塩化スルフリル

塩化スルフリルとは

塩化スルフリル (英: Sulfuryl chloride) とは、常温常圧で辛みのある悪臭を有する無色の液体です。

化学式はSO2Cl2、分子量は134.97、CAS番号は7791-25-5の無機化合物です。硫黄原子を中心に2つの酸素原子と2つの塩素原子が結合した四面体構造を持ちます。

1838年にフランスの化学者アンリ・ヴィクトル・ルニョーによって初めて調製されました。

塩化スルフリルの使用用途

塩化スルフリルは、放置するだけで塩素を発生させることができ、液体として保存することができるという特徴があるため、塩素の発生源として主に利用されています。カルボニルやスルホキシドなどの活性な置換基に隣接するC-HをC-Clへ変換する試薬として使用される他、アルカン、アルケン、アルキン、芳香族化合物、エーテル (テトラヒドロフランなど) およびエポキシドを塩素化します。 

また、ベンジル位の炭化水素基を塩素化する際にも用いられます。例えば、トルエン (C6H5-CH3) に塩化スルフリルを加えることによって、炭化水素基の末端が塩素化され、塩化ベンジル (C6H5-CH2Cl) を得ることが可能です。ヒドロペルオキシドを同時に用いることにより、収率を上げることができます。

塩化スルフリルは、チオールまたはジスルフィドを対応する塩化スルフェニルに変換したり、アルコールを塩化アルキルに変換できます。

塩化スルフリルの性質

塩化スルフリルの融点は-54℃、沸点は69℃、密度は1.67g/cm3で、沸点より約30°C高い100°C以上に加熱すると分解します。

空気中で二酸化硫黄塩素へと分解されるため、古いサンプルは塩素の持つ色である黄緑色を帯びるようになります。

塩化スルフリルのその他情報

1. 塩化スルフリルの製法

活性炭などの触媒存在下で、二酸化硫黄と塩素を混合することによって得ることが可能です。化学式は以下です。

   SO2 + Cl2 → SO2Cl2

生成物は蒸留によって精製でき、古くには、塩化チオニルを酸化することよって塩化スルフリルを合成していました。  

   SOCl2 + HgO → ClSSCl + HgCl2 + SO2Cl2
   2SOCl2 + MnO2 → SO2 + MnCl2 + SO2Cl2

2. 塩化スルフリルの反応

塩化スルフリルは水と反応し、塩化水素ガスと硫酸を放出します 。

   SO2Cl2 + 2H2O → 2HCl + H2SO4

塩化スルフリルは、過酸化物や光などによって開始されるアルカンの塩素化反応の塩素源として使用することができます。

   CH4 + SO2Cl2 → CH3Cl + SO2 + HCl

3. 法規情報

労働安全衛生法や化学物質排出把握管理促進法 (PRTR法)、毒物及び劇物取締法、消防法などいずれの主要な法令においても指定がありません。ただし、危険物船舶運送及び貯蔵規則においては「毒物類・毒物」、航空法では「輸送禁止」の物質に該当し、毒性を持ち催涙作用があるため、取り扱いには注意が必要です。

4. 取扱いおよび保管上の注意

取扱い及び保管上の注意は、下記の通りです。

  • 保管容器は不活性ガスを封入し、冷蔵庫 (2~10℃) で保管する。
  • 屋外や換気の良い区域のみで使用する。
  • 加水分解によって発生する塩化水素により、容器の内圧が高くなることがあるので、開栓する時は保護具を着用する。
  • 使用時は保護手袋、保護眼鏡、保護衣、保護面を着用する。
  • 激しく反応するため、アルカリ性物質、アルコール類および水との接触を避ける。
  • 取扱い後はよく手を洗浄する。
  • 吸入した場合、空気の新鮮な場所に移し、呼吸しやすい姿勢で休息させる。
  • 皮膚に付着した場合は、すぐに多量の水と石鹸で洗い流す。
  • 眼に入った場合は、水で数分間注意深く洗い、直ちに医師の手当てを受ける。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0119-0481JGHEJP.pdf

一酸化窒素

一酸化窒素とは

一酸化窒素とは、窒素原子と酸素原子からなる無機化合物です。

酸化窒素とも呼ばれ、常温常圧で無色無臭の気体です。などの金属と希硝酸を反応させることにより、一酸化窒素が発生します。また、二酸化窒素と二酸化硫黄の置換反応でも得ることが可能です。

一酸化窒素は水に溶けないため、実験室では水上置換法によって収集します。なお、労働安全衛生法で「名称等を表示・通知すべき有害物質」「リスクアセスメントを実施すべき危険有害物」に指定されています。

一酸化窒素の使用用途

一酸化窒素は、生体内で作られ続けています。生体内で生成した一酸化窒素は、動脈の内壁と外壁の間に位置する筋肉の「平滑筋」へ運ばれて、平滑筋の柔軟性を高め、動脈硬化を予防します。血管の柔軟性が保たれることで、血管に脂肪分が付着し、血流の悪化を防げます。

体内で作られる一酸化窒素の量は、加齢とともに減少します。適度な運動やアルギニンの摂取により、一酸化窒素の生成量を増やすことも可能です。

その一方で、一酸化窒素を使用して、ポリマーの表面のラジカルを検出できます。具体的には、X線光電子分光によって、一酸化窒素がラジカルを消去する際に生じる窒素を検出します。

一酸化窒素の性質

一酸化窒素の化学式は、NOと表されます。融点は−163.6°Cで、沸点は−151.7°Cです。酸素に触れるとすぐ酸化して、二酸化窒素 (NO2) に変わります。

水中で酸素と反応し、亜硝酸 (HNO2) を生成します。一酸化窒素とハロゲンの反応によって、ハロゲン化ニトロシル (英: nitrosyl halide) を得ることが可能です。例えば、塩素と反応すると、塩化ニトロシル (英: nitrosyl chloride) を生成します。一酸化窒素と二酸化窒素が結合すると、濃い青色の三酸化二窒素を生じます。

また、一酸化窒素は窒素の酸化物で、窒素の酸化数は+2です。窒素原子が不対電子を持っています。式量は30.0061g/molであり、窒素原子と酸素原子の距離は115pmです。

一酸化窒素のその他情報

1. オストワルト法による一酸化窒素の合成

白金触媒を用いて、900℃程度にアンモニアを熱すると、一酸化窒素が生成します。オストワルト法 (英: Ostwald process) と呼ばれ、一酸化窒素の一般的な生産方法です。

現在は白金にロジウムを10%程度加えた金網状の触媒が使用されます。温度が800°C、接触時間が0.001秒の条件で、白金-ロジウム触媒によって一酸化窒素が生成し、収率は95〜98%です。

2. 一酸化窒素による環境への影響

一酸化窒素は、大気汚染で問題になっている窒素酸化物 (NOx) の1つです。窒素酸化物は大気中の水蒸気と反応して硝酸になるため、酸性雨の原因になります。大気汚染防止法で窒素酸化物は、火力発電所、自動車、航空機、船舶などの排出源に対し、排出規制が実施されています。

高温で窒素と酸素から一酸化窒素が生じるため、自然界では雷や山火事が原因で一酸化窒素が生成しますが、人為的理由も多いです。具体的には、石油ストーブ、ガスコンロ、暖炉などで、排出規制対象にはなっていません。

大気に放出された一酸化窒素は二酸化窒素に酸化されますが、二酸化窒素は紫外線によって一酸化窒素と原子状酸素になります。原子状酸素はオゾンのような酸化物質を生成し、酸化物質の存在下では一酸化窒素の酸化が加速します。すなわち、連鎖的に反応が進行して、光化学オキシダントを生成するため、これが光化学スモッグを引き起こす原因です。

3. 一酸化窒素を有する金属錯体

一酸化窒素は遷移金属と反応すると、金属ニトロシル (英: metal nitrosyl) と呼ばれる錯体が得られます。一般的にはM-NOと結合し、疑ハロゲン化物 (英: pseudohalide) 配位子として機能します。M-NOを持つ錯体のM-N-Oの結合角は、120°〜140°です。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0655.html

ホルムアミド

ホルムアミドとは

ホルムアミドの基本情報

図1. ホルムアミドの基本情報

ホルムアミドとは、化学式がCH3NOで表されるアミドです。

ギ酸 (英: formic acid) から合成されるため、ギ酸アミドとも呼ばれます。メタンアミドやカルバムアルデヒドも、ホルムアミドの別名です。ホルムアミドの50%致死量 (LD50) は1kgあたり数グラムで、急性毒性は低く、変異原性も低いです。

性と生殖に関する健康 (英: reproductive health) には、有毒だと分類されています。労働安全衛生法で名称等を通知すべき有害物質に指定されている他、消防法では「第4類引火性液体」「第三石油類水溶性液体」に指定されています。

ホルムアミドの使用用途

ホルムアミドは、凍結防止剤として利用されています。実験に使われる臓器や生体組織を凍結する際には、ホルムアミドを含んだ凍結防止剤を使用可能です。例えば、マウスの精子を凍結保存する場合などが挙げられます。

ホルムアミドは、対象物を固化させて過冷却状態にする「ガラス化化合物」として働きます。ホルムアミドはシアン化水素 (HCN) の工業的製法にも利用可能です。シアン化水素は極めて毒性の高い物質で、殺虫剤や殺鼠剤として利用されています。

また、RNAを脱イオン化するため、ゲル電気泳動 (英: gel electrophoresis) のRNA安定剤としても使用されます。キャピラリー電気泳動では、変性したDNAの一本鎖の安定化に利用可能です。さらに、ビタミンの合成やサルファ薬の製造に利用される以外にも、紙や繊維の柔軟剤にも使われます。

ホルムアミドの性質

ホルムアミドは無色の液体で、常温常圧でアンモニア臭があります。融点は2〜3°C、沸点は210°Cです。アルコールやエーテルと混ざりますが、ベンゼンやクロロホルムには溶けません。

水と任意の割合で混ざり合い、水に溶けないイオン性化合物を溶解できるため、よく溶媒に利用されます。具体的には、グルコース、カゼイン、デンプン、タンニンなどの高分子化合物だけでなく、鉛、銅、鉄などの塩化物のほか、酢酸のアルカリ金属塩を溶かします。

ホルムアミドの構造

ホルムアミドはギ酸由来のアミドです。示性式はHCONH2と表されます。同じくRR’NCHOと表される化合物の1つに、N,N-ジメチルホルムアミド (英: N,N-dimethylformamide) もあり、示性式は(CH3)2NCHOです。なお、分子量は45.04g/molで、密度は1.133g/cm3です。

生化学でホルムアミドは、現在の地球上の生命を維持する能力があります。そのため、水の代替溶媒として提案されています。ホルムアミドはシアン化水素の加水分解によって生じ、双極子モーメントが大きく、溶媒和特性も水に近いです。

ホルムアミドのその他情報

1. ホルムアミドの合成法

ホルムアミドの合成

図2. ホルムアミドの合成

ギ酸とアンモニアを反応させるとギ酸アンモニウム (英: ammonium formate) が生じ、脱水によってホルムアミドを生成可能です。工業的には、ギ酸メチル (英: methyl formate) またはギ酸エチル (英: ethyl formate) の、アンモニアによるアミノ分解 (英: aminolysis) が用いられています。

アンモニアのカルボニル化によっても、ホルムアミドを製造可能です。一酸化炭素とメタノールから生成されるギ酸メチルのアンモノリシス (英: ammonolysis) でも得られます。

2. ホルムアミドの反応

ホルムアミドの反応

図3. ホルムアミドの反応

180°Cでホルムアミドは、一酸化炭素とアンモニアに分解します。固体酸触媒の存在下では、シアン化水素と水に分解されます。

紫外線の存在下でホルムアミドを加熱すると、微量のグアニン (英: guanine) に変換可能です。

参考文献
W01W0106-0230JGHEJP.pdf (fujifilm.com)

ホスホマイシン

ホスホマイシンとは

ホスホマイシンとは、ストレプトマイセス属の放線菌から作られ、ホスホエノールピルビン酸塩を元に合成された抗菌薬です。

抗菌薬の中で唯一、同じ系統の薬剤がありません。ホスホマイシンは飲み薬と注射薬に分けられ、飲み薬の化学式はC3H5CaO4P・H2O、注射薬の化学式はC3H5Na2O4P・H2Oで表されます。

両者の違いは、化学式の中にカルシウム (Ca) が含まれるか、ナトリウム (Na) が含まれるかです。ホスホマイシンの商品名は「ホスミシン」です。グラム陽性細菌、グラム陰性細菌どちらに対しても、殺菌作用を示すという特徴があります。

ホスホマイシンの使用用途

ホスホマイシンは、抗菌スペクトルが極めて広い (標的となる細菌の種類が豊富な) 抗菌薬です。そのため、他薬剤で多剤耐性菌が発生した際、第二選択薬として使われることがあります。

飲み薬か注射薬かにより、標的とする細菌の種類や効果のある疾患が異なります。飲み薬と注射薬が共通して効く細菌は、ブドウ球菌属、大腸菌、セラチア属、プロテウス属、モルガネラ・モルガニー、プロビデンシア・レットゲリ、緑膿菌です。飲み薬はこれに追加して、赤痢菌、サルモネラ属、カンピロバクター属にも効果があります。

飲み薬と注射薬の共通した適応は、腎盂腎炎と膀胱炎です。これに加え飲み薬は、消化管を通り代謝されるため、腸の感染・炎症によく効きます。他に効果が期待できるのは、眼、耳、鼻など感覚器官の感染です。

一方、注射薬は血液にダイレクトに入るため、敗血症、肺、子宮の感染・炎症によく効きます。

ホスホマイシンの性質

1. 作用機序

ホスホマイシンの作用機序は、細胞壁合成阻害です。βラクタム系抗菌薬も同じく細胞壁合成を阻害しますが、ホスホマイシンとは作用するタイミングが異なります。特にホスホマイシンは、細胞壁合成の初期段階を阻害すると言われています。

2. 薬剤耐性化

他の薬剤に比べて、薬剤耐性化の報告が少ないです。しかし、突然変異で耐性を獲得することもあり、特に緑膿菌や大腸菌に対して、効きが悪くなると言われています。

3. 薬物動態

ホスホマイシンは人体に入ると、化学構造を変化させることなく分布し、尿中に排出されます。そのため、腎機能が低下している患者はうまく排出することができず、ホスホマイシンが効きすぎてしまう可能性があります。腎機能低下の程度に応じて、投与量の調整が必要です。

ホスホマイシンの特徴

嫌気条件下で効果が強いことが特徴です。例えば、アミノグリコシド系抗菌薬は嫌気条件下で効果が下がるため、好気条件下でしか働きません。ホスホマイシンの内服薬が腸の中で効果を発揮するのは、腸管内が嫌気条件下であるためです。

ホスホマイシンのその他情報

1. 禁忌・慎重投与

ホスホマイシンの禁忌患者は、飲み薬では設定されていません。対して注射薬では、「ホスホマイシンに対して過敏症の既往歴のある患者」が禁忌患者として設定されています。

また、慎重投与患者は、注射薬でのみ「本人または両親、兄弟に気管支喘息、発疹、蕁麻疹などのアレルギー症状を起こしやすい体質のある患者」に設定されています。飲み薬、注射薬は共通して、肝逸脱酵素が上昇する副作用が報告されているため、「肝障害のある患者」に対する投与にも注意が必要です。

2. 注意点

前述した通り、飲み薬、注射薬共通して、腎機能低下患者への投与は注意が必要です。特に高齢者は腎機能が低下している可能性があります。また注射薬はナトリウムを14.5mEq/g含んでいるため、心不全、腎不全、高血圧など、ナトリウム摂取制限を要する患者への投与は注意が必要です。

3. 副作用

ホスホマイシンの重大な副作用は、内服薬、注射薬共通して偽膜性大腸炎などの血便を伴う重篤な大腸炎が挙げられます。注射薬は他に汎血球減少、無顆粒球症、血小板減少、痙攣が報告されています。しかし、いずれも頻度を確かめる検査をしていないため、頻度不明となっています。

フラン

フランとは

フランの基本情報

図1. フランの構造と基本物性

フランとは、4個の炭素原子と1個の酸素原子からなる5員環式芳香族化合物です。

別名ジビニレンオキシド、オキソール、又は1-オキサ-2,4-シクロペンタジエンとも呼ばれます。化学式はC4H4O、CAS登録番号は110-00-9です。天然では松の木から得られるタール中に豊富に存在しています。

フランの使用用途

フランは多くの複素環式化合物を合成するための中間体として利用されています。また、合成樹脂、溶剤、洗浄剤などの原料にも広く使用されています。 

1. 有機合成

ディールス-アルダー反応

図2. ディールス-アルダー反応

パラジウム触媒を用いてフランを水素化することによって、テトラヒドロフランが製造されています。このテトラヒドロフランは、高分子などの有機物の溶解性が非常に高いことから、極性の有機溶媒として広く用いられています。例えば、サイズ排除クロマトグラフィーの溶媒として使用されます。

フランのジエン性を利用し、ディールス-アルダー反応の出発物質として利用されることがあります。特に、ブタジエンなどと比べると不安定な環状構造をフランは有していることから、高い反応性を有しています。例えば、フランと無水マレイン酸を混合すると、20℃でディールス-アルダー反応が進行します。

アルミナを触媒として、フランとアンモニアとを反応させることによって、ピロールが製造されています。このピロールは、検出試薬などとして使用されています。また、脱水剤の存在下において、硫化水素と加熱されることで、チオフェンを合成するのに用いられてます。

2. プラスチック工業

フランを原料とするフルフラールフルフリルアルコールを元に、フラン樹脂が合成されます。フラン環が連結することで三次元構造を形成したこの樹脂は、優れた耐薬品性を示すことから、塗料などで使用されています。

3. 医薬品

フランは医薬品の中間体製造にも使用されます。フランを原料として複素環式化合物を合成することができ、複雑な医薬品化合物の合成に応用されています。例えば、抗インフルエンザ活性鎮静剤や麻酔剤の原料として使用されることがあります。

フランの性質

1. 物理的性質

フランはクロロホルムに似た臭いをもつ無色~透明黄色の液体です。融点は-84℃、沸点は31℃で、比重は0.91、屈折率は1.42です。エタノール・エーテル・石油エーテルに溶けやすく、水には実質的にほとんど溶けません。また、アルカリに対しては安定していますが、無機酸に対しては樹脂化します。

引火点は-31℃で、極めて高い引火性を有しており、液体及び蒸気の取り扱いには注意が必要です。労働安全衛生法では「危険物、引火性の物」に指定されています。また、消防法にて「第4類引火性液体」に指定されています。

2. 化学的性質

フランは芳香族化合物であり、化学的には比較的安定した構造を持ってますが、ベンゼン環などの6員環と比べると不安定で反応性が高いものです。酸化剤と反応して爆発性の高い過酸化物を生成することがあるため、扱いには注意が必要です。また、水と反応して、酸化反応を起こすことがあるため、水との接触を避ける必要があります。

フランのその他情報

1. 製法方法

パール・クノール合成

図3. パール・クノール合成

天然物として抽出される他、有機合成によってもフランを得ることができます。例えば、パール・クノール合成によって1, 4-ジカルボニル化合物を酸で加熱処理することで、脱水反応を伴ってフラン構造をもつ化合物を合成することができます。

フェイスト・べナリー フラン合成では、ハロカルボニル化合物とケトエステルの脱水縮合により、フラン誘導体を得ることができます。また、フルフラールの酸化によって得られる2-フランカルボン酸を加熱脱炭酸することによって生成されます。

2. 人体への影響

フランは人体の皮膚及び呼吸器への刺激性を持っているため、保護具を着用して取り扱う必要があります。遺伝子疾患及び発がん性の恐れが認められています。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/cas-110-00-9.html

フェニルエチルアミン

フェニルエチルアミンとは

2-フェニルエチルアミンの基本情報

図1. 2-フェニルエチルアミンの基本情報

フェニルエチルアミンとは、化学式がC8H11Nで表される有機化合物です。

フェニルエチルアミンには、2-フェニルエチルアミンと1-フェニルエチルアミンがあります。2-フェニルエチルアミンはフェネチルアミンとも呼ばれます。

2-フェニルエチルアミンはアルカロイドの1種です。アルカロイドとは、窒素原子を含む天然の有機化合物の総称です。天然には哺乳類の体内に存在し、チョコレートなどの微発酵食品にも含まれています。生体内では、神経伝達物質として作用します。なお、労働安全衛生法などの国内法規によって指定されていません。

フェニルエチルアミンの使用用途

2-フェニルエチルアミンやその誘導体は、実験的に抗うつ作用を持つことが証明されています。そのため、抗うつ剤として利用可能です。

2-フェニルエチルアミンによって、「楽しさ」や「期待感」などを司るホルモンである、ドーパミンやアドレナリンの分泌を促します。特に、2-フェニルエチルアミンの働きにより、恋愛でホルモンの分泌が活発になると考えられており、「恋愛ホルモン」として注目されています。

フェニルエチルアミンの性質

2-フェニルエチルアミンの融点は−60°C、沸点は195°Cです。常温常圧で無色の液体です。天然で2-フェニルエチルアミンは、アミノ酸のフェニルアラニンの酵素的脱炭酸により生成します。空気に触れると、二酸化炭素 (CO2) と反応し、炭酸塩が生じます。

脳内で2-フェニルエチルアミンは、神経伝達物質として機能していますが、分解されやすいです。そのため、常に微量存在している「微量アミン」に分類されます。

フェニルエチルアミンの構造

2-フェニルエチルアミンは第一級アミンに分類されます。分子量は121.183g/molで、密度は0.9640g/cm3です。

2-フェネチルアミンの骨格は、複雑な化合物の部分構造に見られます。具体例として、モルヒネのモルフィナン環やLSDのエルゴリン環などが挙げられます。

フェニルエチルアミンのその他情報

1. 2-フェニルエチルアミンの誘導体

2-フェニルエチルアミンの誘導体

図2. 2-フェニルエチルアミンの誘導体

2-フェニルエチルアミンには、フェニル基、アミノ基、側鎖に化学的修飾を受けた数百種類もの誘導体が存在します。その中には神経伝達物質であるチラミンやDNAを構成する塩基であるチロシンなど、生体に必要不可欠な物質が多いです。

アンフェタミンは、2-フェニルエチルアミンのアミノ基に隣接してα-メチル基を有します。アンフェタミンの窒素原子がメチル化されたものは、メタンフェタミンです。

カテコールアミンは、2-フェニルエチルアミンのフェニル基の3位と4位にヒドロキシ基を持っています。カテコールアミン類の具体例として、ドーパミン、レボドパ、アドレナリン、ノルアドレナリンが挙げられます。芳香族アミノ酸であるチロシンやフェニルアラニンは、α位にカルボキシ基を持つフェネチルアミン誘導体です。

2. 1-フェニルエチルアミンの特徴

1-フェニルエチルアミンの基本情報

図3. 1-フェニルエチルアミンの基本情報

1-フェニルエチルアミンは2-フェニルエチルアミンの構造異性体です。無色の液体で、密度は0.94g/mLであり、融点は-65°C、沸点は187°Cです。鏡像異性体を持っているため、光学分割 (英: optical resolution) によく使用されます。塩基性を示し、アンモニウム塩やイミンを形成します。

アセトフェノンの還元的アミノ化によって、1-フェニルエチルアミンを合成可能です。ギ酸アンモニウムを用いたロイカート反応 (英: Leuckart reaction) でも、1-フェニルエチルアミンが生成します。

1-フェニルエチルアミンの分割には、l-リンゴ酸 (英: l-malic acid) を使用可能です。右旋性の構造異性体はl-リンゴ酸と結晶化するため、溶液中に左旋性の構造異性体が残ります。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/98-84-0.html

ニトロ

ニトロとは

ニトロ(英語:Nitro)は、有機化合物中に含まれる官能基の一つです。ニトロ基とも呼ばれます。R-NO2と表記されます。 広義には、硝酸エステル(R-ON2)も含まれます。

ニトログリセリン(示性式: C3H5(ONO2)3)やニトロセルロースと言った有機化合物は、硝酸エステル類に含まれます。 トルエン(示性式:C6H5CH3)のフェニル環にある水素を3個置換する事で、爆薬の原料であるトリニトロトルエン(示性式:C6H2CH3(ON2)3)となります。

トリニトロトルエンに関して、労働安全衛生法では、危険物・爆発性の物(施行令別表第1第1号)に該当し、労働基準法では、疾病化学物質(法第75条第2項、施行規則第35条別表第1の2第4号1)に該当します。 消防法では、第5類自己反応性物質、ニトロ化合物(法第2条第7項危険物別表第1・第5類)に該当しますが、PRTR法、毒劇物取締法には非該当です。

ニトロの使用用途

ニトロの主な用途としては、爆薬や医薬品が挙げられます。
ニトロ化合物には、血管を広げる血管弛緩作用があり、心筋部の血液不足により発生する狭心症発作に効果があります。そのためニトログリセリンは狭心症の薬(舌下錠)として用いられています。

また、ニトロ化合物は爆薬としても広く用いられています。
ノーベル賞を創設した、アルフレッド・ノーベルは、ニトロ化合物を安全に扱える爆薬として、ダイナマイトを発明しました。
他にも、ガンパウダーの火薬(無煙火薬)としてもニトロ化合物は用いられています。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/118-96-7.html

テトラリン

テトラリンとは

テトラリンの基本情報

図1. テトラリンの基本情報

テトラリンとは、脂環式化合物の1つで、無色の液体です。

別名、1,2,3,4-テトラヒドロナフタレン (英: 1,2,3,4-tetrahydronaphthalene) とも呼ばれます。ナフタレンの一方のベンゼン環が水素化されて飽和していますが、他方はベンゼン環のまま残っています。

そのため、脂肪族と芳香族の両方の性質を持つことが特徴です。天然では石炭タール油に含まれており、消防法にて「第4類引火性液体」に指定されています。

テトラリンの使用用途

テトラリンは、主に、塗料用の溶剤として利用される他、油脂・脂肪・樹脂・ゴム・ロウ・接着剤等の溶剤としても用いられています。また、機械部品等の油脂の洗浄剤としても使用可能です。特に、浸透力が大きいため、通常の溶剤では洗浄しにくい細かい部分の洗浄を得意としています。

他にも医薬中間体を作る際の反応溶媒としても用いられています。さらに、水素化することによって、デカリンが生成されるため、その合成原料として利用可能です。その他、臭素と反応することによって、臭化水素を発生するため、臭化水素の実験室的製造に使用されることもあります。

テトラリンの性質

テトラリンは、水には溶けず、エタノール・エーテル・ベンゼン等の有機溶媒に溶けます。融点は-35.8°C、沸点は206-208°C、引火点は77°C、発火点は385°Cです。

酸化されると無水フタル酸となり、脱水素されるとナフタレンを生成します。空気によって酸化されやすいです。酸化によって爆発性のテトラリンヒドロペルオキシド (英: tetralin hydroperoxide) が生じます。

テトラリンヒドロペルオキシドは、1-ヒドロペルオキシ-1,2,3,4-テトラヒドロナフタレン (英: 1-hydroperoxy-1,2,3,4-tetrahydronaphthalene) とも呼ばれます。したがって、古いテトラリンを蒸留する際には注意が必要です。

テトラリンの構造

テトラリンの化学式はC10H12です。モル質量は132.2g/molで、密度は0.970g/cm3です。

芳香族炭化水素の1種であり、炭素の骨格がナフタレンと似ていますが、片方の環は水素化され飽和した構造となっています。

テトラリンのその他情報

1. テトラリンの合成法

テトラリンの合成法

図2. テトラリンの合成法

ニッケル触媒を用いて、ナフタレンを水素化することによってテトラリンは得られます。α-テトラロンの亜鉛アマルガムと塩酸による、クレメンゼン還元という方法でも生成可能です。

古典的には、ダルツェンテトラリン合成 (英: Darzens tetralin synthesis) により生成できます。つまり4-アリール-1-ペンテン硫酸を反応させることで、メチルテトラリン誘導体へと環化させる合成法です。

2. テトラリンのバーグマン環化による合成

テトラリンのバーグマン環化による合成

図3. テトラリンのバーグマン環化による合成

テトラリン骨格は、正宗・バーグマン環化 (英: Masamune–Bergman cyclization) を用いても合成可能です。水素供与体存在下でエンジイン (英: enediyne) を加熱すると転位反応が起き、正宗・バーグマン環化芳香族化や正宗・バーグマン反応とも呼ばれています。

3. テトラリンのバーグマン環化の反応機構

正宗・バーグマン環化は、熱反応や200°C以上の熱分解によって起こります。まず反応性の高い短寿命のp-ベンザインビラジカル種が生じ、1,4-シクロヘキサジエンなどのあらゆる水素供与体と反応することが可能です。

例えば反応生成物は、四塩化炭素の場合には1,4-ジクロロベンゼンで、メタノールではベンジルアルコールになります。シクロデカ-3-エン-1,5-ジイン (英: cyclodec-3-en-1,5-diyne) のように、エンイン部分を有する10員環炭化水素環を用いると、反応物の環歪みが大きくなるため、37°C以下でも反応が起きます。

参考文献
http://www.kokusan-chem.co.jp/sds/D006180-1.pdf

スルホン酸ナトリウム

スルホン酸ナトリウムとは

スルホン酸ナトリウムは「直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム」と「ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム」の総称です。合成洗剤の界面活性剤として広く利用されています。通称「LAS」と呼ばれています。

直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムは、白色から淡黄色の結晶性粉末です。温水やエタノールによく溶け、水に溶けやすいという性質を持っています。

ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムは、水に溶けやすい白色の結晶性粉末です。

スルホン酸ナトリウムの使用用途

スルホン酸ナトリウムは、合成洗剤の主成分として有名です。アニオン界面活性剤といわれる、陰イオン系界面活性剤として使用されています。

直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムが、主成分の合成洗剤は、酸や硬水に対しても安定しており、洗浄力が強い中性洗剤です。分岐鎖型(ABS)と直鎖型(LAS)があり、かつては分岐鎖型を使用していましたが、生分解性が劣るため、現在は、直鎖型が主流です。

ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムも合成洗剤の主成分として利用されています。そのほかには、湿潤浸透剤・乳化剤・農薬製剤用薬剤としても使用されています。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0119-0768JGHEJP.pdf
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0119-1642JGHEJP.pdf

スルホンアミド

スルホンアミドとは

スルホンアミドとは、アルキルスルホン酸のアミド体です。

塩化スルフリルアンモニア、またはアミンの反応により合成されます。化学式はR-SO2-NR’R”で、スルホン酸のヒドロキシ基をアミノ基で置換した化合物です。カルボン酸のアミド体に比べて、酸や塩基による加水分解、ヒドリド還元などに対して安定です。

スルホンアミド誘導体は、炭素同士が鎖状に連なった脂肪族が結合したものと、ベンゼンなどの芳香族が結合したものに分類されます。

スルホンアミドの使用用途

スルホンアミドは、加水分解やヒドリド還元に安定であることから、アミノ基を保護する目的で用いられます。また、スルホンアミド誘導体には、抗菌薬・化学治療薬のサルファ剤、人工甘味料のサッカリン、可塑剤のp-トルエンスルホンアミドなどがあります。

サルファ剤は、グラム陽性・陰性細菌、真菌、プラスモジウム属 (マラリア原虫) 、トキソプラズマ属原虫に効果的な抗菌薬です。微生物の葉酸の生合成を阻害することで、DNA合成を阻害します。

サルファ剤の1種であるスルファメトキサゾールは、トリメトプリムと併用 (ST合剤) され、ニューモシスチス・カリニ肺炎の治療に使われます。サラゾスルファピリジンは、潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患に使われます。また、サルファ剤には外用薬も存在しており、主に熱傷や皮膚、膣、眼の感染症に効果的です。

人工甘味料であるサッカリンは、ショ糖の500倍の甘みを持ち、ダイエット食品の甘味料として使われます。p-トルエンスルホンアミドは、蛍光顔料、樹脂改質剤、熱硬化性樹脂可塑剤として使用されます。

スルホンアミドの性質

スルホンアミドは、白色から微黄色の結晶性粉末です。常温で安定、融点が高い性質をもち、加熱するとアンモニアを放出して分解されます。また、水、熱エタノールアセトン、酢酸エステルに溶けやすく、水溶液は弱酸性を示します。

スルホンアミドのその他情報

1. スルホンアミド耐性

スルホンアミド系薬剤は抗菌薬であ、標的となる菌がスルホンアミドに対して耐性を獲得する可能性があります。耐性を獲得する原因は、作用部位である葉酸生合成酵素のアミノ酸変異です。

スルホンアミド系の1つの薬剤に対して耐性を獲得すると、スルホンアミド系全薬剤の効果が下がると言われています。

2. 薬物動態

スルホンアミド系薬剤は、経口および外用で速やかに吸収され、全身に分布します。アルブミン上のビリルビン結合部位に競合的に結合した後、主に肝臓で代謝され、腎臓から排泄されます。

3. 使用上の注意点

妊娠中・授乳中におけるスルホンアミド系薬剤の服用は、治療による効果がリスクを上回る場合のみ可能です。ただし、出産予定日直前は投与を控える必要があります。

新生児黄疸を発症、または重症の場合、核黄疸を発症して脳を損傷するリスクがあるためです。原因は非抱合型ビリルビンの上昇です。

また、スルホンアミド系薬剤のいずれかにアレルギーを持つ方や、ポルフィリン症の方は、スルホンアミド系薬剤の使用はできません。ポルフィリン症の方にスルホンアミド系薬剤を投与すると、腹痛や嘔吐などの急性発作を引き起こす可能性があります。

なお、スルホンアミド系薬剤の副作用は、過敏反応 (発疹や スティーブンス-ジョンソン症候群、アナフィラキシー) 、結晶尿・乏尿・および無尿、血液学的反応 (無顆粒球症や血小板減少) 、光線過敏症などです。結晶尿は、水分摂取が不足している時に生じやすい副作用です。毎日水分を1,200〜1,500mL程度摂取することで予防できます。

4. スルファニルアミド骨格

スルファニルアミドは、スルホンアミドに4-アミノベンゼンが結合した化合物です。スルファニルアミド骨格を持った薬剤には、チアジド系利尿薬やスルホニル尿素系糖尿病薬があります。

スルホンアミド系薬剤に対してアレルギー症状を有する方は、チアジド系利尿薬やスルホニル尿素系糖尿病薬も服用することはできません。