ラマン顕微鏡とは
ラマン顕微鏡 (または顕微ラマン) とは、ラマン分光装置と光学顕微鏡を組み合わせた測定機器です。
化学構造や分子間相互作用、結晶性などの物質に関する詳細な情報を非破壊で分析できます。ラマン分光装置と顕微鏡を組み合わせることで、測定対象を顕微鏡で観察して選んだ箇所を測定したり、組成の分布を可視化した画像を得ることが可能です。
ラマン顕微鏡の使用用途
ラマン分光法は化学結合に基づいているため、測定によって以下の情報を得ることができます。
- 化学構造
- 位相、多形
- ひずみ
- 不純物、汚染
ラマンスペクトルは物質ごとに固有であるため、迅速に物質を識別したり、他の物質と区別するために使用することができます。また、ラマン顕微鏡は多くの異なるサンプルの分析に使用することができます。 一般的には、金属や合金の分析には適さず、以下の分析に適しています。
- 固体、粉体、液体、ゲル、スラリー、気体
- 無機、有機、生体材料
- 純化学品、混合物、溶液
- 金属酸化物と腐食
ラマン顕微鏡が使用されている代表的な例としては、下記の通りです。
- 芸術と考古学の分野における顔料、セラミック、宝石の特性評価
- 炭素材料ナノチューブの構造と純度、欠陥・乱れの評価
- 化学分野において、構造、純度、反応モニタリング
- 生命科学において、単一細胞と組織、薬物相互作用、疾患診断
ラマン顕微鏡の構造
図1. ラマン顕微鏡の構造
ラマン顕微鏡はラマン分光装置と顕微鏡を組み合わせた測定機器で、上図のような構造をしています。
レーザー光源からの照射光は、顕微鏡の対物レンズを通して試料に導かれ、試料に照射されます。試料から発生した散乱光を対物レンズで集光し、レイリー光カットフィルターを通してラマン散乱光のみを検出します。
ラマン顕微鏡の原理
図2. ラマン散乱
物質に光を照射すると散乱現象が起きます。生じた散乱光のほとんどは照射光と同じ波長のレイリー散乱光ですが、一部、照射光と波長がわずかに異なった散乱光が含まれており、この散乱光をラマン散乱光といいます。
ラマン散乱光には、照射光の波長よりも波長が長いストークス散乱光と、波長の短いアンチストークス散乱光の2種類がありますが、一般的なラマン顕微鏡ではより強度の強いストークス散乱光を測定します。
ラマン散乱光は、照射光が物質と相互作用した結果生じるもので、レイリー散乱光とラマン散乱光の波長差が照射された物質の分子振動のエネルギーに相当します。このとき、ラマン散乱が起こる分子振動は、ラマン活性のある振動モードのみであることが知られており、分子構造からラマン活性な振動モードの推測やシミュレーションをすることが可能です。
分子の振動を利用した類似の分析装置として赤外分光光度計がありますが、測定できる分子振動に違いがあり、相補的な分析装置となっています。
分子の種類や結合状態の違いによって分子振動のエネルギーが異なるため、異なったラマンスペクトルが得られます。ラマンスペクトルのピーク位置と相対的なピーク強度を既知の物質と比較することで物質の同定が可能です。また、次のような解釈をすることで定性分析にもよく利用されます。
- ピーク位置
化学結合の情報 - ピークシフト
分子間相互作用、応力、ひずみの情報 - スペクトル波形
分子構造の情報、結晶構造の違い - 半値幅
結晶・非結晶性の違い
スペクトルの強度が濃度に比例することを利用して定量分析も可能です。
ラマン顕微鏡のその他情報
1. ラマン顕微鏡の注意点
図3. (a) レーザー照射による蛍光発生の影響 (b) レーザー照射による劣化
ラマン散乱光はレイリー散乱光に比べて弱いため、ある程度のレーザー光の強度が必要ですが、そのレーザー光によって問題が生じる場合があります。レーザー光の波長が測定する分子の吸収領域と重なっている場合、分子が蛍光を発してラマンスペクトルのバッググラウンドが上昇し、得たいスペクトルが埋没します。
これを避けるためには、露光時間などの測定条件の調整、焦点深さの調節、分光スリットを絞る、共焦点フィルター (DSF) を用いるなどの対策をとる必要があります。他にも、レーザー光源を変えることで蛍光を抑制することができます。
有機物などでは一般的な532 nmのレーザー光を用いると蛍光が生じる場合が多いため、785 nmなどのより長波長のレーザー光が選択されることがあります。ただし、長波長のレーザー光に変更する場合には、分光器や検出器によっては感度が極端に低下することがあるため注意が必要です。
測定対象が有機物やカーボン材料などの場合には、レーザー光の強度と照射時間によっては、測定物質が “焦げて” 劣化することがあります。測定物質の劣化を防ぐには、レーザー強度をさげる、露光時間を短くするなどの測定条件の調整で対応することができます。
また、カーボン材料の一部などは、照射したレーザー光によって反応を起こす光反応性を持つものがあります。このような材料には、同様の測定条件の調整で対応することができる他、レーザー光の波長を変えることで光反応を抑制することができます。
2. ラマン顕微鏡の新技術
ラマン顕微鏡の感度や分解能の向上を目的に、様々な手法が開発されています。
表面増強ラマン (SERS) 、チップ増強 (TERS) などは、金属表面で起こる局在表面プラズモン共鳴という現象を利用しており、ラマン散乱光の強度が大きく測定でき、より高感度、高空間分解能の測定が可能になっています。
コヒーレント反ストークスラマン散乱 (CARS) 、誘導ラマン散乱 (SRS) は非線形ラマン散乱の種類で、2つの波長の異なる光を同時に使用することで、何桁も高い信号強度のスペクトルを得ることができます。
他にも、ビームスプリッター等を用いることで、1度のレーザー照射で直線状や面状にラマンスペクトルを取得でき、ラマンイメージングがより迅速に行える技術も開発されています。