。

各種化学反応の促進効果も報告されており、フリーデル‐クラフツ型反応や、ロジウム (I) 触媒を用いたエーテル連結アルキニルジエンの[4+2]分子内付加環化反応、過酸化水素を用いたエポキシ化反応などの例を挙げることができます。

ヘキサフルオロイソプロパノールの種類

ヘキサフルオロイソプロパノールは主に研究開発用試薬として販売されています。

容量の種類には、25g、100g、250g、500gなどの他、10mL、250mL、500mLなどがあります。25℃以下の冷所保管が必要な試薬製品です。

ヘキサフルオロイソプロパノールのその他情報

ヘキサフルオロイソプロパノールの安全性

ヘキサフルオロイソプロパノールは、腐食性を持つ化合物であり、皮膚刺激、重篤な眼の損傷、重篤な呼吸器障害、生殖能又は胎児への悪影響のおそれの疑いなどが指摘されています。そのため、取り扱いの際は、正しい保護具を使用すること、及び、換気を行うことが必要です。

通常の保管条件では安定とされますが、高温と直射日光は避けるべきです。強酸化剤とは反応してしまうため、混触を避けることが必要です。危険有害な分解生成物としては、一酸化炭素、二酸化炭素、ハロゲン化物が指摘されます。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0108-1031JGHEJP.pdf