マロン酸ジメチル

マロン酸ジメチルとは

マロン酸ジメチル (英: Dimethyl malonate) とは、無色〜淡黄色液体の有機化合物です。

IUPAC名はDimethyl propanedioate、別名としてジメチルマロネート、マロン酸ジメチルエステルとも呼ばれます。

なお、m-マロン酸ジメチルは、消防法で「消防法危険物第四類・第三石油類 危険等級Ⅲ」に指定されています。

マロン酸ジメチルの使用用途

1. 香料

マロン酸ジメチルは特有の芳香を持つため、それ自体がフレグランスや食品添加物として用いられてきました。また、マロン酸ジメチルから合成されるジャスモン酸類も、香料業界で広く使用されています。

ジャスモン酸類であるジヒドロジャスモン酸メチルは、高級フレグランスの内容物として広く用いられています。

2. バルビツール酸前駆体

マロン酸ジメチルに酸性条件下で尿素を作用させると、バルビツール酸が合成できます。バルビツール酸は、抗てんかん薬や鎮静薬、静脈麻酔などの中枢神経系抑制作用を持つ向精神薬の中間体です。

バルビツール酸自体には、中枢神経系抑制作用はありません。

3. マロン酸エステル合成

マロン酸エステル合成とは、マロン酸エステルのカルボニルα位に発生させたカルボアニオンを利用した、α位置換酢酸エステルの合成法です。

マロン酸ジメチルに塩基を作用させ、α位にカルボアニオンを発生させ、ハロゲン化アルキルを反応させると、α置換体が合成できます。必要に応じ、酸を作用させ加水分解と脱炭酸を行うと、α位がアルキル置換した酢酸が得られます。

4. クネベナーゲル縮合

クネベナーゲル縮合とは、電子吸引基が2つついた活性メチレン部位に、ケトンまたはアルデヒドを縮合させアルケンを合成する手法です。マロン酸ジメチルを基質として用いた場合、まず、塩基を作用させて活性メチレン部位であるカルボニルα位に、カルボアニオンを発生させます。

発生したカルボアニオンが、ケトンまたはアルデヒドのカルボニル炭素に求核攻撃し、続いて脱水縮合が起こることでアルケンが生成します。

5. その他

マロン酸ジメチルは、農薬や医薬品の原料としても利用されています。

マロン酸ジメチルの性質

化学式はC5H8O4で表され、分子量は132.11です。CAS番号は108-59-8で登録されています。融点は-62 °C、沸点は181 °Cで、常温で液体です。密度は、1.152〜1.158 g/ml (20℃) です。

弱い芳香を持つ化合物で、アルコールやエーテルに溶けやすく、水にあまり溶けません。酸解離定数 (pKa) は13です。酸解離定数とは、酸の強さを定量的に表すための指標の1つで、pKa が小さいほど強い酸であることを示します。

求電子性基であるエステルが2つ結合しているため、カルボニルα位の酸性度は低くなります。比較的弱い塩基でカルボアニオンが発生するため、様々な反応に適用可能です。

マロン酸ジメチルのその他情報

1. マロン酸ジメチルの製造法

ジメトキシメタンと一酸化炭素から合成されます。また、メタノールマロン酸を共沸条件下で直接エステル化することによっても合成可能です。

2. 取り扱い及び保管上の注意

取り扱う場合の対策
強酸化剤との接触は避けてください。ドラフトチャンバー内で個人用保護具を着用し、使用します。

マロン酸ジメチルは引火点83 ℃の可燃性物質です。高温物や熱、裸火、熱、スパークなどの火気には近づけないようにしてください。熱分解により、有毒なガスを放出する恐れがあります。

保管する場合
ガラス製容器に入れて、直射日光を避け、換気がよく、なるべく涼しい場所に施錠して保管してください。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0104-0302JGHEJP.pdf
https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/compound/Dimethyl-malonate

トリアゾール

トリアゾールとは

1,2,3-トリアゾールの基本情報

図1. 1,2,3-トリアゾールの基本情報

トリアゾールとは、窒素原子3つと炭素原子2つを有する五員環の化合物です。

トリアゾールの化学式は、C2H3N3と表されます。2種類の環異性体が存在し、1,2,3-トリアゾールと1,2,4-トリアゾールです。いずれも芳香族性を持っている複素環式化合物です。

トリアゾールは、医薬品として医療機関で使用されています。1,2,3-トリアゾールと1,2,4-トリアゾールは、それぞれ異なる医薬品の構成要素になっています。

トリアゾールの使用用途

1,2,3-トリアゾールは、抗生物質である注射用タゾバクタム・ピペラシリンの重要な構成要素です。タゾバクタム・ピペラシリンの適応症には、複雑性膀胱炎、腎盂腎炎、肺炎、腹膜炎、敗血症、発熱性好中球減少症などが挙げられます。

トリアゾールの性質

1,2,3-トリアゾールは結晶の形で存在し、甘みを有します。融点と沸点は、それぞれ23〜25°Cと203°Cです。水やエタノールによく溶けます。

真空中で1,2,3-トリアゾールは500°Cで熱分解し、窒素分子が脱離して、3員環のアジリジンが生成します。

トリアゾールの構造

複素環式化合物であるトリアゾールは、2つの炭素原子と3つの窒素原子により五員環を形成しています。1,2,3-トリアゾールはトリアゾールの位置異性体の1つであり、3つの窒素原子が隣接しています。

隣接した3個の窒素原子を持っている一般的な化合物と比較すると、非常に安定です。1H-1,2,3-トリアゾールとも呼ばれ、水溶液中では互変異性体である2H-1,2,3-トリアゾールを形成しています。

トリアゾールのその他情報

1. 1,2,3-トリアゾールの合成法

1,2,3-トリアゾールの合成

図2. 1,2,3-トリアゾールの合成

置換基を持つ1,2,3-トリアゾールは、アジドとアルキンの1,3-双極性環状付加反応であるヒュスゲン環化 (英: azide alkyne Huisgen cycloaddition) によって合成できます。高い基質直交性のために、クリックケミストリー (英: click chemistry) に利用可能です。クリックケミストリーとは、合成化学の分野で簡単かつ安定な結合を作る反応を利用して、新しい機能性分子を合成する手法のことです。

環鎖互変異性 (英: ring–chain tautomerism) により、比較的容易に切断されるトリアゾールもあります。環鎖互変異性の具体例は、ジムロート転位 (英: Dimroth rearrangement) です。ジムロート転位とは、環外にアミノ基を有する1,2,3-トリアゾールの窒素原子が、環内にある窒素原子と交換される転位反応のことです。

2. 1,2,4-トリアゾールの特徴

1,2,4-トリアゾールの基本情報

図3. 1,2,4-トリアゾールの基本情報

1,2,4-トリアゾールは無色の針状結晶で、融点と沸点はそれぞれ120°Cと260°Cです。平面分子で、N-NとC-Nの距離は132~136pmです。1,2,3-トリアゾールと同様に、1,2,4-トリアゾールも水やエタノールによく溶けます。水溶液中で1,2,4-トリアゾールは、N-プロトン化と脱プロトン化の両方が起こります。1,2,4-トリアゾリウム (C2N3H4+) のpKaは2.45で、中性分子のpKaは10.26です。

抗真菌薬であるフルコナゾールの重要な骨格に、1,2,4-トリアゾールが使用されます。フルコナゾールの主な適応症として、カンジダ属やクリプトコッカス属による呼吸器真菌症、消化管真菌症、尿路真菌症、真菌血症、真菌髄膜炎などが挙げられます。

3. 1,2,4-トリアゾールの合成法

無置換の1,2,4-トリアゾールは、チオセミカルバジドをギ酸でアシル化して、1-ホルミル-3-チオセミカルバジドの環化によって、1,2,4-トリアゾール-3(5)-チオールが生成します。硝酸または過酸化水素を用いてチオールを酸化すると、1,2,4-トリアゾールを合成可能です。

アインホルン・ブラナー反応 (英: Einhorn-Brunner reaction) やペリッツァーリ反応 (英: Pellizzari reaction) によっても、1,2,4-トリアゾールを合成できます。アインホルン・ブラナー反応ではアルキルヒドラジンとイミドから1,2,4-トリアゾールの異性体混合物が生じ、ペリッツァーリ反応ではヒドラジドとアミドから1,2,4-トリアゾールを生成可能です。

参考文献
https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00058681

エトスクシミド

エトスクシミドとは

エトスクシミドの基本情報

図1. エトスクシミドの基本情報

エトスクシミドとは、化学式がC7H11NO2で示される抗てんかん薬の1つです。

エトスクシミドは、抗痙攣作用を有します。マウスを使った前臨床試験で、エトスクシミドを投与すると、マウスの痙攣を抑制できると報告されました。

日本ではザロンチンシロップやエピレオプチマル散50%として販売されています。単独以外にも、バルプロ酸ナトリウム (英: Sodium valproate) のような抗てんかん薬と併用可能です。

エトスクシミドの使用用途

エトスクシミドは、治療薬として使用されています。エピレオプチマル散50%がエーザイから販売されています。

適応症は定型欠神発作 (小発作) 、小型 (運動) 発作などです。使用する際には、成人患者に1日に450〜1,000mg (エピレオプチマル散50%製剤として1日0.9g〜2g) のエトスクシミドを、2〜3回に分けて経口により投与します。

エトスクシミドの主な副作用として、SLE様症状、汎血球減少、再生不良性貧血、Stevens-Johnson症候群などが挙げられます。

エトスクシミドの性質

エトスクシミドは、メタノールエタノール、N,N-ジメチルホルムアミドに極めてよく溶け、水にも溶解します。融点は47.0〜50.0°C、沸点は265.3°Cで、無臭の白色のパラフィン状の粉末です。

T型カルシウムチャネルのブロックや他のクラスのイオンチャネルへの効果を併せて、エトスクシミドはニューロンの興奮性へ影響を与えると考えられています。エトスクシミドはT型カルシウムチャネルの遮断薬であると発見されました。

その後、細胞系での組換えT型チャネルの実験で、エトスクシミドがT型カルシウムチャネルアイソフォームのすべてをブロックすると証明されています。

エトスクシミドの構造

エトスクシミドの構造

図2. エトスクシミドの構造

エトスクシミドの分子量は141.17で、密度は1.1522g/cm3です。エトスクシミドは環状のイミドであるスクシンイミドに、メチル基とエチル基が結合した構造を持っています。

エトスクシミドは構造異性体を有します。(S)-エトスクシミドと(R)-エトスクシミドです。 臨床には、(S)-エトスクシミドと(R)-エトスクシミドの1:1混合物が使用されています。

エトスクシミドのその他情報

1. エトスクシミドの相互作用

エトスクシミドの血中濃度の上昇や下降は、バルプロ酸ナトリウムの影響です。エトスクシミドとバルプロ酸を併用すると、それぞれ単独で使用したときより、保護指数 (英: Protective index) が上がり、フェニトイン (英: Phenytoin) の血清中濃度が上がる場合もあります。エトスクシミドの血中濃度は、カルバマゼピンやルフィナミドによっても下がる場合があります。

2. エトスクシミドの副作用

一般的にエトスクシミドの副作用は少ないです。精神神経系への一般的な副作用は、不眠、傾眠、頭痛、せん妄、運動失調などです。また、消化器系には消化不良、食欲不振、悪心、嘔吐、舌の腫脹、急激な腹痛、体重の減少、胃痛、下痢、便秘、歯肉増殖症などが報告されています。

皮膚への副作用の具体例は、スティーブンス・ジョンソン症候群、全身性エリテマトーデス、多毛症、蕁麻疹、掻痒性紅斑性発疹などです。さらに、泌尿器系には顕微鏡的血尿や性器不正出血のリスクがあり、血液に対して汎血球減少症、白血球減少症、無顆粒球症、好酸球増加症などが起きる可能性もあります。

3. エトスクシミドの関連化合物

エトスクシミドの関連化合物

図3. エトスクシミドの関連化合物

エトスクシミドなどのスクシンイミド化合物は、医薬品の部分構造に使用可能です。具体例として、フェンスクシミド (英: Phensuximide) やメスクシミド (英: Mesuximide) が挙げられます。メスクシミドはメトスクシミド (英: MethsuximideまたはMethosuximide) とも呼ばれます。

スクシンイミド化合物は、タンパク質、ペプチド、プラスチックなどで共有結合を形成するために利用可能です。

参考文献
https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00053073

エタンチオール

エタンチオールとは

エタンチオールとは、化学式C2H6Sで示される有機硫黄化合物です。

その分子量は62.14です。また、液体状態での密度は0.86g/cm3です。エタンの水素の1つがチオール基に置換されているような構造をしています。

エタンチオールは、別名でエチルメルカプタンやエチルチオアルコールとも呼ばれています。エタンチオールの融点と沸点は、それぞれ-144 ℃、35 ℃です。そのため、エタンチオールは常温では、液体として存在します。

化学式 C2H6S もしくは C2zH5SH
英語名 Ethanethiol
分子量 62.14
融点 -144.4°C

エタンチオールの使用用途

1. 都市ガス

エタンチオールは都市ガスに添加することで、都市ガスに臭いをつけることができます。上記のようにエタンチオールは悪臭をもち、その臭いはタマネギやニラの臭いに近い強い刺激臭です。

このエタンチオールの性質を利用して、ガスに添加することで、ガス漏れした時にいち早く気づくことができます。エタンチオールがガスの付臭剤として使われるようになった理由は、アメリカの石油会社従業員が偶然にガス漏れをしている部分にヒメコンドルが集まっていることを発見したからです。

このヒメコンドルは、のちにエタンチオールの臭いに集まっていることが判明しました。それ以降、ガス中のエタンチオールの濃度を高くして、人間にも臭いが感知できるようにすることで、ガス漏れの検知にエタンチオールが使われるようになりました。

2. 有機合成

エタンチオールは、有機合成における試薬としても使用されます。エタンチオールは非常に反応性の高いチオール基を持っているため、スルフィド構造をもつ化合物やチオエステル構造を持っている化合物を合成する際に利用できます。ただし、高すぎる反応性を持つことによって副反応が起きる可能性もあるので、保護基をうまく導入するなどの工夫を行うことが必要です。

しかし、この化合物は沸点が36℃と低いことや、強い刺激臭を持っていることから、取り扱いには注意が必要です。

エタンチオールの性質

エタンチオールの色は無色で、非常に強い刺激臭を持ち、かなり遠くからでも認識できるほどの悪臭を呈します。この化合物は、世界で最も臭い化合物としてギネス世界記録にも認定されています。

エタンチオールは、硫酸エチルカリウムに硫化水素カリウムを反応させることでエタンチオールを得ることが可能です。また、その他のエタンチオールは、ハロエタンに硫化水素カリウムを反応させることでも、エタンチオールを製造することができます。

エタンチオールのその他情報

1. エタンチオールの危険性

エタンチオールは極めて引火性が高く、また体内に吸入してしまうと人体に有害です。この化合物は消防法に定める「第4類危険物特殊引火物」に該当しており、取り扱う際にはドラフト内で取り扱うことや、近くに高温のものを置かないなどといったことを徹底する必要があります。また、皮膚や目への刺激を回避するために、白衣や保護メガネを着用することが重要です。

2. 1,1-エタンジチオールの性質

1,1-エタンジチオールは、エタンチオールのチオール基が結合する炭素に、さらにチオール基が1つ結合した化合物です。この物質はエタンチオールに類似した構造を持ちますが、性質も類似しており非常に強い悪臭を持ちます。

この化合物を含む有名が、果物の王と呼ばれているドリアンです。この物質が含まれていることを同定した方法としては、まずドリアンの果肉にジクロロメタンを分散させて有機物を溶解し、硫酸ナトリウムで脱水を行います。この抽出液を40℃で蒸留を行い、揮発性の匂いを持つ化合物を分離します。これらの化合物をガスクロマトグラフィーで保持時間および分子量を分析することによって、化合物が決定されました。

参考文献
https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/compound/6343

イソニアジド

イソニアジドとは

イソニアジドは、化学式C6H7N3Oで示される化学物質で、その分子量は、137.14です。イソニアジドは、別名でイソニコチン酸ヒドラジドとも呼ばれています。イソニアジドは、無色の結晶あるいは、白色の結晶性粉末です。イソニアジドは、無臭で、わずかに苦味を呈します。

イソニアジドはジエチルエーテルには極めて溶けにくく、無水酢酸にも溶けにくく、エタノールにはやや溶けにくい性質を持ちます。一方、イソニアジドは水や酢酸にはよく溶けます。

イソニアジドの使用用途

イソニアジドは、結核化学療法剤として、医療の現場で使用されています。

通常、肺結核やその他の結核症の患者(成人)に対して、1日200mgから500mgのイソニアジドを1回から3 回に分けて、毎日又は週 2日の頻度で経口により投与します。

イソニアジドの結核菌に対する阻害効果は、パラアミノサリチル酸やストレプトマイシンよりも強いため、イソニアジドは、結核症の代表的な化学療法剤です。

イソニアジドの主な副作用として、肝障害、間質性肺炎、腎不全、無顆粒球症、血小板減少、視神経炎、視神経萎縮、末梢神経炎などが挙げられます。

アンフェタミン

アンフェタミンとは

アンフェタミンは、化学式C9H13Nで示される化学物質で、その分子量は135.2084です。アンフェタミンは、別名でベンゼドリンとも呼ばれます。アンフェタミンの沸点は200℃から203 ℃です。

そのため、アンフェタミンは、常温では無色の液体として存在し、アミン臭を発します。アンフェタミンは、水には溶けにくい性質を持ちますが、エーテルやエチルアルコールにはよく溶けます。アンフェタミンの硫酸塩は、白色の結晶で、水によく溶けます。

アンフェタミンの使用用途

アンフェタミンは、通常、アンフェタミン硫酸塩または、アンフェタミンリン酸塩として使用されます。アンフェタミンは、交感神経刺激作用と中枢興奮作用を持ちます。アンフェタミンの主な用途として、間接型アドレナリン作動薬が挙げられます。アンフェタミンの適応症は、注意欠陥・多動性障害 (ADHD) とナルコレプシーです。

日本では、アンフェタミンは、覚せい剤取締法により指定されています。また、アンフェタミンは、日本の医療の現場での使用はありません。

アルシン

アルシンとは

アルシン (英: Arsine) とは、化学式がAsH3で示されるヒ素の水素化合物です。

ヒ化水素 (英: Hydrogen arsenide) や水素化ヒ素  (英: Arsenic hydride) とも呼ばれます。ヒトに対して猛毒で、アルシンの許容濃度は時間加重平均濃度 (英: Time-Weighted Average) で0.005ppmです。

ヒトが大量に吸入した際には、腎臓や血液に影響が出て、最悪の場合には死に至ります。アルシンの症状は、数時間から数日後に見られる場合もあり、医学的な経過観察が必要です。

アルシンの使用用途

アルシンは、半導体の製造過程で使用される半導体材料ガスの一つとして知られています。ただしアルシンは非常に毒性が強く、血液や腎臓に重大なダメージを与えます。そのため、アルシンによる半導体製造作業環境汚染が問題となっており、半導体製造環境下での最適なアルシンの定量方法の研究が重要です。

またアルシンは、熱を加えるとヒ素が生じます。この性質を利用して、微量のヒ素を検出可能です。マーシュ法 (英: Marsh test) と呼ばれ、1836年にジェームズ・マーシュ (英: James Marsh) によって創案されました。

アルシンの性質

アルシンの融点は-117°Cで、沸点は-55°Cです。常温では無色の気体として存在し、独特のにんにく臭を持っています。

0°Cの100gの水に、0.0019gのアルシンが溶解します。極性溶媒に溶けやすく、有機溶媒には溶けにくいです。酸解離定数はpKa=25です。燃焼によって、水と三酸化ヒ素 (As2O3) が生じます。光、熱、水などにより分解し、ヒ素と水素になります。

アルシンの化学的性質は、PH3やSbH3などの対応するプニクトゲン (英: pnictogen) の平均により予測可能です。アルシンには還元作用があり、酸化剤と爆発的に反応します。引火しやすいため、取り扱いには注意が必要です。硝酸銀水溶液と反応して銀が遊離し、標準酸化還元電位はEº=-0.225Vです。高濃度の硝酸銀水溶液によって、ヒ化銀を含んだ黄色の複塩であるAg3As・3AgNO3が沈殿します。

アルシンの構造

アルシンは水素とヒ素の化合物であり、分子量は77.95です。気体での密度は4.93g/Lで、−64°Cでの液体の密度は1.640g/mLです。

アルシンの立体構造は、アンモニアに似ています。∠H–As–Hは91.8°で、3つの等価な1.519ÅのAs–H結合を持つピラミッド型の分子です。水素の結合角はアンモニアよりも小さく、直角に近いです。ヒ素の電気陰性度は2.0、水素の電気陰性度は2.1であり、アンモニアと比べて極性が弱く、水素結合を作りません。

アルシンのその他情報

1. アルシンの合成法

ヒ素を含む化学物質に触媒として亜鉛を加えて、希硫酸で反応させると、アルシンを合成可能です。アルシンと水素ガスを燃焼して、その炎が冷たいガラスや磁製皿に触れると、単体のヒ素が付着し、光沢のあるヒ素鏡が得られます。

ヒ化カルシウムと希硫酸が反応しても、アルシンを生成可能です。バクテリアやカビによって、顔料のシェーレグリーン (英: Scheele’s Green) が分解すると、アルシンが生じる可能性があります。

2. 有機アルシンの特徴

ヒ化水素の水素原子を炭化水素やハロゲンなどで置換した化合物も、総称してアルシンと呼ばれます。一連の誘導体の一般式はRR1R2Asです。それぞれの置換基はHまたは有機基を示します。一般的に不快臭を有し、猛毒です。

具体例としてメチルアルシンが挙げられ、化学式はCH3AsH2と表されます。トリフェニルアルシン (英: Triphenylarsine) は配位子として使用可能です。化学式は(C6H5)3Asです。

参考文献
https://www.jstage.jst.go.jp/article/bunsekikagaku1952/40/3/40_3_149/_pdf

アセトイン

アセトインとは

アセトインの分子内におけるα-ヒドロキシケトン構造

図1. アセトインの分子内におけるα-ヒドロキシケトン構造

アセトイン (英: Acetoin) とは、分子式C4H8O2で表される化学物質です。

アセトインという名称は、慣用名であり、IUPAC命名法による名称は3-ヒドロキシ-2-ブタノンです。その他の別名には、アセチルメチルカルビノールなどがあります。CAS登録番号は513-86-0です。

分子内に隣り合ったカルボニル基とヒドロキシ基を持つ化合物であり、一般式RC(=O)CH(OH)R’ で表されるα-ヒドロキシケトン (アシロイン) の1種です。

アセトインの使用用途

アセトインの主な使用用途は、香料です。食品添加物として認められており、広く用いられています。アセトインの香りは、バターやヨーグルトに似た独特のにおいです。この性質を利用して、主にお菓子、マーガリン、コーヒー、キャラメル、タバコ、乳製品に添加されています。

また、アセトインはバターの製造の際に生成する物質です。バター製造用のクリームを熟成させる際に、バター脂にある種のバクテリアが作用することによりアセトインが発生します。

天然ではその他に、主に発酵食品に香りの成分として含まれていますが、野菜や果物にも少量含まれています。なお、バターに風味を加える物質であるジアセチルは、アセトインを原料として製造されています。

アセトインの性質

アセトインの基本情報

図2. アセトインの基本情報

アセトインは、分子量88.11、融点15 ℃、沸点148 ℃であり、常温での外観は、無色から微黄色の液体です。

臭いは、 バターのような臭いと形容されます。密度は1.02g/mLであり、水、エタノール、プロピレングリコール、エーテル、ジクロロメタンなどに容易に溶解します。炭化水素溶媒には微溶です。

アセトインの種類

アセトインは、主に研究開発用試薬製品や、香料として販売されています。

1. 研究開発用試薬製品

研究開発用試薬製品としては、5g、25g、50g、100g、250g、500g、1kgなど、様々な容量の種類があります。実験室で取り扱いやすい容量を中心に販売されている物質です。通常、冷凍もしくは冷蔵 (2-8℃) で販売されています。

2. 香料

香料としては、産業用・業務用に提供されている物質です。製品詳細については、メーカーへの個別の問い合わせが必要です。

アセトインのその他情報

1. アセトインの合成

アセトインの合成方法には、チアゾリウム塩触媒を用いたアセトアルデヒドのベンゾイン縮合や、酢酸エステルのアシロイン縮合などの方法が挙げられます。

その他に、2,3-ブタンジオールの微生物酸化や、鉛と酸を用いたジアセチル (2,3-ブタンジオン)の部分還元などによっても合成することが可能です。糖を用いる方法では、ソルボースを発酵させ、その発酵生成物としてアセトインを得る方法があります。

2. アセトインの化学反応

アセトインの二量体化反応

図3. アセトインの二量体化反応

アセトインを室温で放置すると、徐々に二分子間でカルボニル基にヒドロキシ基が付加して、ヘミアセタール化した二量体が得られます (2,5-ジメチル-1,4-ジオキサン-2,5-ジオール)。

この二量体生成物は融点 90°Cの結晶性物質ですが、融点以上に加熱することで単量体へ変化させることが可能です。尚、溶液の状態では単量体のまま保存することができます。

3. アセトインの危険性と法規制情報

アセトインは、 引火性液体および蒸気であり、GHS区分において引火性液体: 区分3に指定されています。熱、火花、裸火、高温のもののような着火源から遠ざけ、容器を密閉して保管することが必要です。

法令においては、労働安全衛生法で危険物・引火性の物に指定されている他、消防法では第4類引火性液体、第二石油類水溶性液体に指定されています。法令を遵守して正しく取り扱うことが必要です。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/513-86-0.html

アジリジン

アジリジンとは

アジリジンの基本情報

図1. アジリジンの基本情報

アジリジンとは、化学式がC2H5Nで示される有機化合物です。

別名、エチレンイミン (英: Ethylene imine) とも呼ばれます。水酸化ナトリウムとβ‐アミノエチル硫酸を反応させると、アジリジンが得られます。工業的には、1,2-ジクロロエタンとアンモニアからアジリジンを製造可能です。

アジリジン類には共通する毒性があります。DNAの核酸塩基などの求核剤に、開環しながら結合するため、アジリジン類の変異原性に繋がります。

アジリジンの使用用途

アジリジンは、接着剤、繊維処理剤、ポリエチレンイミンの原料、農薬の原料、イオン交換樹脂の製造などに用いられています。しかし、皮膚や粘膜へのアジリジンの暴露は、人体に非常に強い毒性を示します。有毒であるため、取り扱いには注意が必要です。

アジリジン基を持つアジリジン化合物は、ケミタイトとして販売されています。このケミタイトは、塗料、粘接着剤、コーティング剤の架橋剤に使用されています。

アジリジンの性質

アジリジンの融点は-77.9°C、沸点は55〜56°Cであり、無色で透明の液体です。アジリジンは、アンモニアのような特有の匂いを有します。

アジリジンの酸解離定数は7.9であり、直鎖状脂肪族アミンと比較すると塩基性は弱いです。

アジリジンの構造

アジリジンの関連化合物

図2. アジリジンの関連化合物

アジリジンは三員環の構造を有します。1個の窒素原子と2個の炭素原子から構成される、ヘテロ三員環化合物です。分子量は43.07で、20°Cでの密度は0.8321g/mlです。

シクロプロパンやエチレンオキシドなどと同じく、角ひずみが生じています。アジリジンの持つ原子の結合角はおよそ60°であり、通常の炭化水素のような109.5°よりも非常に小さいためです。

これらの化合物の結合は、バナナ型結合モデル (英: bent bond) を用いて説明できます。すなわち、バナナのような形をした共有結合のことです。

アジリジンの結合角によって、窒素原子が反転する障壁は十分高いため、N-クロロ-2-メチルアジリジンのトランス体とシス体は分離できます。

アジリジンのその他情報

1. アジリジンの合成

アミノ基が隣接したハロゲンの分子間求核置換反応によって、アジリジンをハロアミンから合成可能です。ヒドロキシ基を優れた脱離基に変換すれば、同様の反応はアミノアルコールでも進行します。ハロアミンの環化反応はガブリエルエチレンイミン法 (英: Gabriel Ethylenimine Method) と、アミノアルコールの環化反応はウェンケル合成 (英: Wenker synthesis) と呼ばれています。

アジ化合物の光分解や熱分解によって生じるニトレンが、アルケンに付加すると、アジリジンを合成可能です。また、アジ化合物とアルケンの付加環化反応で得られるトリアゾリンが、熱分解や光分解により窒素原子が脱離すると、アジリジンが生成します。

さらに、エポキシドをアジ化ナトリウムの存在下で開環し、トリフェニルホスフィンを用いた還元によって窒素原子を除去しても、アジリジンが得られます。

2. アジリジンの反応

アジリジンの反応

図3. アジリジンの反応

立体的ひずみが大きいアジリジン環は、求核剤により開環反応が起こります。アミン、アルコール、チオールなどが、アジリジンに付加すると、アミノエチル化生成物を生成可能です。ギルマン試薬 (英: Gilman Reagent) やアルキルリチウムも、求核剤として効果的です。

開環反応を応用して、トリメチルシリルアジドと非対称性を有する配位子を用いて、オセルタミビル (英: oseltamivir) を不斉合成する反応も知られています。

アジリジンは、ポリエチレンイミン (PEI) と呼ばれる多種多様な高分子誘導体を生成します。ポリエチレンイミンは、架橋剤やコーティングの前駆体として有用です。

参考文献
https://www.env.go.jp/chemi/report/h26-01/pdf/chpt1/1-2-2-01.pdf

重クロム酸カリウム

重クロム酸カリウムとは

重クロム酸カリウムとは、化学式がK2Cr2O7で示される無機化合物です。

天然に重クロム酸カリウムは、チリのアタカマ砂漠の硝酸塩堆積物と南アフリカのブッシュフェルト火成岩複合体にある、希少鉱物のロペザイトとして存在します。クロムの酸化数が+6の六価クロムの一つで、環境への負荷の大きい物質です。

重クロム酸カリウムは、原料にクロム鉱を用いて製造します。まずクロム鉱を焼いて砕き、その後、酸化カルシウムと炭酸カリウムを加えて強く加熱し、さらに空気酸化させます。そして硫酸を加えて、結晶として重クロム酸カリウムを生成可能です。

重クロム酸カリウムの使用用途

重クロム酸カリウムの主な使用用途として、写真印刷、マッチの着火剤、爆薬の原料などが挙げられます。

化学の分野では、二クロム酸塩やクロム酸塩を製造する際の原料です。強い酸化剤であり、有機合成の際の酸化剤として使用され、分析試薬としても用いられます。

重クロム酸カリウムはさまざまな分野で重要な物質ですが、有毒であり取り扱いには注意が必要です。重クロム酸塩は毒劇法で劇物に指定されています。以前は硫酸と混合してクロム酸混液として、強力な酸化性により実験機器を洗浄していました。しかし、環境負荷、毒性、廃液処理の煩雑さなどの問題が指摘され、現在では特別な場合を除いて使用されていません。

重クロム酸カリウムの性質

重クロム酸カリウムは橙赤色の柱状結晶です。融点は398°Cで、500°Cで酸素が生じて分解します。エタノールに溶けにくいですが、水には可溶です。

重クロム酸イオンを含む橙赤色の溶液にアルカリを加えると、クロム酸イオンが生成して黄色の溶液になります。冷硫酸で処理すると、無水クロム酸の赤い結晶が得られます。無水クロム酸は三酸化クロムとも呼ばれ、化学式はCrO3です。重クロム酸カリウムを濃硫酸とともに加熱すると、酸素が発生します。

重クロム酸カリウムの構造

重クロム酸カリウムは二クロム酸カリウムとも呼ばれます。結晶構造は三角錐で、配位構造は三斜晶系です。分子量は294.19で、密度は2.676g/cm3です。水に溶けるとイオン化します。

重クロム酸カリウムは通常、塩化カリウムと重クロム酸ナトリウムの反応によって得られます。クロム酸鉱を水酸化カリウムで焙焼し、クロム酸カリウムから合成可能です。

重クロム酸カリウムのその他情報

1. 重クロム酸カリウムの反応

有機化学で重クロム酸カリウムは、過マンガン酸カリウムよりも穏やかな酸化剤です。第一級アルコールをアルデヒドに変換し、条件によってはカルボン酸に変換します。それに対して過マンガン酸カリウムは、カルボン酸のみを与えます。 重クロム酸カリウムによって、二級アルコールをケトンに変換可能です。例えば、メントールを酸性二クロム酸塩で酸化すると、メントンを合成可能です。第三級アルコールは酸化されません。

水溶液中の色の変化は、ケトンとアルデヒドを区別するために使用可能です。アルデヒドは重クロム酸塩の酸化数を+6から+3に還元して、アルデヒドが対応するカルボン酸に酸化されます。この反応で水溶液がオレンジ色から緑色に変わります。その一方でケトンは酸化されないため、変化は見られず、溶液はオレンジ色のままです。

2. 重クロム酸カリウムの危険性

重クロム酸カリウムはクロム皮膚炎の原因の一つです。慢性で治療が困難な手や前腕の皮膚炎に繋がる感作を誘発する可能性が非常に高いです。ウサギとげっ歯類による実験では、低濃度の14mg/kgでも、50%の致死率が示されています。水生生物は影響を受けやすいため、地域の環境規制に従った廃棄が必要です。

他の六価クロム化合物と同様に、重クロム酸カリウムにも発がん性があります。腐食性もあり、暴露すると重度の眼の損傷や失明を引き起こし、生殖能力の障害が起きる可能性もあります。