リン化亜鉛

リン化亜鉛とは

リン化亜鉛 (英:Zinc phosphide) とは、組成式Zn3P2で表される、リンと亜鉛から構成される無機化合物です。

別名では、ニリン化三亜鉛 (英: Trizinc diphosphide)とも表記されます。CAS登録番号は、1314-84-7です。

リン化亜鉛の使用用途

リン化亜鉛の主な使用用途は、殺鼠剤や殺虫剤です。一般的には、家ネズミや野ネズミの駆除に用いられています。ニュージーランドにおいては、フクロギツネの駆除にもペースト剤が利用されている他、ポプラのヤナギシリジロゾウムシに対する殺虫剤としても使用されている物質です。

リン化亜鉛の殺鼠剤としての作用のメカニズムは、リン化亜鉛がネズミの胃酸と反応して、毒性の強いリン化水素ガス (ホスフィン) を生じることによります。この時生じるリン化水素ガスは、中枢神経を侵して呼吸困難を引き起こし、ネズミを死滅させる効果があります。それ以外の産業用用途では、太陽光発電セルに用いられる場合があります。

リン化亜鉛の性質

リン化亜鉛の基本情報

図1. リン化亜鉛の基本情報

リン化亜鉛は、分子量258.1、融点420℃、沸点1,100℃であり、常温では暗灰色の固体または粉末です。

密度は4.6g/mLであり、水に対して溶解せずに徐々に分解する性質があります。それ以外では、二硫化炭素及びベンゼンに微溶であり、アルコールには殆ど溶けません。不燃性の物質です。

リン化亜鉛の種類

リン化亜鉛は主に研究開発用試薬製品や、産業用無機化合物材料として一般に販売されています。研究開発用試薬製品では、10g、25g、1kgなどの容量の種類があり、実験室で取り扱いやすい容量が中心での提供です。通常、室温で取り扱い可能な試薬製品として扱われます。

産業用無機化合物材料としては、殺鼠剤などの原料の他、太陽光発電セル材料などを想定して販売されています。

リン化亜鉛のその他情報

1. リン化亜鉛の合成

リン化亜鉛の合成

図2. リン化亜鉛の合成

リン化亜鉛は、リンと亜鉛を反応させることで合成することが可能です。その他の合成方法としては、トリ-n-オクチルホスフィンとジメチル亜鉛との反応があります。

2. リン化亜鉛の化学反応

リン化亜鉛の化学反応

図3. リン化亜鉛の化学反応

リン化亜鉛は、水と反応してリン化水素ガス (ホスフィン) と水酸化亜鉛に分解します。また、前述の通り、酸と反応して亜鉛イオンとリン化水素ガスを生じます。このリン化水素ガスは、無色の悪臭がするガスで、強い毒性を有する物質です。そのため、リン化亜鉛の取り扱いや保存には、注意が必要です。

リン化亜鉛は、加熱によっても分解し、リン酸化物や亜鉛酸化物などの有毒で引火性のヒューム及びホスフィンを生じる物質です。また、強酸化剤とも激しく反応し、火災の危険を生じるとされています。強酸化剤、酸、水は、リン化亜鉛の取り扱いにおいて混触危険物質に指定されています。

3. リン化亜鉛の有害性と法規制情報

リン化亜鉛は前述の通り、分解によって有害なリン化水素ガスを生じる物質です。人体への有害性として、以下が挙げられます。

  • 飲み込むと生命に危険
  • 強い眼刺激
  • 中枢神経系、呼吸器、肝臓、腎臓、血液系の障害
  • 長期にわたる、又は反復ばく露による中枢神経系、腎臓、血液系の障害
  • 長期にわたる、又は反復ばく露による肝臓の障害のおそれ

また、 リン化水素ガスはリン化亜鉛が水に触れると発生しますが、可燃性の気体です。これらの有害性により、毒物及び劇物取締法では劇物に指定されています。

消防法では、「 第3類自然発火性物質及び禁水性物質、金属のリン化物」「貯蔵等の届出を要する物質」に指定されている物質です。その他、道路法、航空法、船舶安全法、港則法、水道法、下水道法、大気汚染防止法、水質汚濁防止法などでも制限を受けています。

リファンピシン

リファンピシンとは

リファンピシンとは、化学式C43H58N4O12で示される抗生物質の1種です。

分子量は822.94で、赤褐色から橙赤色の結晶または、結晶性の粉末です。水、アセトニトリルメタノールエタノールには溶けにくい性質を持ちますが、クロロホルムには、よく溶けます。

抗生物質としてのリファンピシンは、主にグラム陽性菌とグラム陰性菌の両方に対して広範な抗菌活性を示すことで知られており、結核やハンセン病などの細菌感染症の治療に使用されます。単独で使用されることもありますが、通常は他の抗結核薬と組み合わせて使用されることが一般的です。

リファンピシンの製造方法では、放線菌の1種である「Streptomyces mediterranei」が産生するリファマイシンをもとに半合成する方法が一般的に知られています。

リファンピシンの使用用途

リファンピシンは抗生物質として、医療の現場で用いられています。具体的な適応症は、肺結核、非結核性抗酸菌症、ハンセン病などです。

作用機序は、リファンピシンが細菌のRNAポリメラーゼに作用して、細菌のRNA合成を阻害することにより、細菌のDNAの転写が阻害されます。それによって細菌のタンパク質合成が抑制され、薬剤の効果を発揮する仕組みです。

リファンピシンの主な副作用には、腎不全、間質性腎炎、ショック、アナフィラキシー、悪心、胃痛、嘔吐、食欲不振、下痢などが報告されています。

リファンピシンの性質

リファンピシンは黄橙色の結晶性粉末で、水への溶解性は低いものの、アルコールやアセトンには溶けやすいです。また、熱や光に不安定であるため、保存条件に注意必要です。

リファンピシンは、グラム陽性菌とグラム陰性菌の両方に対して広範な抗菌活性を示します。特に、結核菌に対して強力な効果を発揮します。

1. 作用機序

細菌のRNAポリメラーゼに対して作用し、細菌のDNAの転写を阻害します。これにより、細菌のタンパク質合成が抑制され、細菌の増殖が停止します。

2. 抗菌耐性

リファンピシンは耐性菌が出現しやすいため、通常は単剤ではなく、他の抗結核薬と組み合わせて使用されます。

3. 薬物動態

経口投与後に胃腸から速やかに吸収され、投与後約2〜4時間で血中濃度はがピークに達します。リファンピシンは肝臓で代謝され、尿中排泄されます。

4. 副作用

リファンピシンの一般的な副作用には、肝障害、黄疸、発疹、熱、消化器症状 (悪心、嘔吐、下痢) などがあります。重篤な副作用は稀ですが、アレルギーや肝臓障害が報告されています。

リファンピシンの構造

リファンピシンは、独特で複雑な化学構造を持っています。基本骨格はナフタキノン骨格からなり、アンサマイシン環と呼ばれる大員環構造と、ピペラジン酸が結合した構造を指定ます。

アンサマイシン環はリファンピシンの脂溶性に関わり、細菌の細胞膜通過に寄与しています。また、ピペラジン酸部分はリファンピシンの活性部位であり、細菌のRNAポリメラーゼに対する親和性に重要な役割を果たしています。

リファンピシンのその他情報

リファンピシン の製造方法

リファンピシンは、もともとストレプトマイセス属の放線菌(特にStreptomyces mediterranei)から分離された天然化合物ですが、その後の需要と合成技術の進歩によって、さまざまな合成法が開発されました。現在、工業的に用いられている製造方法には、生物学的方法と化学的な半合成の両方があります。

最も一般的なのはS. mediterraneiに代表される菌株の放線菌を培養し、生成されたリファンピシンを培地から抽出・精製する方法です。これらの菌株を、リファンピシン産生を促進するための適切な培地で通常は28~30℃、pH6~8の条件下で数日間培養し、培地中に溶出したリファンピシンを分離・回収します。生成にはゲル濾過やイオン交換といったクロマトグラフィーが一般的で、再結晶化が用いられる場合もあります。

ヨウ化銅

ヨウ化銅とは

ヨウ化銅 (英: Copper iodide) とは、白色、もしくはうすい褐色やうすい灰色をした無臭の粉末又は塊です。

化学式CuIで表される無機化合物で、分子量は190.45です。市販品は微量の不純物の影響で、多くの場合わずかに色がついています。CAS登録番号は7681-65-4で、ヨウ化第一銅とも呼ばれます。

二価のヨウ化銅 (CuI2) も存在しますが、すぐにCuIとI2に分解する不安定な物質であることから、一般にヨウ化銅と言えば一価のヨウ化銅のことを指します。

ヨウ化銅の使用用途

ヨウ化銅は、電子材料や触媒、樹脂改質剤、医薬といった多方面の原料として使用されています。

1. 電子材料

ヨウ化銅は、電子材料の分野では無機P型半導体の材料として知られています。

半導体には、電子が動くN型半導体とホール (電子のぬけた穴) が動くP型半導体の2種類があります。この中でP型半導体は、実際には電子が移動することでホールがあたかも動くとした半導体で、その中で有機と無機の半導体が製作されています。ヨウ化銅は、このうちの無機P型半導体の材料として優れた特性をもつため使用されています。

2. 有機合成試薬

ヨウ化銅は、有機合成化学分野では触媒やヨウ素化試薬として用いられます。

薗頭カップリング、ウルマン反応などをはじめとするクロスカップリング反応において触媒、あるいは助触媒として働きます。また、ヨウ化ナトリウムと同様に、臭化アリールからヨウ化アリールへの変換反応にも用いることができます。ヨウ化アリールは、各種カップリング反応において臭化アリールより高い反応性を示すことから、この変換は産業的にも重要です。

ヨウ化銅の構造

ヨウ化銅は、温度によって様々な構造をとります。390℃以下では閃亜鉛鉱型構造 (γ-CuI) 、390~440℃ではウルツ鉱型構造 (β-CuI) 、440℃以上では塩化ナトリウム型構造 (α-CuI) となります。

ヨウ化銅の性質

ヨウ化銅は、融点/凝固点は605℃、沸点又は初留点及び沸騰範囲は1,336℃、密度は5.62g/cm2、常温で固体です。硝酸または硝酸・ 塩酸の混液に徐々に溶け、水やエタノールにはほとんど溶けないという性質をもっています。

ヨウ化銅のその他情報

1. ヨウ化銅の製造法

ヨウ化銅は、ヨウ化ナトリウムまたはヨウ化カリウムの水溶液に、硫酸銅など水溶性の銅イオンを加えることで、実験室レベルで合成できます。また、ヨウ化水素酸中でヨウ素とを加熱することでも生成します。

ヨウ化銅は極めて水に溶けにくいですが、NaIやKI存在下ではイオンとなって溶解します。溶液を水で薄めるとヨウ化銅が析出するため、無色で純度の高いヨウ化銅を得るための精製法として用いることができます。

2. 法規情報

ヨウ化銅は国内法規上、毒物及び劇物取締法で「劇物 包装等級3」、労働安全衛生法で「名称等を表示すべき危険物及び有害物」、「名称等を通知すべき危険物及び有害物No. 379, 606」に指定されています。さらにヨウ化銅は、水質汚濁防止法で「指定物質」、大気汚染防止法でも「有害大気汚染物質」に指定されており、注意が必要です。

3. 取り扱い及び保管上の注意

取り扱い及び保管上の注意は、下記の通りです。

  • 容器を密閉し、乾燥した換気の良い場所に施錠して保管する。
  • 環境への放出を避け、残余内容物・容器などは産業廃棄物として適正に廃棄する。
  • 使用時は保護手袋、保護眼鏡を着用する。
  • 皮膚に付着、また、眼に入った場合は多量の水で数分間注意深く洗浄する。
  • 飲み込んだ場合はすみやかに水ですすぎ、気分が悪い場合は医師に連絡する。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0103-1097JGHEJP.pdf
https://www.nite.go.jp/chem/chrip/chrip_search/dt/html/GI_10_001/GI_10_001_7681-65-4.html

ヨウ化ナトリウム

ヨウ化ナトリウムとは

ヨウ化ナトリウムとは、白色の結晶性粉末もしくは粉末又は顆粒で無臭の無機化合物です。

化学式NaI、分子量149.89、CAS登録番号7681-82-5、融点/凝固点 661℃で、水には極めて溶けやすく、エタノールにも溶けやすい性質を持っています。国内法規上の適用法令は、労働安全衛生法で「名称等を表示すべき危険物及び有害物」「名称等を通知すべき危険物及び有害物No. 606」に指定されています。

ヨウ化ナトリウムの使用用途

ヨウ化ナトリウムは、ハロゲン交換反応 (フィンケルシュタイン反応) の反応剤として、有機ヨウ素化合物の合成に用いられます。また、放射線のシンチレーション検出や、医療分野ではヨード欠乏症の治療など、使用用途は幅広いです。

ヨウ化ナトリウムは動物に不可欠な栄養素として、家畜用飼料の成分としても重要な役割を担っています。

1. 医療

ヨウ化ナトリウムは、ヨード欠乏症の治療と予防のために使われます。ヨード欠乏症とは、要素の欠乏を原因とする疾病の総称です。ヨウ素が欠乏すると、甲状腺ホルモンの分泌に必要なヨウ素をより多く取り込もうとして甲状腺が腫大したり (甲状腺腫) 、甲状腺の機能低下によって甲状腺ホルモンがほとんど分泌されなくなったり (甲状腺機能低下症) します。

また、ヨウ化ナトリウムは、原発事故時の放射性ヨウ素の吸収を防ぐための甲状腺遮断剤としても使用されています。

2. シンチレーション検出 

ヨウ化ナトリウムは、放射線が当たることによって蛍光を示す性質を持つため、ガンマ線検出用シンチレータ材料として広く使用されています。ガンマ線がヨウ化ナトリウムの結晶と相互作用するとシンチレーション光が発生し、これを検出・分析することで、ガンマ線のエネルギーと放射方向を特定することが可能です。

3. 動物栄養学

ヨウ化ナトリウムは、動物の健康に不可欠な栄養素であり、一般的に家畜の飼料補助食品として使用されています。甲状腺機能の調整に役立ち、成長と生殖能力を向上させることができます。

ヨウ化ナトリウムの性質

ヨウ化ナトリウムは白色の結晶性固体で、密度は3.67 g/cm³です。融点は661℃、沸点は1,304℃です。ヨウ化ナトリウムは塩化ナトリウム (NaCl) よりも水に溶けやすく、塩味を持ちます。

また、吸湿性があり、空気中の酸素や二酸化炭素と反応して容易に劣化するため、密封された容器中での保存が必要です。ヨウ化ナトリウムは1.77という高い屈折率を持っています。

加えて、放射線が当たることによって蛍光を示す性質を持つため、ガンマ線を検出するためのシンチレーター材料として活用されます。

ヨウ化ナトリウムの構造

ヨウ化ナトリウムは化学式NaIで表され、ナトリウムとヨウ素から構成されるイオン化合物です。ヨウ化ナトリウムの結晶構造は面心立方結晶構造で、1つのナトリウム陽イオン (Na+) は6つのヨウ化物陰イオン (I-) に、ヨウ化物陰イオン (I-) は6つのナトリウム陽イオン (Na+) に囲まれています。これは、ヨウ化セシウムに似た結晶構造です。

ヨウ化ナトリウムのその他情報

ヨウ化ナトリウムの製造方法

NaIは直接反応やメタセシス反応、固体反応など、いくつかの方法で製造することができます。最も一般的な方法は、水酸化ナトリウム (NaOH) または炭酸ナトリウム (Na2CO3) を反応させる方法です。この反応により、水または水と二酸化炭素が生成され、ヨウ化ナトリウムが得られます。

具体的な反応工程としては、水酸化ナトリウムあるいは炭酸ナトリウムの水溶液に対し、ヨウ素を加えます。この反応により、ヨウ化ナトリウムが生成され、水酸化水素が放出されます。

NaOH + HI → NaI + H2O
Na2CO3 + HI → NaI + H2O + CO2

そのほか、電気分解法や金属ナトリウムとヨウ素を反応させる方法もあります。しかし、これらの方法は一般的ではありません。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0119-0227JGHEJP.pdf
https://www.nite.go.jp/chem/chrip/chrip_search/dt/html/GI_10_001/GI_10_001_7681-82-5.html

ヨウ化セシウム

ヨウ化セシウムとは

ヨウ化セシウムとは、白色の結晶もしくは結晶性粉末で無臭の無機化合物です。

主な組成及び成分情報は、化学式CsI、分子量259.81、CAS登録番号7789-17-5です。主な物理的及び化学的性質として、融点/凝固点 621℃、沸点又は初留点及び沸騰範囲 1,280℃といった性質に加え、水に溶けやすくエタノールに溶け、メタノールにはわずかに溶けアセトンでは溶けにくいことが挙げられます。

ヨウ化セシウムの国内法規上の適用法令として、労働安全衛生法では「名称等を通知すべき危険物及び有害物No. 606」「名称等を表示すべき危険物及び有害物」に指定されています。

ヨウ化セシウムの使用用途

ヨウ化セシウムは、シンチレータなどの光電面材料として広く使用されています。シンチレータとは、荷電粒子が通過するときに発光する物質の総称です。シンチレータと光検出器を組み合わせたシンチレーション検出器は、素粒子物理䛾みならず、身の回りでもさまざまな用途で応用されています。

また、夜間の監視カメラ赤外線センサーほか、ナイトビジョンのように波長の長い赤外線を効率よく透過できる赤外線透過ガラスの原料も使用用途の1つです。

ヨウ化セシウムの性質

ヨウ化セシウムは、高融点・高硬度の白色結晶です。非常に高い光透過性があり、紫外線から赤外線までの広い波長範囲にわたる光を透過します。また、放射線に対する高い吸収能力を持ち、光検出器材料として優れた性能を発揮します。

その高い屈折率 (589.3 nmの波長で1.79) により、レンズやプリズム、光ファイバーなどの光学的な用途に適した性質を有しています。水と極性溶媒に非常によく溶けますが、非極性溶媒にはほとんで溶解しません。

ヨウ化セシウムの融点は621 °Cと非常に高く、熱的に安定です。高温でも分解したり、結晶構造を失ったりすることがないため、熱ルミネッセンス線量測定などの高温で用いられる測定機器の素材として有用です。

ヨウ化セシウムの構造

ヨウ化セシウムの化学式はCsIで、イオン結晶構造を持ちます。結晶構造は単純な立方格子構造をしており、格子定数は0.4563 nmです。セシウム陽イオン (Cs+) が立方体の角、ヨウ化物陰イオン (I-) が立方体の面の中央に位置しており、各イオンが8個の反対電荷のイオンに囲まれた配位数8の最密充填格子構造を形成しています。

ヨウ化セシウムのの結晶構造は、その物理的・化学的特性に大きく影響を与えています。例えば、589.3 nmで1.79という高い屈折率は、その単純なイオン結晶構造と高い充填密度によるものです。

ヨウ化セシウムのその他情報

ヨウ化セシウムの製造方法

ヨウ化セシウムは、直接反応、メタセシス反応、固体反応などの方法を用いて工業的に生産することができます。

1. 直接反応
金属セシウムとヨウ素を反応容器で加熱し、ヨウ化セシウムを得る方法です。高純度のヨウ化セシウムを得ることができますが、金属セシウムを使用するため危険性が高いです。

2. メタセシス反応
炭酸セシウムまたは水酸化セシウムを、ヨウ化水素酸またはヨウ化ナトリウムなどのヨウ化物塩と反応させる方法です。この方法は直接反応法よりも危険性が低く、費用対効果も高いと言う特徴があります。

メタセシス反応法は、経済性と安全性の高さから、ヨウ化セシウムを製造する際に最も一般的な工業的方法です。

3. 固相反応
セシウムとヨウ素の粉末を、真空または不活性雰囲気中、高温で反応させる方法です。この方法では、特異的な結晶構造や形態を持つヨウ化セシウム結晶を合成するのに有効です。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0103-0199JGHEJP.pdf
https://www.nite.go.jp/chem/chrip/chrip_search/dt/html/GI_10_001/GI_10_001_7789-17-5.html

モリブデン酸アンモニウム

モリブデン酸アンモニウムとは

モリブデン酸アンモニウムとは、化学式が(NH4)6Mo7O24の無機化合物です。

国内法規上の適用法令として、労働安全衛生法で「名称等を表示すべき危険物及び有害物」「名称等を通知すべき危険物及び有害物No. 61,603」と指定されています。化学物質排出把握管理促進法(PRTR法)では「第1種指定化学物質」「第1種-No. 453」、水質汚濁防止法で「有害物質」、大気汚染防止法にも「有害大気汚染物質」に指定されています。

モリブデン酸アンモニウムの使用用途

モリブデン酸アンモニウムは、幅広い分野で使用されています。その中でもまず挙げるべきなのが、金属モリブデンの原料としての利用です。過酸化水素を酸化剤とした「Trost酸化」では、モリブデン酸アンモニウムの環境下でおこる反応から触媒の原料として利用されています。

金属表面処理剤や難燃剤、減煙剤としての使用や、セラミックスや焼結金属の添加剤としても使用可能です。さらに、河川水、海水、色素などの水溶液中のケイ酸塩、リン酸塩、ヒ酸塩、鉛の定量のために、分析試薬として用いられています。

その他、レクリエーショナルドラッグの検出も用途の一つです。フレーデ試薬の成分として利用されています。また、3-5%濃度ではトレハロースの存在下での生体用電子顕微鏡のネガティブ染色として、飽和濃度ではクライオネガティブ染色に用いることが可能です。

脱水素脱硫結晶の生成だけでなく、金属モリブデンやセラミックスの製造にも役立ちます。

モリブデン酸アンモニウムの性質

モリブデン酸アンモニウムは、白色もしくはほとんど白色の結晶性粉末あるいは粉末で無臭です。モリブデン酸アンモニウムは水に溶けますが、エタノールアセトンには溶けにくいです。

通常モリブデン酸は毒性が低いため、これまでに事故はほとんど報告されていません。

モリブデン酸アンモニウムの構造

モリブデン酸アンモニウム (英: Ammonium heptamolybdate) は、最も一般的なモリブデン化合物の一つです。モリブデン酸アンモニウムは通常、(NH4)6Mo7O24•4H2Oという四水和物ですが、(NH4)6Mo7O24•2H2Oのような二水和物も知られています。

モリブデン酸アンモニウムの分子量は1,163.9、四水和物の分子量は1,235.86です。モリブデン酸アンモニウムに存在する、七モリブデン酸イオンであるMo7O246-は、パラモリブデン酸イオンとも呼ばれています。

「Ammonium molybdate」単に言う場合には、オルトモリブデン酸アンモニウムである(NH4)2MoO4やその他の化合物を指すこともあります。結晶構造の解析の結果、すべてのモリブデン中心は八面体です。オキシド配位子は、いくつかが末端に位置し、いくつかが二重架橋していて、若干が三重架橋しています。

モリブデン酸アンモニウムのその他情報

1. モリブデン酸アンモニウムの合成

酸化モリブデン(VI) (英: molybdenum(VI) oxide) を、アンモニアを過剰量含んだ水溶液に溶解して、室温で溶液を蒸発させることで、容易にモリブデン酸アンモニウムが生成します。このとき溶液が蒸発する間に、アンモニアはなくなります。

この方法によって、モリブデン酸アンモニウムの四水和物で作られた、6面の透明なプリズムを形成することが可能です。パラモリブデン酸アンモニウムの溶液は、酸と反応することで、アンモニウム塩とモリブデン酸 (英: Molybdic acid) を生じます。濃縮した溶液のpHは、5から6の間です。

2. モリブデン酸アンモニウムの関連化合物

アンモニウム塩と構造が非常に似ているのは、モリブデン酸カリウムです。モリブデン酸カリウムもモリブデン酸アンモニウムと同様に、四水和物として得られます。

参考文献
https://www.nite.go.jp/chem/chrip/chrip_search/dt/html/GI_10_001/GI_10_001_13106-76-8.html

モリブデン酸

モリブデン酸とは

モリブデン酸とは、白色もしくはうすい黄色の粉末で、無臭の無機化合物です。

国内法規上の適用法令として、安衛法 (労働安全衛生法) の「名称等を表示すべき危険物及び有害物」「名称等を通知すべき危険物及び有害物No. 603」が挙げられます。

モリブデン酸の使用用途

モリブデン酸の使用例は、ビル配管などに使用される炭素鋼の不動態型防錆剤としての原料です。他に医薬、顔料、陶器の釉薬 (ゆうやく) としても使用可能です。

また、多くの酸化モリブデンは、酸化などにおける不均一触媒として用いられています。モリブデン酸とその塩は、アルカロイド (英: alkaloid) を推定するためのフレーデ試薬 (英: Froehde reagent) に使用されています。アルカロイドとは、主に塩基性を示す、窒素原子を含む天然由来の有機化合物の総称のことです。

適用法令は、安衛法のほか化学物質排出把握管理促進法(PRTR法)で「第1種指定化学物質」第1種-No. 453」、水質汚濁防止法や大気汚染防止法にも適用が規定されています。

モリブデン酸の性質

モリブデン酸の融点は300℃で、反磁性固体です。モリブデン酸は水酸化アルカリ溶液やアンモニア水に溶けますが、水、エタノールアセトンには、ほとんど溶けません。

なお、化学式はH2MoO4、分子量は161.95、CAS登録番号は7782-91-4です。一水和物のMoO3・H2Oや二水和物のMoO3・2H2Oの性質が、よく調べられています。

モリブデン酸の構造

モリブデン酸の固体は、配位高分子 (英: coordination polymer) です。例えば、モリブデン酸の一水和物は、4つの頂点を共有している八面体配位をしたMoO3・H2Oユニットの層で形成されています。

それに対してモリブデン酸の二水和物は、同じ層構造の層の間に、余分な水分子がインターカレーション (英: Intercalation) しています。すなわち、モリブデン酸の固体は、多座配位子と金属イオンから構成される連続構造を有する錯体です。

その一方で酸性水溶液中におけるモリブデン酸は、MoO3(H2O)3という錯体が観測されます。それぞれのモリブデン原子は、3つのアクア配位子と3つのオキソ配位子を有し、再度八面体形分子構造を取っていると考えられています。

モリブデン酸の塩はモリブデン酸塩と呼ばれていて、塩基をモリブデン酸溶液へ加えることで得ることが可能です。

モリブデン酸のその他情報

1. モリブデン酸の関連化合物

モリブデン酸塩 (英: molybdate) は、モリブデン(VI)のオキソアニオンを含んだ化合物です。モリブデンは多種多様なオキソアニオンを作りますが、ポリオキソアニオンは固体状態でのみ存在します。

モリブデンの単量体オキソアニオンのサイズは、モリブデン酸カリウムに含まれる単純なMo2O72-から、154個のMoを持つイソポリモリブデンブルーまで、あらゆるものが知られています。

モリブデンは第6族元素です。しかし他の第6族元素とは異なる振る舞いをします。例えば、クロムのオキソアニオンはすべて四面体構造を基にしています。ただしタングステンはモリブデンに似ており、配位数6のタングステンを含むさまざまなタングステン酸塩を形成することが可能です。

2. モリブデン酸イオンの具体例

小さめのイオンであるMoO42-は、Na2MoO4やCaMoO4に存在しています。Mo2O72-はテトラブチルアンモニウム塩に存在します

MoO42-やMo2O72-における、モリブデンの配位数は4のみです。MoO42-は四面体で、Mo2O72-は1つの酸素原子が橋渡して1つの角を共有する2つの四面体構造だと考えられています。

それ以外にも、Mo3O102-、Mo4O132-、Mo5O162-、Mo6O192-、Mo7O246-、Mo8O264-などのモリブデン酸イオンが存在します。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0113-0333JGHEJP.pdf
https://www.nite.go.jp/chem/chrip/chrip_search/dt/html/GI_10_001/GI_10_001_7782-91-4.html

メチルビニルケトン

メチルビニルケトンとは

メチルビニルケトン (Methyl Vinyl Ketone) とは、無色~黄褐色の液体で催涙性のある特異な臭いのする有機化合物です。

MVKとも略されます。多くの工業的用途を持つ汎用性の高い化学中間体で、メチル基、ビニル基、カルボニル基からなる単純な化学構造を有しています。

メチルビニルケトンは反応性が高く、水や他の極性溶媒に可溶です。化学式C4H6O、構造式CH3COCH:CH2、分子量70.09、CAS番号78-94-4です。

また、融点-7℃、沸点 81℃、引火点-7℃ (密閉式) で水に溶け、エタノールジエチルエーテルアセトンに混和しやすい性質があります。消防法では「危険物第4類引火性液体 第一石油類 非水溶性液体 危険等級Ⅱ」、労働安全衛生法では「名称等を表示すべき危険物及び有害物」「名称等を通知すべき危険物及び有害物」「危険物・引火性の物」にそれぞれ指定されています。

メチルビニルケトンの使用用途

メチルビニルケトンは、工業的に多くの用途を持つ汎用性の高い化学中間体です。一般的には、樹脂や塗料、接着剤の製造に使用されます。また、溶剤、香料、他の有機化合物の合成のための出発物質としても使用されます。

1. 樹脂・塗料

メチルビニルケトンには、他のモノマーと架橋しポリマーを形成する能力があるため、樹脂やコーティング剤の製造によく用いられます。塗料などに含まれるアクリル樹脂やビニル樹脂を生産する際、メチルビニルケトンはコモノマーとして添加され、ポリマーに高い接着性、耐薬品性、耐候性を与えます。

2. 粘着剤

メチルビニルケトンはエポキシ接着剤の製造において、反応性希釈剤としても使用されています。反応性希釈剤とは、エポキシ樹脂の性能を損なわずに粘度を下げるために用いられる希釈剤です。メチルビニルケトンの添加によって、接着剤の柔軟性や接着性が向上します。

メチルビニルケトンの性質

メチルビニルケトンは無色の可燃性液体で、強い刺激臭を保ちます。化学式はCH3COCH=CH2、分子量は70.09 g/molです。溶解性高く、水、アルコール、エーテル、およびほとんどの有機溶媒に溶けます。

メチルビニルケトンは化学構造中に二重結合とカルボニル基が存在するため反応性が高く、アルコールやアミンなどの求核剤と容易に付加反応を起こします。また、スチレンアクリロニトリルブタジエンなどの他のモノマーと重合反応を起こすことが可能です。

メチルビニルケトンは毒性が強く、刺激性のある物質です。皮膚や眼、気道に刺激性があり、長期間の暴露によって肝臓や腎臓に損傷を与える可能性があります。

メチルビニルケトンの構造

メチルビニルケトンは、カルボニル基 (-C=O) にメチル基 (-CH3) とビニル基 (-CH=CH2) が結合した単純な化学構造をしています。ビニル基は二重結合の存在により反応性が高く、カルボニル基は極性官能基であるため、水などの極性溶媒に溶ける分子です。

メチルビニルケトンのその他情報

メチルビニルケトンの製造方法

メチルビニルケトンは、イソブチレンの酸化、3級ブチルアルコールの脱水、3-ペンタノンの脱水素など、さまざまな方法で合成することができます。このうち、工業的な製造方法としては、銅や銀の触媒を用いてイソプロピルアルコールを脱水素する方法が最も一般的です。
 
この合成法は気相で行われます。250~400℃の温度で気体にしたイソプロピルアルコールを銅触媒あるいは銀触媒の入った反応器に供給することで、イソプロピルアルコールの脱水素化が起こり、メチルビニルケトンと水素ガスが副生されます。

反応終了後、蒸留などの分離手段により、メチルビニルケトンと副生成物、および未反応のイソプロピルアルコールを分離することが可能です。

参考文献
http://www.st.rim.or.jp/~shw/MSDS/13145250.pdf
https://www.nite.go.jp/chem/chrip/chrip_search/dt/html/GI_10_001/GI_10_001_78-94-4.html

メチルシクロヘキサン

メチルシクロヘキサンとは

メチルシクロヘキサンの基本情報

図1. メチルシクロヘキサンの基本情報

メチルシクロヘキサンとは、無色あるいはほとんど無色の澄明な液体で、特異臭を有する有機化合物です。

消防法で「危険物第四類 第一石油類 危険等級Ⅱ」に指定されており、労働安全衛生法では「名称等を表示すべき危険物及び有害物」「名称等を通知すべき危険物及び有害物No. 576」「危険物・引火性の物」、危険物船舶運送及び貯蔵規則で「引火性液体類」といった指定がされています。航空法や海洋汚染防止法にも指定されています。

メチルシクロヘキサンの使用用途

メチルシクロヘキサンは、重油から得られる留分の一種です。主に溶剤として使用されています。メチルシクロヘキサンは、医薬品や農薬製造用の溶媒のほか、修正液やジェット燃料として使用可能です。

例えば、アメリカ空軍の超音速航空機向けとして開発されたジェット燃料であるJP-7 (英: Jet Propellant 7) には、2~3割ほどのメチルシクロヘキサンが含まれています。自動車業界では、メチルシクロヘキサンは水素を使った燃料電池車 (FCV) における選択肢として期待され、実際に最近一躍有名になってきた物質です。

すなわち、水素を輸送・保管するために一旦メチルシクロヘキサンに変換することで、その体積を500分の1に圧縮した液体として保管できます。そのため、FCVにメチルシクロヘキサンが大きな役割を果たす可能性があります。実際に地球温暖化対策として、電気自動車 (EV) への移行が急速に高まっています。

メチルシクロヘキサンの性質

メチルシクロヘキサンの化学式はC6H11CH3、分子量は98.19、融点は-126℃、沸点は100℃です。メチルシクロヘキサンはアセトンに極めて溶けやすく、水にはほとんど溶けません。

なお、メチルシクロヘキサンは、MCHと略記されることもあります。CAS登録番号は108-87-2です。

メチルシクロヘキサンの構造

メチルシクロヘキサンの構造

図2. メチルシクロヘキサンの構造

メチルシクロヘキサンはシクロアルカンの一種で、メチル基が1つシクロヘキサン環に結合した構造です。いす型配座を取っています。

メチルシクロヘキサンは、1位のメチル基の水素と3,5位の水素が立体反発しています。そのためアキシアル配座に比べて、エクアトリアル配座の方が、比較的安定です。これを1,3-ジアキシアル相互作用と呼びます。

メチルシクロヘキサンのその他情報

1. メチルシクロヘキサンによる水素貯蔵

メチルシクロヘキサンの水素貯蔵のメカニズム

図3. メチルシクロヘキサンの水素貯蔵のメカニズム

トルエンの水素化によって、メチルシクロヘキサンが生成します。そのため触媒を用いた脱水素化により、水素を取り出すことが可能です。したがって、有機ハイドライドの一種として、安定的な水素の貯蔵手段や輸送手段のために、メチルシクロヘキサンの研究が進んでいます。

メチルシクロヘキサンの理論上の水素貯蔵密度は、47.0kg-H2/m3です。水素ガスは1/500の体積のメチルシクロヘキサンになります。貯蔵密度はベンゼンとシクロヘキサンにおける56.0kg-H2/m3ナフタレンとデカリンにおける65.4kg-H2/m3と比べて、やや劣っています。その一方で、メチルシクロヘキサンは、液体の状態を維持可能な温度範囲が広いことが利点です。

2. メチルシクロヘキサンの応用

メチルシクロヘキサンの脱水素触媒を開発し、商業ベースで水素を供給する実証試験に成功した企業があります。また、他の企業では南極の昭和基地において、メチルシクロヘキサンと風力発電機を組み合わせた水素発電システムを受注しています。

3. メチルシクロヘキサンの安全性

メチルシクロヘキサンは光反応性が低いため、光化学スモッグの原因にはなりにくいです。トルエンやキシレンに比べて毒性が低く、有機溶剤中毒予防規則の対象外となります。

ただし、日本の消防法において、メチルシクロヘキサンは危険物第4類や第1石油類に該当しています。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0113-0704JGHEJP.pdf
https://www.nite.go.jp/chem/chrip/chrip_search/dt/html/GI_10_001/GI_10_001_108-87-2.html

マロン酸

マロン酸とは

マロン酸の基本情報図1. マロン酸の基本情報

マロン酸とは、カルボキシ基 (-COOH) を2つ持ったジカルボン酸の一種です。

塩の場合には、マロナートもしくはマロネート (英: malonates) と呼びます。マロンの名称は、ギリシア語のリンゴに由来します。マロン酸のCAS登録番号は141-82-2です。

国内法規上の適用法令は特になく、安全に保管するため直射日光を避け、換気のよいなるべく涼しい場所に密閉して保管する必要があります。また、安全な容器包装材料としてガラスが指定されています。

マロン酸の使用用途

マロン酸はリンゴに含まれていたことから、医療分野などで香料として使用されています。その他、カルボキシ基という官能基を持っていることから、合成樹脂や接着剤のような分野で、原料としても使われています。

マロン酸の性質

マロン酸は白色もしくはほとんど白色の結晶あるいは結晶性粉末です。マロン酸の融点は135℃であり、常温常圧では固体です。

ただし、融点よりも少し高温まで熱すると、熱分解して酢酸二酸化炭素になります。また、マロン酸は、水、エタノールアセトンなどに溶けます。

マロン酸の構造

マロン酸の化学式は、HOOCCH2COOH、分子量は104.06です。マロン酸は酢酸-マロン酸経路を構成するための物質の一つです。

マロン酸のジエステルは、活性メチレン化合物であり、塩基によりメチレンプロトンが引き抜かれて、容易にカルバニオンを生成します。そのため、炭素-炭素結合の形成に用いられています。

マロン酸のその他情報

1. 生化学におけるマロン酸

コハク酸の構造

図2. コハク酸の構造

マロン酸の構造は、コハク酸 (HOOC-(CH2)2-COOH) によく似ているため、生物体内のクエン酸回路において、コハク酸デヒドロゲナーゼ (英: succinate dehydrogenase) の活性部位に誤って結合してしまいます。したがって、マロン酸は本来の基質であるコハク酸の代謝を阻害するため、細胞呼吸を妨害します。

2. 病理学におけるマロン酸

マロン酸値の上昇に、メチルマロン酸値の上昇が伴う場合には、複合マロン酸およびメチルマロン酸尿合併症 (英: Combined malonic and methylmalonic aciduria) という代謝性疾患の可能性があります。血漿中に存在するマロン酸とメチルマロン酸の比率を計算して、古典的なメチルマロン酸尿症と区別することが可能です。

3. マロン酸エステル合成の利点

マロン酸エステル合成 (英: malonic ester synthesis) とは、マロン酸のエステルから発生したカルバニオンを用いて、α-置換酢酸エステルを得る方法です。この反応でマロン酸エステルは、酢酸エステルのα-アニオン (ROC(=O)CH2−) の合成等価体として働いています。

もし、酢酸エステルやアセトンに強塩基を作用させて、安定したカルバニオンが生成できれば、ハロゲン化アルキルとのカップリングによって、同様の生成物を得ることが可能です。しかし、この手法ではアルドール縮合やクライゼン縮合といった副反応を併発する可能性があります。よってマロン酸エステル合成は、必ずしも強い酸や塩基が必要なく、C-C結合を作れるという点で、合成上の利点があります。

4. マロン酸エステル合成のメカニズム

マロン酸エステル合成のメカニズム

図3. マロン酸エステル合成のメカニズム

マロン酸エステル合成では、まずマロン酸エステルに塩基を加えて、カルバニオンを発生させます。生成したカルバニオンは、2個のカルボニル基と共鳴するため、大きな安定化効果を受けています。

このカルバニオンにハロゲン化アルキル (R-X) を作用させて、必要に応じて希酸で処理することで、加水分解と脱炭酸が容易に起こり、α-置換エステルを得ることが可能です。

マロン酸エステル合成によく似た手法として、アセト酢酸エステル合成もあります。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0113-0058JGHEJP.pdf
https://www.nite.go.jp/chem/chrip/chrip_search/dt/html/GI_10_001/GI_10_001_141-82-2.html