塩素酸ナトリウム

塩素酸ナトリウムとは

塩素酸ナトリウムの基本情報

図1. 塩素酸ナトリウムの基本情報

塩素酸ナトリウムとは、塩素酸のナトリウム塩です。

塩素酸ソーダとも呼ばれています。潮解性がある無色の結晶です。有機物のような可燃性物質が混入することで、爆発する恐れがあります。

また、消防法では「第1類危険物」に、毒劇物取締法では「劇物」「発火性または爆発物のある劇物」に、労働安全衛生法では「危険物・酸化性の物」に、それぞれ指定されており、取り扱いには注意が必要です。 

塩素酸ナトリウムの使用用途

塩素酸ナトリウムは、重要な工業薬品であり、二酸化塩素・亜塩素酸塩・過塩素酸塩の製造原料として用いられています。二酸化塩素はパルプの漂白剤として、亜塩素酸ナトリウムは繊維漂白剤として利用可能です。

また、単体でも優れた非選択性除草剤として利用されています。さらに、酸化剤として、染色や電解加工などの他、ウラン鉱からの酸性浸出にも用いられています。

その他にも、塩素酸ナトリウムは、「マッチ」「花火」「爆薬」「殺虫剤」「印刷インキ」「染料」「化粧品原料」「織物加工」「製紙」「皮なめし」などに使用可能です。 

塩素酸ナトリウムの性質

塩素酸ナトリウムは、きわめて水に溶けやすいです。水溶液は中性で、強酸と反応すると二酸化塩素を放出します。

光で分解するため、褐色の瓶に密栓して保管するか、冷暗所に保管する必要があります。

融点は248℃です。酸性溶液中では強い酸化剤となり、300℃以上で酸素を放って分解します。有機物、金属粉、硫黄が混じると、加熱や摩擦衝撃などで爆発します。

塩素酸ナトリウムの構造

塩素酸ナトリウムは無色無臭の結晶です。化学式はNaClO3、モル質量は106.44で、密度は2.5です。構造は+5価の塩素原子が3個の酸素原子を持った形を取っています。

塩素酸ナトリウムのその他情報

1. 塩素酸ナトリウムの合成法

塩素酸ナトリウムは、水酸化ナトリウムの熱溶液に塩素を吹き込んで酸化することによって生成します。工業的に主流の方法は、塩化ナトリウム飽和溶液の電気分解です。

ただし、電気分解の際に、食塩水電解用の寸法安定性電極のほか、耐酸化性のある白金、黒鉛、二酸化鉛などが陽極に必要です。pHや温度も重要で、高pHや低温条件では次亜塩素酸ナトリウム (NaClO) が生成します。

実験室では、次亜塩素酸ナトリウム (NaClO) の不均化でも、塩素酸ナトリウムが得られます。ナトリウム塩とさらし粉を反応させ、加熱することによって生成可能です。いずれの反応においても、収率には水溶液のpHが大きく影響を与えます。

2. 塩素酸塩の特徴

塩素酸塩の構造

図2. 塩素酸塩の構造

塩素酸ナトリウムは、ナトリウムと塩素酸 (英: chloric acid) の塩です。塩素酸とは、塩素のオキソ酸の1種であり、化学式はHClO3です。

塩素酸の塩には塩素酸ナトリウム以外にも、塩素酸カリウム (英: potassium chlorate) などがよく知られています。塩素酸カリウムの化学式はKClO3です。

3. 塩素酸ナトリウムの関連化合物

塩素酸ナトリウムの関連化合物の構造

図3. 塩素酸ナトリウムの関連化合物の構造

塩素のオキソ酸には塩素酸以外にも、次亜塩素酸、亜塩素酸、過塩素酸があります。そのため、塩素酸塩だけでなく、次亜塩素酸塩や亜塩素酸塩、過塩素酸塩が存在します。

次亜塩素酸の化学式はHClOであり、塩素の酸化数は+1です。酸素原子に水素原子と塩素原子が結合した構造を取っています。亜塩素酸の化学式はHClO2であり、塩素の酸化数は+3です。

塩素原子がヒドロキシ基と酸素原子が1つずつ持っています。過塩素酸の化学式はHClO4であり、塩素の酸化数は+7です。1個のヒドロキシ基と3個のオキソ基が塩素原子に結びついた構造を取っています。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/1145.html

二酸化硫黄

二酸化硫黄とは

二酸化硫黄 (英: Sulfur dioxide) とは、硫黄と酸素の化合物で、刺激臭のある無色の気体です。

化学式はSO2、分子量は64.07、CAS登録番号は7446-09-5です。二酸化硫黄は、別名、亜硫酸ガスや無水亜硫酸とも呼ばれ、天然では、火山ガスや鉱泉中に少量含まれています。

二酸化硫黄の構造

二酸化硫黄は、C2v対称の折れ線形の構造をしています。分子軌道法の点から見ると、多くの電子対が結合に関与する超原子価化合物の一種であると言われていましたが、実際にはオゾンに似た比較的単純な結合構造であることが判明しています。硫黄と酸素の結合距離は約143pmで、折れ線構造のなす角度は約119°です。

二酸化硫黄の性質

1. 物理的特性

二酸化硫黄は、融点が-75.5℃、沸点が-10℃、液体時の比重が1.4です。二酸化硫黄は、水に溶けやすく、アセトンエタノール・四塩化炭素・ベンゼンメタノール・酢酸エーテル・クロロホルムに可溶です。二酸化硫黄には、酸化剤としても還元剤としても作用するという特徴があります。

2. その他の特徴

二酸化硫黄は、腐食性の強い有毒物質であり、緑青のように、各種の金属表面を腐食します。製錬所や石油・石炭等を燃料に使う工場の排煙などには、かなりの量の二酸化硫黄が含まれており、都市空気の汚染源や酸性雨の要因として注目されています。

二酸化硫黄の使用用途

1. 食品添加物

二酸化硫黄は、抗菌作用をもつ性質を活かし、酒やドライフルーツの保存料、漂白剤、酸化防止剤として利用されています。ドライフルーツには独特の風味がありますが、二酸化硫黄もその一因となっていることがあります。ワイン中にもppm単位で存在していて、抗菌剤や酸化防止剤の役割を果たし、雑菌の繁殖や酸化を防ぎ、酸性度を一定に保つ手助けをしています。

2. 溶媒

液体の二酸化硫黄は、非水溶媒として、多くの無機化合物や有機化合物を溶かすため、核磁気共鳴の研究や各種の合成などに用いられています。また、高純度の二酸化硫黄は、液化二酸化硫黄として、ボンベに入れて市販されています。

3. 漂白剤

二酸化硫黄は、強い還元作用をもっているため、パルプ等の漂白剤・殺菌剤などにも利用されています。水の存在下で還元的な脱色作用を示すため、紙や衣服などの漂白剤として用いられますが、空気中の酸素による再酸化のため、長く続く漂白作用ではありません。

4. その他

二酸化硫黄は、その他にも、硫酸や亜硫酸ナトリウム等を製造する際の原料として使用されています。殺虫剤や還元剤、農薬、医薬品、石油精製などにも用いられています。

二酸化硫黄のその他情報

1. 二酸化硫黄の製法

二酸化硫黄は、固体亜硫酸塩を硫酸で分解するといった方法や、と濃硫酸を熱反応させるという方法によって発生します。また、工業的には、硫黄・硫化水素・黄鉄鉱等の金属硫化物を燃焼することで製造されています。セメント製造時には、無水硫酸カルシウムをコークスと加熱してけい酸カルシウムを生成しますが、副生成物として二酸化硫黄が発生します。

2. 法規情報

二酸化硫黄は、労働安全衛生法では名称等を通知すべき危険物及び有害物に、労働基準法では疾病化学物質にそれぞれ指定されており、取り扱いには注意が必要です。 

3. 取扱いおよび保管上の注意

取扱い及び保管上の注意は、下記の通りです。

  • 保管容器は、換気の良い40℃以下の場所で保管する。
  • 使用後は、容器のバルブを完全に閉め、口金キャップと保護キャップを付ける。
  • 水分があると、アルミニウムやスチールなど多くの金属を侵すため、接触を避ける。
  • 液状ではプラスチックやゴムを侵すため、接触を避ける。
  • 屋外や換気の良い区域のみで使用する。
  • 使用時は保護手袋、保護眼鏡を着用する。
  • 取扱い後はよく手を洗浄する。
  • 皮膚に付着した場合は、石鹸と水で洗い流す。
  • 眼に入った場合は、水で数分間注意深く洗う。
  • 蒸気は呼吸器を刺激し、咳や気管支炎などを引き起こすので、吸入を避ける。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0872.html

乳酸エチル

乳酸エチルとは

乳酸エチルの構造式

図1. 乳酸エチルの構造式

乳酸エチルとは、乳酸エタノールのエステルで特異臭をもった無色透明の液体です。

別名エチルラクテートとも呼ばれます。天然では、鶏肉や果実類、味噌などにも微量ながら含まれています。乳酸エチルは、その乳酸構造内に不正炭素原子をもつため、「L-体」「D-体」という光学異性体が存在します。分子中に水酸基とエステル基を有しており、水やほとんどの溶剤と自由に混ざりあいます。また、天然及び合成樹脂、合成繊維類等に対して、極めて大きな溶解力を有しています。

消防法で「危険物第4類」に、労働安全衛生法で「危険物・引火性の物」にそれぞれ指定されており、取り扱いには注意が必要です。 

乳酸エチルの使用用途

乳酸エチルには生分解性があり、作業環境や漏出時の環境負荷が極めて少ないため、有機溶剤として広く使用されています。また、乳酸エチルには、沸点が高く、揮発性が低いといった特徴があることから、インキやポリマー溶剤としても用いられています。

その他にも「半導体製造用のレジスト溶剤」「液晶パネル製造工程時の洗浄用」「香料としての添加物」「香水の原料」「殺虫剤・農薬等の原料」「土壌改良剤」など、幅広い分野で利用されています。D-乳酸エチルは、医薬・農薬の原料として使用される他、光学活性でD−体の骨格が必要な化合物の原料としても使用されています。 

乳酸エチルの性質

1. 溶解性

乳酸エチルは水にも有機溶媒にもよく溶けます。エステル結合には極性があり、親水基として働きます。また、乳酸由来の水酸基も水とよくなじむ性質があります。油となじみやすいエチル基を含むため、有機溶媒にもよく溶けます。

2. 沸点が高い

乳酸エチルの水素結合

図2. 乳酸エチルの水素結合

一般に、物質の沸点は分子量が大きいほど高くなります。これは、分子量が大きいほど分子間に働く分子間力が大きくなるからです。大きな分子間力を振り切って気化させるには大きなエネルギーを与える必要があります。

乳酸エチルは乳酸よりも分子量が大きく、沸点が高くなっています。しかし、他のカルボン酸がメタノールやエタノールとエステルを作った場合、分子量が増えているのにもかかわらず、元のカルボン酸よりも沸点が高くなる傾向があります。これは乳酸エチルはカルボン酸と同じように分子間で強い水素結合をつくるのに対して、他のエステルは水素結合を作らないためです。

名称 化学式 分子量 沸点
乳酸 CH3CH(OH)COOH 90 122℃
乳酸メチル CH3CH(OH)COOCH3 104 144℃
乳酸エチル CH3CH(OH)COOC2H5 118 154℃
酢酸 CH3COOH 60 118℃
酢酸メチル CH3COOCH3 74 56℃
酢酸エチル CH3COOC2H 88 77℃

 

3. 特有の芳香がある

乳酸エチルには特有の芳香があり、果実や乳製品あるいはナッツのような香りがします。気化した乳酸エチルの分子は空気中を拡散して鼻の粘膜にある嗅細胞に到達します。分子の形と大きさによって嗅受容体との相互作用の仕方が異なるので、特有の香りを感じるのです。

清酒や焼酎などの酒類の中にも乳酸エチルが含まれていることが知られており、香気の指標として使われています。醸造の際に使用される酵母の中に乳酸菌が含まれているため、乳酸菌が排出する乳酸とアルコール発酵でできるエタノールが反応して乳酸エチルが生成されます。

4. 有機溶媒として安全性が高い

石油を原料とする有機溶媒には人体や環境に有害な有機化合物が多く含まれています。これらに比べて乳酸エチルは毒性が小さく、微生物によって分解されて最終的には二酸化炭素と水になって自然に還ります。このように乳酸エチルは環境負荷の小さい「グリーンソルベント」として注目されています。

乳酸エチルのその他情報

1. 乳酸エチルの製造方法

乳酸エチルの製造

図3. 乳酸エチルの製造

乳酸とエタノールを混合し、触媒を加えるとエステル化によって乳酸エチルが生成します。触媒としては濃硫酸などの強酸が用いられます。この反応では硫酸からのH+が触媒として働くと同時に、生成する水が濃硫酸と水和して反応系から排除されるので、下の図の平衡がより右に移動します。

2. 乳酸エチルの安全性情報

乳酸エチルは、有機溶媒の中では比較的毒性が小さいですが、液体や蒸気には引火性があります。また、目や呼吸器に刺激を与える恐れがあります。消防法で「危険物第4類」に、労働安全衛生法で「危険物・引火性の物」にそれぞれ指定されており、取り扱いには注意が必要です。 

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0105-0380JGHEJP.pdf

三塩化ホウ素

三塩化ホウ素とは

三塩化ホウ素の基本情報

図1. 三塩化ホウ素の基本情報

三塩化ホウ素とは、1つのホウ素 (B) 原子と3つの塩素 (Cl) 原子が結合した無機化合物です。

三塩化ホウ素の化学式は、BCl3と表されます。常温常圧では、無色のガスとして存在します。刺激臭を有する不燃性の毒性ガスで、引火点や発火点はありません。

ホウ素とハロゲンの反応によって、対応する三ハロゲン化ホウ素が得られます。工業的に三塩化ホウ素は、炭素の存在下で、500°Cで酸化ホウ素を塩素化して製造されます。実験室では、塩化アルミニウムと三フッ化ホウ素のハロゲン交換反応によって合成可能です。

三塩化ホウ素の使用用途

主に三塩化ホウ素は、各種半導体内部や液晶パネル内部などの、微細アルミニウム配線のドライエッチングガスとして用いられます。

そのほか、農薬・医薬用化学品の原料、各種触媒の原料、窒化ホウ素 (BN) の原料として利用されています。化学気相成長法 (英: Chemical Vaper Deposition) を用いた各種CVD製品の原料にも使用可能です。

とくに半導体向けのドライエッチングガスでは、微細な配線を加工するため、非常に高純度な三塩化ホウ素エッチングガスが求められます。

三塩化ホウ素の性質

三塩化ホウ素の加水分解

図2. 三塩化ホウ素の加水分解

三塩化ホウ素の融点は−107.3°C、沸点は12.5°Cです。エーテルに溶けます。加水分解によって塩酸とホウ酸になり、アルコールと反応してホウ酸エステルを与えます。

三塩化ホウ素は湿気やアルコールで塩化水素が生じるため、取り扱いには注意が必要です。固体のBCl3・S(CH3)2はBCl3を放出するため、比較的安全で扱いやすい三塩化ホウ素の供給源として使用可能です。ただしH2OによってBCl3が分解し、溶液中にS(CH3)2が残ります。

三塩化ホウ素の構造

三塩化ホウ素の反応

図3. 三塩化ホウ素の反応

三塩化ホウ素の分子量は117.17で、0°Cでの密度は1.43です。六方晶系結晶を形成し、気体分子の形は平面三角形です。

三塩化ホウ素は強いルイス酸であり、第三級アミン、ハロゲン化物イオン、エーテル、チオエーテル、ホスフィンと付加物を形成します。B-Clは1.74pmですが、多くの場合に付加体の形成によって、B-Cl結合長が増加します。例えばアンモニアが付加した場合には、B-Clは1.84pmです。

三塩化ホウ素のその他情報

1. 三塩化ホウ素の反応

酸素を加えて放電させると、三塩化ホウ素から酸化ホウ素 (B2O3) が生じます。同様に水素を加えて放電させると、単体のホウ素が得られます。

銅とともに加熱すると、三塩化ホウ素を還元でき、四塩化二ホウ素 (B2Cl4) を生成可能です。同様の方法で四塩化四ホウ素 (B4Cl4) も調製可能です。四塩化二ホウ素は室温で分解して、一般式が(BCl)n (n = 8、9、10、11) と表される化合物になります。(BCl)nはBのクラスター構造を有します。

2. 塩化ホウ素の特徴

四塩化二ホウ素の分子量は163.43で、室温では無色の液体です。気体分子はCl2B-B-Cl2型で、それぞれのCl-B-Cl面が直交しています。B-Bは1.74Å、B-Clは1.73Åであり、∠Cl-B-Clは122°、∠Cl-B-Bは120°です。融点は-92.6°C、沸点は65.5°Cであり、0°Cでの密度は1.50g/cm3です。水との反応によってB2(OH)4に、Cl2との反応によってBCl3に、O2との反応によってBCl3やB2O3になります。

四塩化四ホウ素は淡黄色の結晶で、分子量は185.05です。正四面体型のB4クラスターを形成し、それぞれの頂点にB原子が位置し、Cl原子1つが結合しています。B-BとB-Clは1.70Åであり、融点は95°Cです。乾燥空気中で自然発火し、加水分解により水素を生じます。

ヨウ化カリウム

ヨウ化カリウムとは

ヨウ化カリウムとは、ヨウ素のカリウム塩です。

ヨウ化カリウムは、ヨウ化水素酸に炭酸水素カリウム、またはヨウ化水素酸に水酸化カリウムを作用させることで生成します。工業的には、ヨウ素を鉄粉と反応させてヨウ化鉄とし、炭酸カリウムで処理する方法によって製造されています。

ヨウ化カリウムは、労働安全衛生法で「名称等を表示すべき危険物及び有害物」「名称等を通知すべき危険物及び有害物」に指定されており、取り扱いには注意が必要です。 

ヨウ化カリウムの使用用途

ヨウ化カリウムは、各種ヨウ素化合物の原料や飼料添加物、ナイロン強化剤、写真乳剤、スマートフォンやパソコンの液晶用偏光フィルム、化学品の反応触媒など、幅広い用途にわたって用いられています。

医薬品分野では、抗真菌薬や去痰薬、ヨウ素補充薬などに使用される他、慢性関節炎・慢性リウマチ・神経痛・梅毒などの治療にも利用されることがあります。さらに、ヨウ化カリウムはオキシダント測定で使われるヨウ化カリウムデンプン紙という形で外部指示薬として、次亜塩素酸酸化還元滴定に用いられるなど、分析用試薬としても使用可能です。

ヨウ化カリウムの性質

ヨウ化カリウムは無色の立方晶系結晶です。化学式はKI、式量は166.00で、密度は3.13g/cm3、融点は681℃、沸点は1,330℃です。水溶液中では電離しており、カリウムイオンとヨウ化物イオンになっています。

ヨウ化カリウムは、水・アルコール・アセトングリセリンに溶けますが、エーテルには難溶です。湿った空気中では潮解性を示します。ヨウ化カリウムは、水に溶解する際に、強く吸熱します。ヨウ化カリウムの水溶液は、中性または微アルカリ性です。

また、光や空気酸化によって、徐々にヨウ素が遊離します。黒ずむため、遮光して密栓し保存することが必要です。硫酸が存在するとヨウ素が遊離するので、この性質を滴定反応として幅広く利用されています。

ヨウ化カリウムにはヨウ素を溶かす性質もあり、放置すると酸化され、ヨウ素を遊離して黄色に変化します。溶解したヨウ素の構造は、三ヨウ化物イオン (I3−) です。ヨウ素ヨウ化カリウム溶液はヨウ素液とも呼ばれ、デンプン水溶液に加えた際にヨウ素デンプン反応を起こします。

ヨウ化カリウムのその他情報

1. 予防薬としてのヨウ化カリウム

ヨウ化カリウムは甲状腺腫による甲状腺機能亢進症の治療に使用されており、ヨウ素を補給することが可能です。福島原発事故の後に、正式に放射性ヨウ素の内部被曝予防薬としての効能が承認されました。

原子力災害などで放射性ヨウ素を吸入すると、β崩壊によって内部被曝を起こしやすいです。そして甲状腺癌や甲状腺機能低下症といった晩発的な障害の危険性が高くなります。そこで、非放射性のヨウ化カリウムの製剤として使用すると消化管から吸収され、24時間以内にその10~30%が甲状腺に有機化合物として蓄積されます。

したがって、甲状腺内はヨウ素の安定同位体で満たされ、以後のヨウ素の取り込みを阻止し、放射線障害を予防することが可能です。後から取り込まれた過剰なヨウ素は、すぐに尿中へ排出されます。さらに、放射性ヨウ素の吸入後でも、8時間以内ならおよそ40%、24時間以内ならおよそ7%の取り込み阻害効果が認められています。

2. ヨウ化カリウムの応用

ヨウ化カリウムは残留塩素の測定に利用されます。ジエチルパラフェニレンジアミン法 (N,N-diethyl-p-phenylenediamine method) と呼ばれ、DPD法と略される場合もあります。

アンモニアの検出に用いるネスラー試薬 (英: Nessler’s reagent) に使用されるほか、第三級アミンやアルカロイドの検出に使われるドラーゲンドルフ試薬 (英: Dragendorff’s reagent) の調製にも利用されています。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0116-0397JGHEJP.pdf

メントン

メントンとは

l-メントンの基本情報

図1. l-メントンの基本情報

メントンとは、飽和環状テルペンケトンの1種で、植物精油中に含まれる、無色透明の液体です。

ペパーミント油やハッカ脱脳油に含まれています。主に含まれているのは「l-メントン」で、IUPAC名では(2S,5R)-trans-2-イソプロピル-5-メチルシクロヘキサン-1-オンです。

l-メントンは、ハッカ特有の香りがします。ハッカ脱脳油を分留することによって得られます。消防法にて「危険物第四類」に指定されており、取り扱いには注意が必要です。

メントンの使用用途

メントンの主要な用途として、ミント等の合成香料原料が挙げられます。また、ラベンダー・ローズ・ゼラニウム等の調合香料や食品香料、化粧品などとしても広く用いられています。

ゼラニウム油は、ローズ油に似た特有の香りを有し、高級調合香料として用いられている他、一般香粧品や石鹸香料、ロジノールの製造原料としても利用可能です。ペパーミントの主成分の1つとして、アロマテラピーなどでも利用されており、血圧を下げる効果などがあるとされています。

そのほか、害虫を忌避する効果もあるため、農薬の製造にも使用可能です。さらに、有機合成の原料としても利用されています。 

メントンの性質

メントンは水には微溶ですが、アルコールやベンゼン等の有機溶媒には可溶です。密度は0.893g/cm3、融点は-6°C、沸点は207-210°Cです。

分子式はC10H18Oで、分子量は154.25です。カルボニル基を持つモノテルペンであり、構造はメントール (英: menthol) に類似しています。メントールのヒドロキシ基をカルボニル基へ変換した構造、もしくはp-メンタン (英: p-menthane) にカルボニル基が付加した構造です。

幾何異性体と光学異性体を考えると、合計4種の異性体が存在します。分子内に2個の不斉炭素があるため、「d-メントン」と「l-メントン」という光学異性体 (鏡像異性体) が存在し、「メントン(トランス体)」と「イソメントン(シス体)という幾何異性体 (シス・トランス異性体) も存在します。

ペパーミント油やはっか脱脳油などに、多く含まれているのはl-メントンであり、d-イソメントンは少量です。ただし熱によってイソメントンに異性化するため、それぞれの異性体が共存しています。

メントンのその他情報

1. メントンの合成法

メントンの異性体の構造

図2. メントンの合成法

クロム酸とともにメントールを加熱すると、メントールの酸化反応によって、メントンを合成できます。メントールは普通の2級アルコールと同様に、多種多様な反応に適用可能です。

2. メントンの異性体

メントンの合成法

図3. メントンの異性体の構造

l-メントンは(-)-メントンとも呼ばれています。l-メントンの光学異性体であるd-メントンは、(+)-メントンや(2R,5S)-trans-2-イソプロピル-5-メチルシクロヘキサン-1-オンとも呼ばれます。

(-)-イソメントンと(+)-イソメントンは、l-メントンやd-メントンの幾何異性体です。(-)-イソメントンはl-イソメントン、(+)-イソメントンはd-イソメントンとも呼ばれています。

3. メントンの応用

有機化学においてメントンは、これまでに重要な役割を果たしてきました。エルンスト・オットー・ベックマン (英: Ernst Otto Beckmann) によって、濃硫酸にメントンを溶かすと別のケトン化合物が生成し、原料と生成物は同じ大きさですが、旋光度が逆向きであることが明らかなりました。

そして、エノール型互変異性体を中間体として経由して、不斉炭素原子上の立体反転が起きたという機構を提唱しています。これは、ほとんど検出ができない中間体を反応機構中に置くことで、生成物の形成過程を説明する理論における初期の例です。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0113-0097JGHEJP.pdf

メトキシフェノール

メトキシフェノールとは

メトキシフェノールとは、フェノールの水素原子1つがメトキシ基に置換した有機化合物です。

フェノール類の1種です。ヒドロキシアニソールとも呼ばれています。パラ体・オルト体・メタ体の異性体が存在し、p-メトキシフェノール、o-メトキシフェノール、m-メトキシフェノールの3種類です。

いずれの異性体も、分子式はC7H8O2で、分子量は124.14です。

メトキシフェノールの使用用途

1. p-メトキシフェノール

p-メトキシフェノールは、「有機合成原料」「アクリル酸エステルやアクリルニトリルなどのモノマーのラジカル重合の禁止剤」「油脂・脂肪酸・石けん等の酸化防止剤」「香料」などに使用されています。そのほか、酸化防止や色素沈着改善などの目的で、化粧品に用いられることもあります。

2. o-メトキシフェノール

o-メトキシフェノールは、「有機合成原料」「防腐剤」「殺菌剤」「香料のバニリンの製造」などに利用されています。その他、防腐殺菌薬として、歯科の消毒・鎮痛・腸内発酵抑制などの目的で用いられています。

3. m-メトキシフェノール

m-メトキシフェノールは、抗酸化剤などの有機化合物を合成する際に、触媒やビルディングブロックとして使用されています。さらに、ガスクロマトグラフィー分析における標準物質としての用途もあります。 

メトキシフェノールの性質

1. p-メトキシフェノール

p-メトキシフェノールの基本情報

図1. p-メトキシフェノールの基本情報

p-メトキシフェノールは、白色または薄黄色の結晶です。水には微溶ですが、エタノールやエーテルなどに溶解します。

p-メトキシフェノールの密度は1.55g/cm3、融点は52.5°C、沸点は243°Cです。メタノールと1,4-ベンゾキノンのフリーラジカル反応によって、p-メトキシフェノールが得られます。

労働安全衛生法で「名称等を通知すべき危険物及び有害物」「名称等を表示すべき危険物及び有害物」に該当しており、取り扱いには注意が必要です。

2. o-メトキシフェノール

o-メトキシフェノールの基本情報

図2. o-メトキシフェノールの基本情報

o-メトキシフェノールは、特異臭のある、やや黄みを帯びた白色の結晶です。水には微溶ですが、エタノールやアセトン等には可溶です。

o-メトキシフェノールの密度は1.112g/cm3、融点は28°C、沸点は204-206°Cです。リグニンの熱分解によって、o-メトキシフェノールが生成します。

3. m-メトキシフェノール

m-メトキシフェノールの基本情報

図3. m-メトキシフェノールの基本情報

m-メトキシフェノールは、無色から赤褐色の透明の液体です。エタノールおよびアセトンに極めて溶けやすいですが、水にほとんど溶けません。

m-メトキシフェノールの密度は1.143-1.148g/cm3、融点は-17℃、沸点は244℃です。消防法で「危険物第4類」に指定されており、取り扱いには注意が必要です。 

メトキシフェノールの構造

1. p-メトキシフェノール

p-メトキシフェノールは、フェノールの4位にメトキシ基を有する化合物です。4-メトキシフェノール、メキノール、4-ヒドロキシアニソール、パラグアイアコールとも呼ばれます。

2. o-メトキシフェノール

o-メトキシフェノールは、フェノールの2位にメトキシ基を有する化合物です。2-メトキシフェノール、グアイアコール、2-ヒドロキシアニソール、メチルカテコールとも呼ばれます。

3. m-メトキシフェノール

m-メトキシフェノールは、フェノールの3位にメトキシ基を有する化合物です。3-メトキシフェノール、m-グアヤコール、レゾルシノールモノメチルエーテル、m-ヒドロキシアニソール、3-ヒドロキシアニソールとも呼ばれます。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0108-0407JGHEJP.pdf
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0113-0672JGHEJP.pdf

ミノサイクリン

ミノサイクリンとは

ミノサイクリンとは、化学式C23H27N3O7で示されるテトラサイクリン系抗生物質です。

細菌内に入った後に、リボソームのサブユニット (30S) に結合し、 タンパク質合成を阻害します。通常は、ミノサイクリン塩酸塩 (化学式C23H27N3O7・HCl 分子量493.94) のかたちで使用されます。

黄色の結晶性粉末で、N,N-ジメチルホルムアミドやメタノールに溶けやすいですが、水やエタノールには溶けにくいです。

ミノサイクリンの使用用途

ミノサイクリンは、テトラサイクリン系抗生物質として幅広く医療の現場で使用されています。効果を示すのは、ブドウ球菌属、溶血性レンサ球菌、肺炎球菌などのグラム陽性細菌や、大腸菌、クレブシエラ属、エンテロバクター属などのグラム陰性細菌です。

また、作用する部位が細胞壁ではないため、細胞壁を持たないリケッチア、クラミジアに対しても、抗菌作用を期待できます。ミノサイクリンの適応症は多岐にわたりますが、代表的なものは前立腺炎、肺炎、膀胱炎、外耳・中耳炎、尋常性ざ瘡などです。

特に尋常性ざ瘡 (ニキビ) に関しては、日本皮膚科学会の「尋常性ざ瘡治療ガイドライン」にて推奨度Aの薬剤に分類されています。

ミノサイクリンの性質

ミノサイクリンの作用機序は、細菌のリボソームサブユニットへ結合しタンパク質合成を阻害することです。動物のリボソームサブユニットへは結合しないため、細菌に静菌的かつ特異的に作用します。

そのほか、リパーゼ活性抑制作用や白血球遊走抑制作用、活性酸素抑制作用があることから、尋常性ざ瘡 (ニキビ) に効果が期待できます。ミノサイクリンの発現頻度が高い副作用は、めまいと吐き気です。

服用後の車の運転など、危険な動作は避けてください。他の重大な副作用として、血液障害、急性腎障害、ショック・アナフィラキシー、肝機能障害などがあります。特に肝機能障害は、大量投与で引き起こされる可能性が高いです。

ただし、ミノサイクリンは肝臓で代謝される薬物です。そのため、腎機能に応じて投与量を減量する必要はありません。

ミノサイクリンのその他情報

1. 用法用量

錠剤、注射剤共に、初回にミノサイクリンを100〜200mg投与したのち、12時間ごとあるいは24時間ごとに100mgを投与します。

優先的に使用するのは錠剤です。経口摂取が不可能な場合や緊急の場合は、注射剤から開始して、経口摂取可能になった時点で錠剤に移行することが推奨されています。

2. 妊婦・授乳婦への投与

ミノサイクリンは胎盤を通過すること、母乳中に移行することがわかっているため、妊婦・授乳婦に対する投与には注意が必要です。胎児や乳児に、一過性の骨発育不全、歯牙の着色・エナメル質形成不全が生じる可能性があります。

また、8歳未満の小児も歯牙形成期のため、上記と同じ理由でミノサイクリンの投与を避ける必要があります。

3. 高齢者・経口摂取不可の患者への投与

高齢者や経口摂取不可の患者は、元々ビタミンKを欠乏している可能性が高いです。ミノサイクリンを投与すると腸内細菌が減少するため、さらにビタミンKが欠乏します。結果、出血傾向が高まる恐れがあるため、慎重な投与が必要です。

4. 併用する際の注意点

錠剤を服用する際、カルシウム、マグネシウム、アルミニウム、ランタン、鉄などの金属を含む食物との併用には注意が必要です。ミノサイクリンと上記の金属がキレートを形成し、ミノサイクリンの吸収が低下する恐れがあります。併用する場合は2〜4時間間隔をあけてください。

錠剤と注射剤共通して挙げられる併用注意薬は、ワルファリンカリウムなどの抗凝血剤、SU系血糖降下剤、メトトレキサート、ポリフィマーナトリウム、ジゴキシン、経口避妊剤、ビタミンA製剤 (経口剤) です。

5. 使用上の注意

錠剤を服用する際は、多めの水で服用してください。錠剤が食道に停留し崩壊すると食道潰瘍を起こす恐れがあります。特に就寝直前の服用や、服用後すぐ横になる行為は避けてください。

また、錠剤、注射剤に共通して、投与により尿が黄褐〜茶褐色、緑、青に変色した報告や甲状腺が黒色になった報告があります。

マンデル酸

マンデル酸とは

マンデル酸とは、ヒドロキシカルボン酸の一種で、板状の形をした無色の結晶です。

別名、α-ヒドロキシフェニル酢酸、フェニルグリコール酸、杏仁酸とも呼ばれます。マンデル酸は、水・エタノール・エーテル・イソプロパノール等に可溶で、水溶液は酸性を示します。

マンデル酸は、ベンズアルデヒドとシアン化水素を結合し、その後、加水分解することによって生成可能です。不斉炭素原子をもっており、D体とL体の光学異性体が存在します。通常、マンデル酸は、二種の光学異性体の混合物であるラセミ体として知られています。

また、L体は、ブルシンによって光学分割することで得られ、D体は、l-メントールを用いて光学分割すると得られます。マンデル酸は、スチレンなどの尿中代謝物の一種で、スチレンを含む有機溶剤を使用する作業者の曝露指標です。命名は、ドイツ語でアーモンドを意味する「Mandel」に由来すると言われています。

マンデル酸の使用用途

マンデル酸やその誘導体は、尿路感染症の抗菌薬剤として使用されています。また、マンデル酸には、ジルコニウムの定量用試薬等の分析試薬や染料工業の前駆体などとしての用途があります。

その他、アミン類の光学分割剤も使用用途の1つです。医薬品や農薬、化粧品などの製造において、マンデル酸はキラル製剤やキラル中間体として使用されます。

また、α-ヒドロキシ酸の一種であることから、角質ケアなどのスキンケア分野にも用途があります。

マンデル酸の性質

マンデル酸は無色の板状結晶で、水に溶解しやすく、アルコールやエーテルにも溶解しする特徴を有しています。マンデル酸は、天然にはアーモンドなどの種子、果実、樹皮などに含まれています。 

構造中にカルボキシル基とフェノール性ヒドロキシル基を持つため、酸としての性質とフェノールとしての性質を持ちます。また、この化合物はキラル分子であり、ラセミ体として存在します。マンデル酸は、工業的にラセミ体混合物の形で製造される化合物です。

医薬品や農薬、化粧品などの製造において、マンデル酸はキラル製剤やキラル中間体として使用されます。また、スチレンやエチルベンゼンの尿中代謝物の一種です。

そのため、これらの化合物や有機溶剤を使用する作業者の曝露指標として、特殊健康診断に組み込まれています。

マンデル酸の構造

マンデル酸は、化学式C8H8O3で表される芳香族αヒドロキシカルボン酸の1つです。α-ヒドロキシフェニル酢酸、フェニルグリコール酸とも呼ばれ、ベンゼン環とヒドロキシル基、そしてアルデヒド基を持ちます。

マンデル酸はα位に不斉炭素原子を持つため、2つの光学異性体を有します。通常は、ラセミ体のパラマンデル酸として知られていますが、ブルシンを用いて光学分割するとL体が、l-メントールを用いて光学分割すればD体が特異的に得ることが可能です。

マンデル酸は、構造中にカルボキシル基とフェノール性ヒドロキシル基を持つため、酸としての性質とフェノールとしての性質を持ちます。また、この化合物はキラル分子であり、ラセミ体として存在します。

マンデル酸のその他情報

マンデル酸の製造方法

マンデル酸は、天然のアーモンドやアプリコットの種に含まれる有機化合物ですが、工業的には、有機合成によって製造されます。

例えば、ベンズアルデヒドとシアン化ナトリウムの混交物に対し、亜硫酸水素ナトリウム溶液を添加すると、マンデロニトリルが得られます。このマンデロニトリルを濃塩酸で加水分解することで塩化アンモニウムとマンデル酸が生成します。

このとき、塩化アンモニウムとマンデル酸の混合物を分離するには、有機溶媒を用いた抽出が一般的です。この反応は、金属シアン化物の使用に伴う環境への悪影響や毒性のため、近年では代替法の開発が進められています。

代表的な大体合成法は、シアン化水素の代わりにアセトンシアノヒドリンを使用する方法や、酸触媒下でフェニルグリシンの酸化を行う方法です。

ポリ酢酸ビニル

ポリ酢酸ビニルとは

ポリ酢酸ビニルとは、酢酸ビニルの重合体で、無色透明の熱可塑性樹脂です。

別名、PVAcとも呼ばれ、ケトン・エステル・メチルアルコール・ベンゼン・ハロゲン化炭化水素など、各種の有機溶剤によく溶けるといった性質をもちます。また、ポリ酢酸ビニルの軟化点は、約38℃とプラスチックとしては低く、約80℃では流動化するといった特徴があります。

ポリ酢酸ビニルは、アセチレン酢酸の結合により生成される酢酸ビニルを、重合させることによって作られます。工業的には、ラジカル開始剤により、溶液重合や乳化重合で製造されています。また、ポリ酢酸ビニルは、加水分解することで、ポリビニルアルコールが生成されます。

ポリ酢酸ビニルの使用用途

ポリ酢酸ビニルは柔軟で軟化点が低いため、プラスチックとしては、「チューインガムの基材」「木工用ボンド等の接着剤」「紙サイジング剤」「水性塗料」「繊維の後処理剤」といった用途に広く使用されています。また、化粧品用途としても使われており、具体的には、「ヘアスタイリング剤」「結合剤」「皮膜形成剤」「乳化安定剤」などに用いられています。

ポリ酢酸ビニルを加水分解することで得られるポリビニルアルコールは、合成繊維である「ビニロンの原料」として使用されている他、「洗濯のり」「液晶ディスプレイ用のフィルム」などにも利用されています。ポリ酢酸ビニルの生産量の80%以上は、加水分解されて、ポリビニルアルコールとして利用されています。

ポリ酢酸ビニルの性質

1. 水に溶けにくい

ポリ酢酸ビニルは水には溶けませんが、乳化状態(コロイド)にして水に分散させることができます。このように水に分散させたポリ酢酸ビニルは水素結合によって木材をよく接着させるので、木工用ボンドによく使われます。下記の図のように酢酸基の酸素分子と木材(セルロース)の水素分子の間に水素結合が発生します。

ポリ酢酸ビニルと木材の接着図1.ポリ酢酸ビニルと木材の接着

ポリ酢酸ビニルは水に溶けにくいですが、加水分解したポリ酢酸ビニルはアルコールは水酸基があるために水に溶けやすい性質があります。

2. ガラス転移温度が低い

プラスチックの温度を低温から高温に徐々に上げていったときに、ガラス状の硬い状態からゴム状の軟らかい状態に変化します。この時の温度をガラス転移温度といいます。

ポリ酢酸ビニルのガラス転移温度は29℃です。ポリ酢酸ビニルはこのガラス転移温度が低いという性質を利用して、ガムとして使われています。噛む前は29℃以下なのでべたつかず、口の中に入れると体温 (36℃) によってゴム状になります。

ポリ酢酸ビニルのように大きな側鎖をもつ重合体のガラス転移温度が低いのは、側鎖のかさが高いために分子の内部にすきまが多くでき、分子鎖がかえって動きやすくなるからと考えられています。ゴム状になった場合でも分子鎖の一部がねじれて運動しているだけで、分子全体が液体状態にはなりません。

ポリ酢酸ビニルのその他情報

1. ポリ酢酸ビニルの製造方法

酢酸ビニルの炭素間の二重結合を開くことによって付加重合させることができます。二重結合が -C-C- という形になるので両側に別の分子を結合させることができます。大量の酢酸ビニルが結合したものがポリ酢酸ビニルです。

ポリ酢酸ビニルの製造図2.ポリ酢酸ビニルの製造

2. ポリビニルアルコールの製造方法

ポリ酢酸ビニルをけん化するとポリビニルアルコールになります。ポリ酢酸ビニルの酢酸基をけん化という方法で水酸基に変えたのがポリビニルアルコールです。けん化とは水酸化ナトリウムなどの塩基を用いたエステルの加水分解のことです。

ポリビニルアルコールの製造図3.ポリビニルアルコールの製造

ポリ酢酸ビニルは水に溶けにくいので、メタノールに溶かしてけん化を行います。酸より塩基触媒を用いた方が反応が速く、また完全に加水分解できます。このときの反応は水溶液中とは違って、エステルにアルコールを作用させて新しいエステルを生成させるエステル交換反応で行われます。

ポリビニルアルコールは組成上はビニルアルコールCH2=CH(OH)の付加重合体ですが、直接ビニルアルコールを付加重合させてポリビニルアルコールを作ることはできません。これはビニルアルコール自体が非常に不安定な物質で、重合させる前に安定なアセトアルデヒドに変化してしまうからです。そこで酢酸ビニルを付加重合させてポリ酢酸ビニルを作り、ポリ酢酸ビニルを加水分解してポリビニルアルコールにするといった遠回りな方法がとられています。