ゲルマン

ゲルマンとは

ゲルマンとは、水素化ゲルマニウムとも呼ばれる、ゲルマニウムの水素化物です。

最もシンプルなゲルマニウムの水素化物であり、ゲルマニウムの有用な化合物の1つです。ゲルマンの燃焼によって、有毒な二酸化ゲルマニウム (GeO2) が生成します。

ゲルマンは溶血毒であり、ヘモグロビン尿を起こします。毒物および劇物取締法で「劇物」に指定されており、消防法では「貯蔵等の届出を要する物質」とされています。

ゲルマンの使用用途

ゲルマンは、CVDや気相成長ガス、オプティカルファイバーなどに使用されています。CVD (化学気相成長) とは、化学的な成膜方法のことです。

真空状態でガス状の気体原料を送り込み、熱などのエネルギーを与えて化学反応を起こし、基材や基板の表面に薄膜や微粒子を吸着・堆積させます。

ゲルマンは高温でゲルマニウムと水素に分解し、この熱不安定性を利用して、半導体産業では半導体用の特殊材料ガスとして使用されています。

ゲルマンの性質

ゲルマンの融点は-165°C、沸点は-88°Cです。刺激臭のある無色の圧縮ガスです。水に溶けず、水と接触すると水素が発生します。常温では安定です。空気中では173°Cで発火します。280°C以上で分解して、ゲルマニウムと水素を生成して自然発火し、330°C以上で爆発します。

液体アンモニア溶液でゲルマンとアルカリ金属が反応すると、白色の結晶状固体であるMGeH3を生成可能です。GeH3の自由回転を伴って、カリウムやルビジウムの塩は、塩化ナトリウム型構造を取っています。

それに対してセシウム塩 (CsGeH3) は、ヨウ化タリウム型構造を取っています。ヨウ化タリウム型構造は、歪んだ塩化ナトリウム型構造です。

ゲルマンの構造

ゲルマンの化学式はGeH4と表されます。液体アンモニア中では、GeH3とNH4+に電離しています。

ゲルマンのモル質量は76.62g/mol、密度は3.3kg/m3です。ゲルマニウムの水素化物であり、メタンの炭素原子をゲルマニウムに変換した構造を持っています。メタンやシランと同様に、四面体型構造を取っています。

ゲルマンは、ゲルマニウムの水素化物であるGenH2n+2 (n = 1~5) の総称です。通常n = 1のGeH4を指しますが、n = 2以上はジゲルマン、トリゲルマンなどと呼ばれます。水素化物の水素原子をアルキル基などで置換した有機金属化合物も、ゲルマンと総称する場合もあります。

ゲルマンのその他情報

1. ゲルマンの合成法

工業的に多くの合成法が知られています。例えば化学還元法では、水や有機溶媒中で還元剤を用いて、金属ゲルマニウム、二酸化ゲルマニウム、四塩化ゲルマニウムのようなゲルマニウム化合物を還元します。実験室スケールでは、水素化物試薬によって、4価のゲルマニウムを還元可能です。

具体例として、水素化ホウ素ナトリウムとメタゲルマニウム酸ナトリウムの反応が挙げられます。電気化学的還元法では、カドミウムやモリブデンなどの金属を陽極に用いて、電解質水溶液に浸した金属ゲルマニウムの陰極に電圧をかけます。

陰極が反応して固体の酸化カドミウムや酸化モリブデンが生成し、陽極でゲルマンと水素ガスを生成可能です。プラズマ法では、高周波プラズマ源を使用します。水素原子を金属ゲルマニウムに衝突させると、ゲルマンやジゲルマンが得られます。

2. ゲルマンの関連化合物

GeH4以外にも、GenH2n+2 (n = 2~5) の化合物も知られています。Ge-Mg合金の加水分解やGeH4の放電によって、生成物を分離精製すると得られます。Ge2H6の分子量は151.27、融点は-109°C、沸点は29°C、-109°Cでの密度は1.98g/cm3であり、Ge3H8の分子量は225.89で、融点は-105.6°C、沸点は110.5°C、-105°Cでの密度は2.20g/cm3です。

Ge4H10の分子量は300.52、沸点は176.9°Cであり、Ge5H12の分子量は375.15、沸点は234°Cです。テトラアルキルゲルマンは、GeCl4にアルキルグリニャール試薬やジアルキル亜鉛を反応させると生成します。

例えば(CH3)4Geは、室温で無色の液体であり、融点は-88°C、沸点は43°Cです。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0577.html

グルタル酸

グルタル酸とは

グルタル酸とは、分子式がC5H8O4で表せるカルボン酸の1種です。

「ペンタン二酸」「1,3-プロパンジカルボン酸」とも呼ばれています。分子量は132.11 g/mol、融点は95~98 ℃、CAS登録番号は110-94-1です。ジカルボン酸のため、水に溶かすと比較的強い酸性を示します。

グルタル酸の使用用途

グルタル酸は溶解性が高く残留物が少ないため、はんだフラックスの調整やはんだペーストの製造に使用されています。また、ポリエステルポリオール、ポリアミドなどの有機合成原料としても有用です。グルタル酸には、ポリマーの弾性を低下させる作用があります。

そのほか、医薬品の中間体や無水グルタル酸・l-ケトグルタル酸・ペルオキシグルタル酸などの開始剤、香料、pH調整剤としても利用されています。

グルタル酸の性質

1. 物理的性質

グルタル酸は、白色もしくは薄い黄色の結晶性粉末です。水によく溶けて、アルコールやエーテル、クロロホルムにはよく溶けます。

グルタル酸の合成法は、1,3-ジブロモプロパンにシアン化ナトリウムを作用させてグルタロニトリル生成し、それを加水分解するという方法です。この反応は、まずシアン化物イオンを炭素に求核攻撃させてできるSN2反応から、シアン化物を加水分解するとカルボン酸が生成するという2つの反応を利用しています。

2. 生化学的性質

グルタル酸は、哺乳類ではリジン、ヒドロキシリジン、トリプトファンの中間代謝過程の異化反応により、中間体として生成されます。この過程でグルタル酸を生成するグルタリルCoA脱水素酵素が欠乏すると、グルタル酸血症I型という疾患となります。

この疾患は、アミノ酸の代謝が正常にできなくなることによってジストニア、ジスキネジア、尾状核や被殻の変性、前頭側頭葉萎縮、くも膜嚢胞といった重篤な症状を引き起こすものです。難病とされており、この疾患の生化学的なプロファイルは尿中のグルタル酸および2-ヒドロキシグルタル酸濃度の上昇なので、尿中、血漿中のグルタル酸はグルタル酸尿症1型の指標となります。

また、グルタル酸尿症2型という疾患もあります。この疾患は、ミトコンドリア内の電子伝達フラビン蛋白 (ETF) およびETF脱水素酵素 (ETFDH) の先天的欠損により生じる疾患です。ETFおよびETFDHは、ミトコンドリア内におけるβ酸化経路を含む複数の脱水素酵素反応によって生じる電子を電子伝達系に供給するため、酵素が欠乏すると代謝をうまく行えなくなります。その結果、新生児が発症すると、生後すぐからの重篤な心筋症や心不全、および非ケトン性低血糖などを示す症例が多くなっています。

グルタル酸のその他情報

1. 生体内のグルタミン酸誘導体

グルタル酸の2位の炭素の水素原子を1つアミノ基に置換することで、グルタミン酸になります。また、同じくグルタル酸の2位の炭素にカルボニル基が結合したものはα-ケトグルタル酸と呼ばれます。

α-ケトグルタル酸は、哺乳類の代謝経路の1つであるクエン酸回路の中間体として重要な役割を果たしている物質です。グルタミン酸などのアミノ酸の代謝経路でも、中間体としてα-ケトグルタル酸を経由します。

2. 工業的に使用されるグルタル酸誘導体

グルタル酸を還元剤で処理することによって生成するグルタルアルデヒドは、工業的によく使用される物質です。日本における輸入量は、平成19年度においておよそ100~1,000t/年未満です。

主な使用用途として、皮のなめし剤、紙プやラスチックなどへの定着剤、内視鏡や手術器具類などの殺菌消毒剤、クーリングタワー等の殺藻剤、畜鶏舎や養鶏用器具機材の殺菌消毒剤、レントゲン写真の現像液などが挙げられます。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0107-0054JGHEJP.pdf

クロロプレン

クロロプレンとは

クロロプレンは「2-クロロ-1,3-ブタジエン」と呼ばれるハロゲン原子を持つアルケンの1つです。刺激臭のある無色の液体です。水に溶けにくく、ジエチルエーテル、アセトン、ベンゼンによく溶けます。

毒物および劇物取締法の劇物に指定されています。また、消防法の危険物第4類・第一石油類の非水溶性液体に該当します。

クロロプレンは、特定の状況下で過酸化物を生成し、激しく重合するため、安定剤を添加し、低温下で保存されています。

クロロプレンの使用用途

クロロプレンの主な用途は、クロロプレンゴムの原料です。

クロロプレンゴムは、クロロプレンを乳化重合させることで得られる合成ゴムです。通称ネオプレンと呼ばれています。

通常のゴムは、二重結合の位置がシス体であるのに対して、クロロプレンゴムは、二重結合の置換基が反対側にあるトランス体です。

天然ゴムと比べて「耐候性」「耐油性」「耐熱性」「耐薬品性」「難燃性」「強接着性」に優れています。その性質から工業用ホース・コンベアベルト・接着剤・自動車内外装などに広く使用されています。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/126-99-8.html

クロロフェノール

クロロフェノールとは

モノクロロフェノールの構造

図1. モノクロロフェノールの構造

クロロフェノール (英: chlorophenol) とは、フェノール塩素が結合した芳香化合物です。

塩素原子の数によって、モノクロロフェノール、ジクロロフェノール、トリクロロフェノール、テトラクロロフェノール、ペンタクロロフェノールに分けられます。モノクロロフェノールには、o-クロロフェノール、m-クロロフェノール、p-クロロフェノールの3種類の異性体があります。位置異性を考慮するとクロロフェノールは合計19種類です。

ほとんどのクロロフェノールは室温で固体で、強い薬用の味と香りがあります。一般的に除草剤、殺虫剤、消毒剤として利用可能です。クロロフェノールは内分泌攪乱物質であり、甲状腺などに影響を与えるため、法律で規制されています。

クロロフェノールの使用用途

クロロフェノールは、農薬・医薬・染料の中間体として、主に利用されています。

  • o-クロロフェノールは、染料の中間体や農薬の原料として使われています。
  • m-クロロフェノールは、医薬や農薬の中間体、窒素含有繊維の染色、接着剤と耐熱性樹脂の原料に利用可能です。
  • p-クロロフェノールは、染料の中間体、殺菌剤、化粧品の防腐剤として使われています。以前は、繊維品や皮革品の防腐剤にも使用されていました。

クロロフェノールの性質

o-クロロフェノールは2-クロロフェノールや2-クロロ-1-ヒドロキシベンゼンとも呼ばれ、無色〜薄い赤色の液体です。水に溶けにくく、エタノールアセトンには非常によく溶けます。

m-クロロフェノールは3-クロロフェノールや3-クロロ-1-ヒドロキシベンゼンとも呼ばれ、無色〜黄褐色の液体です。水にはほとんど溶解せず、エタノールやアセトンにはよく溶けます。

p-クロロフェノールは4-クロロフェノールや4-クロロ-1-ヒドロキシベンゼンとも呼ばれ、白色〜薄い褐色の塊または液体です。特異臭があり、水には溶けにくく、エタノールにはよく溶けます。

クロロフェノールの構造

クロロフェノールは、共有結合した塩素原子を1つ以上含むフェノールの有機塩化物です。クロロフェノールは、塩素によるフェノールの求電子ハロゲン化によって生成します。

ヒドロキシ基が結合している炭素原子を除いて、フェノール分子のベンゼン環の5つの炭素原子に塩素原子が結合し、合計19種類のクロロフェノールが存在します。

フェノールの水素原子1つを塩素原子に置換したモノクロロフェノールは3種類です。

クロロフェノールのその他情報

1. ジクロロフェノールの構造

ジクロロフェノールの構造

図2. ジクロロフェノールの構造

ジクロロフェノールは、フェノールの持つ2つの水素原子を塩素原子に置換した化合物です。ジクロロフェノールには、2,3-ジクロロフェノール、2,4-ジクロロフェノール、2,5-ジクロロフェノール、2,6-ジクロロフェノール、3,4-ジクロロフェノール、3,5-ジクロロフェノールの6種類の異性体が存在します。

2. クロロフェノールのその他異性体

クロロフェノールの構造

図3. クロロフェノールの構造

トリクロロフェノールは、フェノールの持つ3つの水素原子を塩素原子に置換した化合物です。6種類の異性体が存在します。2,3,4-トリクロロフェノール、2,3,5-トリクロロフェノール、2,3,6-トリクロロフェノール、2,4,5-トリクロロフェノール、2,4,6-トリクロロフェノール、3,4,5-トリクロロフェノールです。

テトラクロロフェノールは、フェノールの持つ4つの水素原子を塩素原子に置換した化合物です。3種類の異性体が存在します。2,3,4,5-テトラクロロフェノール、2,3,4,6-テトラクロロフェノール、2,3,5,6-テトラクロロフェノールです。

ペンタクロロフェノールは、フェノールの持つ5つの水素原子を塩素原子に置換した化合物です。フェノールの5つの水素原子がすべて塩素原子に変わったため、ペンタクロロフェノールの構造は1種類しかありません。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0712.html

クロロスルホン酸

クロロスルホン酸とは

クロロスルホン酸 (英: Sulfuric chlorohydrin) とは、化学式 HSO3ClもしくはSO2Cl(OH)で表される無機化合物です。

「塩化スルホン酸」「クロロトリオオキソ硫酸水素」とも呼ばれています。式量は116.52 g/mol、融点は-80 °C、密度は1.753 g/cm3、CAS番号は7790-94-5です。常温常圧では無色から淡黄色の濁った油状の液体で、強い刺激臭があります。

クロロスルホン酸の使用用途

クロロスルホン酸の用途は、合成洗剤原料・医薬品・染料の原料などのスルホン化剤として使用されています。クロロスルホン酸はさまざまな用途があり、日本でも大量に消費されています。

1. 有機化学における反応剤

クロロスルホン酸は、主にスルホン化反応における反応剤として用いられます。スルホン化とは、有機化合物の水素原子をスルホ基に置換させる反応のことです。通常は硫酸または発煙硫酸、アセチル硫酸などを作用させて行いますが、クロロスルホン酸は特に反応しずらい化合物のスルホン化試薬として有用です。

その理由として、硫黄原子に結合している塩素原子がスルホン化反応では塩化物イオンとして脱離しますが、塩化物イオンが脱離基として非常に安定で優秀であるためこの置換反応は素早く進行するという点が挙げられます。

他にも、クロロスルホン酸を用いる方が価格が抑えられたり、硫酸を用いた激しいスルホン化反応ではさまざまな不必要な副生成物を生じてしまうため、それらの発生を抑えられたりすることも理由の1つです。ただし、反応性が非常に高く、その制御が必要になるというデメリットもあります。

多くの中性洗剤では、両末端にスルホ基と第4級アミンを持ち電荷的に中性となっているためスルホ基の導入は非常に重要です。また、多くの染料も分子中にスルホ基を持つものが多いです。そのため、このスルホン化反応は中性洗剤や染料などの製造において重要な工程であり、クロロスルホン酸は中性洗剤や染料の製造における原料となります。

2. その他

水と反応して塩酸と硫酸の白い煙を形成することから、軍事舞台で使用される煙幕の原料としても使用したり、 ステルス爆撃機のエンジン排気による飛行機雲の発生を抑えることを目的に、排気中の水分を吸着させるために排気中に散布したりします。

クロロスルホン酸の性質

クロロスルホン酸は反応性の高い物質で、水やエタノールと激しく反応します。特に水と激しく反応すると、分解して硫酸と塩酸を生じ、また、吸湿性が強く空気中で発煙します。

そのため、溶媒に溶かして使用する際には、求核性のない溶媒を選択することが大切です。クロロホルム、ジクロロメタン、 ピリジンには可溶ですが、二硫化炭素と四塩化炭素には不溶であることが知られています。

クロロスルホン酸のその他情報

1. クロロスルホン酸の合成法

クロロスルホン酸は、濃硫酸に対して五塩化リンを反応させることによって合成することができます。また、三酸化硫黄と塩酸を反応させる方法でも合成可能です。

2. クロロスルホン酸の危険性

クロロスルホン酸は、毒物および劇物取締法の劇物に該当します。腐食性が強く、皮膚に接触すると、激しい薬傷を生じるため、取り扱いには注意が必要です。皮膚だけでなく、目にも強い刺激性を持ち、さらに摂取してしまうと内臓にも大きなダメージを与えてしまいます。

触れてしまった場合には、すぐに大量の水で洗い流すことが重要です。飲み込んでしまった場合には、すぐに医師の処置を受ける必要があります。

また、空気中に放置すると空気中の水分と反応して危険な塩化水素や硫酸を生じ、特に塩化水素は揮発性が高いので保管する際には注意が必要です。取り扱う際には白衣や保護服、ゴム手袋及び保護メガネの着用が必須です。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/GHS_MSD_DET.aspx

クメン

クメンとは

クメンの基本物性

図1. クメンの構造と基本物性

クメンとは、ベンゼン環の水素原子のうち1つがイソプロピル基によって置換された構造を持つ芳香族有機化合物です。

別名キュメン、イソプロピルベンゼン、1-メチルエチルベンゼン、2-フェニルプロパンとも呼ばれます。化学式はC9H12で表されます。CAS番号は98-82-8です。

クメンは第二次世界大戦における航空機燃料の原料として大量生産の体制が整えられていました。クメンを酸化してクメンヒドロペルオキシドを得たのち、分解することによってアセトンとフェノールを得ることが可能と判明してからは、アセトンフェノールの工業的製法としてクメン法が用いられるようになりました。

クメンの使用用途

1. クメン法

クメン法

図2. クメン法

クメン法は、ベンゼンとプロペンを原料として、フェノールとアセトンを得る反応です。

酸性条件下でベンゼンにプロペンを置換させることによりクメンを得ます。次に、クメンに酸素を吹き込むことで、クメン中心の炭素原子が酸化され、クメンヒドロペルオキシドに変化します。クメンヒドロペルオキシドに硫酸を加えることで、ベンゼン環と炭素原子の間に酸素原子が挿入される形となり、酸素原子と炭素原子の間で分解が起きてアセトンとフェノールが得られます。

クメン法は常圧での酸化を利用して容易に反応を進行させることができます。溶媒やプラスチック原料として大量生産が必要なアセトンとフェノールを簡便に得られることから、広く利用されています。

2. プラスチック原料

クメンの実需の大部分はフェノールであり、クメンを原料として合成されたフェノールから、フェノール樹脂が製造されます。フェノール樹脂のビスフェノールAはポリカーボネートやエポキシ樹脂の原料として消費されます。

3. 燃料

燃料を燃焼させた際に得られるエネルギーを増加させる目的で、クメンを添加した航空向けの高オクタン価燃料が用いられています。

4. 溶剤

塗料やラッカー、シンナーの溶剤の一部に、少量のクメンが添加されている場合があります。

5. 過酸化物

クメンを酸化して得られるクメンヒドロペルオキシドのような過酸化物は、強力な酸化剤であり、還元性物質や可燃性物質と容易に反応して酸化させる作用を持っています。また、過酸化物を分解することでラジカルが発生し、高分子合成のラジカル重合における重合開始剤として使用されることがあります。

6. その他の原料

医薬品や香料の原料としてクメンが使用されています。

クメンの性質

クメンは、常温常圧で特異臭を持つ無色の液体です。融点は-96℃、沸点は152℃、比重は0.86です。エタノール、エチルエーテル、アセトン、ベンゼン、石油エーテル、四塩化炭素に可溶で、水には非常に溶けにくい性質を有します。

労働安全衛生法において「危険物・引火性のもの」、「名称等を表示・通知すべき有害物質」に指定されています。PRTR法で第1種指定化学物質、消防法で「第4類引火性液体」、「第二石油類非水溶性液体」に指定されています。

芳香族炭化水素であるため、他の炭化水素と同様に発がん性の可能性が指摘されています。また、高温や加圧下で分解すると爆発する危険性があります。このため、取り扱いには注意が必要です。

クメンのその他情報

クメンの合成

クメンの合成方法

図3. フリーデル・クラフツ反応によるクメンの合成

クメンの合成ではフリーデル・クラフツ反応が利用されます。フリーデル・クラフツ反応は、有機化合物の芳香族置換反応の一種であり、ハロゲン化アルキルやアシルハライドなどのエレクトロフィルを芳香族環に付加する反応です。具体的なクメンの合成方法は以下の通りです。

プロピレンとベンゼンを混合し、ルイス酸である塩化アルミニウムを触媒として加熱します。次に、塩化アルミニウムがプロピレンに結合し、プロピレンカチオンが生成します。ベンゼンがプロピレンカチオンに攻撃され、クメンが生成します。この反応混合物を水で加水分解し、クメンを取り出します。

この反応では、塩化アルミニウムがプロピレンカチオンを安定化させ、芳香族環に付加させることができます。フリーデル・クラフツ反応によるクメンの合成は、工業的な生産方法として広く利用されています。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0705.html

キノキサリン

キノキサリンとは

キノキサリンと異性体

図1. キノキサリンと異性体

キノキサリン (英: Quinoxaline) とは、化学式C8H6N2で表され、ベンゼン環とピラジン環が縮合した構造を持つ複素環化合物です。

別名はベンゾピラジンで、CAS登録番号は91-19-0です。異性体として、キナゾリン、シンノリン、フタラジンの3つの化合物があります。キノキサリンは、GHS分類において、いずれの分類にも該当しません。

また、法規制についても労働安全衛生法、労働基準法、PRTR法、毒物および劇物取締法においては、いずれも非該当です。

キノキサリンの使用用途

キノキサリンは、主に染料としての使用が一般的です。キノキサリンのような有機色素は、顔料としてはもちろんのこと、電子写真用感光体などを代表とする機能性材料としても注目されています。

そのほかの用途としては、医薬品や農薬の中間体、出発原料としての使用が挙げられます。種々の官能基を導入したキノキサリン骨格を有する化合物は、代謝過程で触媒的に働く金属イオンを捕獲し、酵素活性を阻害する作用があると考えられています。

この作用を応用し、キノキサリンは、殺菌剤、殺ダニ剤、抗生物質などに利用されている物質です。キノキサリンから合成される抗生物質には、エチノマイシン、レボマイシン、アクチノロイチンなどがあります。

キノキサリンの性質

キノキサリンの基本情報

図2. キノキサリンの基本情報

キノキサリンは、分子量130.15、融点29-32℃、沸点220-223℃であり、常温では白色若しくは黄色の結晶または塊です。

密度1.124g/mLであり、引火点98℃です。水や、エタノールに溶ける性質があります。

キノキサリンの種類

キノキサリンは、主に研究開発用試薬製品として販売されています。容量は25gなど、実験室で取り扱いやすい容量で提供されています。融点が低いため、0-10℃の冷蔵で保管されることが多い物質です。

キノキサリンのその他情報

1. キノキサリンの合成

キノキサリンの合成

図3. キノキサリンの合成例

キノキサリン骨格は、o-ジアミンとジケトンとの反応によって合成する方法が一般的に知られています。無置換のキノキサリンは、oフェニレンジアミングリオキサールとの反応で得ることが可能です。その他には、2-ヨードキシ安息香酸 (IBX) を触媒として、o-フェニレンジアミンとベンジルからキノキサリン誘導体を簡便に合成する反応も開発されています。

また、置換基を導入した出発物質を用いることで、種々の官能基を有するキノキサリン骨格を合成することもできます。例えば、ジケトンとしてα-ケト酸、α-クロロケトン、α-アルデヒドアルコールそしてα-ケトンアルコールなどを用いる方法があります。

2. キノキサリンの反応性

キノキサリンは、通常の保管条件では安定と考えられている物質です。ただし、可燃性有機物質及び製剤に概ね該当するとされています。微細に分散し、舞い上がった場合、粉じん爆発を起こす可能性が考えられます。混触危険物質は特に指定されていません。

3. キノキサリンの誘導体

キノキサリンの誘導体で市販されているものには、キノキサリン-2,3-ジチオール、キノキサリン-2,3-ジオール、キノキサリン-2-カルボキシアルデヒド、キノキサリン-5-オール、キノキサリン-6-カルボン酸メチル、カルボン酸-6-アミンなどがあります。どれも、研究開発用試薬製品として販売されている物質です。

4. キノキサリンの取扱い上の注意

キノキサリンは、GHS分類では特に指定を受けていない物質ですが、皮膚刺激や強い眼刺激などの危険性が指摘されており、取り扱いに注意が必要な物質です。

まず、適切な個人用保護具 (保護手袋/保護眼鏡/保護面を着用し、取扱い後は皮膚をよく洗うことが必要です。また、皮膚に付着した場合には多量の水で洗い、眼に入った場合には水で数分間注意深く洗う必要があります。

次にコンタクトレンズを着用していて容易に外せる場合は外し、その後も洗浄を続けることが必要です。

参考文献
https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/Q0020

キヌクリジン

キヌクリジンとは

キヌクリジン (英: quinuclidine) とは、化学式C7H13Nで表される複素環アミンです。

1,4-エタノピぺリジンとも呼ばれます。分子量は111.18、CAS番号は100-76-5、密度は1.025 g/cm3、融点は158℃です。

IUPAC名は1-アザビシクロ[2.2.2]オクタン1-azabicyclo[2.2.2]octane です。外観は無色~乳白色の固体であり、昇華性があります。天然物としては、アルカロイドとして有名なキニーネの骨格に含まれていることでも知られています。

キヌクリジンの使用用途

1. 出発物質

キヌクリジンの使用用途として、医薬品や機能性材料などの出発物質が挙げられます。天然物の中でキヌクリジン骨格が含まれているような物質も多く、代表的なものにマラリアの特効薬としても知られているキニーネが存在します。

キニーネは通常水溶性を上げるために塩酸キニーネや硫酸キニーネなどの塩の形で利用されており、マラリア原虫に特異的に毒性を示しますことが特徴です。マラリア原虫は赤血球中においてヘモグロビンを取り込み、栄養として利用しています。

しかし、ヘモグロビンを代謝する際に、マラリア原虫にとっては有毒なヘムが生成します。原虫はヘムポリメラーゼによってヘムを重合させ、無毒化することで毒性を回避しています。そこで、キニーネはこのヘムポリメラーゼを阻害することで、原虫に対して毒性を発揮するという説が有力です。

キニーネ以外にも、様々な生理活性を有するキヌクリジン骨格をもつ天然物は多数存在しています。近年では、それらの不斉合成が研究されており、キヌクリジンはこれらの物質を合成する際の出発物質として利用されています。

2. 触媒

前述した通り、キヌクリジンは強い求核性を持っていますが、この著しく高い求核性は触媒としての利用にも応用されています。具体的には、アルケンのアルデヒドに対する付加反応 (森田・ベイリス・ヒルマン反応) の触媒などとして使用されています。

また、キヌクリジン骨格は官能基化することによって不斉点を持たせられますが、その特徴を利用して不斉点を化合物に導入することが可能です。不斉合成触媒の創製という点においても、重要な構造となっています。

キヌクリジンの性質

1. 物理的性質

キヌクリジンは、特徴的な[2.2.2]ビシクロオクタン環をもち、有機化学的に興味深い構造をしています。平面性が低い構造をしていることから、通常のアミン化合物よりも溶解性が高くなる性質もあります。

2. 化学的性質

キヌクリジンの2位がカルボニル基に置換されたキヌクリドンは、アミドでありながら加水分解しやすく、カルボン酸とアミンの塩を作るなど通常のアミドとは違った性質を示します。通常のアミンは、N原子の非共有電子対がカルボニル炭素および酸素のπ軌道と共役しているためにカルボニル炭素の求電子性が低くなっています。

しかし、キヌクリジンの場合は立体的な環構造によって、非共有電子対がカルボニル炭素および酸素のπ軌道と共役できなくなっており、炭素の求電子性が比較的高くなっているため、水分子による求核攻撃を受けやすいことが理由です。

また、キヌクリジンは、通常のアミン化合物と比較すると求核性が非常に高くなっています。通常のアミンは、常に反転を行っているため非共有電子対が固定されていないのに対して、キヌクリジンは環構造によって固定されているためです。さらに、窒素原子周辺の立体障害が少ないことも求核性が強い理由として挙げられます。

キヌクリジンのその他情報

キヌクリジンの危険性

キヌクリジンは、GHS分類において急性毒性、皮膚腐食性/刺激性、眼刺激性に分類されています。ただし、法規制は「労働安全衛生法」「労働基準法」「PRTR法」「毒物および劇物取締法」においてはいずれも非該当です。

エチルアミン

エチルアミンとは

エチルアミンとは、化学式C2H7Nであらわされる有機化合物です。

モノエチルアミンとも呼ばれます。モル質量は45.08g/mol、融点は-80℃、沸点は16.6℃です。また、CAS番号は75-04-7です。

この物質の外観は無色の液体または気体であり、アンモニアに似た特異臭を有しています。ほとんどの有機溶媒に溶けて、アンモニアと同じように水に溶けると弱い塩基性を示します。

エチルアミンの使用用途

エチルアミンは、医薬品、染料、界面活性剤、塗料などのさまざまな物質の原料として、実験室スケールから工業用途にまで幅広く用いられています。常温では気体で存在することもあるので、水溶液の状態で使用されることが多いです。

1. バーチ還元

有機合成においては、出発原料としてはもちろんですが、特にバーチ還元 (ベンケサー還元) における1級アミンとしてよく用いられています。バーチ還元は、ナフタレンなどの芳香族化合物、や各種アルキン化合物などの不飽和化合物を還元 (水素化) する反応です。

この反応は、液体アミン化合物にナトリウムやリチウムなどの金属を溶かして作る試薬を用います。金属を溶かすと金属原子にアミンの非共有電子対が配位した構造を持つ錯イオンが生成し、同時に溶媒中に電子が生じます。

バーチ還元では、金属由来の電子が直接分子に作用するので、非常に安定した構造を持つベンゼン環の部分還元が可能な点で有用な反応です。また、芳香族化合物だけでなく、アルケンやアルキンなど通常の還元剤では還元することが難しい分子に対しても還元する方法として用いられてきました。

2. 求核剤

また、アミンは非常に強い求核性を持つため、酸クロリドと反応させてアミドを合成したり、置換反応を利用して分子に窒素原子を導入する場合に使用できます。ただし、通常の置換反応では必要以上に置換反応を起こしてしまう危険性が高いので、イミンを合成してから還元するなどの方法も検討しなければいけません。

特に、界面活性剤の中には長いアルキル鎖に第4級アミンが結合しているような構造を持っているものが存在し、そのような界面活性剤を合成する場合にもエチルアミンが使用されることがあります。

3. 錯体

また、アミンは非共有電子対を持つので、多くの金属や電子不足な原子と配位することができます。具体例として、三フッ化ホウ素と塩を形成させた構造である三フッ化ホウ素ものエチルアミンは、樹脂を合成する際の硬化促進剤として用いられています。

エチルアミンの性質

エチルアミンの製造方法として、ニトロエタンやアセトニトリルの還元で得る方法や、ヘキサメチレンテトラミン臭化エチルを反応させ、加水分解して得る方法などが挙げられます。また、工業的にはエチレンとアンモニアに適切な触媒を作用させる方法や、エタノールをアンモニアで置換する方法、アセトアルデヒドの還元的アミノ化などによっても合成することが可能です。

エチルアミンは、GHS分類において可燃性・引火性ガス、急性毒性、皮膚腐食性/刺激性、眼刺激性、特定標的臓器毒性 (単回・反復ばく露) に分類されます。皮膚や目に付着してしまった場合は、すぐに多量の水で洗い流さなければいけません。また、ゴム手袋や保護メガネをするなど、皮膚や目に付着しないように気を付ける必要があります。

エチルアミンの法規制は、名称等を表示・通知すべき危険物およびリスクアセスメントを実施すべき危険有害物、また消防法において第4類特殊引火物に指定されています。引火点が-17℃と非常に低いです。

エチルアミンのその他情報

ジエチルアミンとトリエチルアミン

窒素原子にさらに多くのエチル基が結合したジエチルアミンやトリエチルアミンも、同様の使用用途を持ちますが、これらは常温で液体なので扱いが簡単でよく用いられています。

ジエチルアミンは除草剤に使用されているので、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミンのうちで最も多くの量が使用されてきました。

参考文献
https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/compound/6341

エチル

エチルとは

化学物質の構造で、CH3-CH2-という構造をエチル基と呼びます。エチル基を持つ化学物質やエチル基そのものを指してエチルという場合があります。

エチル基は炭素数が2で多重結合を持たない構造で、多くの有機化合物に見られます。エチル基を持つ化学物質の名前には、初めや終わりに「エチル」が含まれています。例えば、CH3-COOHという化学式で表される酢酸とCH3-CH2-OHという化学式で表されるエタノールからなるエステルは、酢酸エチルと呼ばれます。

エチル基を持つ化学物質の中で最も基本的な構造を持つ物質はエタン(C2H6)です。

エチルの使用用途

エチルという名の付く化合物は非常に多く存在します。エチルアルコールやギ酸エチルなどがあります。

エチルアルコールは一般的にエタノールと呼ばれています。消毒用アルコールや有機溶媒、アルコール飲料の主成分などの用途で幅広く利用されています。

ギ酸エチルは果実臭を持つことが特徴で、その香りはパイナップルに似ていると言われています。そのため果実臭の香料として用いられています。またギ酸エチルは宇宙空間に存在していることが分かっており、宇宙飛行士が宇宙空間で感じている「宇宙の香り」はギ酸エチルによるものであると考えられています。