フェニル酢酸とは
図1. フェニル酢酸の基本情報
フェニル酢酸 (Phenylacetic acid) とは、酢酸のメチル基の水素原子を1つ、フェニル基に置換した構造を持つ有機化合物です。
分子式はC8H8O2であり、別名には「α‐トルイル酸 (α-Toluic acid) 」などの名称があります。CAS登録番号は103-82-2です。
分子量は136.15、融点76-77℃、沸点265.5℃であり、常温では、白色固体で存在しており、特有の臭いを呈します。この臭いは、濃度が濃い場合には不快に感じられますが、濃度が薄いと蜂蜜のような香りがするため香水に使われることもある物質です。
密度は1.081g/mLで、エタノール、エーテルや、熱水に溶解します。フェニル酢酸よりフェニルアセトンを合成することが可能ですが、フェニルアセトンはメタンフェタミンやアンフェタミンなどの覚醒剤の原料となります。このため、覚醒剤取締法の対象物質であり、厚生労働省の許可を得た場合のみ輸入、製造、販売、取扱いが可能です。
フェニル酢酸の使用用途
図2. ペニシリンGの原料としてのフェニル酢酸
フェニル酢酸は、前述の通り覚醒剤取締法によって流通に厳しい規制がかかっています。合法的な使用用途には香水の成分や、医薬品原料などでの使用です。
オーキシン (植物の成長を促す作用を持つ植物ホルモン) として、果物・植物の中に含まれていることが知られています。ハッカ油やバラ油、ネロリ油などの植物精油中にも存在しており、特徴的な香りを活かして香水に使用されます。
濃度が薄い場合には蜂蜜のような香りと形容される物質です。また、エステルの形でせっけんの香料として用いられることもあります。医薬原料としての代表的な用途には、ペニシリンGの合成原料があります。
ペニシリンGは、溶連菌や髄膜炎菌などの菌に対して、強い効果をもつ抗生物質であり、感染症の治療の上で歴史的にも重要な化合物です。
フェニル酢酸の特徴
安定性の上では、フェニル酢酸は光により変質するおそれがあるとされています。保管条件において高温と直射日光は避けるべき条件です。
また、保管の際は強酸化剤との混触を避けることが必要です。分解生成物としては、一酸化炭素や二酸化炭素が挙げられます。
フェニル酢酸の種類
フェニル酢酸は、有機合成用化学薬品として、研究開発用試薬製品や工業用化学製品としての販売があります。しかし、覚せい剤原料として覚醒剤取締法の対象物質であり、輸入、製造、販売、取扱い等には、厚生労働省の許可が必要です。
このため、製品化はされていても実際に入手することは難しくなっており、メーカー自体に在庫がないことも多くあります。なお、このような法規制の関係から入手後の保管管理にも特別な設備が必要です。
工業用薬品としては、25kgや50kgなどの容量単位においてファイバードラム包装で製造されています。
フェニル酸のその他情報
1. フェニル酢酸の合成
図3. フェニル酢酸の合成
フェニル酢酸はシアン化ベンジルの加水分解により可能です。シアン化ベンジルから、まず2-フェニルアセトアミドが生成し、さらなる加水分解によりフェニル酢酸が生成します。
このように比較的簡単に合成が可能なフェニル酢酸ですが、前述の通り許可なく合成することは禁じられています。有機合成に従事する技術者の場合は、意図せず生成してしまうことのないよう、理解して合成設計を行うことが重要です。
2. フェニル酢酸の法規制情報
フェニル酢酸は、前述の通りメタンフェタミンやアンフェタミンなどの覚醒剤の原料となることから覚醒剤取締法によって取り扱いが厳しく禁じられています。覚醒剤取締法は、「覚醒剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため、現物及びその原料の輸入、輸出、所持、製造、譲渡、譲受及び使用に関して必要な取締りを行うことを目的とする」法律です。
取り扱いには覚醒剤原料研究者指定証が必要であり、違反した場合には、10年以下の懲役 (覚醒剤原料の輸入・輸出・製造) または7年以下の懲役 (覚醒剤原料の所持・譲渡し・譲受け・使用 ) に該当します。なお、その他PRTR法や消防法などでは特に指定を受けていない化合物です。