ペンタクロロフェノール

ペンタクロロフェノールとは

ペンタクロロフェノールは、ペンクロロール、PCPとも呼ばれる有機塩素化合物です。

かつては、水田用除草剤やイネいもち病等の殺菌剤、防腐剤などに使用されておりました。しかし、1963年に指定農薬、1971年に水質汚濁性農薬となって一部使用が禁止され、さらにその後、農薬製剤の副生成物としてヘキサクロロジベンゾダイオキシンを含むことが問題となり、1990年に農薬登録が失効しました。また、環境ホルモンとしての疑いのある物質でもあります。

ペンタクロロフェノールの使用用途

ペンタクロロフェノールは、過去には農薬、殺菌剤、木材保護材、植物成長調節剤、水田用除草剤等に使用・登録されていましたが、現在は、失効されております。

また、発がん性や強い魚毒性、環境ホルモン様物質などと疑われているため、2015年スイスのジュネーブにおいて、ストックホルム条約の締約国会議(COP7)で、新たにペンタクロロフェノールとその塩及びエステル類が同条約の附属書A(廃絶)に追加されることが決定されました。

ベンジルアルコール

ベンジルアルコールとは

ベンジルアルコールとは、分子式C6H5CH2OHで表される揮発性の芳香族アルコールです。

弱い特有の芳香を有する無色透明の液体で、消防法「第3石油類非水溶性」に該当します。水には溶けにくい性質ですが、アルコール、エーテル、その他多くの有機溶剤と混和性があるため、溶剤として広く利用されています。

天然にはジャスミン、ヒヤシンス、アカシア、イランイランなどの花精油中にエステル化された成分として存在しています。

ベンジルアルコールの使用用途

ベンジルアルコールは香料、溶媒、医薬品、化学合成の中間体など、多岐にわたる用途で利用されています。

1. 香料

ベンジルアルコールにはアーモンドのような芳香があり、香料として化粧品、石鹸、香水などに使用されます。また、食品の香り付けにも使われることがあります。

2. 溶媒

塩化メチレンの代替溶剤として、塗膜剥離用溶剤、業務用の床ワックス除去溶剤などに用いられています。また、塗料、接着剤、インクなどの溶媒として利用される例も多くあります。

3. 化学合成

酸化還元反応によってベンジルアルコールはベンズアルデヒドやベンジルアミンなどの化合物に変換されることから、有機合成の中間体として幅広く用いられます。また、化学反応におけるベンジル化剤として、アルコールやアミンの保護基としても利用可能です。

このほか、エステル原料、農薬、印刷インキ、ボールペンインキ、ラッカー、セルロース誘導体などの溶剤や希釈剤、アクリル繊維など疎水性繊維の染色助剤の用途もあります。また、化粧用品 (染毛剤、防腐剤) 、食品添加物 (香料) 、石けん用香料、医薬原体の合成原料、局部麻酔も用途の1つです。

ベンジルアルコールの性質

ベンジルアルコールは無色透明の液体で、沸点は205℃、融点は-15℃と低い融点を持ちます。比重は1.045です。弱い芳香をもち、アーモンドのような香りします。

水にはやや溶けにくいですが、エタノール、エーテル、クロロホルム、アセトンなどの有機溶媒にはよく溶けます。光や熱に対して比較的安定ですが、空気中で酸化される場合があります。

一般的にベンジルアルコールの毒性は低いですが、高濃度で皮膚や目に触れると刺激を引き起こすことがあります。また、経口摂取による中毒の報告もあるため、取り扱いには注意が必要です。

化学反応においては、ベンジルアルコールを酸化するとベンズアルデヒドに、還元するとベンジルアミンに変換することができます。このような反応性から、ベンジルアルコールは有機合成の中間体として広く利用されます。

ベンジルアルコールの構造

ベンジルアルコールは分子式C7H8O、分子量108.14で表される芳香族アルコールの1種です。ベンゼン環にメチレン機を介し、アルコール水酸基が結合した構造を持っています。

構造中にベンゼン環と水産基を持つことによって、ベンゼン環の共鳴安定性と水酸基の極性に由来する特徴的な溶解性や反応性を持っています。通常、芳香族化合物は極性が低く、低級アルコールなどの溶媒への溶解性は低いのですが、ベンジルアルコールは水酸基に由来する極性を持つため、エタノールなどの有機溶媒にも良好な溶解性を示します。

また、ベンジルアルコールの水酸基は、その酸性や還元性を利用した合成反応にも用いられます。

ベンジルアルコールのその他情報

ベンジルアルコールの製造方法

ベンジルアルコールの製造方法については、トルエンを原料にハロゲン化および還元を行う方法が広く用いられています。トルエンは入手性が高く、必要な反応工程も大量生産に適しています。

トルエンをハロゲン化剤と反応させ、ベンジルハロゲン化物 (ベンジルクロリドなど) を得た後、水酸化カリウムや水酸化ナトリウムなどの塩基性条件下で還元反応を行う方法です。この工程により、工業的にベンジルアルコールが得られます。

そのほか、ベンズアルデヒドを用いてカニッツァロ反応を行う方法や、フェニルアルコールにフリーデル・クラフツ反応を用いる方法、ニトロベンゼンの還元的アミノ化などの方法でもベンジルアルコールを合成することができます。

ブタジエン

ブタジエンとは

ブタジエンの概要

図1. ブタジエンの概要

ブタジエンは分子内に炭素-炭素間の二重結合を2つ有する不飽和炭化水素です。異性体として1,2-ブタジエンと1,3-ブタジエンがありますが、「ブタジエン」と呼ぶ場合は工業的に重要な1,3-ブタジエンを指しています。

ブタジエンはナフサを基に製造されており、主にタイヤなどに使われるスチレン・ブタジエンゴム(SBR)やブタジエンゴム(BR)の原料として用いられます。ブタジエンは非常に引火性が高いガスであり、使用時は着火源の除去、十分な換気が必要です。また容易に重合反応が起こるため、貯蔵時は酸化防止剤、重合禁止剤を添加する必要があります。

ブタジエンの使用用途

ブタジエン(1,3-ブタジエン)は石油から製造されており、製造法としてはナフサのクラッキングで副生するC4留分から抽出、精製して製造する抽出法と、ブタンやブテンから脱水素して製造する脱水素法があります。

ブタジエンは主に合成ゴムの原料として用いられています。例えば自動車のタイヤなどに使われるスチレン・ブタジエンゴム(SBR)やブタジエンゴム(BR)などの原料にブタジエンが使われています。その他、ブタジエンはABS樹脂やナイロン66の原料にも使われています。

ブタジエンのその他情報

1. ブタジエンを原料としたゴムの構造異性体

1,3-ブタジエンは上記の通りブタジエンゴムなどの原料として使われます。ゴムはブタジエンの重合反応によって得られますが、ブタジエンは反応部位である二重結合が分子内に2つあるため、反応後のシス型とトランス型の割合が製造条件によって変わります。また、この他にも側鎖にビニル基が生成する1,2結合も重合によって形成されます。

ブタジエンの構造異性体

図2. ブタジエンの構造異性体

上記の構造異性体の割合は重合方法を変えることで変化させることが可能で、メーカーによって様々なブタジエンゴムが販売されています。シス型が多い高シスタイプのブタジエンゴムは樹脂全体の中でもガラス転移温度が低く(-105~-95℃)、低温特性に優れます。主な用途は自動車タイヤで、その他にOリングやガスケットなどにも使われています。低シスタイプは高シスタイプ同様に、ブタジエンゴムも自動車タイヤなどに使われているほか、樹脂の改質剤などにも使われています。

2. ブタジエンの安全性と法規制

ブタジエンは常温で気体の物質で、一般的には液化ガスとしてボンベに充填されて販売されています。ブタジエンは可燃性、引火性が極めて高いガスであり、取り扱い時は着火源となるものを取り除くこと、十分に換気された環境で取り扱うことが求められます。また、ブタジエンは重合反応を引き起こしやすいため、貯蔵時は重合防止剤、酸化防止剤の添加が必要です。

その他、ブタジエンは労働安全衛生法上のリスクアセスメント対象物質であり、変異原性が認められた物質でもあります。その他、PRTR法の特定第1種指定化学物質、高圧ガス保安法上の液化ガスにも該当します。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0181.html

フルフラール

フルフラールとは

フルフラールの基本情報

図1. フルフラールの基本情報

フルフラールとは、化学式がC5H4O2で表される、芳香族アルデヒドの1種です。

2-フランカルボキシアルデヒドとも呼ばれます。1832年にヨハン・オルフガング・デーベライナー (英: Johann Döbereiner) によって、初めてギ酸の副産物として分離されました。

工業的には、トウモロコシの芯やサトウキビのバガスなどの農業副産物から、世界中で数十万トンが生産されています。原料を高圧蒸気下で処理した後、蒸留によって回収し、水とフルフラールを分離可能です。バイオマス由来の安価で再生可能な非石油ベースの化学原料として注目されています。

フルフラールの使用用途

フルフラールは、熱硬化性、耐食性、物理的耐性などの優れた特性を備えており、樹脂の原料として利用されます。例えば、耐薬・耐熱性表面処理剤として用いられているフラン樹脂が挙げられます。

また、フルフラールは、アルコール、エステル、アセトンなどの有機溶剤に混ざるため、溶剤として広く利用されています。主に潤滑油や脱色剤の精製に使用可能です。その他、除草剤や殺虫剤としても利用されます。

フルフラールの性質

フルフラールの融点は-36.5°C、沸点は161.7°Cであり、引火点は62°Cです。無色油状の液体ですが、空気に触れるとすぐ黄色く変色します。

フルフラールはアーモンドに似た香気を有します。エーテルやアルコールなどの、多くの有機溶剤に溶けますが、アルカン類や水には微溶です。

一般的な芳香族化合物やアルデヒド類と同様の化学反応を起こします。ただし、ベンゼンほど安定しておらず、ほかの芳香族化合物と比べて化学反応を起こしやすいです。

例えば、フルフラールを250°C以上に熱すると、一酸化炭素とフランに分解します。酸とともに加熱すると、熱硬化性樹脂になり固まります。強い酸や塩基との反応によって、火災や爆発の危険性もあるため、取り扱いには注意が必要です。

フルフラールの構造

フルフラールは、フランの2位がホルミル基で置換された構造を有します。示性式は(C4H3O)CHOで表され、モル質量は96.09g/mol、密度は1.16g/mLです。

フルフラールのその他情報

1. フルフラールの合成

フルフラールの合成

図2. フルフラールの合成

多くの植物には、多糖類やヘミセルロースが含まれています。そのため、希硫酸とともに熱すると、ヘミセルロースの加水分解によって、キシロースのような糖類に変化します。同条件下でキシロースなどのC5糖類の脱水によって、3個の水分子を放出し、フルフラールを生成可能です。希硫酸の代わりに希塩酸を使用する方法もあります。

トウモロコシや燕麦殻の場合には、収率は比較的高く、20%ほどです。穀物の籾殻を用いると、原料のおよそ10%のフルフラールが得られます。水とともにフルフラールが蒸発するため、分離回収して濃縮できます。

2. 原料としてのフルフラール

フルフラールの関連化合物

図3. フルフラールの関連化合物

フルフラールは、フランやテトラヒドロフランのような溶剤を製造するための原料です。ヒドロキシメチルフルフラール (英: Hydroxymethylfurfural) の形で、多種多様な加熱食品中にも存在します。ヒドロキシメチルフルフラールは、フルフラールと同じくバイオマスを用いて合成可能です。

フルフラールはフラン樹脂 (英: furan resin) の原料でもあります。アセトン、フェノール、尿素などとともに、フラン樹脂を製造可能です。ナイロンの原料であるアジピン酸 (英: adipic acid) の原料にも利用されています。

3. フルフラールの危険性

フルフラールに触れた際には、気道や皮膚が刺激を受けて、水が肺にたまる場合もあります。フルフラールを吸い込んだり、呑み込んだりした場合には、頭痛、酔い、吐き気、めまい、涙目などの中毒症状を起こす可能性があります。意識不明や死に至るケースもあるため、注意が必要です。

フマル酸

フマル酸とは

フマル酸素の構造

図1. フマル酸素の構造

フマル酸は最も単純な不飽和ジカルボン酸であり、自然界に広く存在する物質です。

無色の結晶粉末であり臭いはありませんが、強い酸味を持ちます。工業的には、主にフマル酸の幾何異性体であるマレイン酸を異性化することで製造されます。

フマル酸の使用用途

1. 殺菌剤としての利用

本化合物は殺菌力を有しているため生鮮食品の殺菌剤として利用されています。 その作用機作は以下の通りです。

◇フマル酸の殺菌剤としての作用機作

  1. カルボキシル基が非解離の状態で菌体内に取り込まれる。
  2.  細胞質中でカルボキシル基が解離する事で、細胞質のpHが低下する。
  3. 上記②の結果、細胞質中の酵素活性が低下し、代謝異常などを誘発する事で菌が死滅する。

2. 食品業界、畜産業界、医療分野での利用例

フマル酸は食品添加物としての安全性が認められており、酸味剤、膨張剤、pH調整剤、調味料などに使用されています。畜産・農業の分野では飼料の添加物、植物の殺菌・殺藻剤として使用されています。また、工業の分野では合成樹脂や染料の原料として利用さています。医療の分野では、フマル酸から作られるフマル酸エステルが乾癬(かんせん)治療に効果があるとして研究が進められています。

3. 生体内での役割

クエン酸回路におけるリンゴ酸の反応

図2. クエン酸回路におけるリンゴ酸の反応

フマル酸は酸素呼吸を行う生物のエネルギー生産過程で重要な役割を担っています。具体的には、クエン酸回路において、コハク酸から生成され、リンゴ酸へと変換される中間体として存在しています。

フマル酸の性質

1. 名称
和名:フマル酸
英名:fumaric Acid
IUPAC名:(2E)-but-2-enedioic acid

2. 分子式
C4H4O4

3. 分子量
116.07

4. 融点
300~302℃(封管中)

5. 溶媒溶解性
エタノールに可溶、水に難溶、ベンゼンに不溶。

フマル酸のその他情報

フマル酸とマレイン酸の化学的性質の違い

フマル酸には幾何異性体が存在します。トランス体がフマル酸であり、シス体がマレイン酸です。

フマル酸とマレイン酸の構造

図3. フマル酸とマレイン酸の構造

興味深い事に、これらの化合物は化学的性質が大きく異なります。具体的には、トランス体であるフマル酸は、マレイン酸に比べて分子内脱水縮合をしにくく、また、水への溶解度もマレイン酸と比べて非常に低いです。このような性質の違いは、これらの異性体における二つのカルボキシル基の立体的な位置関係で説明できます。その原理については以下の記事で詳しく説明しているので参考になさって下さい。
【2023年版】マレイン酸 メーカー5社一覧

フッ化ナトリウム

フッ化ナトリウムとは

フッ化物は自然界に多く存在しており、フッ化ナトリウムも蛍石をはじめ、リン鉱石、氷晶石などの天然鉱石から精製されるフッ化物の一種です。

フッ化ナトリウムSodium Fluorideは分子量:41.99で、フッ化ソーダとも呼ばれます。無色無臭の結晶体で、水にわずかに溶けますがアルコールにはほとんど溶けません。水溶液は淡青色澄明の液で、芳香と甘味があります。

フッ化ナトリウムの取り扱いにおいては、酸類との反応によって有毒なフッ化水素が発生しますので、酸類と離して保管しなければなりません。また、フッ化ナトリウム自体は不燃性ですが、加熱によってもフッ化水素が発生する危険がありますので、温度管理にも注意が必要です。

フッ化ナトリウムの安全性について

フッ化ナトリウムは法律上劇物に分類されています。摂取による症状には急性症状と慢性症状とがあります。

急性中毒症状としては、吐気、嘔吐、腹痛、下痢といった胃腸症状が多いです。フッ化物の急性中毒量についてはヒトに関する十分なデータが無いこと、また個人の反応に差がみられるため、閾値を定めるのは困難ですが、2.7~5mgF/kgの濃度の報告があります。

慢性毒性としては2つあり、歯のフッ素症では歯の形成期(石灰化期)に過剰のフッ化物を水道水などを通じて継続的摂取した(2.0ppm 前後)場合に生じるエナメル質の形成不全症があります。前歯部では審美的な問題となることがあります。

2つ目は骨のフッ素症です。血清中のフッ化物が骨代謝に影響し、関節が硬直したり、靱帯の石灰化を起こしたりします。飲料水中に10~20ppmの濃度で10年以上の飲水歴があると、発症リスクが上がります。

フッ化ナトリウムの使用用途

定められた濃度(100mL 中 フッ化ナトリウム 0.10g 含有)に希釈したものについては、虫歯予防を目的として洗口剤や歯磨き粉などに入れることなど、さまざまな形で利用されています。用法や濃度によっては歯科医での使用に限定される場合もありますが、フッ素濃度1500ppmまでの歯磨き剤であれば市販が認められています。

他にもフッ化ナトリウムは、透明なガラスを不透明に変化させるための乳濁剤、木材の防腐剤、アルミ合金や鉄鋼用のフラックス剤、血糖検査用の抗凝固剤などとして幅広く利用されています。

フッ化ナトリウムの作用部位と機序

フッ化ナトリウムは米国において虫歯予防に応用されてきました。日本でも WHO 勧告に従い、フッ化物製剤による虫歯予防がすすめられています。フッ化物の状態になると、まず口腔内の細菌や酵素の作用を抑制し、歯を溶かす酸の産生を抑制します。一方、歯に作用すると、フルオロアパタイトを形成することで、歯の結晶レベルでの改善をもたらし、再石灰化を促進します。その結果、歯が強くなり、耐酸性が向上するため、虫歯の予防になります。

 

フィチン酸

フィチン酸とは

フィチン酸は化学式C6H18O24P6で表され、リン酸とイノシトールが結合して生成される化学物質です。生体物質の1種で、ほぼすべての哺乳動物の細胞にわずかに存在し、細胞の分化、増殖、シグナル伝達といった重要な機能に関わっています。ヒトでは心筋や脳、筋肉などに多く含まれており、細胞機能を制御しています。

フィチン酸生理的pHでは、部分的にイオン化し、フィチン酸アニオンとして存在します。種子やふすま(ブラン)など多くの植物組織に含まれるリンの主要貯蔵形態であり、栄養学的に重要な役割を担っています。マメ科植物、穀物(特にイネやトウモロコシ)、穀類など、食物繊維の多い植物に豊富に含まれています。

キレート作用が強く、多くの金属イオンと強く結合します。食事で摂取されるミネラル分(カルシウム、鉄、亜鉛など)とも強い結合親和性を持ち、小腸における吸収を阻害します。自然界において、フィチン酸が単体として存在することは稀で、フィチン(フィチン酸のカルシウム・マグネシウム混合塩)として多く存在しています。

フィチン酸の使用用途

フィチン酸は食品分野、医薬品分野、化粧品分野など、幅広い領域で使用されます。

キレート作用が強く金属イオンと強く結合することから抗酸化作用があるので、食品添加物(E391)として用いられます。酸化防止、変色防止を目的として、あるいはpH調整や酸味料として、飲料や菓子、調味料に配合されます。

医薬品分野では、取り扱いや服用のしやすさを向上させることを目的として、経口薬に賦形剤として配合されます。この他、強い抗酸化作用、細胞増殖の抑制作用、血小板凝集を防ぐ作用、など複数の有用な作用を持ち、ガン細胞の抑制剤、口腔ケア剤、血液凝固を防ぐ薬として使用されます。

また、化粧品分野において、キレート剤(金属イオン封鎖剤)として使用されます。具体的には、硬水の軟化や品質安定化(変色・変臭、沈殿・濁りなどの防止)を目的として用いられます。泡立ち性の改善を目的として、シャンプーなどに配合されます。また、抗菌剤としても使用されています。

人体への影響

フィチン酸はその高いキレート作用ゆえ、鉄、亜鉛、カルシウム、マグネシウムなどのミネラル吸収を妨げる可能性が指摘されています。このことは、ミネラルの摂取量が著しく低い地域においては好ましい作用ではありません。

一方で、肉や魚、野菜や果物などバランスのとれた食事を摂れている場合には、フィチン酸の摂取がミネラルの利用性に影響しないことが判明しています。

ナッツ類、穀類、豆類などに含まれているフィチン酸塩は調理によって分解されます。また、フィチン酸のミネラル吸収抑制効果を減少させるに、発芽、調理、発酵、酸への浸漬といった方法がとられています。

具体的には、アスコルビン酸(ビタミンC)や有機酸の添加、ピクルスなどの乳酸発酵がフィチンのミネラル吸収抑制効果を弱めることも判明しています。このように適切に調理されている場合や、栄養が十分に取れている場合には、フィチン酸が人体に悪影響を及ぼす証拠は認められていません。

ビンブラスチン

ビンブラスチンとは

ビンブラスチン (vinblastine) とは、ニチニチソウという植物から単離されたアルカロイドの一種で、ビンカアルカロイドに分類される化合物です。

分子量は810.975で、分子式はC46H58N4O9で表されます。化合物は白色〜微黄色の粉末状をしており、極めて水溶性が低いのが特徴です。水やアルコールにはほとんど溶けず、DMSOや酢酸エチルなど有機溶媒に溶解します。

細胞分裂のM期ににおける微小管重合を阻害することによって細胞増殖を抑制する作用を持っていることから、抗悪性腫瘍剤としてがん治療に用いられています。医薬品として用いられるビンブラスチンは、安定性と溶解性の向上のため、硫酸塩の構造をとっているのが一般的です。

ビンブラスチンの使用用途

ビンブラスチンは、がん治療に用いられる抗悪性腫瘍剤の1種です。静脈内注射によって体内に投与された後、高い脂溶性を活かして細胞内へ取り込まれます。

その後、細胞周期のM期に特異的に作用し、細胞内で微小管を構成するチューブリンというタンパク質の結合を阻害することで、がん細胞の分裂を妨ぎます。ビンブラスチンは抗がん剤の中でも代表的なものの1つで、白血病や悪性リンパ腫、乳癌、卵巣癌、肺がんなど、幅広いがん種に対して使用されます。

ビンカアルカロイド系の抗がん剤は、神経障害を起こしやすいという特徴を有しているため、ビンブラスチンの投与時は手足の指のしびれや皮膚の感覚異常などに注意が必要です。

ビンブラスチンの性質

ビンブラスチンは、白色〜微黄色の粉末状をしています。極めて溶解性が低く、水やエタノール、メタノールといった溶媒にはほとんど溶けません。一方で、DMSOやジクロロメタン、酢酸エチルなどの有機溶媒には溶けやすく、一般的にはこれらの溶媒中で使用されます。

ビンブラスチンは、生体内で代謝されず、そのまま尿中に排出されるため、薬物動態は線維芽細胞増殖因子受容体 (FGFR) 3に関与するとされています。また、強い毒性を持つアルカロイドであるため、使用には注意が必要です。

ビンブラスチンの構造

ビンブラスチンの分子構造は、基本構造にインドール骨格を有するインドールアルカロイドです。化学式はC46H58N4O9で、分子量は810.97 で表されます。

いくつもの不斉炭素原子と多数の酸素原子や窒素原子からなる複雑な構造を有しており、側鎖にはアルキル基、カルボキシル基などの官能基を複数有しています。高い脂溶性によって細胞内へ取り込まれ、二量体であるチューブリンに結合することで抗がん作用を発揮し、がん細胞の増殖を阻害します。

ビンブラスチンは植物から抽出されますが、天然物中にも多くの光学異性体が含まれることが知られています。そのため、純粋に活性有利な光学異性体の合成法や分離精製法の開発が求めれられています。

しかし、複雑な構造による合成難易度の高さから、収率の低さが現状の課題です。今後も、より効率的なビンブラスチンの合成法の開発が求められています。

ビンブラスチンのその他情報

ビンブラスチンの製造方法

ビンブラスチンは、マダガスカルツルニチニチソウ (Catharanthus roseus) から、その前駆体 (カサランチン、ビンドリン) とともに単離されます。ビンブラスチンは葉や茎、根などから抽出され、クロマトグラフィーによる精製を経て分離されます。

複雑な立体構造に由来する合成反応の工程の多さや副生生物による収率の低さから、工業的なスケールでのビンブラスチンの合成は困難とされており、天然物からの抽出がビンブラスチンの主な供給源です。

しかし、植物から抽出したビンブラスチンおよび前駆体は、活性に不利な光学異性体を含むため、近年ではキラル剤 (Sharpless触媒) や反応温度の制御によるエナンチオ選択的な全合成が注目を集めています。

ビンクリスチン

ビンクリスチンとは

ビンクリスチンとは、米国の製薬会社であるイーライリリー社が開発した抗がん剤です。

商品名のオンコビンでも知られ、国内の医薬品としては日本化薬株式会社が製造販売権を承継し、製造販売しています。血液腫瘍によく用いられる薬剤で、重要な医薬品として世界保健機構 (WHO) の必須医薬品モデル・リストに収載されています。

ビンクリスチンはキョウチクトウ科のニチニチソウという植物から発見され、化学的には植物アルカロイドの一つであるビンカアルカロイドに分類されます。抗がん剤としての分類は微小管重合阻害薬であり、劇薬です。

医薬品としては医師の処方によってのみ用いられ、投与経路は静脈内投与のみです。通常、ビンクリスチン硫酸塩として供給されます。なお、CAS番号は2068-78-2です。

ビンクリスチンの使用用途

1. 抗がん剤

ビンスクリチンは、抗がん剤として使用されます。医薬品としてのビンクリスチンは、2022年時点で国内において白血病、悪性リンパ腫、小児腫瘍、多発性骨髄腫・悪性星細胞腫・乏突起膠腫成分を有する神経膠腫に対する他の抗悪性腫瘍剤との併用療法、褐色細胞腫に対する効能・効果を有しています。

2. 試験研究用

ビンクリスチンは、試験研究用の抗腫瘍剤、細胞骨格研究で、微小管重合阻害を行うときの試薬としても用いられます。医薬品とは別に、試験研究用試薬としても販売されています。

3. 動物の治療用

ビンクリスチンは、犬など愛玩動物の悪性リンパ腫の治療に用いられることがあります。近年、愛玩動物のがんを何とか治療 (延命効果を期待) できないかという意識が高まってきています。

ビンクリスチンは正式な動物薬ではありませんが、動物用の抗がん剤は今のところ存在しません。そのため、獣医師によってヒト用の薬剤を使用する場合があります。

ビンクリスチンの特徴

ビンクリスチンの作用機序は、微小管重合阻害です。細胞が有糸分裂するときには、紡錘体の形成が必要です。紡錘体は、微小管が染色体に接着するとともに、微小管同士が重合・脱重合し紡錘糸として構造化することで形成されます。

ビンクリスチンは微小管に結合し、紡錘糸の構造と機能に異常をもたらし、結果として細胞の有糸分裂を中期 (M期) で停止させます。分裂が停止した細胞は、アポトーシスに誘導されます。

このようにして、腫瘍細胞の増殖を抑え、さらに死滅させています。ただし、正常な細胞の細胞分裂も阻害するため、腫瘍細胞だけではなく、正常な細胞にも影響するのが懸念点です。これが副作用を引き起こす原因となります。

ビンクリスチンのその他情報

1. ビンクリスチンの副作用

ビンクリスチンは正常な細胞の細胞分裂も阻害するため、頭髪が抜ける (脱毛) 、白血球が減少する (骨髄抑制) 、といった副作用が現れることがあります。これは抗がん剤に広くみられる性質です。

また、頻度の高い副作用として、末梢神経障害が知られています。臨床的には手足のしびれや手指の感覚が鈍くなることとして感じられますが、この症状は身の回りのことをしにくくなる、感覚が乏しいためにやけどや怪我をするなど、治療を受けている人の生活に大きな影響を及ぼします。

また、投与を継続すると悪化する可能性も高いです。そのため、この症状が見られたときには投与量の減量または投与を中止しなければなりません。

末梢神経障害は、他の植物アルカロイド系微小管重合阻害薬にも見られるもので、末梢神経の微小管にも薬剤が結合してしまい、軸索が変性するためであると考えられています。その他の頻度の高い副作用として、便秘が知られています。

2. ビンクリスチンと多剤併用療法

ビンクリスチンは、作用機序の異なる他の抗がん剤と併用されることがよくあります。複数の作用を同時に働かせることで、効果的にがんの成長を抑制するのが目的です。

例えば、リンパ腫の場合、DNAをメチル化するシクロホスファミド、DNAの構造の間に挟まるドキソルビシン、DNAに架橋を形成するオキサリプラチンと併用されます。抗がん剤は副作用が強いものであるため、実際に用いられる併用療法の投与量は慎重に検討され、決定されたものが用いられます。

ビリルビン

ビリルビンとは

ビリルビンの基本情報

図1. ビリルビンの基本情報

ビリルビン (Bilirubin) とは、有機化合物の一種でヘム (ヘム鉄) の分解代謝物です。

化学式C33H36N4O6で表され、4つのピロール環が直鎖状につながったチェーン状の分子構造をしています。人体・動物では胆汁または尿から排出されます。CAS登録番号は635-65-4です。

分子量584.66、融点192℃であり、常温では赤黄色から黄赤色の粉末です。水にはほとんど溶けず、ベンゼンクロロホルムクロロベンゼン二硫化炭素、酸、アルカリには溶けます。エタノール、エーテルにはわずかに溶解します。

ビリルビンの使用用途

ビリルビンの数値は、血液検査において肺機能の指標として用いられています。なお、肝臓で処理される前のビリルビンを間接ビリルビン、処理された後のビリルビンを直接ビリルビン、両方をあわせたものを総ビリルビンと呼びます。

総ビリルビンの基準値は0.2~1.2mg/dLで、この値を超えると、黄疸のほか、肝炎、肝硬変、肝がんの病気が疑われます。ビリルリンは、赤血球中のヘモグロビンが壊れてできる色素です。肝臓で処理 (抱合) されて、胆汁として十二指腸に排泄されますが、肝臓の機能が障害されるとビリルビンを処理できなくなるため、血液中にビリルビンが大量に残ります。これが、皮膚が黄色くなる“黄疸”です。

ビリルビンは色素分子ですが、色素としての利用はあまりありません。動物の胆汁一般に広く含まれることから、各種研究に用いられることはあります。

ビリルビンの特徴

ビリルビンは、4つのピロール環を有する開環したチェーン状の構造を持ち、テトラピロールの一種に分類されます。この構造はヘムにおいては4つのピロールが大きなポルフィリン環を形成しているのと対照的です。

色素分子としての機能を持ち、吸収極大波長は451~455nmです。ビリルビンは、光を吸収するために海藻類で利用されている色素である、フィコビリンと大変良く似た構造をしています。

また、光に晒すとビリルビンの二重結合が異性化して水溶性が向上することが知られており、このことは新生児の黄疸における光線療法に利用されています。

ビリルビンの種類

生体内におけるビリルビンは、肝臓に運ばれる前と肝臓で処理された後で種類が分けられており、前者が間接ビリルビン、後者が直接ビリルビンです。直接ビリルビンは、胆管、肝臓が障害を受けると増えます。2種類を総称して総ビリルビンと呼んでいます。

生体内物質であるビリルビンですが、製品として販売されてもいます。一般的には、研究開発用試薬製品として販売されており、冷凍 (-20℃) での保管・輸送が必要な試薬です。容量の種類には、100mgや1gなどがあります。

ビリルビンのその他情報

ビリルビンの代謝

ビリルビンの代謝

図2. ビリルビンの代謝

古くなったり損傷を受けたりした赤血球は、脾臓で分解されます。ビリルビンは、その際に分解されるヘムの分解生成物です。

ヘムは、ヘムオキシゲナーゼ (HMOX) によりビリベルジンに分解され、ビリベルジンがビリベルジンレダクターゼの働きにより還元されることにより、ビリルビンは生成されます。

抱合型ビリルビンの構造

図3. 抱合型ビリルビンの構造

ビリルビンは、血漿中のアルブミンであるタンパク質と結合して肝臓に運ばれますが、肝臓では肝臓においてグルクロン酸転移酵素によりビリルビンはグルクロン酸の抱合を受けます。

抱合により、ビリルビンはより水に溶けやすくなります。この反応を媒介するのは、ウリジン二リン酸-グルクロン酸転移酵素 (UDPGUTF) です。ビリルビンはこの形で肝臓から胆汁として分泌されます。

参考文献
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/