クロロアセトフェノン

クロロアセトフェノンとは

クロロアセトフェノンの位置異性体の構造

図1. クロロアセトフェノンの位置異性体の構造

クロロアセトフェノン (英: Chloroacetophenone) とは、分子式C8HClOで表される分子量154.59の有機化合物です。

2-クロロアセトフェノン、2′-クロロアセトフェノン、3′-クロロアセトフェノン、4′-クロロアセトフェノンなどの位置異性体が存在します。CAS登録番号は、 2-クロロアセトフェノン: 532-27-4、2′-クロロアセトフェノン: 2142-68-9、3′-クロロアセトフェノン: 99-02-5、4′-クロロアセトフェノン: 99-91-2です。

2-クロロアセトフェノンは、催涙剤の一種として用いられ、別名には、塩化フェナシル、CNガスなどの名称があります。

クロロアセトフェノンの使用用途

2-クロロアセトフェノンは、強力な催涙作用があります。このため、防犯グッズや化学兵器の分野において、催涙スプレーや催涙弾の原材料として使用されています。主に暴動鎮圧を目的として、1918年米国で開発されました。今日でも世界各国の警察が暴徒鎮圧用として使用しており、日本の警察も保有しているとされています。その他には、農薬、医薬等の中間体としての用途もあります。

4′-クロロアセトフェノンも 医薬・染料中間体として活用されており、こちらは2-クロロ体に比べて刺激性、催涙性が少ないとされています。

クロロアセトフェノンの性質

1. 2-クロロアセトフェノンの基本情報

2-クロロアセトフェノンの基本情報

図2. 2-クロロアセトフェノンの基本情報

2-クロロアセトフェノンは、融点54-59℃、沸点244~245℃であり、常温では白色の結晶固体です。リンゴの花のような匂いが特徴です。密度は、1.3g/mLであり、水への溶解度は1.64g/100mL (25℃) です。水に溶けにくく、エタノール、エーテル、ベンゼンに溶けやすい性質があります。

労働安全衛生法では、 名称等を通知すべき危険物及び有害物に指定されています。

2. 2-クロロアセトフェノンの合成

2-クロロアセトフェノンの合成

図3. 2-クロロアセトフェノンの合成

2-クロロアセトフェノンは、アセトフェノンと氷酢酸を混ぜて加熱攪拌し、生成物を冷却して塩素ガスを吹き込むことで合成できます。別の合成法には、ベンゼンとクロロアセチルクロリドを原料とし、塩化アルミニウムを触媒としてフリーデル・クラフツ反応により生成する方法があります。

3. 2-クロロアセトフェノンの催涙作用

クロロアセトフェノンは目、喉、および皮膚に対して強い刺激をもたらす物質です。視力のぼやけ、鼻、喉、皮膚の刺激および灼熱、および呼吸困難、焼き付くような胸部の痛み、目の痛みを引き起こす作用があります。

これらの効果は一時的であり一般的には30分程度で症状は治まりますが、角膜損傷や皮膚の化学火傷症状が起きる可能性もあります。

4. 4′-クロロアセトフェノンの基本情報

4′-クロロアセトフェノンは、融点20℃、沸点232℃であり、常温では淡い麦わら色の液体、もしくは白色の固体です。密度は1.190g/mLであり、エタノール及びエーテルに極めて溶けやすく、水にほとんど溶けません。2-クロロアセトフェノンに比べて催涙作用が弱いという特徴があります。

引火性が有り、引火点は90℃です。消防法では、第4類引火性液体、第三石油類非水溶性液体に指定されています。

クロロアセトフェノンの種類

クロロアセトフェノンは、前述の通り化合物としては2-クロロアセトフェノン、2′-クロロアセトフェノン、3′-クロロアセトフェノン、4′-クロロアセトフェノンなど、複数種類の位置異性体が存在します。

これらは、主に研究開発用試薬製品として販売されています。5g、25g、100g、500gなどの容量の種類があり、実験室で取り扱いやすい容量での提供です。また、重水素置換された2-クロロアセトフェノン-d5も販売されています。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0693.html

クロム酸ナトリウム

クロム酸ナトリウムとは

クロム酸ナトリウムの基本情報

図1. クロム酸ナトリウムの基本情報

クロム酸ナトリウム (Sodium chromate) とは、化学式 Na2CrO4で表される、無機化合物です。

六価クロム化合物の一種に分類されます。CAS登録番号は、7775-11-3です。分子量161.97、密度 2.7g/cm3、融点792℃であり、常温では黄色の結晶性固体若しくは結晶性粉末です。

結晶構造は斜方晶系結晶構造ですが、413℃以上では六方晶系になります。水に溶けやすく、エタノールにはほとんど溶けません。水への溶解度は0.53g/mL (20℃) です。強力な酸化作用があります。

他の六価クロム化合物と同様に発がん性を持ち、人体に対して有害です。毒物及び劇物取締法では劇物に指定されており、労働安全衛生法では、第2類特定化学物質に「クロム酸およびその塩」として指定されています。

クロム酸ナトリウムの使用用途

クロム酸ナトリウムの用途には、 塗料やインク、染色補助剤や顔料の製造、石油産業における防腐剤、木材防腐剤などがあります。鉄の防食剤にも用いられることがあり、軟鋼、ステンレス、カーボン、テフロン、ニトリルゴムとの耐蝕性に優れた物質です。医学分野では赤血球量の測定に使用されることもあります。

合成的観点の用途の一つは、各種クロム化合物の原料です。工業製品として利用される重クロム酸ナトリウム、重クロム酸カリウム、無水クロム酸、酸化クロム、塩基性硫酸クロムはクロム酸ナトリウムを経由して合成されます。また、強力な酸化力を持つことから、合成経路において酸化剤として使用されることもある物質です。

クロム酸ナトリウムの性質

1. クロム酸ナトリウムの合成方法

クロム酸ナトリウムの合成方法

図2. クロム酸ナトリウムの合成方法

クロム酸ナトリウムは、二クロム酸カリウムと水酸化ナトリウムの反応によって合成されます。その他には、酸化クロム (III)炭酸ナトリウムの混合物を酸素の存在下で加熱する方法でも合成することが可能です。

2. クロム酸ナトリウムの化学的性質

クロム酸ナトリウムの化学的性質

図3. クロム酸ナトリウムの化学的性質

クロム酸ナトリウムは吸湿性の固体であり、四、六、十水和物を形成します。通常市販されている水和物は、四水和物であることが多いです。

水溶液は弱塩基性を呈します。これは、クロム酸イオンの加水分解によるものです。また、水溶液を酸性にすると二クロム酸イオンを生じて黄色からオレンジ色に変化することが知られています。この二クロム酸イオンを生じた水溶液を硫酸を用いて更に酸性にすると、三酸化クロム (酸化クロム (IV) ) が生じます。これは、三酸化クロムの工業的製法の一つです。

不燃性で、それ自身は燃えないとされます。しかし、加熱により分解して、腐食性又は毒性の蒸気を発生する恐れがある物質です。

3. クロム酸ナトリウムの法規制情報

クロム酸ナトリウムは、有害な六価クロムの一種であることから、各種法令によって厳しく規制されています。毒物及び劇物取締法によるところでは、劇物の指定を受ける物質です。

労働安全衛生法では「クロム酸およびその塩」として、第2類特定化学物質に指定されており、労働基準法では、疾病化学物質に指定されています。化学物質排出把握管理促進法では、特定第1種指定化学物質に分類されている物質です。

クロム酸ナトリウムの種類

クロム酸ナトリウムは、主に研究開発用試薬として市場に流通しています。人体にも環境にも有害な物質であり、各種法令による規制を受けていることから、注意して取り扱うことが必要な物質です。クロム酸ナトリウムとしてそのまま販売される場合の他、四水和物として提供される場合があります。

製品には、5g , 25g , 100g , 500gなどの容量の種類があります。通常、プラスチックボトルなど、実験室で取り扱いやすい包装で提供されます。常温での輸送・保管が可能な試薬です。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/7775-11-3.html

クロム酸カリウム

クロム酸カリウムとは

クロム酸カリウムの基本情報

図1. クロム酸カリウムの基本情報

クロム酸カリウム (Potassium chromate) とは、化学式 K2CrO4で表される無機化合物です。

代表的な六価クロムの一種に分類されます。CAS登録番号は、7789-00-6です。分子量194.158、融点975℃、沸点1,000℃であり、常温では黄色の斜方系結晶または固体です。

水に溶ける (水への溶解度629g/L,20℃) 一方、エタノールには溶けにくい性質があります。密度は2.732g/cm3です。酸化剤であると同時に強い腐食性を示します。六価クロムであることから人体への毒性も高い物質です。取り込まれると肺がんや副鼻腔がんを発症するリスクがあります。これらの特徴から、毒物及び劇物取締法において、劇物であると指定されています。

クロム酸カリウムの使用用途

クロム酸カリウムの主な用途は、酸化剤や重金属イオンを分析するための試薬、繊維に染料を定着させるために使用する媒染剤、クロム酸塩の原料 (顔料など) です。また、なめし革の仕上げに使用され、革の耐熱性、染色性、断熱性を向上させる用途もあります。

分析試薬としての用途の例に、モール滴定法による銀イオンの検知があります。この滴定法は、クロム酸カリウムを指示薬として用い、赤色のクロム酸銀の沈殿が現れる点を終点とする分析方法です。

クロム酸カリウムの性質

1. クロム酸カリウムの合成方法

クロム酸カリウムの合成

図2. クロム酸カリウムの合成

クロム酸カリウムは、工業的には二クロム酸カリウムと炭酸カリウムから合成されます。二クロム酸カリウムの熱水溶液に炭酸カリウムをわずかに塩基性になるまで加え、濃縮放冷します。この工程によって、クロム酸カリウムを黄色の結晶として得ることが可能です。

尚、別の合成方法としては、水酸化カリウム三酸化クロムとを反応させる方法があります。

2. クロム酸カリウムの化学的性質

クロム酸カリウムの化学的性質

図3. クロム酸カリウムの化学的性質

クロム酸カリウムの固体は硫酸カリウムと類似の結晶構造であり、四面体型のクロム酸イオンが含まれ斜方晶系に属します。尚、格子定数はa = 5.92Å、b = 10.39Å、c = 7.68Åです。

熱を加えると赤色に変色する物質です。クロム酸カリウムの水溶液は、クロム酸イオンの加水分解によって弱塩基性を呈します。また、水溶液を酸性にすると二クロム酸イオンを生じて黄色からオレンジ色に変化することが知られています。

分析化学では、沈殿試薬として用いられる物質です。例えば、銀イオンと反応した場合は赤褐色のクロム酸銀を沈殿し、バリウムイオンと反応した場合には黄色のクロム酸バリウムを沈殿します。

3. クロム酸カリウムの法規制情報

クロム酸カリウムは、有害な六価クロムの一種であることから、各種法令によって厳しく規制されています。毒物及び劇物取締法によるところでは、劇物の指定を受ける物質です。

労働安全衛生法では「クロム酸およびその塩」として、第2類特定化学物質に指定されています。化学物質排出把握管理促進法では、第1種指定化学物質、特定第1種指定化学物質に分類されている物質です。

水質汚染した場合には環境に深刻な影響を与えるため、水質汚濁防止法での排出基準は2mg/L以下です。廃棄する際は「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」の特別管理産業廃棄物処理基準に従う必要があります。

クロム酸カリウムの種類

クロム酸カリウムは、主に研究開発用試薬として市場に流通しています。人体にも環境にも有害な物質であり、各種法令による規制を受けていることから、注意して取り扱うことが必要な物質です。

製品には、25g , 100g , 500g , 1kgなどの容量の種類がある他、2%水溶液などの製品もあります。通常、プラスチックボトルなど、実験室で取り扱いやすい包装で提供されます。常温での輸送・保管が可能な試薬です。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/7789-00-6.html

クエン酸鉄

クエン酸鉄とは

クエン酸鉄とは、クエン酸を酸化させて、鉄と塩を作ったものです。

酸化の程度によりクエン酸第一鉄とクエン酸第二鉄が存在します。鉄分は人間の身体にとって必須のミネラルであり、不足すると貧血の原因となります。人間は、主に食物から体内に鉄分を吸収しますが、その時の鉄分は「ヘム鉄」「非ヘム鉄」という状態で食物中に存在しています。

しかし、近年は鉄分を効率よく吸収するために非ヘム鉄の吸収を高めたキレート鉄の鉄分サプリが開発され、注目を集めています。キレート鉄は鉄分の吸収を高める効果があるアミノ酸やクエン酸と、非ヘム鉄を結合させることで作られます。キレート鉄の中でもクエン酸と結合させたクエン酸鉄は、比較的手頃に合成できることから注目されています。

クエン酸鉄の使用用途

クエン酸鉄の使用用途は主に下記の通りです。

1. 鉄欠乏性貧血などの治療薬としてのクエン酸鉄

クエン酸鉄は、赤血球の生成に必要な鉄を補給するために
鉄欠乏性貧血などの治療薬やサプリメントとして使用されています。鉄イオンの酸化数によって2価のクエン酸第一鉄と3価のクエン酸第二鉄があり、それぞれ体内での挙動や作用機序が異なります。

クエン酸第一鉄は消化器官から吸収されやすく、体内でリンを吸着した後も排出されにくいため、主に鉄欠乏性貧血の治療に用いられます。体内の鉄分を補い、ヘモグロビンの生成を促進することで貧血の改善を図ります。

2. 高リン酸血症の治療薬としてのクエン酸鉄

一方、クエン酸第二鉄は消化器官から吸収されづらく、リンを吸着した後も排出されやすいため、高リン酸血症の治療に使用されます。有機鉄が体内のリンの濃度を調整することで、慢性腎不全などの病気によって引き起こされる高リン酸血症を改善することができます。消化器官でリンを吸着したまま排泄させることを目的として、クエン酸鉄は高リン酸血症の治療に用いられます。

リン結合能が高いクエン酸第二鉄を主成分とする製剤は、消化器官内で食物由来のリン酸と結合し、リン酸鉄を生成します。リン酸鉄は水に溶けないため、体内で吸収されずに排泄されます。この作用を利用して、高リン血症の治療に用いられます。

以上のように、クエン酸鉄は鉄欠乏性貧血や高リン酸血症などの治療薬として、それぞれ異なる作用機序を持って使用されています。

3. 肥料としてのクエン酸鉄

鉄は植物の光合成や呼吸において重要な役割を果たす栄養素の一つです。しかし、土壌中に含まれる鉄は植物が吸収できない形で存在することが多く、植物は根から分泌されるクエン酸を使って鉄イオンと錯体を形成し、吸収しやすいクエン酸鉄として吸収することが知られています。

クエン酸を含む施肥を行うことで、栄養素不足の土壌での植物の生育を保つことが期待されます。実際にクエン酸の施用試験がいくつかの作物で行われ、栄養素不足の土壌での生育が改善されることが確認されています。これにより多くの作物が栽培でき、収穫量が増加することが期待されます。

クエン酸鉄の構造

クエン酸鉄の構造式

図1. クエン酸第一鉄の構造式

クエン酸第一鉄は、クエン酸イオンと2価の鉄イオンで構成された配位錯体です。配位結合とは一方の原子  (イオン) から他方の原子 (イオン) に電子を供給することによってできる結合で、共有結合の一種とみなされます。配位結合によって生じた化合物を総称して錯体といいます。

クエン酸鉄の錯体

図2. クエン酸鉄の錯体

クエン酸第二鉄はクエン酸イオンと3価の鉄イオンで構成された配位錯体です。クエン酸に含まれるヒドロキシ基 (水酸基) のいずれかが鉄イオンと結合してさまざまな配位錯体を形成します。クエン酸第一鉄の結晶は1種類の構造を持ちますが、クエン酸第二鉄の結晶は複数の形態をもちます。

クエン酸第二鉄の構造式

図3. クエン酸第二鉄の構造式

クエン酸鉄のその他情報

1.クエン酸鉄の安全性情報

クエン酸鉄は、一部の人に副作用を引き起こすことがあります。報告されている副作用には、食欲不振、悪心、嘔吐、発疹、かゆみ、光線過敏症などがあります。これらの症状が現れた場合は、すぐに担当医や薬剤師に相談することが大切です。。また、労働安全衛生法では「名称を表示及び通知すべき危険物及び有害物」とされています。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/KAG_DET.aspx?joho_no=29879

ギ酸メチル

ギ酸メチルとは

ギ酸メチルの基本情報

図1. ギ酸メチルの基本情報

ギ酸メチル (英: Methyl formate) とは、分子式 C2H4O2で表されるカルボン酸エステルに分類される有機化合物の一種です。

存在する最低分子量のカルボン酸エステルとして知られています。別名には、メタン酸メチル、メチルメタノアートなどの名称があります。CAS登録番号は、107-31-3です。

分子量は60.05、融点は-100℃、沸点は32.5℃であり、常温では揮発性の無色透明の液体です。エーテル様の甘い臭いを有しています。密度は、0.974g/mLです。ベンゼン、アセトン、エーテル等の有機溶剤とは自由に混合し、また水にも常温で約20%~30%溶解します。

ギ酸メチルの使用用途

ギ酸メチルの使用用途は、基礎化学品の合成原料、香料及び溶剤、鋳型及び中子製造時の硬化剤、発泡剤及びスプレー剤、一酸化炭素発生源などが挙げられます。

基礎化学品の合成原料としては、ギ酸、ホルムアミド、酢酸、DMF (N, N’-ジメチルホルムアミド) などの工業的合成に用いられている物質です。その高い蒸気圧を利用して、速乾剤として用いられる用途もあります。

歴史的には、分解反応を利用し、冷却材としても用いられてきた経緯があります。より安全な冷却材が開発されるまで、ギ酸メチルは、二酸化硫黄に代わって冷蔵庫用の冷却に使われていました。

更に、二次電池の非電解質溶媒として用いる用途も存在しています。ギ酸メチルを (メタ) アクリル基を持つ化合物と混合した非電解質溶媒として使用すると、高温での保管時における電池の厚さの増加を大きく抑制させることができます。

また、他の電解液添加剤と混合する場合であっても、その効果の相殺または低下が発生しないことが確認されており、ギ酸メチルは、蟻酸エチルとともに、新たな高機能二次電池の電解質溶媒として注目されている物質です。

ギ酸メチルの性質

1. ギ酸メチルの合成

ギ酸メチルの合成

 図2. ギ酸メチルの合成

ギ酸メチルの実験室的製法は、メタノールとギ酸の縮合反応です。工場など、大スケール合成では、強塩基の存在下でメタノールと一酸化炭素を反応させて合成されています。

2. ギ酸メチルの化学的性質

ギ酸メチルは、蒸気圧が高く (64kPa (20℃)) 、揮発しやすい物質です。また、引火点が-19℃と、引火しやすい特徴があります。

通常の取り扱い温度、圧力のもとでは安定ですが、強酸化剤とは反応し、火災や爆発の危険性をもたらす恐れがあります。保管に際しては、高温及び強酸化剤との混触を避けることが必要です。

3. ギ酸メチルの化学反応

ギ酸メチルの化学反応

図3. ギ酸メチルの化学反応

ギ酸メチルとアンモニアの化学反応により、ホルムアミドが合成できることが知られています。また、ギ酸メチルとジメチルアミンの化学反応では、DMF (N, N’-ジメチルホルムアミド) が生成します。

ギ酸メチルの種類

ギ酸メチルは、主に研究開発用試薬製品及び工業用化成品として販売されています。

研究開発用試薬製品には、100mL、500g、500mL、2Lなどの容量の種類があります。通常、常温で取り扱うことのできる試薬です。

工業用化成品は、ドラム缶やペール缶など工場で使用しやすい大型の荷姿で提供され、鋳物硬化剤やCO源などの用途で使用されています。

ギ酸メチルのその他情報

ギ酸メチルの有害性と法規制情報

ギ酸メチルは、前述の通り引火性が高い物質です。また、 ヒトに対しては、軽度の皮膚刺激・強い眼刺激・中枢神経の障害・視覚器の障害のおそれ・呼吸器への刺激のおそれなどの有害性が指摘されています。

これらの理由により、ギ酸メチルは、法律で取り扱いが規制されている物質です。消防法では、「第4類引火性液体、第一石油類非水溶性液体」に指定され、労働安全衛生法では「名称等を通知すべき有害物」に指定されています。取り扱いの際はこれらの法令を遵守して正しく使用することが必要です。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0703.html

ギ酸エチル

ギ酸エチルとは

ギ酸エチルの構造式

図1. ギ酸エチルの構造式

ギ酸エチルとは、カボン酸エステルに分類される有機化合物です。

天然物としてはパイナップルやラズベリーなどの果物、キャベツや酢、バター、ブランデーなどに含まれており、甘い果実臭を有しています。

化学式はC3H6O2で分子量は74.08の無色の液体です。沸点は54.3℃、引火点は-20℃です。消防法では第四類第一石油類に分類されており、空気と混合することで、爆発性の気体を生じさせます。エタノール一酸化炭素を、強塩基の存在する中で反応させることにより合成されます。

ギ酸エチルの使用用途

ギ酸エチルは、パイナップルなどの果実系香料やウィスキー、ラム酒、ブランデーなどの洋酒のフレーバーとして、様々な用途で用いられています。純粋なギ酸エチルのみを高濃度で嗅うぐ、スーッとする接着剤や除光液のような匂いに感じます。

しかし、低濃度になると、フルーツをカットした時に最初に感じる新鮮なフルーツに特有の甘い匂いに変わります。同じ成分でも濃度の高い低いによって香りの印象が変わることはよくあることです。

特殊な例として、宇宙船の船外での活動中に宇宙服にギ酸エチルが付着すると言われています。宇宙服に付着するギ酸エチルは、地球上での使用や製造にはほとんど関わりのない微量な量であり、宇宙空間での有機物の生成や宇宙船の燃料の燃焼などから発生する可能性があります。このような珍しい現象から、ギ酸エチルを含む宇宙空間の香りを再現した香水や、宇宙空間での活動をテーマにした商品が開発されています。

また、二次電池の非電解質溶媒として用いられる事例も存在します。ギ酸エチルが (メタ) アクリル基とを同時に有する化合物と混合された非電解質溶媒として使用されると、高温での保管時、電池の厚さ増を大きく減少させることができます。他の電解液添加剤と混合する場合であっても、その効果の相殺または低下が発生しないことが確認されており、蟻酸エチルはギ酸メチルとともに新たな高機能二次電池の電解質溶媒として注目されています。

ギ酸エチルの性質

1. 溶解性

ギ酸エチルは水に少し溶けます。エステル結合には極性があり、水分子と同様に分極している部分 (カルボキシル基) を持ちます。そのため、水分子との間に水素結合が形成されることで、水に少し溶けることができます。油となじみやすいエチル基を含むため、エタノール及びアセトンに極めて溶けやすい性質を持ちます。

2. 沸点が低い

ギ酸エチルの構造式

図2. ギ酸の水素結合

一般に、物質の沸点は分子量が大きいほど高くなります。これは、分子量が大きいほど分子間に働く分子間力が大きくなるからです。大きな分子間力を振り切って気化させるには大きなエネルギーを与える必要があります。

しかし、ギ酸がメタノールやエタノールとエステルを作った場合、分子量が増えているのにもかかわらず、ギ酸よりも沸点が高くなりがます。これは、ギ酸は互いに水素結合で結びつくのに対してギ酸エチル同士では水素結合を作らないためです。以下にギ酸とそのエステルの沸点を示します。

名称 化学式 分子量 沸点
ギ酸 HCOOH 46 101℃
ギ酸メチル HCOOCH3 60 32℃
ギ酸エチル HCOOC2H5 74 54℃

 

3. 特有の芳香がある

ギ酸エチルには特有の芳香があり、新鮮なフルーツに特有の甘い匂い香りがします。理由はギ酸エチルが天然に存在する果物に含まれているためで、例えばラズベリーやパイナップルなどの果物に含まれています。

ギ酸エチルのその他情報

1. ギ酸エチルの製造方法

ギ酸エチルの製造

図3. ギ酸エチルの製造

ギ酸とエタノールを混合し、触媒を加えるとエステル化によってギ酸エチルが生成します。触媒としては濃硫酸などの強酸が用いられます。この反応では硫酸からのH+が触媒として働くと同時に、生成する水が濃硫酸と水和して反応系から排除されるので、下の図の平衡がより右に移動します。

2.ギ酸エチルの安全性情報

ギ酸エチルの液体や蒸気には引火性があります。また、目や呼吸器に刺激を与える恐れがあります。消防法で「 第4類引火性液体」に、労働安全衛生法で「危険物・引火性の物」にそれぞれ指定されており、取り扱いには注意が必要です。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/109-94-4.html

キニーネ

キニーネとは

キニーネ(化学式C20H24N2O2) とは、ペルー原産のシンコナという木の樹皮に含まれるアルカロイドです。

アルカロイドとは、窒素を含んだ塩基性を示す天然由来の植物成分の総称です。キニーネはキニジンの立体異性体であり、別名キニンとも呼ばれます。

抗マラリア薬として知られるアルカロイドの1種であり、1600年代から使用されています。そのほか、フィラリア症やBabesiosis (バベシア症) の治療に有効です。また、昔から熱帯地域での飲料水の消毒や、飲料水中のアオミドロの除去にも使用されています。

キニーネは苦味を持ち、紫外線によって蛍光を発するのが特徴です。光に反応しやすいため、暗室保管する必要があります。抽出した化合物は、室温では白色の結晶性粉末として存在します。

キニーネの使用用途

キニーネは、主に抗マラリア薬として使用されます。マラリアとは、マラリア原虫と呼ばれるプラスモジウム属の寄生虫によって引き起こされる感染症であり、蚊を介して人に感染します。

キニーネは、このマラリア原虫に対し有毒であり、マラリア原虫が赤血球を溶解させる機能を防止し、症状を緩和する効果があります。また、フィラリア症やBabesiosis (バベシア症) の治療にも使用されます。その他、解熱および鎮痛作用、筋肉膜に直接作用する効果も備え、一般的な風邪の薬、夜行性脚のけいれんおよび筋緊張性の前天性障害の治療薬や、など医薬品分野で使用されることも多いです。

熱帯地域での飲料水の消毒や、アオミドロの除去も使用用途の1つとして挙げられます。また、キニーネは非常に苦味が強いことから、苦味付けや香料剤として使用されており、例えば海外においてはトニックウォーターの製造にも使われています。飲料水へのキニーネの添加には、食味のほかにも微生物の成長を防止する効果もあります。

キニーネの性質

キニーネは、カンザシノキ科の植物であるキナノキの樹皮から抽出されるアルカロイドです。分子式C20H24N2O2、分子量が324.43g/molで表される化合物で、塩基性環状分子であるキノリンの1種です。

キニーネの構造は、生理活性と密接に関連しており、マラリア原虫に対する抗生物質効果を持つことが報告されています。キニーネの構造を元に、後年クロロキンやメフロキンなどの人工的な抗マラリア薬が開発されました。

キニーネをはじめとするシナアルカロイドは、有機合成における立体選択的な反応の触媒として用いることが可能です。また、キニーネは一定の蛍光波長と高い蛍光量子収率を持つため、光化学における蛍光標準物質としても使用されます。

その吸収波長ピークは350nm付近で、蛍光波長ピークは460nm付近です。このときの蛍光は明るい青色を示します。蛍光量子収率は酸性溶液中で高く、0.1M硫酸溶液中でφ=0.58という高い蛍光性を示します。

キニーネのその他情報

キニーネの製造方法

キニーネは、天然物であるキナノキの樹皮から抽出されます。化学合成によるキニーネの製造については、これまでいくつかの報告がありますが、いずれも工程が複雑で天然資源からの単離に経済的な面で劣っています。

また、マラリア治療薬としては、より安全域が高く大量生産が可能な化学合成医薬品 (クロロキン、メフロキン、ハロキンなど) が開発されたため、キニーネを化学合成するメリットは失われています。

植物からの抽出方法は、以下のとおりです。

  1. キナノキ属の樹木から樹皮を採取する。
  2. 樹皮を乾燥させ、砕いて細かくする。
  3. 樹皮を水やアルコールに浸し、キニーネを抽出する。
  4. 抽出液を濾過し、濃縮する。
  5. 濃縮した液体をクロマトグラフィーにかけて、キニーネを純化する。

キニジン

キニジンとは

キニジン (英: Quinidine) とは、白色の結晶性粉末のアルカロイドの1種です。

IUPAC名は(S) – [ (2R,4S,5R) -5-ethenyl-1-azabicyclo [2.2.2] octan-2-yl] – (6-methoxyquinolin-4-yl) methanol で、別名として (+) -キニジン (英: (+) -Quinidine) やコンキニン (英: Conquinine) 、Pitayineとも呼ばれます。

化学式はC20H24N2O2で表され、分子量は324.42です。CAS登録番号は56-54-2です。

キニジンの使用用途

キニジンは、キナ属の樹皮から抽出されるアルカロイドです。

1. 医薬品分野

強力な抗不整脈作用を有しているため、古くから医薬品分野において心房および心室性不整脈の治療薬として使用されてきました。心筋では、細胞膜全体のナトリウムカリウムの流れを抑制することで、興奮性を減衰させます。この興奮の減衰効果により、心筋の不規則な収縮を抑制する効果が得られます。

2. 抗マラリア作用

寄生虫の酸性食液胞内でヘムポリマー (ヘマゾイン) と結合し、ヘムポリマーゼ酵素による重合を阻害することにより、主に赤血球内分裂薬として作用して抗マラリア活性を発揮します。しかし、単一投与は第一選択薬としては用いられず、ドキシサイクリンと併用、または他の薬剤が使用されます。

3. 禁忌

刺激伝導障害や重篤なうっ血性心不全、高カリウム血症の症状を持つ患者には禁忌のため、使用できません。他にも併用禁止薬が多数報告されています。

4. 化試薬

シャープレス不斉ジヒドロキシ化試薬のAD-mix-βには、キニジン誘導体がリガンドとして使用されています。

キニジンの性質

キニジンの融点は174°Cで、常温で固体です。メタノールに非常に溶けやすく、アルコールやエーテル、クロロホルムに溶け、石油エーテルには不溶です。

酸の強さを定量的に表すための指標の1つである酸解離定数 (pKa) は8.56となっています。なお、pKa が小さいほど強い酸であることを示します。

キニジンのその他情報

1. キニジンの製造法

現在、販売されているキニジンの多くは、キニーネの異性化により製造されています。天然からは、シナ属の抽出物よりキニーネを除去後、残った母液から得られます。水中やアルコール中で、再結晶による精製が可能です。

2. 法規情報

危険物船舶運送及び貯蔵規則にて、毒物類・毒物 (危規則第3条危険物告示別表第1) に指定されています。また、航空法にて、毒物類・毒物 (施行規則第194条危険物告示別表第1) に指定されています。

3. 取り扱い及び保管上の注意

取り扱う場合
強酸化剤との接触を避けます。局所排気装置であるドラフトチャンバー内で使用し、個人用保護具を着用します。

火災の場合
キニジンは不燃性で、それ自体が燃えることはありません。ただし、熱分解で窒素酸化物のガスを発生するおそれがあります。消火には水噴霧や泡消火剤、粉末消火剤、炭酸ガス、乾燥砂などを使用します。

皮膚に付着した場合
皮膚に付着しないよう注意が必要です。使用時は、必ず白衣や作業着などの保護衣や保護手袋を着用します。保護衣の袖は決して捲らず、皮膚が暴露しないようにします。

万が一皮膚に付着した場合は、石けんと大量の水で洗い流すことが重要です。衣類に付着した場合は、汚染された衣類をすべて脱いで隔離します。症状が続く場合は、医師の診療が必要です。

眼に入った場合
使用時は、必ず保護メガネまたはゴーグルを着用します。万が一眼に入った場合は、水で数分間注意深く洗います。コンタクトを着用している場合で簡単に外せるときは外し、しっかり洗浄します。ただちに、医師の診察が必要です。

保管する場合
保管する際は、遮光性のガラス製容器に入れて密閉します。直射日光を避け、換気がよく、なるべく涼しい場所は望ましいです。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0117-0011JGHEJP.pdf
https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/compound/Quinidin

キシレン

キシレンとは

キシレンとは、ベンゼンの水素2個がメチル基に置換された有機化合物です。

別名としてキシロール、ジメチルベンゼン、メチルトルエンとも呼ばれます。

キシレンの使用用途

キシレンは、メチル基が置換されている場所が異なるp-キシレン、o-キシレン、m-キシレンの3つがあり、それぞれ使用用途が異なります。異性体の分離前の混合物である混合キシレンも、工業的に使用されています。なお、混合キシレンには3つのキシレン異性体の他にエチルベンゼンが多く含まれます。

混合キシレンは、異性体分離によりp-キシレン、o-キシレン、m-キシレン、エチルベンゼンの原料になる以外にも、塗料、農薬、医薬品などの溶剤や、油脂洗浄用の溶剤などに使用されています。また各異性体は次のような様々な化学品の合成原料になります。

1. p-キシレン

別名で1,4-ジメチルベンゼンとも呼びます。p-キシレンは主にテレフタル酸やジメチルテレフタル酸の原料として使用されます。テレフタル酸、ジメチルテレフタル酸はポリエチレンテレフタレート (PET) 、p-トルイル酸の原料になります。

2. o-キシレン

別名で1,2-ジメチルベンゼンとも呼びます。o-キシレンは主に無水フタル酸の原料として使用されます。無水フタル酸はジオクチルフタレート、ジブチルフタレートなどの可塑剤の原料や、ジアリルフタレート、アルキド樹脂、o-フタロジニトリル、キシレノール、キシリジンなどの原料になります。

3. m-キシレン

別名で1,3-ジメチルベンゼンとも呼びます。m-キシレンは主にイソフタル酸の原料として使用されます。これはポリエステルの原料です。その他、メタキシレンジアミン、キシレン樹脂などの原料にもなります。

キシレンの特徴

キシレンは、構造がよく似たトルエンと同様、インク剤のような特有の香りをもつ無色透明の液体です。工業的に量産される場合は、石油の改質油から抽出されており、引火性が高いという特性を持ちます。

また、キシレンは揮発速度も速く気体になったものを吸入することによって神経系に影響をおよぼすことが報告されているため、使用時は注意が必要です。p-キシレン、o-キシレン、m-キシレンの3つの異性体は、外観や臭い、危険性について差はありませんが、分子構造の違いから物性が異なっています。

特に融点は大きな違いがあり、p-キシレンが13.3℃、o-キシレンが-25.2℃、m-キシレンが-47.9℃です。沸点についても融点ほどではありませんが、o-キシレンが144.4℃とp-キシレンが138.4℃、m-キシレンが139.1℃と、o-キシレンが少し高いため蒸留により分離精製することが可能です。

キシレンのその他情報

キシレンの製造方法

工業用の混合キシレンから、p-キシレン、o-キシレン、m-キシレンの3つの異性体とエチルベンゼンを分離する方法は以下の通りです。

1. o-キシレン
混合キシレンから蒸留により回収されます。o-キシレンは混合キシレン中に20%含まれますが、他との沸点差が大きいので、精密蒸留によって分離することが可能です。精密蒸留によりエチルベンゼン、p-キシレンとm-キシレンの混合物、o-キシレンに分離することができます。

2. p-キシレン
混合キシレンからエチルベンゼン、o-キシレンを分離した後のp-キシレンとm-キシレンの混合物を深冷分離法により分離します。両者の沸点差は1℃以内と近接しているため、蒸留による分離は困難ですが、融点が約60℃の差があります。このため深冷により分離が可能です。しかし、超低温まで冷却する必要があるためエネルギー効率が悪い点と、p-キシレンの収率が低いという欠点があります。

3. m-キシレン
混合キシレンからエチルベンゼン、o-キシレンとp-キシレンを除去した残りがm-キシレンですが、p-キシレンの深冷分離法による収率が低いため、純度が低いという問題があります。このためm-キシレンとのみ選択的に反応する付加物を作り回収するという方法が用いられます。回収後の付加物を水素で分解することで純度の高いm-キシレンを回収できます。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0016.html

カナマイシン

カナマイシンとは

カナマイシン (英:Kanamycin) とは、アミノグリコシド系の抗生物質で、日本で最初に発見された抗生物質です。

カナマイシンは主に、抗生物質として感染性腸炎の治療に用いられるほか、試験用試薬として使用されています。カナマイシンは、1956年に梅澤濱夫らによって長野県で採取された土壌サンプル中の菌から発見されました。

人工的な全合成も可能ですが、工業的な大量合成には向かないため、工業生産には微生物を用いた生合成が一般的です。

カナマイシンの使用用途

カナマイシンの主な使用用途は、医薬品 (抗生物質) や試験用試薬です。カナマイシンは、細菌のタンパク質合成の阻害効果やグラム陽性菌およびグラム陰性菌の発育の阻害効果を持ち、これらの効果によって抗菌作用の発揮が可能です。

特に、赤痢菌や大腸菌、腸内ビブリオ等に対して高い活性を示すため、ヒトの感染性腸炎の経口薬として用いられています。また、牛、豚、鶏、犬などの大腸菌、サルモネラ等による感染症 (肺炎、気管支炎、細菌性下痢症等) の治療のため、注射剤、飼料添加剤、乳房注入剤等として使用されます。

試験用試薬としては、薬剤耐性因子の研究用試薬や培養液添加剤、遺伝子工学用試薬、遺伝子クローニング試薬等、食品分析用試薬に利用可能です。

カナマイシンの性質

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図1. カナマイシンの構造

医薬品として使われるカナマイシンは、CAS番号25389-94-0、分子式C18H36N4O11・H2SO4、分子量582.58の有機化合物です。カナマイシンは白色~わずかに薄い黄色の粉末で、水に良く溶けるという性質を持ちます。エタノールやエーテルにはほとんど溶けません。

一般的にカナマイシンと言う場合は、医薬品を指します。医薬品としてのカナマイシンの別名は、カナマイシン一硫酸塩、硫酸カナマイシンなどがあります。試験用試薬として扱う場合のカナマイシンの名称は「カナマイシン一硫酸塩」で、CAS番号25389-94-0の有機化合物です。

また、化合物中の硫酸分子の数が一分子ではない場合 (分子式: C18H36N4O11・nH2SO4) は、化合物名は「カナマイシン硫酸塩」となります。この場合、CAS番号は133-92-6です。カナマイシン硫酸塩とカナマイシン一硫酸塩の試薬としての効果や用途は、ほぼ同じと言えます。しかし、実験内容によって使い分ける必要がある場合は混合しないように注意が必要です。

各試薬メーカーからカナマイシン一硫酸塩およびカナマイシン硫酸塩が市販されていますが、購入前と使用前に必ず化合物名・CAS番号・分子量を確認してください。

カナマイシンのその他情報

1. 天然化合物としてのカナマイシン類

カナマイシン類

図2. カナマイシン類

硫酸塩ではない、天然化合物のカナマイシン類を試験用試薬として使用する場合も、名称に注意が必要です。末端置換基の違いによって、カナマイシンA、カナマイシンB、カナマイシンC、カナマイシンD等の固有の化合物名がつけられています。

なお、カナマイシン一硫酸塩およびカナマイシン硫酸塩の原料として用いられているカナマイシン類は、主にカナマイシンAです。試薬によっては5%程度のカナマイシンBを含む場合もあります。

2. カナマイシンの安定性

溶液は非常に安定で、5℃で保存した場合、2日間は力価が変化しません。粉末試薬および水溶液が市販されており、どちらも冷蔵条件での保管が推奨されています。また、カナマイシンは光により変質するおそれがあります。

3. カナマイシンの有害性

カナマイシンは医薬品として使用されている化合物であり、人体に対する危険性や有害性は低いといえます。しかし、試薬として使用する際には、保護メガネや保護手袋等の個人用保護具の着用が推奨されているため、注意が必要です。

4. カナマイシンの使用上の注意

カナマイシンは強酸化剤との混合によって分解する可能性があります。そのため、強酸化剤はカナマイシンの混触危険物質に指定されています。

カナマイシンを廃棄処分する場合は、汚染された排水が環境に排出されないように注意する必要があります。専門の廃棄物処理業者に依頼するなどして適切に処分してください。

参考文献
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000188692.pdf