塩化セリウム

塩化セリウムとは

塩化セリウム (英: Cerium(III) chloride) とは、セリウムの塩化物であり、化学式CeCl3で表される無機化合物です。

価数を明示するため、塩化セリウム(III)と表記される場合もあります。無水物の他、特に七水和物が知られており、CAS登録番号はそれぞれ7790-86-5 (無水物) 、18618-55-8 (七水和物) です。無水物は、吸湿性が高いことから容易に水和物を形成します。

塩化セリウムは、無水物、七水和物ともにGHS分類において、皮膚腐食性/刺激性、眼刺激性に分類されています。塩化セリウムの法分類は、無水物、七水和物ともに、労働安全衛生法、労働基準法、PRTR法、毒物・劇物取締法において、いずれも非該当です。

塩化セリウムの使用用途

塩化セリウムの使用用途としては、他のセリウム化合物の合成原料や有機合成におけるルイス酸としての利用があげられます。特にフリーデルクラフツアシル化反応にルイス酸として用いられるトリフルオロメタンスルホン酸セリウム  (Ce(OTf)3)は、塩化セリウムを出発原料とする有用な化合物の1つです。

また、オレフィンの重合触媒、α,β-不飽和カルボニル化合物のルーシェ還元、ケトンのアルキル化反応、グリニャール反応での添加剤などにも塩化セリウムが用いられています。

塩化セリウムの性質

1. 塩化セリウム (無水物) 

塩化セリウム (無水物) の基本情報

図1. 塩化セリウム (無水物) の基本情報

塩化セリウムの無水物は、分子量246.48、融点817℃、沸点1,727℃であり、常温での外観は、白色から淡黄色の結晶、または粉末です。密度は3.97g/mL、水への溶解度は100g/100mLです。水のほか、アルコールに溶解します。

2. 塩化セリウム (七水和物) の基本情報

塩化セリウム (七水和物) の基本情報

図2. 塩化セリウム (七水和物) の基本情報

塩化セリウムの七水和物は、分子量372.58、融点848℃であり、常温での外観は白色から薄い黄色の結晶性粉末もしくは粉末です。密度は3.97g/mLで、水やエタノールに極めて溶けやすい性質を持ちます。

塩化セリウムの種類

塩化セリウムは、研究開発用試薬製品や、産業用の希土類化合物などとして販売されています。

1. 研究開発用試薬製品

研究開発用試薬製品として販売されている製品の殆どは塩化セリウム七水和物です。ただし、ごく僅かながら無水物を取り扱っているメーカーも存在します。容量の種類は10g、25g、100g、500gなどで、実験室で取り扱いやすい容量での提供が一般的です。七水和物は、室温で保管可能な安定な試薬製品として扱われています。

2. 産業用希土類化合物

産業用製品に関しては、基本的に安定な七水和物が販売されています。こちらについても、想定用途はセリウム化合物原料・触媒です。純粋な物質の他、水溶液の状態でも販売されています。容量等については、メーカーごとに異なるため個別の問い合わせが必要です。

塩化セリウムのその他情報

1. 塩化セリウムの合成

塩化セリウムは、金属セリウムと塩化水素から合成することができます。また、3価セリウムの酸化物、水酸化物、または炭酸塩を塩化アンモニウムと混合して加熱して得る方法も知られています。水和物を加熱すると無水物を得ることができますが、水和物のみを急速に加熱すると少量の加水分解を起こす可能性があります。

純粋な無水物を得るためには、水和物を高真空下で4等量から6等量の塩化アンモニウムと共に400 °Cまでゆっくりと加熱する、もしくは過剰の塩化チオニルと共に3時間程度加熱する方法が有効です。また、もっと簡単には七水和物を真空中で何時間もかけて140℃まで徐々に加熱する方法で無水物を得ることができますが、若干の加水分解物を含む場合があります。ただし、この程度の純度でも有機リチウムやグリニャール試薬と共に使用することは可能です。

2. 塩化セリウムの化学反応

塩化セリウムを用いた合成反応

図3. 塩化セリウムを用いた合成反応

塩化セリウムは、他のセリウム化合物の原料として用いられるだけではなく、それ自体を有機合成におけるルイス酸として用いることが可能です。例えば、α,β-不飽和カルボニル化合物のルーシェ還元では、水素化ホウ素ナトリウムNaBH4と共に七水和物が用いられます。その他、ケトンのアルキル化反応においてエノラートの生成を防ぐ作用があります。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0103-0183JGHEJP.pdf

塩化セシウム

塩化セシウムとは

塩化セシウムとは、化学式がCsClで表される無機化合物です。

実験室では、水酸化セシウム、炭酸セシウム、重炭酸セシウム、硫化セシウムなどを塩酸で処理すると、塩化セシウムが得られます。

塩化セシウムの人や動物に対する毒性は低いです。GHS分類でいずれも該当していません。労働安全衛生法、労働基準法、PRTR法、毒物・劇物取締法にも非該当です。

塩化セシウムの使用用途

塩化セシウムの使用用途の具体例として、光電管、感光性蒸着膜、蛍光体、触媒、光ファイバー、塩素化剤、密度勾配遠心用試薬などが挙げられます。他のセシウム化合物の合成時に、セシウムイオン源として使用可能です。

とくにDNA分離試薬や真空管材料は、塩化セシウムの特徴的な使用用途です。そのほか放射性同位体としてがん治療のシンチグラフィー (英: scintigraphy) にも用いられています。シンチグラフィーとは、放射性同位体の体内投与による放射線を検出し、画像化する診断法のことです。

塩化セシウムの性質

塩化セシウムの融点は645°Cで、沸点は1,295°Cです。白色の結晶や結晶性粉末です。

塩化セシウムには潮解性があります。水に溶解すると完全に解離して、Cs+が希薄溶液により溶媒和されています。

塩化セシウムを濃硫酸中で加熱するか、硫酸水素セシウムとともに550~700°Cで加熱すると、硫酸セシウムに変換可能です。塩化セシウムは他の塩化物とさまざまな複塩を形成します。具体例として、2CsCl・BaCl2、CsCl・2CuCl、2CsCl・CuCl2、CsCl・LiClなどが挙げられます。

塩化セシウムの構造

塩化セシウムの式量は168.36g/molで、密度は3.99g/cm3です。

固体はイオン結晶で、塩化物イオン (Cl) とセシウムイオン (Cs+) から構成される単純立方格子です。それぞれの塩化物イオンはセシウムイオン8つと隣接しています。1:1の組成比を有する塩の結晶で、2種類のイオンの半径がほぼ等しい場合には塩化セシウム型の構造を取ります。塩化セシウム型構造は、イオン結晶の代表的な構造の一つです。塩化セシウム型構造を形成する化合物は、ヨウ化セシウムや臭化セシウム以外にも、銅と亜鉛や鉄とロジウムの1:1合金が知られています。

塩化セシウムの格子定数はa = 0.411nmで、原子間距離Cs-Clは0.345nmです。450°C以上では岩塩型構造に転移します。

塩化セシウムのその他情報

1. 天然の塩化セシウム

天然にはハロゲン化鉱物であるカーナライト (最大0.002%のCsClを含むKMgCl3・6H2O) 、カリ岩塩 (KCl)、カイナイト (MgSO4・KCl・3H2O) 、ミネラルウォーターなどに、不純物として塩化セシウムは存在します。例えば、セシウムの分離に使用されたバート・デュルクハイムのスパの水中には、約0.17mg/Lの塩化セシウムが含まれていました。

2. 塩化セシウムの合成法

工業的には炭酸セシウム塩酸に溶解し、再結晶して塩化セシウムを精製可能です。塩化セシウムはポルックス石 (英: Pollucite) から生産され、抽出物を塩化アンチモン、一塩化ヨウ素、塩化セリウム(IV)で処理すると、難溶性複塩として生成します。硫化水素によって、塩化セシウムが得られます。熱分解したCs[ICl2]やCs[ICl4]を再結晶すると、高純度の塩化セシウムを生成可能です。

3. 塩化セシウムの危険性

マウスによる塩化セシウムの致死量の中央値 (LD50) は、経口投与で体重1kgあたり2,300mgで、静脈内注射で910mg/kgです。塩化セシウムはカリウムを部分的に置換するため、体内のカリウム濃度が低下します。塩化セシウムを大量に摂取すると、カリウムのバランスが崩れて、低カリウム血症、不整脈、急性心停止を引き起こす可能性があります。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0103-0195JGHEJP.pdf

亜硝酸

亜硝酸とは

亜硝酸の基本情報

図1. 亜硝酸の基本情報

亜硝酸とは、温めると一酸化窒素と硝酸が生成される淡青色の弱酸です。

水溶液および蒸気の状態でのみ存在します。密度は1g/cm3、沸点は103℃です。亜硝酸は亜硝酸バリウムと希硫酸、もしくは亜硝酸銀と塩酸などの組み合わせで、低温の水溶液中で反応させ沈殿を濾別することによって、水溶液として得られます。

また、一酸化窒素と二酸化窒素の混合物を、氷水に溶かすことによっても亜硝酸が生成します。

亜硝酸の使用用途

亜硝酸は有機アミンと反応させることで、ジアゾニウム塩 (英: diazonium salt) の合成に用いられます。このジアゾニウム塩は、種々の芳香族化合物の合成のための中間体として利用されています。

また、アルコールと安定なエステルを作ることが可能です。生成された特定のアルキルエステルは、血管拡張剤として医薬品に用いられています。例えば、亜硝酸アミルは、血管拡張剤やシアン化合物解毒剤等として使用されています。

亜硝酸ナトリウムなどの亜硝酸塩は、加工肉の発色剤に用いられ、強い食中毒菌であるボツリヌス菌を抑制する物質として使用可能です。亜硝酸がヘム鉄に配位して鮮赤色を呈するため、ソーセージのような食品添加物として使われています。

亜硝酸の性質

亜硝酸は弱酸であり、希薄水溶液中での酸解離定数はpKa = 3.3で、硝酸と比べて105程度も小さいです。遊離酸の状態では不安定で分解しやすく、水中では直ちに酸化窒素と硝酸に分解します。

そのため、亜硝酸塩や亜硝酸エステルといった形で保存されています。酸化と還元の両方の作用を有しており、反応性が高いです。強い酸化剤によって、硝酸に酸化されます。

さらに、ヨウ化物によって一酸化窒素に、二酸化硫黄によってヒドロキシルアミンに、亜鉛によってアンモニアに還元されます。酸化剤としての標準酸化還元電位は = 0.996V、還元剤としての標準酸化還元電位は = 1.093Vです。

亜硝酸の構造

亜硝酸イオンの共鳴構造

図2. 亜硝酸イオンの共鳴構造

亜硝酸はIUPAC命名法系統名では、ジオキソ硝酸 (英: dioxonitric(III) acid) です。窒素のオキソ酸の1つで、化学式はHNO2、モル質量は47.01です。

亜硝酸の気体分子は、H-O-N-O型構造を取っています。∠H-O-Nと∠O-N-Oは、それぞれ102°と111°です。シス形とトランス形の両形がありますが、トランス形の方が安定です。

亜硝酸のその他情報

1. 亜硝酸によるジアゾ化

亜硝酸によるジアゾニウム塩の生成と分解

図3. 亜硝酸によるジアゾニウム塩の生成と分解

亜硝酸が二級アミン類と反応した場合にはニトロソアミン体になり、芳香族一級アミンと反応した場合には脱水によって芳香族ジアゾニウムイオンが生じます。ジアゾニウム化合物 (英: diazonium compound) とは、分子内に−N+≡Nを含んだ有機窒素化合物のことです。

一価のモノカチオン性置換基をジアゾニオ基 (英: diazonio) 、R−N+≡Nと表されるカチオンのことをジアゾニウムイオン (英: diazonium ion) 、ジアゾニウムイオンを含む塩をジアゾニウム塩と呼びます。ジアゾニウムイオンは反応性が高いです。

ジアゾニウムイオンはザンドマイヤー反応 (英: Sandmeyer reaction) による置換反応やジアゾカップリング (英: azo coupling) によるアゾ化合物合成といった用途があります。多くのアゾ化合物は呈色するため、色素の合成の際に有用です。

2. 亜硝酸の関連化合物

亜硝酸イオンはさまざまな金属に配位することが可能です。窒素で配位した錯体のことをニトロ錯体、酸素で配位した錯体のことをニトリト錯体と呼びます。

代表的な亜硝酸塩には、亜硝酸カリウム (KNO2) 、亜硝酸カルシウム (Ca(NO2)2) 、亜硝酸銀 (AgNO2) 、亜硝酸ナトリウム (NaNO2) 、亜硝酸バリウム (Ba(NO2)2) などが挙げられます。

亜セレン酸ナトリウム

亜セレン酸ナトリウムとは

亜セレン酸ナトリウム (英: Sodium selenite) とは、組成式Na2SeO3で表される無機化合物であり、亜セレン酸のナトリウム塩です。

無水和物の他、五水和物が常温常圧において安定に存在しています。CAS登録番号は、それぞれ10102-18-8 (無水和物) 、26970-82-1 (五水和物) です。無水物や五水和物の状態で安定に存在します。常温常圧では白色の粉末状固体で、天然に動物の体内などに存在しています。

亜セレン酸ナトリウムの使用用途

1. 産業

産業における亜セレン酸ナトリウムの主な使用用途は、 ガラス・顔料原料 (ガラスの脱色剤など) 、アルカロイド試薬、軽金属の表面処理、陶磁器の着色などです。また、製薬業界や飼料業界で栄養強化剤としても使用されます。

2. 臨床

臨床における亜セレン酸ナトリウムは、低セレン血症治療薬として、注射薬の剤形で使用されます。セレンは、生体における必須微量元素であり、セレンは肉類や卵など様々な食材に含まれているため、一般的に健康な人では欠乏することはありません。

静脈栄養剤や、腎不全、摂食障害など、何らかの原因で体内におけるセレンが欠乏する「低セレン血症」は、血清セレン濃度を測定することにより診断されます。血清セレン濃度の低下が原因で起こる「セレン欠乏症」の 症状は、爪の白色化や変形、筋肉痛、筋力低下、不整脈や頻脈を引き起こす心筋障害などです。

特にセレン欠乏による心筋障害に伴う心不全は致命的になる場合があることから、早期に低セレン血症を診断し、亜セレン酸ナトリウム注射液を用いて治療することが重要とされています。

亜セレン酸ナトリウムの性質

亜セレン酸ナトリウムの基本情報

図1. 亜セレン酸ナトリウムの基本情報

亜セレン酸ナトリウムは、式量172.94、融点710℃ (分解) であり、常温では白色の結晶性粉末です。密度は3.1g/mLであり、水への溶解度は89.8g/100gとやや溶けやすいものの、エタノールには不溶です。

亜セレン酸ナトリウムの種類

亜セレン酸ナトリウムは、主に研究開発用試薬製品や、低セレン血症の治療薬 (亜セレン酸ナトリウム注射液) 、産業用原材料として一般に販売されています。

1. 研究開発用試薬製品

研究開発用試薬製品としては、亜セレン酸ナトリウムは、1g、5g、25g、100g、500gなどの容量の種類があります。アルカロイド試薬などの用途が想定されている製品です。25℃以下の冷所保存が必要です。

2. 医薬品

医薬品としては、亜セレン酸ナトリウムは、亜セレン酸ナトリウム注射液として販売されていることが一般的です。低セレン血症に適応があり、食事等により十分にセレンを摂取できない患者に使用することとされています。

3. 産業用原材料

亜セレン酸ナトリウムは、産業用途ではガラスの脱色剤や釉薬などを想定して販売されています。25kgのファイバードラムなど、工場で扱いやすい比較的大きな単位で販売されることが一般的です。

亜セレン酸ナトリウムのその他情報

1. 亜セレン酸ナトリウムの合成

亜セレン酸ナトリウムの合成

図2. 亜セレン酸ナトリウムの合成

亜セレン酸ナトリウムは、二酸化セレンと水酸化ナトリウムの反応によって合成されます。また、水和物は40℃で水和水を失って無水物となります。

2. 亜セレン酸ナトリウムの有害性と法規制情報

亜セレン酸ナトリウムの有害性

図3. 亜セレン酸ナトリウムの有害性

亜セレン酸ナトリウムは、下記のような人体への有害性が知られています。

  • 飲み込むと生命に危険 (経口摂取)
  • 皮膚刺激
  • 強い眼刺激
  • 遺伝性疾患のおそれの疑い
  • 生殖能又は胎児への悪影響のおそれの疑い
  • 中枢神経系、呼吸器、心臓、肝臓、腎臓、消化管の障害
  • 長期にわたる、又は反復ばく露による皮膚、毛、爪、歯、中枢神経系、血液系、肝臓、腎臓、生殖器 (男性)の障害

毒物及び劇物取締法では毒物に指定されている他、労働安全衛生法では、 名称等を表示すべき危険物及び有害物、名称等を通知すべき危険物及び有害物、危険性又は有害性等を調査すべき物に指定されています。

労働基準法では、疾病化学物質です。法令を遵守して正しく取り扱うことが重要とされます。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/10102-18-8.html

五酸化リン

五酸化リンとは

五酸化リン (英: Phosphorus pentoxide) とは、無色固体のリンの酸化物です。

別名として、五酸化二リン (英: Diphosphorus pentoxide) 、十酸化四リン、Phosphorus (V) oxideとも呼ばれます。

五酸化リンの使用用途

1. 乾燥剤

五酸化リンは強い脱水性を持つため、乾燥剤として用いられています。金属性の乾燥剤と異なり、五酸化リンは水との反応が比較的穏やかです。穏やかな反応性から、安全性が求められるデシケータなどの乾燥剤として使用されます。

五酸化リン以外の乾燥剤として、塩化カルシウムやソーダ石灰などが挙げられます。塩化カルシウムは中性乾燥剤、ソーダ石灰は塩基性乾燥剤、五酸化リンは酸性乾燥剤です。酸性乾燥剤である五酸化リンは、塩基性気体以外のほとんど全ての気体に用いられます。

2. 縮合反応試薬

有機合成では、五酸化リンの強い脱水性を活かし、縮合剤として用いられます。カルボン酸に五酸化リンを作用させると、酸無水物を合成することが可能です。また、一級アミドに作用させると、ニトリルを生成します。

3. 酸化反応試薬

スワーン酸化 (英: Swern Oxidation) とは、アルコールからカルボン酸を得る酸化反応です。通常、塩化オキサリルとジメチルスルホキシドを試薬として用いますが、塩化オキサリルの代わりに五酸化リンを使用することもできます。

五酸化リンの性質

化学式はP2O5で表され、分子量は141.94です。CAS番号は1314-56-3で登録されています。融点は340°C、昇華点は360°Cで、常温常圧で固体です。

密度は2.39g/mlで、強い潮解 (脱水) 性と腐食性、刺激性、昇華性を持ちます。水とは反応するため可溶で、アセトンには溶けません。水との反応性が高く、空気中でも容易に水分を吸収します。五酸化リンは水と反応すると、メタリン酸やオルトリン酸などのポリリン酸を形成します。

五酸化リンの種類

P2O5という組成式で表されますが、実際にはP4O10という分子で存在しています。そのため、十酸化四リンの名称が一般的です。

結晶構造は多形であり、3種類の結晶構造やガラス状、無定形状など様々な形を取ります。もっとも観察されるのは、P4O10分子からなる六方晶系です。密閉容器内で六方晶系を400 ℃以上に加熱すると、2種類の斜方晶系 (直方晶系) に変化します。

五酸化リンのその他情報

1. 五酸化リンの製造法

工業的には、黄リンを乾燥した燃焼室で酸化させることで合成できます。また、リン鉱石 (3Ca3 (PO4)2・CaF2) をコークスと珪砂 (SiO2) 、鉄くずと混合させ、650 ℃の熱風で燃焼させることでも合成可能です。昇華によって精製できます。

2. 法規情報

五酸化リンは、以下の国内法令に指定されています。

  • 危険物船舶運送及び貯蔵規則
    腐食性物質 (危規則第3条危険物告示別表第1)
  • 船舶安全法
    腐食性物質 (危規則第3条危険物告示別表第1)
  • 航空法
    腐食性物質 (施行規則第194条危険物告示別表第1)
  • 港則法
    危険物・腐食性物質 (法第21条2、則第12条、昭和54告示547別表二ロ)

3. 取り扱い及び保管上の注意

取り扱い時の対策
混触危険物質は、水や金属類、可燃物、塩基、過塩素酸、還元性物質、強酸化剤です。取り扱い時や保管時に、近くに置かないでください。特に水とは激しく反応するため、注意して取り扱います。

取り扱い時は、保護衣と保護手袋、保護メガネを着用し、ドラフトチャンバー内で使用してください。

火災の場合
燃焼すると、りん酸化物など腐食性及び毒性のガスを生成することがあります。消火砂または二酸化炭素 (CO2)を用いて消火してください。棒状注水は行わないでください。さい。

保管する場合
遮光性のポリプロピレンまたはポリエチレン製の容器に入れて密閉します。直射日光を避け、涼しく換気のよい場所に施錠して保管してください。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/1314-56-3.html
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0116-2386JGHEJP.pdf
https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/compound/Phosphorus-pentoxide

五酸化バナジウム

五酸化バナジウムとは

五酸化バナジウム (英: Vanadium Pentoxide) とは化学式V2O5であらわされる無機化合物であり、5価バナジウムの酸化物です。

別名、五酸化二バナジウム、酸化バナジウム (Ⅴ) とも呼ばれます。モル質量は181.88g/mol、密度は3.357g/cm3、融点は690℃、CAS番号は1314-62-1です。

五酸化バナジウムの使用用途

五酸化バナジウムは、フェロバナジウム (ステンレスなどの合金鋼の製錬) や二酸化硫黄の酸化 (硫酸製造工程の触媒用途) に活用されています。そのほか、有機酸製造触媒、顔料、フェライト、電池やバッテリー、蛍光体としても有用です。

1. 鋼鉄への添加材

特にバナジウム単体の硬度、高い融点、優れた耐食性から主に鋼鉄への添加剤として使用されることが多く、バナジウム消費量の90%を占めています。このようにして製造されるフェロバナジウムは、靱性、耐熱性、耐食性に優れているのが特徴です。

高張力鋼として自動車用鋼板、ビルの鉄筋、橋梁など、構造用鋼として発電用タービンやパイプなど、工具鋼として高速度工具鋼、切削工具などに使用されています。その他、光化学スモッグや酸性雨の原因となる窒素酸化物 (NOx) を取り除く脱硝触媒の原料としても用途の1つです。

2. 有機合成における触媒

五酸化バナジウムは、高温条件下で使用する場合には強い酸化剤です。安定な構造をしているベンゼンやナフタレンをそれぞれ無水マレイン酸、無水フタル酸に酸化してしまうほどの酸化力を持ちます。この酸化力を利用して、硫酸を製造する接触法において、二酸化硫黄を三酸化硫黄に酸化させる段階で使用されます。

3. バッテリー材料

バナジウム酸化還元電池は、風力発電所のような大規模な電力設備を含むエネルギー貯蔵に使用されるバッテリーです。また、リチウムイオン電池、ナトリウムイオン電池、マグネシウムイオン電池などのホスト材料として、広く使用されます。さらに、有機電子装置の電荷注入と抽出材料としても有用です。

五酸化バナジウムの性質

外観は黄色から赤色の個体であり、常温常圧の通常の取り扱い条件においては安定した化合物です。水にはわずかに溶けますが、エタノールやエーテルといった有機溶媒には全く溶けません。一方で、酸やアルカリの水溶液にはよく溶けます。

五酸化バナジウムは、通常、鋼鉄の製錬過程において発生するスラグから製造されます。スラグとは、鉱石から金属を製錬する際などに、製錬する対象となる金属から溶融によって分離した鉱石に含まれるさまざまな鉱物成分を含む物質のことです。

五酸化バナジウムの構造

五酸化バナジウムは、無機化合物の中でも非常に特徴的な構造を持っています。1つのバナジウム原子が5つの酸素原子と配位しており、これらの結合は平面上に広がっていきます。

また、他の金属と複合した酸化物を作るときも、含まれる金属の種類のよって異なる結晶構造を形成することも、この化合物の特徴の1つです。

五酸化バナジウムのその他情報

五酸化バナジウムの危険性

五酸化バナジウムは、GHS分類において、急性毒性 (吸入: 粉じん) を示し、眼に対する重篤な損傷・眼刺激性、生殖細胞変異原性、発がん性、生殖毒性、特定標的臓器・全身毒性 (単回及び反復ばく露) 、水生環境急性有害性、水生環境慢性有害性が認められています。

五酸化バナジウムの法規制は、労働安全衛生法において「名称等を表示すべき危険有害物質」に指定されています。また、リスクアセスメントを実施すべき危険有害物質にも該当しており「特定化学物質・第2類物質・管理第2類物質」に分類されます。

労働基準法では「疾病化学物質」、PRTR法においては「第1種指定化学物質」に分類されます。毒物および劇物取締法では、「劇物」に指定されている化合物です。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0026.html

五塩化リン

五塩化リンとは

五塩化リン (英: phosphorus pentachloride) とは、化学式PCl5であらわされる無機化合物であり、リンの塩化物です。

モル質量は208.2g/mol、昇華点は160℃、比重は2.1、CAS番号は10026-13-8です。同じくリンの塩化物である三塩化リンや塩化ホスホリルと同様に、さまざまな物質の合成に非常に良く用いられてます。

気体中での五塩化リンは三方両錐型の構造をしており、塩化物イオンが1つ脱離したカチオンは正四面体構造を、1つ付加したアニオンは正八面体構造を取ります。

五塩化リンの使用用途

五塩化リンの工業的な使用用途として、医薬品 (抗生物質、ビタミン、その他) 染料等の各種塩化物の製造における試薬が挙げられます。五塩化リンは、その強い反応性からさまざまな有機化合物、無機化合物の塩素化試薬として有機合成に広く用いられます。

1. 有機化合物の合成

有機化合物との反応例として、カルボン酸と反応してカルボン酸塩化物を生成し、アルコールと反応して塩化アルキルを生成します。この反応は塩素化反応としては非常に優れていますが、副生成物であるリン酸トリクロリドが固体で取り除きにくいということが欠点です。そのため、研究室レベルの実験では、気体である二硫化酸素を副生成物とする塩化チオニルなどの試薬の方がより多く使われます。

さらに、第3級アミドと反応させて、ビルスマイヤー試薬を生成する際にも使用されます。この試薬は、アミドと活性芳香族化合物から芳香族ケトンやアルデヒドの合成に利用することが可能で、非常に有用です。

それ以外にも、アリール位やベンジル位の炭素に結合する水素を塩素に置換するといった反応にも使用されています。

2. 無機化合物の合成

五塩化リンは反応性が非常に高く、二酸化窒素などの無機物を塩素化することができます。また、様々な金属元素を塩素化し、金属の塩化物と付加体を作るという性質を持っています。しかし、有機物の場合と同様に、現在では他の反応剤を使用することが多くなりました。

無機化合物とのその他の反応例として、フッ化リチウムと反応し、リチウムイオン電池の電解質に用いられるヘキサフルオロリン酸リチウムを生成するといった反応もあります。

五塩化リンの性質

五塩化リンの外観は、白色または淡黄色の結晶あるいは固塊です。強い刺激臭および発煙性を持ち、極めて高い吸湿性を有します。五塩化リンは、通常三塩化リンと塩素ガスを反応させて製造されます。

この反応はエンタルピー的に有利な反応なので進みやすく、非常に多量の五塩化リンがこの方法で製造されています。しかし、180℃においては五塩化リンは三塩化リンと塩素との間で平衡状態となるので、五塩化リンには塩素が含まれて緑色を呈していることがあります。

五塩化リンは、非常に反応性の強い物質です。水と反応すると塩化水素を発生します。さらに、加水分解が進行すると、塩化水素に加えてリン酸も生成します。そのため、水に溶けることはできませんが、二硫化炭素やベンゼンなどの有機溶媒には可溶です。

五塩化リンのその他情報

五塩化リンの危険性

五塩化リンは、GHS分類において、急性毒性 (経口) 、皮膚腐食性・刺激性、眼に対する重篤な損傷・眼刺激性、特定標的臓器・全身毒性 (単回および反復ばく露) が認められています。さらに、水などの物質と激しく反応することから爆発の危険性もあり、取り扱いには注意が必要です。使用する際には、保護メガネとゴム手袋の着用は必須です。

五塩化リンの法規制は、労働安全衛生法において「名称等を表示すべき危険有害物質に指定」されています。また、リスクアセスメントを実施すべき危険有害物質にも該当しており、毒物・劇物取締法においては、毒物に指定されています。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0578.html

二酸化セレン

二酸化セレンとは

二酸化セレンの反応

図1. 二酸化セレンの基本情報

二酸化セレン (英: selenium dioxide) とは、セレンの酸化物の一種です。

無水亜セレン酸 (英: Selenous anhydride) とも呼ばれます。セレンの燃焼や硝酸を用いた酸化によって生成し、常温では無色の結晶です。

労働安全衛生法では、名称等を表示すべき危険物及び有害物、名称等を通知すべき危険物及び有害物に該当しています。労働基準法では疾病化学物質に、化学物質管理促進法 (PRTR 法) では第1種指定化学物質に、毒物及び劇物取締法では毒物に該当します。

二酸化セレンの使用用途

有機化学分野で二酸化セレンは、酸化試薬の1つとして使用可能です。二酸化セレンを酸化剤に使用し、ほかの合成方法では難しい物質を容易に得られます。具体的には、カルボニル化合物、オレフィン、アセチレン類、アルコール等の酸化に利用可能です。

ガラスへの添加剤としても使用されており、ガラスに二酸化セレンを添加すると赤色を呈します。不純物を含む青色に見えるガラスを無色に見せるために、二酸化セレンを加える場合もあります。単体セレン、セレン酸塩、亜セレン酸塩も同様の用途で利用可能です。

二酸化セレンの性質

常温で無色の針状結晶です。昇華点は315°Cで黄緑色の気体になり、封管中では融点は340°Cで青色の液体に変わります。25°Cで100gの水に、73.3g溶けます。

独特の不快臭を有し、毒性は強いです。マウスによる経口投与での50%致死量 (LD50) は23.3mg/kgで、ラットによる経口投与では68.1mg/kgです。吸入や皮膚から吸収されるため、取り扱いに注意する必要があります。

二酸化セレンの構造

二酸化セレンの化学式はSeO2、式量は110.96g/mol、密度は3.95g/cm3です。室温では鎖状高分子を形成しています。交互にセレン原子と酸素原子が並んでおり、それぞれのセレン原子はピラミッド型を取っていて、末端にはオキシド基があります。架橋Se-Oは179pmで、末端Se-Oは162pmです。セレンの立体化学は、ポリマー鎖に沿って交互になっています。

気相で二酸化セレンは、二量体やオリゴマーとして存在し、高温では単量体になります。単量体は二酸化硫黄に似た曲がった構造を取り、結合長は161pmです。単量体は極性分子で、双極子モーメントは2.62Dで、2つの酸素原子の中点からセレン原子に向いています。二量体は中心対称のいす形を取っています。オキシ塩化セレン (英: Selenium oxydichloride) に二酸化セレンを溶かすと、三量体の[Se(O)O]3を生成可能です。

二酸化セレンのその他情報

1. 二酸化セレンの反応

二酸化セレンの構造

図2. 二酸化セレンの反応

二酸化セレンはアンモニアにより還元され、セレンが生じます。過酸化水素や硝酸中の酸素によって酸化すると、セレン酸を生成可能です。水との反応では亜セレン酸が得られます。

2. 二酸化セレンを用いた反応

二酸化セレンを用いた反応

図3. 二酸化セレンを用いた反応

有機合成で二酸化セレンは重要な試薬です。アセトアルデヒドの三量体であるパラアルデヒド (英: paraldehyde) を、二酸化セレンによって酸化すると、グリオキサール (英: glyoxal) が得られます。シクロヘキサノンの酸化によって、1,2-シクロヘキサンジオン (英: 1,2-cyclohexanedione) を生成可能です。

二酸化セレンはセレンに還元され、赤色の非晶質固体として沈殿するため、容易に濾別できます。二酸化セレンを用いた酸化反応はライリー酸化 (英: Riley oxidation) と呼ばれます。

アリル基を有するアルキル化合物やアリール化合物の酸化にも使用可能です。アシル化ヒドラゾン誘導体から1,2,3-セレナジアゾール (英: 1,2,3-selenadiazoles) を合成する際にも用いられます。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0119-0035JGHEJP.pdf
https://www.jstage.jst.go.jp/article/yukigoseikyokaishi1943/30/8/30_8_739/_pdf
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/7446-08-4.html

二硫化モリブデン

二硫化モリブデンとは

二硫化モリブデン (英: Molybdenum disulfide) とは、組成式MoS2で表されるモリブデンの硫化物です。

硫化モリブデン(Ⅳ)と呼ばれることもあり、CAS登録番号は1317-33-5です。六方晶系でモリブデンと硫黄の層状構造を持ち、各層が弱い力で結合しているため潤滑性を持ちます。二硫化モリブデンは、天然鉱石から不純物を取り除くことで得られます。

なお、二硫化モリブデンは労働安全衛生法で名称等を表示すべき有害物質に指定されている他、PRTR法で第一種指定化学物質に指定されています。

二硫化モリブデンの使用用途

二硫化モリブデンの主な使用用途は潤滑剤、鉄鋼添加剤、モリブデン酸塩原料です。

1. 潤滑剤

二硫化モリブデンは、固体潤滑剤として、主に液状潤滑剤であるグリースへ添加することで利用されている物質です。モリブデンを含んだグリースが使用される場面として、グリースへの粉塵混入の可能性がある建設現場などが挙げられます。

2. 添加剤

摩擦が発生する部分の材料 (焼結合金、ブレーキ、摩擦材、プラスチック、ゴム、など) に、添加剤として直接二硫化モリブデンを添加する場合もあります。例えば、ブレーキの材料に二硫化モリブデンを微量添加することで、摩擦係数を保ちながらも焼き付きを防ぐことが可能です。

3. ドライフィルム

二硫化モリブデンはドライフィルムの原料にも用いられています。ドライフィルムとは、樹脂に二硫化モリブデンなどの固形潤滑剤を混ぜ込んだ塗料です。オイル潤滑剤に比べて蒸発しない、摩擦面のせんだん力を下げることができるなどの特徴があります。

二硫化モリブデンの性質

二硫化モリブデンの基本情報

図1. 二硫化モリブデンの基本情報

二硫化モリブデンは、分子量160.07、融点2,375℃、沸点1,450℃であり、常温常圧では黒色の固体です。密度は5.06g/mLで、水には溶解せず、ほとんどの酸、アルカリ、有機溶剤に不溶ですが、濃硝酸や王水に溶解します。

二硫化モリブデンの種類

二硫化モリブデンは、研究開発用試薬製品や、工業用素材として一般に販売されている物質です。

1. 研究開発用試薬製品

二硫化モリブデンは、研究開発用試薬製品としては、25g、100g、500gなどの種類があり、実験室で取り扱いやすい容量で提供されています。通常、室温で保管可能な試薬製品です。

2. 工業用素材

工業用素材としては、二硫化モリブデンは、粉末や結晶などの形状の種類があります。固体潤滑剤や、各種添加剤などの用途を想定して販売されていることが多い物質です。

また、単結晶は、 AFM、STMや薄膜コーティング研究用基板などの用途でも用いられます。メーカーによって提供単位は様々ですが、25kgなど、工場等で扱いやすい比較的大容量からの提供になります。また、粉末も粒径などの種類があるため、自分の用途にあったものを選択することが必要です。

二硫化モリブデンのその他情報

1. 二硫化モリブデンの化学反応

二硫化モリブデンの化学反応

図2. 二硫化モリブデンの化学反応

二硫化モリブデンは、酸素存在下で加熱されることによって酸化モリブデンを生じます。また、塩素ガスとの反応では、塩化モリブデン(V)が生成します。

通常の保管環境においては安定ですが、 加熱により分解して、その際に酸化硫黄を生じる物質です。窒化カリウムや、 (加熱、または摩擦時において) マグネシウムと爆発の危険があります。また、三酸化モリブデンは、工業的には二硫化モリブデンの焙焼によって生成する化合物です。

2. 二硫化モリブデンの結晶構造

二硫化モリブデンの結晶構造のイメージ

図3. 二硫化モリブデンの結晶構造のイメージ

硫化モリブデン (IV) の結晶構造は、六方晶型の層状結晶構造です。各層はモリブデンの層の両面が硫黄で挟まれています。モリブデンと硫黄の結合、すなわちMo=S結合は強固ですが、一方で層と層を繋ぐ硫黄同士のS-S結合は弱い結合です。

このため、せん断力が加わると容易に層間が滑ります。二硫化モリブデンの摩擦係数が低く、潤滑性を示すのは、この層間が滑る現象のためです。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/1317-33-5.html

三酸化硫黄

三酸化硫黄とは

三酸化硫黄の基本情報

図1. 三酸化硫黄の基本情報

三酸化硫黄とは、化学式がSO3で表される硫黄の酸化物です。

硫酸の無水物に相当し、別名無水硫酸とも呼ばれます。工業的には接触法の中間体として知られています。接触法とは硫酸の製造方法です。

三酸化硫黄はGHS分類で、吸入すると生命に危険(蒸気)、重篤な皮膚の薬傷、目の損傷、呼吸器への刺激の恐れ、長期にわたるばく露または反復ばく露による歯の障害が認められています。大気汚染防止法で特定物質に指定されており、労働安全衛生法、労働基準法、PRTR法、毒物および劇物取締法ではいずれも非該当です。

三酸化硫黄の使用用途

三酸化硫黄は、酸化剤、スルホン化剤、イオン交換樹脂の製造、硫酸の製造などに使用されます。スルホン化剤は工業的な有機合成で広く用いられており、染料や中性洗剤などの工業的な製造工程に使用可能です。

三酸化硫黄は接触法の中間体でもあります。硫黄と酸素から製造した二酸化硫黄を触媒存在下で三酸化硫黄とし、発煙硫酸を経由して水と反応させると、高純度な濃硫酸を製造できます。

三酸化硫黄の性質

三酸化硫黄の融点は16.9°C、沸点は45°Cで、常温で無色透明の液体です。強い刺激臭があり、濃硫酸に溶かすと発煙硫酸が得られます。

三酸化硫黄の吸湿性は高いです。木や綿が熱濃硫酸に触れると発火しますが、三酸化硫黄が炭水化物中の水分を脱水し、炭水化物が燃えやすくなるからです。

三酸化硫黄の構造

三酸化硫黄の構造

図2. 三酸化硫黄の構造

三酸化硫黄のモル質量は80.06g/mol、密度は1.92g/cm3です。

気体の三酸化硫黄は、硫黄原子が中心の平面正三角形構造を取っていると予測されています。硫黄原子の酸化数は+6であり、電荷は0で、電子対を6個有します。分子軌道法によると、電子対の多くは非結合的な性質を有する典型的な超原子価分子です。3個のS-Oの長さは等しく、1.42Åであり、∠O-S-Oは120°です。

三酸化硫黄の種類

三酸化硫黄の種類

図3. 三酸化硫黄の種類

固体の三酸化硫黄にはα-SO3、β-SO3、γ-SO3の3種類の変態があります。微量の水に依存して、複雑な挙動を示します。気体が凝集して、三量体のγ-SO3を形成します。γ-SO3はS3O9と表される分子結晶です。

27°C以上で痕跡量の水の存在で凝集して、アスベストのような繊維状のα-SO3になります。封管中でβ-SO3を32.5°C以上で放置しても得られます。α-SO3は末端にヒドロキシル基を持つ[S(=O)2(μ-O)]n型の高分子です。

β-SO3もα型と同じく針状結晶です。β-SO3とγ-SO3は、微量の水によって、時間とともに安定なα-SO3に少しずつ相転移します。四面体型のSO4がOによって繋がった無限らせん構造を持っています。

三酸化硫黄のその他情報

1. 三酸化硫黄の合成法

実験室で三酸化硫黄は、硫酸水素ナトリウムの熱分解によって合成されます。ナトリウム以外の金属の硫酸水素塩でも反応は進行しますが、中間体の安定性に反応条件は依存します。

工業的に接触法で、三酸化硫黄を製造可能です。まず、硫黄や黄鉄鉱の燃焼によって、二酸化硫黄を合成して、電気集塵によって精製します。続いて、二酸化硫黄を酸素や五酸化バナジウムを400~600°Cに加熱して酸化すると、三酸化硫黄を合成可能です。

鉛室法の過程でも、二酸化硫黄と二酸化窒素の反応によって、三酸化硫黄が生じます。鉛室法とは、硝酸類や窒素酸化物を使用した硫酸の製造法のことです。接触法が登場したために、現在では鉛室法は廃れてしまいました。

2. 三酸化硫黄の反応

三酸化硫黄は硫酸の無水物で、水と急速な発熱反応が進行します。そのため三酸化硫黄は、酸性雨の原因物質の一つです。340°C以上では、三酸化硫黄、硫酸、水の平衡状態になります。また、二塩化硫黄と三酸化硫黄の反応によって、塩化チオニルが生じます。