ヨードホルム

ヨードホルムとは

ヨードホルムとは、トリハロメタンと呼ばれるヨウ素を含む化合物の1種です。

麻酔薬として有名なクロロホルムもトリハロメタンの一種で、別名「トリヨードメタン」とも呼ばれています。常温では固体の状態で存在しており、黄色の光沢のある結晶あるいは粉末状です。

水にはほとんど溶けませんが、ジエチルエーテルのような有機溶媒には溶けやすく、エタノールには溶けにくいとされています。また、常温でわずかに揮散する性質を持っています。

毒劇物には指定されていませんが、労働安全基準法では、名称等を通知すべき危険物および有害物に該当します。ヨードホルムの化学式や分子量などは、以下のとおりです。

  • 化学式:CHI3
  • 分子量:393.7
  • IUPAC名:triiodomethane
  • CAS番号:75-47-8

ヨードホルムの使用用途

ヨードホルムは高い消毒効果を活かして、創傷や潰瘍の消毒剤、歯牙根管の防腐剤として使用されています。具体的には、ヨードホルムを塗布したガーゼやオイゲノールセメントに配合して乳歯に充填するという使い方をする場合が多いです。

ヨードホルムの消毒効果は、エタノールより強く、次亜塩素酸ナトリウムよりも弱い程度と言われています。使用する際には、ヨードホルムの粉末や溶解液が目に入らないように注意することが必要です。また、石けん類はヨードホルムの作用を弱めてしまうので、使用する際は石けんを洗い流してから使う必要があります。

しかし、ヨードホルムには特異的な臭気があり、さらに効果の強い消毒剤が生まれてきました。そのため、徐々にヨードホルムの流通量は減り、他の薬品が使用されるようになっています。ただし、ヨードホルムはヨウ素原子を3つ持ち、非常に反応性に富んでおり、その反応性の高さから有機化学分野での試薬としても利用されることがあります。

炭素原子を一つしか含んでいないため、求電子剤としてメチル化剤に利用される場合が多いです。現在では、薬品としての使用よりも試薬として使用する機会の方がよく見られます。

ヨードホルムの性質

ヨードホルムは、血液中でヨウ素を徐々に遊離します。遊離されたヨウ素は酸化作用を持っているため、還元性物質を分泌する破傷風菌や結核菌などに強い消毒作用を示すことができます。

しかし、血液中のヨウ素濃度が高くなるとヨウ素が体内のタンパク質と結合し、せん妄、睡眠障害、記憶障害、抑うつなどの神経性の中毒症状を引き起こす危険性があります。そのため、使用する際には用法と用量を守ることが大切です。

また、母乳中に移行して新生児の甲状腺機能低下を起こす危険性があるので、授乳婦には摂取させてはいけません。甲状腺に異常を持つ患者は、血中のヨウ素を調節しにくくなっているので、慎重に投与する必要があります。

ヨードホルムのその他情報

ヨードホルムの製造方法

ヨードホルムは、光によって分解されやすいという性質を持っています。そのため、保存する際には、遮光した褐色容器中で直射日光を避けて保存する必要があります。また、ヨードホルムは、「ヨードホルム反応」という反応で生成可能です。

ヨードホルム反応とは、アセチル基を持つケトンやアルデヒドに水酸化ナトリウムなどの強い塩基とヨウ素の単体を加えることで、ヨードホルムとカルボン酸が生成するという反応です。そのほか、2級アルコールはヨウ素によって酸化されてケトンに変換されるため、酸化によってアセチル基を持つケトン (メチルケトン) になるようなアルコールも、この反応でヨードホルムを生成できます。

この反応でヨードホルムが生成されると、フラスコや試験管には黄色い沈殿が生じることになります。この現象を利用したのが、アセチル基を持つケトンやアルデヒドを検出する方法です。しかし、実際の構造分析にはより詳細に構造を決定できるNMRやIRなどの機器が用いられます。

高校化学の教科書では、ヨードホルム反応が構造分析の手法として紹介されていますが、得られる情報が少なく手間もかかるため、構造分析でヨードホルム反応が用いられることはありません。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/75-47-8.html

ポリブチレンテレフタレート

ポリブチレンテレフタレートとは

ポリブチレンテレフタレートとは、エンジニアリングプラスチックの一つである熱可塑性のポリエステルです。

通常、PBT (Poly Butylene Terephthalate) と略され、別名としてはポリテトラメチレンテレフタレート (PTMT) などがあります。ポリエチレンテレフタレート (PET) のアルキル鎖の炭素の数が2から4に増えた構造で、PETと同様の特性を持っています。

基本的には、安定性が高く、毒性についても明らかになっていないため、比較的扱いやすい素材です。しかし、消防法では、指定可燃物、合成樹脂類に該当します。

ポリブチレンテレフタレートの使用用途

ポリブチレンテレフタレートは、機械物性がよい、耐熱性が高い、耐薬品性が高い、加工性が良いことが特徴で、さまざまな製品の素材として使用されています。米国では自動車分野での使用が主流ですが、日本においては電気・電子分野で主に使用されてきました。近年は、特に軽量であるという特性を生かし、自動車分野で使用されることが増えてきています。

1. 自動車分野

  • イグニッションコイル
  • ワイパーアーム
  • ディストリビューター
  • スイッチ類
  • ヘッドライトハウジング
  • モーター部品
  • バルブ
  • ギヤ
  • 排気・安全関係部品

2. 電気・電子分野

  • スイッチ類
  • コネクター
  • ソケット
  • リレー
  • ハウジング
  • モータ部品

3. その他

食品包装用、カメラ部品、時計部品、ギヤ、カムベアリングなど。

ポリブチレンテレフタレートの特徴

ポリブチレンテレフタレートは、融点が225℃、荷重たわみ温度65℃ (1.8kPa) 、引張強度56kPa、曲げ強度81kPaです。ポリブチレンテレフタレートは、複合素材として使用されることも多く、例えばガラス繊維を30%加え複合化したPBTは、電気特性や誘電率を変えないまま、荷重たわみ温度200℃以上 、引張強度127kPa、曲げ強度186kPaと大幅に機械物性を高めることが可能です。

ポリブチレンテレフタレートは、優れた機械物性の他にも、電気特性、耐薬品性、耐熱性、耐摩耗性、低吸水率、寸法安定性に優れるなどの特性を持っています。また、1,4-ブタンジオールテレフタル酸という比較的安価な原料から作られるため、コストと性能のバランスに優れ、他のエンジニアリングプラスチックに対して十分な競争力を持っていると言えます。

ポリブチレンテレフタレートのその他情報

ポリブチレンテレフタレートの製造方法

ポリブチレンテレフタレートの製造方法としては、1,4-ブタンジオールとテレフタル酸のエステル化反応により作られる直接重合法と、1,4-ブタンジオールとテレフタル酸ジメチルのエステル交換反応により作られるDMT法があります。

1. 直接重合法
テレフタル酸1モルに対して、2モルの1,4-ブタンジオールを常圧下、150~230℃で60~120分間反応させて、ビスヒドロキシブチルテレフタレート (BHT) を合成します。次いで温度を250~270℃、133Pa以下の減圧条件とし、生成する1,4-ブタンジオールとテトラヒドロフランを除去しながら重合を進行させることで、ポリブチレンテレフタレートが得られます。エステル化の触媒として、チタン系の触媒がよく用いられます。

2. DMT法
テレフタル酸ジメチル1モルに対して、2モルの1,4-ブタンジオールを常圧下、150~200℃で60~120分間反応させて、直接重合法と同様にBHT を合成します。この際にメタノールが生成するので除去しながら反応を行います。

1,4-ブタンジオールの量はテレフタル酸ジメチルに対して2モルとしていますが、この量比によって反応時間が左右され、モル比は小さいほどエステル交換速度を大きくすることが可能です。生成したBHTは直接重合法と同様にして、ポリブチレンテレフタレートが得られます。

重合に得られたポリブチレンテレフタレートにガラス繊維を混錬してガラス繊維強化グレードにしたり、難燃剤などの添加剤を混錬して難燃性を上げて、製品化されます。

ホウ酸ナトリウム

ホウ酸ナトリウムとは

ホウ酸ナトリウムとは、ナトリウム含有ホウ酸塩鉱物です。

ホウ酸ナトリウムは「二、四、五、六、八ホウ酸ナトリウム」など、さまざまな化合物の総称ですが、最も一般的なものは四ホウ酸ナトリウムで「ホウ砂 (英: borax) 」とも呼ばれています。

ホウ酸カルシウムに炭酸ナトリウムを作用させることで製造できますが、吸湿性をもっているため、保存の際は空気に触れないように注意することが必要です。PRTR法においては、第1種指定化学物質に指定されています。

ホウ酸ナトリウムの使用用途

ホウ酸ナトリウムは、無水物と水和物の両方がありますが、使用する場合には、水和物が使用されることが多いです。最も一般的な四ホウ酸ナトリウム十水和物は、ホウ素の原料鉱石として工業的に使用されています。

例えば、ホウ酸ナトリウムは、ガラス、陶磁器のうわぐすりに用いられるだけでなく、洗剤や染色、木などの防腐・防食剤、農薬、殺虫剤にも使用可能です。また、水和物でホウ砂となったものは、一般向けにも流通しています。

植物における必須微量要素のホウ素の肥料や原子炉の放射線遮蔽材としても、ホウ酸ナトリウムを使用できます。

ホウ酸ナトリウムの性質

ホウ酸ナトリウムは、常温で固体です。無色~白色で、空気に触れることで不透明になります。

ホウ酸ナトリウムのモース硬度は2.5、比重は1.7、20℃の水に対する溶解度は4.7g/100mLです。ホウ酸ナトリウムの中で最も一般的な四ホウ酸ナトリウムの化学組成は、Na2B4O5(OH)4・8H2Oであり、Na2B4O7の十水和物です。

単斜晶系で、空気中では風解しやすいため、結晶水を失ってNa2B4O5(OH)4・3H2Oという構造のチンカルコナイト (英: Tincalconite) になります。

ホウ酸ナトリウムのその他情報

1. ホウ酸ナトリウムの産出地

ホウ酸ナトリウムは、塩湖が乾燥した跡地などで産出されることが多いです。古くはチベットにある干湖からヨーロッパにもたらされ、特殊ガラスやエナメル塗料などの原料として使用されていました。

また、アメリカ大陸西部にあるデスヴァレーなどの産出地が、相次いで発見されています。現在ではアメリカ、ロシア、トルコ、アルゼンチン以外にも、イタリアやドイツなどで産出されています。ただし、日本ではほとんど産出されていません。

2. ホウ酸ナトリウムの反応

ホウ素がポリマーを架橋して、ゲル化する反応を利用できます。実際に理科の実験や自由研究でスライムを作る際に、よくホウ酸ナトリウムを用いています。

ホウ酸ナトリウムをガラスに混ぜると、熱衝撃や化学的浸食にも強いホウケイ酸ガラス (英: borosilicate glass) を作成可能です。これは耐熱ガラスなどの原料になります。

3. ホウ酸ナトリウムの応用

ホウ酸ナトリウムの特性を用いた多種多様な活用方法があります。具体的には、定性分析や陶芸用の釉薬溶解剤として用いることが可能です。ホウ酸ナトリウムは、350~400℃に熱すると無水物になり、さらに熱すると878℃で融解し、無色透明のガラス状に変わります。

そして、多くの金属酸化物を融解するため、融剤として使用可能で、その際に金属によって特有の色を呈することが知られています。ホウ酸ナトリウムの水溶液は弱アルカリ性を示し、洗浄作用や消毒作用があるため、洗剤や防腐剤などに使用できます。

ホウ酸と同様に、ホウ酸ナトリウムも目の洗浄や消毒に用いられています。さらに、ホウ酸ナトリウムはアルカリ調整剤として、銀塩写真の現像液に添加されます。

4. ホウ酸ナトリウムの過去の活用例

遮蔽リングの設計ミスによって原子力船むつが放射線漏れを起こしたときに、ホウ酸ナトリウムが使用されました。すなわち、放射線が出ている箇所を特定するため、ホウ酸ナトリウムを混ぜ込んだ米をシートに載せたものを即席の遮蔽材にして、原子炉格納容器の上で場所を変えながら、放射線量を測定されました。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/1330-43-4.html

ベンゾイン

ベンゾインとは

ベンゾインの基本情報

図1. ベンゾインの基本情報

ベンゾインとは、芳香族化合物で、安息香の英語名 (英: benzoin) に由来した物質です。

ベンゾインは香水に使用されている香料の一種で、バニラに似ている甘くてまろやかな香りが特徴的です。エゴノキ科に属するアンソクコウノキの樹液から、エッセンシャルオイルとして抽出されます。

主な国内法規には該当せず、毒性も明らかになっていないため、比較的安全な物質と言えます。

ベンゾインの使用用途

ベンゾインは、分析用試薬として使用されます。ベンゾインを使用することで、亜鉛とケイ光反応が起きます。そのため、少量の亜鉛イオンを検出することが可能です。

また、ベンゾインという名前で精油として売られています。これは、熱帯の高木の樹脂から抽出されるものです。甘く、バニラのような香りがし、心を落ち着かせる効果があります。

そのほか、酸化防止剤として、オイルの持ちを良くする役割もあります。

ベンゾインの性質

常温でベンゾインは、白色の固体として存在します。水には溶けにくいですが、熱水、熱アルコール、アセトンなどにはよく溶けます。

ただし、ベンゾインは光によって変質するおそれがあるため、保存の際には遮光するなど対策が必要です。

ベンゾインの構造

IUPAC命名法でベンゾインは、2-ヒドロキシ-1,2-ジフェニルエタノン (英: 2-hydroxy-1,2-diphenylethanone) と表されます。ベンゾインが有する部分構造 (-C(=O)CH(OH)-) は、アシロイン構造と呼ばれています。

ベンゾインのその他情報

1. ベンゾインの合成法

ベンゾインの合成

図2. ベンゾインの合成

ベンゾインは、2分子のベンズアルデヒドから、シアン化物イオンを触媒として、縮合反応により得られます。この縮合反応はベンゾイン縮合と呼ばれています。

ベンゾイン縮合はフリードリヒ・ヴェーラー (英: Friedrich Wöhler) とユストゥス・フォン・リービッヒ (英: Justus Freiherr von Liebig) によって報告され、反応機構はアーサー・ラプワース (英: Arthur Lapworth) により提唱されました。

2. ベンゾイン縮合の反応機構

まずシアン化物イオンがアルデヒドへ付加し、シアノヒドリンが生成します。次にシアノヒドリンのシアノ基のα炭素上にあるプロトンが引き抜かれ、カルボアニオンが生成します。すなわち極性転換です。

生成したカルボアニオンは、もう1分子のアルデヒドに求核付加し、付加体が生成されます。シアン化物イオンがシアノヒドリンから脱離することで、カルボニル基が再生し、ベンゾインが生成します。

3. ベンゾインの反応

ベンゾインの反応例

図3. ベンゾインの反応例

ベンゾインを硝酸などを用いて酸化すると、芳香族のジケトンであるベンジル (英: benzil) が得られます。ベンジルを研究室で合成する場合には、ベンズアルデヒドをベンゾイン縮合によってベンゾインにしてから、硝酸や硫酸銅(II)などで酸化することで得られます。

4. 香料としてのベンゾイン

古代エジプトの時代からベンゾインは、薫香として宗教儀式で使われてきました。そして現在でも香料として部屋全体に漂わせるほか、キャリアオイルに混ぜることでボディマッサージとしても使用されています。

ベンゾインはゆっくり揮発するため、香水に配合すると長時間香りを楽しめます。

5. ベンゾインの香り

ベンゾインは、スマトラ安息香とシャム安息香の2種類に分かれています。この2種類のベンゾインは、産地や香りに違いがあります。

スマトラ安息香はマレーシアやインドネシアを産地とした樹木から、採取することが可能です。スマトラ安息香は甘さだけでなく、シナモンのようなスパイシーさもあります。

その一方でシャム安息香とは、ベトナムやタイなどが産地で、アンソクコウノキから採れるベンゾインのことです。香水にもよく使われていて、バニリンという成分が多く含まれているため、バニラのような甘い香りが強いです。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0102-1450JGHEJP.pdf

ベンゾニトリル

ベンゾニトリルとは

ベンゾニトリルの基本情報

図1. ベンゾニトリルの基本情報

ベンゾニトリルとは、化学式がC6H5CNと表される芳香族シアン化物の一つです。

1844年にヘルマン・フォン・フェーリング (英: Hermann von Fehling) によって、安息香酸アンモニウムを分解するまで熱し、分解生成物の一つとしてベンゾニトリルが発見されました。ベンゾニトリルと新語を作り、ニトリル類は「ニトリル」と呼ばれるようになりました。

国内の消防法では、「危険物 第4類 引火性液体 第2石油類 危険等級 III」に指定されています。また、毒物及び劇物取締法の劇物にも該当するため、取り扱いには注意が必要です。

ベンゾニトリルの使用用途

ベンゾニトリルは、 加水分解するとベンズアミドを経て安息香酸に、還元するとベンジルアミンに、濃硫酸で重合させればトリアジン環になります。多くの誘導体の前駆体であり、さまざまな業界や分野で溶媒や中間体として広く利用されています。

具体的な使用例を挙げると、プラスチック原料、酸化防止用の溶剤、めっき溶媒、建染め染料の合成原料、医薬・農薬中間体、エポキシ樹脂の硬化剤などがあり、非常に幅広い用途で使用可能です。

ベンゾニトリルの性質

ベンゾニトリルの融点は−13°Cで、沸点は188〜191°Cです。25°Cで無色の液体状態として存在し、アーモンドに似た香りがあります。可燃性の物質で、引火点は75°Cで、発火点は550°Cです。

100°Cの水に対するベンゾニトリルの溶解度は1%です。アルコールやエーテルには任意の割合で混じります。

ベンゾニトリルの構造

ベンゾニトリルはベンゼンの水素原子1つをシアノ基に置換した構造を有し、シアン化フェニルとも呼ばれます。化学式は省略してPhCNとも書かれます。モル質量は103.04g/molで、密度は1.0g/mlです。

ベンゾニトリルのその他情報

1. ベンゾニトリルの合成法

ベンゾニトリルの合成

図2. ベンゾニトリルの合成

400~450°Cでアンモニアと酸素が反応して、トルエンのアンモ酸化 (英: ammoxidation) によってベンゾニトリルが合成されます。実験室ではベンズアミドやベンズアルデヒドオキシムの脱水によってもベンゾニトリルを生成可能です。

シアン化銅(I)やNaCN/DMSOとブロモベンゼンを使用したローゼンムント・フォンブラウン合成 (英: Rosenmund-von Braun synthesis) によっても、ベンゾニトリルは得られます。ローゼンムント・フォンブラウン合成とは、ハロゲン化アリールからアリールニトリルを合成する化学反応のことです。

アニリンをジアゾ化して、シアン化銅(I)と反応させてもベンゾニトリルが得られます。この反応はザンドマイヤー反応 (英: Sandmeyer reaction) と呼ばれます。

2. ベンゾニトリルの反応

ベンゾニトリルの反応

図3. ベンゾニトリルの錯体

ベンゾニトリルは加水分解によって安息香酸になります。アミンと反応して、加水分解後にN-置換体のベンズアミドが得られます。臭化フェニルマグネシウムを反応させ、加水分解後にジフェニルケトイミン (Ph2C=NH) を生成可能です。

後期遷移金属とベンゾニトリルは、錯体を形成します。ベンゾニトリル配位子は強い配位子で容易に置換されるため、合成中間体として便利です。錯体の具体例として、ビス(ベンゾニトリル)パラジウムジクロリド (英: Bis(benzonitrile)palladium dichloride) が挙げられます。化学式はPdCl2(PhCN)2と表され、有機溶剤に溶ける黄褐色の固体です。ベンゾニトリルに塩化パラジウム(II) (PdCl2) を溶解させると調製できます。非配位溶媒中ではPdCl2に戻ります。X線結晶構造解析によると、2つのベンゾニトリル配位子はトランスに配置しています。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0102-0106JGHEJP.pdf

ベンズアルデヒド

ベンズアルデヒドとは

ベンズアルデヒド (化学式: C7H6O) とは、芳香族アルデヒドに分類される有機化合物です。

自然界に存在する物質であり、モモやアンズの芯から抽出される精油の主成分です。アーモンドやクヘントウに似た香りを持つことが特徴として挙げられます。

ベンズアルデヒドは、酸化されやすい性質があり、空気中に置いておくと徐々に安息香酸に変化します。可燃性のある物質であり、国内の消防法においては、「危険物 第4類 引火性液体 第2石油類 危険等級 III」に指定されています。

ベンズアルデヒドの使用用途

ベンズアルデヒドは、その芳香を活かし、石鹸や化粧品などの香料として使用されます。工業的には、トルエンの塩素化で得られる塩化ベンザルを加水分解することにより生成可能です。製造コストが安価であるため、大量生産される製品への使用に適しています。

また、芳香族アルデヒドの代表的な化合物であり、アルデヒドとして種々の反応性に富んでいます。そのため、香料以外の用途として、染料、医薬品などの中間物にも使用可能です。

ベンズアルデヒドの性質

ベンズアルデヒドの分子量は106.12、CAS登録番号は100-52-7です。ベンゼンカルボナルと呼ばれることもあります。

1. 物理的性質

ベンズアルデヒドは、無色から薄い黄褐色の澄明な液体で、特異臭をもつ可燃性の有機化合物です。

融点/凝固点は-26℃、引火点は62℃、沸点又は初留点及び沸騰範囲は180℃、自然発火温度は190℃、爆発限界範囲は、下限が1.4vol%、上限が8.5vol%です。

蒸気圧は150Pa、密度は1.041-1.050g/mL、相対ガス密度は3.66 (air=1) です。

2. 化学的性質

エタ ノ ール、ジエチルエーテルに極めて溶けやすく、水にはほとんど溶けません。通常の取扱いにおいては安定ですが、光によって変質する可能性があります。

また、高温、直射日光、熱、 炎、 火花, 静電気、スパーク、強酸化剤との接触を避けなければなりません。特定の条件下で、爆発性過酸化物を生成することがあります。また、一酸化炭素や二酸化炭素などの、危険有害ま分解生成物を発生させる恐れがあります。

ベンズアルデヒドのその他情報

1. ベンズアルデヒドの安全性

強い眼刺激性があり、飲み込むと有害です。呼吸器への刺激や、眠気やめまいのおそれがあります。また、中枢神経系への臓器障害のおそれもあります。

長期、又は反復暴露によって、中枢神経系、血液系、肝臓、呼吸器系への臓器障害の危険性が高いです。水性生物への毒性も確認されています。

暴露、もしくは体調が優れない場合は、直ちに毒劇物センターもしくは医師に連絡します。

2. ベンズアルデヒドの取扱方法

作業者は、有機ガス用防毒マスク、不浸透性保護手袋、側板付き保護眼鏡 (ゴーグルまたは全面保護眼鏡) 、長袖作業衣を着用して作業を行います。作業場所は、発生源の密閉化、 もしくは局所排気装置を設置する必要があります。

また 、取扱い場の近くに、安全シャワー、手洗い、洗眼設備を設置し、 設置位置を明瞭に表示することが重要です。取扱い時は火気厳禁とし、高温物、スパークを避け、強酸化剤との接触を避け作業を行います。作業台、床などは静電マットを使用するなど、静電気発生を抑制するため措置を行います。

3. ベンズアルデヒドの保管・輸送

容器は遮光し、換気の良いなるべく涼しい場所で、密閉し て保管します。また保管容器にはガラスを使用し、強酸化剤と離れた場所で保管します。

特別安全対策として、移送時はイエローカードの保持が必要です。また、食品や飼料と一緒に輸送することは禁止されています。その他、国際規制、国内規制に従って輸送を行う必要があります。

4. ベンズアルデヒドの廃棄方法

廃棄前に、可能な限り無害化、安定化、および中和等の処理を行い、危険有害性のレベルを低い状態にする必要があります。廃棄時は、関連法規並びに地方自治体の基準に従って処理を行います。

容器は清浄にしてリサイクル、もしくは関連法規並びに地方自治体の基準に従って適切な処分を行います。空容器を廃棄する場合は、内容物を完全に除去する必要があります。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0102-1220JGHEJP.pdf
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/100-52-7.html

プロピレンオキシド

プロピレンオキシドとは

プロピレンオキシドとは、環状エーテル構造を持つ炭素数3個の有機化合物です。

プロピレンオキサイド、酸化プロピレン、メチルオキシラン、1,2-エポキシプロパンといった別名があります。常温では無色透明の液体です。

プロピレンオキシドの使用用途

プロピレンオキシドは、そのままの状態で使用することはほとんどありません。一般的には、プロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、顔料、医薬品中間体、殺菌剤などの原料として使用される場合が多いです。

その中でもプロピレングリコールは、プロピレンオキシドを加水分解することによって得られる物質で、大部分はポリエステル樹脂の原料となります。また、ポリプロピレングリコールはプロピレンオキシドを開環重合させたポリエーテルでウレタンフォーム用の原料になります。

その他にも、適度な親水性を持つことから、食料品や化粧品などの保水剤としても広く利用されています。

プロピレンオキシドの特徴

プロピレンオキシドの分子式はC3H6Oで、分子量58.08、無色の揮発性液体でエーテル臭をもつ有機化合物です。20℃における比重は0.8304、引火点-37℃、沸点33.9℃、凝固点-104.4℃、粘度は0.38mPa・s (20℃) 、水、アルコール、エーテルに溶けます。

環状エーテル構造を持ち、開環重合することでポリエーテルであるポリエチレンオキシドを作ります。一般的に活性水素化合物と容易に反応します。

プロピレンオキシドのその他情報

1. プロピレンオキシドの製造方法

工業的な製造方法としては、クロロヒドリン法と直接酸化法の2つがあります。

クロロヒドリン法
プロピレンからクロロヒドリンを合成した後、プロピレンオキサイドを生成する反応です。

【クロロヒドリンの生成反応 (収率は約90%)】
CH3CH=CH2 + Cl2 + H2O → CH3CHOHCH2Cl (α-クロロヒドリン) + HCl
CH3CH=CH2 + Cl2 + H2O → CH3CHClCH2OH (β-クロロヒドリン) + HCl

【クロロヒドリンからプロピレンオキサイドの合成】
CH3CHOHCH2ClまたはCH3CHClCH2OH + 1/2Ca(OH)2
→CH3CHCH2O (プロピレンオキシド) + 1/2CaCl2 + H2O

直接酸化法
プロピレンを酸化して直接プロピレンオキシドを生成する反応です。

【プロピレンの直接酸化】
CH3CH=CH2 + 1/2O2 → CH3CHCH2O (プロピレンオキシド)

酸化剤である過酸化物により酸化するもので、なかでもイソブタン、エチルベンゼンの過酸化物を用いたものは、プロピレンオキシドだけでなく、副生物としてイソブチレン、スチレンといった化合物も同時に生成するため、工業的に有利なプロセスとしてハルコン法という名前で知られています。

2. プロピレンオキシドの安全性

取扱面
プロピレンオキシドは爆発限界が2.8~37%と広く、蒸気密度は2.00と空気の2倍です。沸点も常温付近であるため非常に揮発性が高く、かつ可燃性の液化ガスで、蒸気は単独でも電気火花などにより爆発します。

空気と混合した場合は、爆発性混合ガスとなります。火気厳禁であるとともに、酸及びアルカリとの接触も避ける必要があります。また、通常の条件では、比較的安定性が高いとされていますが、高温と直射日光は避けた方が無難です。

消防法では、第4類の中でも特に引火性の高い特殊引火物に該当します。また、PRTR法においても、第一種指定化学物質に指定されています。

毒性
直接皮膚に付着すると火傷を起こし、目に入った場合は角膜炎を起こします。濃厚な蒸気を吸入した場合は、鼻、喉、気管支を強く刺激します。変異原性が認められた化学物質にも該当するため、取扱う際は、保護眼鏡、防護手袋、有機ガス用防毒マスクの着用を心がけてください。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/75-56-9.html

プロピオン酸カルシウム

プロピオン酸カルシウムとは

プロピオン酸カルシウムとは、2つのプロピオン酸と1つのカルシウムがイオン結合した有機酸塩の1種です。

英語表記の通り、カルシウムプロピオネートと呼ばれることもあります。常温では固体状で、白色粉体の状態で販売されることが多いです。水に溶けやすく、水に溶解させて水溶液にしてから使用される場合があります。

常温の条件で保存された場合の安定性は高いですが、高温および直射日光を避ける方が好ましいとされています。主要な国内法規に該当する物質ではありませんが、眼に対して刺激を有する物質であるため、取り扱う際にゴーグルなどの保護具の着用が推奨されます。

プロピオン酸カルシウムの使用用途

プロピオン酸カルシウムの主な使用用途は、プロピオン酸と同様に、カビや芽胞菌の発育を抑える保存料です。しかし、必ずしもすべての微生物に対して抗菌作用を発揮できません。例えば、カビや芽胞菌の生育を阻害できますが、酵母の生育をあまり阻害できません。

しかし、パン類は酵母を利用して作られるため、パン類に添加される保存料は酵母に対する効果が弱い方が好都合です。よって、酵母に対する効果が弱いプロピオン酸カルシウムは、パン類の保存料として最適です。プロピオン酸カルシウムは、パン類以外にチーズや洋菓子の保存料 (防腐剤) として利用されます。

プロピオン酸カルシウムは、食品への配合量や配合できる食品の種類が定められています。プロピオン酸またはプロピオン酸塩の使用が認められている食品はチーズ、パン、および洋菓子のみです。

配合できる使用量は、カルシウム塩になる前のプロピオン酸量に換算して計算され、チーズの1kgあたり3.0g以下、パンまたは洋菓子の1kgあたり2.5g以下です。プロピオン酸カルシウムをソルビン酸と併用する場合は、プロピオン酸およびソルビン酸の合計量が基準値以下になる量と使用基準が定められています。

プロピオン酸カルシウムの性質

プロピオン酸カルシウムの主な特徴は、比較的水に溶解しやすいという点です。10mLの水に1g溶解します (水溶解度は1g/10mL) 。

プロピオン酸カルシウムのようなプロピオン酸塩は、生物の体内に存在する物質です。例えば、微生物の代謝に伴って微量に産生されます。プロピオン酸は人間の腸内細菌によっても産生されます。

プロピオン酸カルシウムは、わずかな量で食品等に添加されて使用されます。微量であるため摂取した場合の毒性は低いと考えられています。しかし、プロピオン酸カルシウムを溶解させた水溶液の取り扱いには注意が必要です。

水溶液をスプレーで散布するときに目に入ると、危険であり有害です。また、霧状となった水溶液を直接吸い込むと同様に危険性があります。

プロピオン酸カルシウムの構造

プロピオン酸カルシウムの分子構造は、有機酸の1種であるプロピオン酸の2つが、1つのカルシウムに結合した構造です。詳しくは、カルシウムが2価の陽イオンであり、プロピオン酸が1価の有機陰イオンであるため、1つのカルシウムイオンに2つのプロピオン酸がイオン結合した状態です。

(CH3CH2COO)2Ca という分子式で表されます。なお、カルシウム塩になる前のプロピオン酸の分子構造は、酢の主成分である酢酸の分子構造と類似しています。酢酸の炭素数が1つ増えるとプロピオン酸になります。プロピオン酸の炭素がさらに1つ増えると酪酸 (らくさん) になります。

プロピオン酸カルシウムのその他情報

プロピオン酸カルシウムの応用

プロピオン酸カルシウムは、牛などの家畜の飼料またはペットフードに添加物として配合される場合もあります。防腐の目的で飼料やペットフードに添加される他に、栄養素としてのカルシウムを与える目的でも添加されます。

農業分野では、乳牛の乳熱という病気を予防する目的でも利用されることも多いです。乳熱という病気は、分娩後の乳牛において血中カルシウム濃度が低下して、意識が低下する等の症状を発症する病気です。

そこで、餌である飼料にプロピオン酸カルシウムを添加して、分娩後の乳牛にカルシウムを補給することができます。

参考文献
https://www.genome.jp/dbget-bin/www_bget?dr_ja:D09875
https://www.chemicalbook.com/ChemicalProductProperty_JP_CB6194031.htm

 

フェニル酢酸

フェニル酢酸とは

フェニル酢酸の基本情報

図1. フェニル酢酸の基本情報

フェニル酢酸 (Phenylacetic acid) とは、酢酸のメチル基の水素原子を1つ、フェニル基に置換した構造を持つ有機化合物です。

分子式はC8H8O2であり、別名には「α‐トルイル酸 (α-Toluic acid) 」などの名称があります。CAS登録番号は103-82-2です。

分子量は136.15、融点76-77℃、沸点265.5℃であり、常温では、白色固体で存在しており、特有の臭いを呈します。この臭いは、濃度が濃い場合には不快に感じられますが、濃度が薄いと蜂蜜のような香りがするため香水に使われることもある物質です。

密度は1.081g/mLで、エタノール、エーテルや、熱水に溶解します。フェニル酢酸よりフェニルアセトンを合成することが可能ですが、フェニルアセトンはメタンフェタミンやアンフェタミンなどの覚醒剤の原料となります。このため、覚醒剤取締法の対象物質であり、厚生労働省の許可を得た場合のみ輸入、製造、販売、取扱いが可能です。

フェニル酢酸の使用用途

ペニシリンGの原料としてのフェニル酢酸

図2. ペニシリンGの原料としてのフェニル酢酸

フェニル酢酸は、前述の通り覚醒剤取締法によって流通に厳しい規制がかかっています。合法的な使用用途には香水の成分や、医薬品原料などでの使用です。

オーキシン (植物の成長を促す作用を持つ植物ホルモン) として、果物・植物の中に含まれていることが知られています。ハッカ油やバラ油、ネロリ油などの植物精油中にも存在しており、特徴的な香りを活かして香水に使用されます。

濃度が薄い場合には蜂蜜のような香りと形容される物質です。また、エステルの形でせっけんの香料として用いられることもあります。医薬原料としての代表的な用途には、ペニシリンGの合成原料があります。

ペニシリンGは、溶連菌や髄膜炎菌などの菌に対して、強い効果をもつ抗生物質であり、感染症の治療の上で歴史的にも重要な化合物です。

フェニル酢酸の特徴

安定性の上では、フェニル酢酸は光により変質するおそれがあるとされています。保管条件において高温と直射日光は避けるべき条件です。

また、保管の際は強酸化剤との混触を避けることが必要です。分解生成物としては、一酸化炭素二酸化炭素が挙げられます。

フェニル酢酸の種類

フェニル酢酸は、有機合成用化学薬品として、研究開発用試薬製品や工業用化学製品としての販売があります。しかし、覚せい剤原料として覚醒剤取締法の対象物質であり、輸入、製造、販売、取扱い等には、厚生労働省の許可が必要です。

このため、製品化はされていても実際に入手することは難しくなっており、メーカー自体に在庫がないことも多くあります。なお、このような法規制の関係から入手後の保管管理にも特別な設備が必要です。

工業用薬品としては、25kgや50kgなどの容量単位においてファイバードラム包装で製造されています。

フェニル酸のその他情報

1. フェニル酢酸の合成

フェニル酢酸の合成

図3. フェニル酢酸の合成

フェニル酢酸はシアン化ベンジルの加水分解により可能です。シアン化ベンジルから、まず2-フェニルアセトアミドが生成し、さらなる加水分解によりフェニル酢酸が生成します。

このように比較的簡単に合成が可能なフェニル酢酸ですが、前述の通り許可なく合成することは禁じられています。有機合成に従事する技術者の場合は、意図せず生成してしまうことのないよう、理解して合成設計を行うことが重要です。

2. フェニル酢酸の法規制情報

フェニル酢酸は、前述の通りメタンフェタミンやアンフェタミンなどの覚醒剤の原料となることから覚醒剤取締法によって取り扱いが厳しく禁じられています。覚醒剤取締法は、「覚醒剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため、現物及びその原料の輸入、輸出、所持、製造、譲渡、譲受及び使用に関して必要な取締りを行うことを目的とする」法律です。

取り扱いには覚醒剤原料研究者指定証が必要であり、違反した場合には、10年以下の懲役 (覚醒剤原料の輸入・輸出・製造) または7年以下の懲役 (覚醒剤原料の所持・譲渡し・譲受け・使用 ) に該当します。なお、その他PRTR法や消防法などでは特に指定を受けていない化合物です。

参考文献
https://www.nite.go.jp/

フェニルヒドラジン

フェニルヒドラジンとは

フェニルヒドラジンの基本情報

図1. フェニルヒドラジンの基本情報

フェニルヒドラジン (Phenylhydrazine) とは、ヒドラジン誘導体に分類される有機化合物の1種です。

化学式C6H8N2で表され、ベンゼン環の水素の一つがヒドラジン (-NH-NH2) 置換された構造をしています。CAS登録番号は100-63-0です。

分子量は108.14、融点は19.5℃、沸点は243.5℃ (分解) です。常温では無色から黄色の油状液体または結晶ですが、空気、光に晒されると暗赤色に変化します。密度は1.0978g/cm3です。エタノール及びアセトンにやや溶けやすく、水に溶けにくい物質です。

人体への曝露によって、接触皮膚炎や急性溶血性貧血の恐れがあり、肝臓や腎臓への悪影響が報告されている物質です。慎重に扱う必要とされます。なお、消防法では「第4類引火性液体・第三石油類・非水溶性液体」に指定されています。

フェニルヒドラジンの使用用途

フェニルヒドラジンの主な用途には、 染料・医薬・農業用化学物質などの合成中間体や、糖・アルデヒド・ケトンの検出用試薬、金属沈殿分析などがあります。

合成用途では、特にインドール類の合成中間体として使用されることが多いです。

フェニルヒドラジンの原理

フェニルヒドラジンは、空気や光にばく露すると赤茶色になることが知られています。また、1/2水和物を形成する物質です。

酸化剤と反応し、特に二酸化鉛と激しく反応することが知られています。保管の際はこれらの物質との混触を避けることが必要です。また、燃焼の際は、一酸化炭素二酸化炭素、窒素酸化物などが生成されます。

フェニルヒドラジンの種類

フェニルヒドラジンは、主に研究開発用試薬として販売されています。単体の他、塩酸塩などの製品があります。

フェニルヒドラジンの試薬製品には、5g , 5g , 100g , 500g , 25mL , 100mL , 500mLなどの実験室で取り扱いやすい容量の種類があります。室温で保管可能な試薬製品です。ガラス容器などで提供されています。

また、フェニルヒドラジン塩酸塩も5g , 100g , 500gなどの容量の種類があり、ポリボトルなどで提供される試薬です。こちらは、冷蔵保管が必要な試薬として取り扱われる場合もあります。

フェニルヒドラジンのその他情報

1. フェニルヒドラジンの合成

フェニルヒドラジンの合成方法の例

図2. フェニルヒドラジンの合成方法の例

フェニルヒドラジンの合成は2段階の反応によって行われます。まず、塩酸の存在下でアニリン亜硝酸ナトリウムを用いて、酸化します。この反応によって生成されたジアゾニウム塩を還元することにより、フェニルヒドラジンを生成することが可能です。

この際、還元反応には水酸化ナトリウム亜硫酸ナトリウムが用いられます。また、還元剤として塩化スズ (Ⅱ) などを使用することも可能です。

2. フェニルヒドラジンの化学反応

フェニルヒドラジンの化学反応の例 (フィッシャーのインドール合成)

図3. フェニルヒドラジンの化学反応の例 (フィッシャーのインドール合成)

フェニルヒドラジンは、アルデヒドやケトンと反応してフェニルヒドラゾンを形成し、またα-ケトールと反応してオサゾンを形成します。そのため、これらの物質の検出試薬として用いられることもある物質です。

合成化学の観点では、ピラゾールやピリダジンなどの複素環化合物の合成原料として用いられたり、各種インドール類の合成中間体でもあります。特に有名な反応として、フィッシャーのインドール合成 (Fischer indole synthesis) が知られています。

3. フェニルヒドラジンの安全性と法規制情報

フェニルヒドラジンは、人体に対して接触皮膚炎や急性溶血性貧血、肝臓や腎臓への悪影響などを及ぼすことが知られている有毒物質です。発がんのおそれや 遺伝性疾患も指摘されています。

そのため、労働安全衛生法では、「名称等を表示すべき危険有害物」の他に「変異原性が認められた既存化学物質」、「リスクアセスメントを実施すべき危険有害物」に指定されています。引火点は、88℃ (密閉式) であり、消防法において「第4類引火性液体、第三石油類非水溶性液体」の指定を受けています。

過去には中毒事例などの労働災害も発生していることから、法令を遵守して安全に取り扱うことが必要な物質です。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0907.html