シクロヘキシミド

シクロヘキシミドとは

シクロヘキシミド (英: Cycloheximide) とは、無色〜淡褐色結晶の抗生物質です。

IUPAC名は4-[(2R)-2-[(1S,3S,5S)-3,5-dimethyl-2-oxocyclohexyl]-2-hydroxyethyl]piperidine-2,6-dioneです。別名として、アクチジオン (英: Actidione) 、ナラマイシンA (英: Naramycin A) 、U-4527とも呼ばれます。

シクロヘキシミドの使用用途

1. タンパク質合成阻害剤

シクロヘキシミドは、真核生物細胞におけるタンパク質合成を阻害する目的で、生化学研究分野において広く用いられています。ただし、その毒性の強さから、一般には試験管内の実験飲みに使われ、臨床では使用されていません。

リボソームに結合する2つのtRNA分子とmRNAの移動を防ぐことにより、タンパク質の翻訳を阻害します。シクロヘキシミドの作用は迅速で、培地から取り除くことで効果を除去できる便利な薬剤です。

また、ミトコンドリアのタンパク質合成は、シクロヘキシミドによる阻害に抵抗性があります。したがって、ミトコンドリアで翻訳されるタンパク質と細胞質で翻訳されるタンパク質を区別するためにも用いられていました。

2. 農薬・殺鼠剤

シクロヘキシミドは、エチレン産生を刺激するため植物の成長調節剤や、殺鼠剤などの動物用駆除剤として使用されます。また、ビール発酵における不要な細菌を検出するための培地にも有用です。

農業分野では、抗真菌剤としても使用されていました。しかしながら、DNA損傷や催奇性をはじめとする生殖への影響などの強い毒性を有することから、シクロヘキシミドの使用が減少しています。現在は、ネギべと病、カラマツ先枯病などの限られた植物病にのみ使用されている状況です。

シクロヘキシミドの性質

化学式はC15H23NO4で表され、分子量は281.35です。CAS番号は66-81-9で登録されています。融点は115〜116 °Cで、常温で固体です。

エタノールなどの有機溶媒に溶けやすく、水には2 °Cで2.1g/100mlほど溶けます。シクロヘキシミドはアルカリ条件に弱く、pH7の水溶液中で1時間煮沸することで分解します。pH2の場合、1時間の煮沸では分解しません。

シクロヘキシミドのその他情報

1. シクロヘキシミドの製造法

天然では、放射菌の1種であるストレプトマイシン生産菌 (英: Streptomyces griseus) により作られています。工業的にシクロヘキシミドは、発酵によるストレプトマイシン製造時に副産物として得られます。

2. シクロヘキシミドの法規情報

シクロヘキシミドは、以下の国内法令に指定されています。

  • 毒物及び劇物取締法
    劇物 (法第2条別表第2) (法令番号:2-27) 包装等級1
  • 労働安全衛生法 (令和6年の施行)
    名称等を表示すべき危険物及び有害物 (法57条、施行令第18条)
    名称等を通知すべき危険物及び有害物 (法第57条の2、施行令第18条の2別表第9)
  • 危険物船舶運送及び貯蔵規則
    毒物類・毒物 (危規則第3条危険物告示別表第1)
  • 船舶安全法
    毒物類・毒物
  • 航空法
    毒物類・毒物 (施行規則第194条危険物告示別表第1)
  • 港則法
    毒物類・毒物

3. 取り扱い及び保管上の注意

取り扱い時の対策
強酸化剤は、シクロヘキシミドの混触禁止物質に当たります。取り扱い時や保管時に、近くに置かないようにしてください。取り扱い時は、局所排気装置の中で使用します。

火災の場合
シクロヘキシミドは、燃焼により一酸化炭素 (CO) や二酸化炭素 (CO2) 、窒素酸化物 (NOx) などの危険有害な分解物を生成することがあります。水噴霧、泡消火剤、粉末消火剤、炭酸ガス、乾燥砂を用いて消火してください。棒状放水は消火に用いてはいけません。

保管する場合
シクロヘキシミドは、光により変質するおそれがあります。保管する際は、遮光性のガラス容器に入れて密閉します。直射日光の当たらない、換気がよく、かつ涼しい場所に施錠して保管してください。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/66-81-9.html
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0103-2099JGHEJP.pdf
https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/compound/Cycloheximide

シクロヘキサノンオキシム

シクロヘキサノンオキシムとは

シクロヘキサノンオキシムの基本情報

図1. シクロヘキサノンオキシムの基本情報

シクロヘキサノンオキシム (英: Cyclohexanone oxime) は、 有機化合物の1種で、オキシム基を持つ六員環化合物です。

化学式ではC6H11NOで表されます。CAS登録番号は100-64-1です。分子量は113.16、融点は86〜92℃、沸点は210℃であり、常温では白色から褐色の固体です。水、エタノール、アセトンに溶解します。水への溶解度は16g/kgです。

シクロヘキサノンオキシムの使用用途

ε-カプロラクタムと6-ナイロン

図2. ε-カプロラクタムと6-ナイロン

シクロヘキサノンオキシムの主要な使用用途は、6-ナイロンの合成中間体であるε-カプロラクタムの合成です。最終目的物である6-ナイロンは、融点225℃、耐熱温度80~140℃の合成繊維です。耐摩耗性、耐衝撃性、耐油性、耐薬品性、ならびに電気特性に優れています。また、同じ合成樹脂の6,6-ナイロンと比較し、染色性に優れていることが特長です。

6-ナイロンは、衣類、カーペット、釣り糸のほか、熱可塑性のエンジニアリングプラスチックとして、機械や電気通信機器、輸送機械などの部品、雑貨、建材、フィルムなどに用いられています。

シクロヘキサノンオキシムの性質

シクロヘキサノンオキシムは、通常の保管条件においては安定な物質です。光により変質するおそれがあるため、高温と直射日光を避けて保管することが求められます。

また、強酸化剤との混触も反応の恐れがあるため、避けることが必要です。想定される危険有害な分解生成物として、一酸化炭素、二酸化炭素、窒素酸化物が挙げられます。

シクロヘキサノンオキシムの種類

シクロヘキサノンオキシムは、主に研究開発用試薬製品やファインケミカルなどの製品の種類が存在します。研究開発用試薬製品は、25g、100g、500gなどの容量の種類で提供されています。

ファインケミカルなどの化成品の情報については、製造元への問い合わせが必要です。

シクロヘキサノンオキシムのその他情報

1. シクロヘキサノンオキシムの合成

シクロヘキサノンオキシムの合成

図3. シクロヘキサノンオキシムの合成

シクロヘキサノンオキシムは、シクロヘキサノンヒドロキシルアミンの縮合反応を用いて合成されています。それ以外に工業的に用いられている合成方法としては、シクロヘキサンと塩化ニトロシル (NOCl) との反応が挙げられます。

この反応ではNOClを用いた光ニトロソ化法によってシクロヘキサンをニトロソベンゼンに変換し、ニトロソベンゼンを水素化させてシクロヘキサンオキシムを得ることが可能です。原料であるシクロヘキサンはシクロヘキサノンよりもはるかに安価であるため、コスト面で優れています。東レによって開発された方法で、通称で東レ法と呼ばれることもあります。

2. ε-カプロラクタム

シクロヘキサノンオキシムの用途で最も有名なものは、ε-カプロラクタムの合成です。シクロヘキサノンオキシムを利用したε-カプロラクタムの製造方法は、1900年にO.バラッハにより発見されました。

その後、1938年にドイツのIG-Farben社により、ε-カプロラクタムの開環重合により紡糸できる状態の6-ナイロンが作られています。

3. ε-カプロラクタムの合成反応とベックマン転移

シクロヘキサノンオキシムを原料とする基本のε-カプロラクタムの合成は、発煙硫酸を用いた反応です。この反応では、反応に使用した硫酸をアンモニアで中和する必要があるため、カプロラクタム 1トンあたり約 1.7 トンの硫酸アンモニウムを副生します。

このため、発煙硫酸を用いない方法が企業・アカデミアで研究されており、報告されています。例えば、住友化学では、ハイシリカMFIゼオライト触媒を用いて気相ベックマン転位を行う合成法が開発され、2003年に工業化されました。

この合成法は、全く硫酸アンモニウムを副生しない触媒的合成法です。それ以外の煙硫酸を使用しない方法では、他の研究チームより、塩化シアヌル触媒によりベックマン転移させてカプロラクタムを得る方法などが報告されています。

シクロヘキサノン

シクロヘキサノンとは

シクロヘキサノンの構造 (右は立体配座)

図1. シクロヘキサノンの構造 (右: 立体配座)

シクロヘキサノン (Cyclohexanone) とは、分子式 C6H10Oで表される有機化合物です。

環状ケトンであり、シクロヘキサンのメチレン基が1つカルボニル基に置き換わった構造を持ちます。ケトヘキサメチレン、ピメリックケトン、シクロヘキシルケトン、アノンなどの別名があります。CAS登録番号は108-94-1です。

また、シクロヘキサノンオキシムのベックマン転位により、6-ナイロン、6,6-ナイロンの製造中間体であるカプロラクタムを生成します。

シクロヘキサノンの使用用途

シクロヘキサノンの主な使用用途は、以下の通りです。

  • カプロラクタム、アジピン酸、ナイロンの原料
  • セルロイド、脂肪、ワックス、ゴム、合成樹脂、樹脂ラッカー等の高沸点溶剤
  • ペンキ、ワニスの剥離剤

特に、6-ナイロン、6,6-ナイロンの原料としての用途が大半を占めます。そのほか、溶媒、または酸化反応の活性化剤として用いられることもあります。

シクロヘキサノンの性質

シクロヘキサノンの基本情報

図2. シクロヘキサノンの基本情報

シクロヘキサノンの分子量は98.14、融点は-32.1 ℃、沸点は156 ℃であり、常温では特異臭を持つ無色の液体です。樟脳様のアセトンとも似た臭いとされます。

また、長期放置すると酸化され黄色に変色する物質です。エタノール及びジエチルエーテルにきわめて溶けやすく、水にやや溶けやすい性質があります。密度は 0.9478g/cm3です。

シクロヘキサノンの種類

一般に販売されているシクロヘキサノンの種類には、研究開発用試薬製品や工業用薬品・ファインケミカルなどの製品がります。研究開発用試薬製品は、有機合成原料、溶剤として用いられることが多いです。

容量の種類には500mL、15kg、17kgなどがあり、試薬製品の中では比較的大容量で販売されている製品です。工業用薬品・ファインケミカルなどの産業用製品では、石油缶 (16kg) 、ドラム (190kg) 、コンテナ (1,000L) などの荷姿で提供されています。

シクロヘキサノンのその他情報

1.シクロヘキサノンの合成

シクロヘキサノンの合成方法は複数報告されています。1つ目の方法は、シクロヘキサンの酸化反応です。この反応では、コバルトまたはマンガンの酢酸塩もしくはナフテン酸塩を触媒とします。シクロヘキサノンとシクロヘキサノールの混合物が生成しますが、シクロヘキサノンを単離したい場合には、蒸留によって分離されます。

その他、シクロヘキサノールを亜鉛または銅触媒により、400-450℃で脱水素化する方法やフェノールをPd-CaO/Al2O3等のパラジウム触媒を用いて気相、140-170℃で水素化する方法などがあります。

2.ナイロン原料の合成反応

ナイロン原料の合成反応

図3. ナイロン原料の合成反応

シクロヘキサノンの有用な化学反応の1つに、ナイロン原料の合成反応があります。6-ナイロンの原料となるε-カプロラクタムの合成反応は次の通りです。

  1. ヒドロキシルアミンとの縮合により、シクロヘキサノンオキシムを生成
  2. 上記反応で得られた中間体をベックマン転位反応により、ε-カプロラクタムに転換

また、シクロヘキサノンとシクロヘキサノールの混合物を硝酸酸化させる反応によって開環が起こり、アジピン酸が合成されます。アジピン酸は6,6-ナイロンの原料として使用される物質です。

3. シクロヘキサノンの反応性

シクロヘキサノンは、法規制に従った通常の保管及び取扱においては安定な物質です。硝酸などの強力な酸化剤と反応して、火災や爆発を生じる危険性があります。

保管の際はこうした強力な酸化剤との混触を避けることが必要です。また、44℃以上では、蒸気/空気の爆発性混合気体を生じることがあります。

4. シクロヘキサノンの法規制情報

シクロヘキサノンは、引火点が 44℃ (密閉式) であり、引火性の高い液体/蒸気です。また、人体への有害性では、「皮膚に接触すると有毒」「吸入すると有毒」「皮膚刺激」「強い眼刺激」「遺伝性疾患のおそれの疑い」「呼吸器系の障害」「中枢神経系の障害」など各種の有毒性が指摘されています。

そのため、シクロヘキサノンは各種法令による法規制の対象です。労働安全衛生法では「第2種有機溶剤等」「 名称等を表示すべき危険有害物」に、労働基準法では「疾病化学物質」に指定されています。また、消防法では「第4類引火性液体、第二石油類非水溶性液体」に指定されています。各種法令を遵守して正しく取り扱うことが大切です。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/108-94-1.html

シクロプロパン

シクロプロパンとは

シクロプロパンは、炭素原子3つが互いにつながり単純な環を形成するとともに、それぞれの炭素原子が2つの水素原子と結合しているシクロアルカン分子です。常温では無色の気体であり、融点−127℃、沸点−33℃です。また、4〜6気圧に加圧すると液化する特徴があります。なお常温で2.7倍の体積の水や、エタノールやアセトンに溶解します。

1881年にアウグスト・フロイントにより、シクロプロパンが発見されました。その後、1929年にヘンダーソンとルーカスにより麻酔作用が発見されました。以降、商業利用が始まり、1936年に工業生産が始まりました。

シクロプロパンの使用用途

シクロプロパンを吸引すると麻酔作用を示すことから、以前は麻酔として利用されていました。シクロプロパンは刺激性の無い、甘い臭いのする薬剤です。酸素と共に吸引することで素早く麻酔を誘導する反面、持続的麻酔の結果として「シクロプロパンショック」と呼ばれる血圧の低下や、不整脈を起こす危険性があります。このことから、麻酔の導入にのみに使用されていました。

なおシクロプロパンガスを酸素と混合すると、爆発の危険性が高くなる特性もあることから、現在では使用されていません。

コール酸

コール酸とは

コール酸の基本情報

図1. コール酸の基本情報

コール酸とは、化学式がC24H40O5で表され、ステロイド (英: steroid) で代表的な胆汁酸です。

肝臓ではコレステロールから、一次胆汁であるコール酸やケノデオキシコール酸を合成可能です。さらにアミノ酸のグリシンタウリンと抱合体を形成して、胆汁成分として十二指腸に分泌されます。

分泌された一次胆汁酸は、小腸で腸内細菌の作用により、グリシンやタウリンを離脱可能です。その後、二次胆汁酸と呼ばれるデオキシコール酸やリトコール酸に変わり、小腸末端から肝臓に戻されます。

コール酸の使用用途

動物の胆汁は、古来漢方薬として使用されていました。その中でも熊の胆汁を乾燥して作った「熊胆 (ユウタン) 」は、三大疼痛の1つである胆嚢付近の痛みに効果があると言われています。その主要成分が、二次胆汁酸のウルソデオキシコール酸です。

コール酸は医薬品として利用されています。ウルソデオキシコール酸は胃腸薬として、ケノデオキシコール酸はコレステロール系胆石溶解の薬物療法や胃腸薬として使用されます。

コール酸の性質

コール酸は水にわずかに溶解します。融点は200〜201°C、沸点は583〜584°Cです。希酢酸を用いて再結晶すると、1分子の結晶水を有する板状晶を生成します。アルコールから再結晶した場合には、1分子のアルコールを有する結晶が生じます。130°Cに熱すると、結晶溶媒が除去され、無水物を生成可能です。

脂肪などの水に不溶性の物質を腸管内で乳化させることにより、消化吸収を助け、酵素作用を容易にしています。ほとんどの脊椎動物の胆汁中に、グリシンまたはタウリンとペプチド結合して存在しています。

コール酸の構造

コール酸はステロイド (英: steroid) の1種で、アミノ酸とアミドを形成するため、多くの生物で見つかっています。ステロイドとは、天然に存在するトリテルペノイド (英: triterpenoid) の1種です。テルペノイドはイソプレンを構成単位とした炭化水素であるテルペン類の中で、ヒドロキシ基やカルボニル基などの官能基を有する誘導体のことです。

コール酸は3α,7α,12α-トリヒドロキシ-5β-コラン-24-酸 (英: 3α,7α,12α-trihydroxy-5β-cholan-24-oic acid) とも呼ばれます。分子量は408.579g/molで、密度は1.2g/cm3です。

コール酸のその他情報

1. 体内のグリココール酸

通常コール酸はアミノ酸と縮合し、抱合胆汁酸として存在しています。ヒトの場合には、グリココール酸 (英: glycocholic acid) やタウロコール酸 (英: taurocholic acid) が大半です。そのままのコール酸は、組織を傷つける可能性があるためです。

2. グリココール酸の特徴

グリココール酸の基本情報

図2. グリココール酸の基本情報

グリココール酸は、コール酸とグリシンが縮合した抱合胆汁酸です。ヒトの胆汁酸の3分の2程度を占め、脂肪を乳化できる透明な胆汁酸です。

グリシンとコリルCoAの反応で、生合成されます。化学式はC26H43NO6、分子量は465.6g/molであり、融点は130°Cです。哺乳類の胆汁酸で、ナトリウム塩に変化したものも存在します。

3. タウロコール酸の特徴

タウロコール酸の基本情報

図3. タウロコール酸の基本情報

タウロコール酸は、コール酸とタウリンが縮合した抱合胆汁酸です。融解性を持つ黄色の透明な胆汁酸で、ヒトの胆汁酸の3分の1程度を占めています。タウリンとコリルCoAの反応で生合成されます。化学式はC26H45NO7S、分子量は515.7g/molであり、融点は125.0°Cです。

医薬的用法として、胆汁分泌促進剤や利胆剤に使用されています。商業的には、食肉産業で副生成物である牛の胆汁から生産可能です。新生ラットの50%致死量 (LD50) は380mg/kgです。

コールタールピッチ

コールタールピッチとは

コールタールピッチは、コールタールを分留することで得られる物質です。粘着性のある濃い茶色または黒色の液体で、非常に強い香りが特徴です。

コールタールピッチは、健康上のリスクとして発がん性が認められています。2010年にIARCは、疫学研究結果に基づき、道路舗装や屋根の作業中におけるコールタールピッチへの職業ばく露は、ヒト発がん性の十分な証拠があると結論づけました。また、マウスを用いた実験動物においても、皮膚がんを含む皮膚腫瘍の発生が認められました。実験動物においても発がん性の十分な証拠が得られたとして、IARCにおける発がん性分類でグループ1にランク付けされています。

コールタールピッチの使用用途

コールタールピッチは、炭素材、粘結剤、防水、防錆剤などに利用されています。

コールタールピッチを乾留することにより、黒色の炭素質物質であるピッチコークスが得られます。このピッチコークスが、特殊炭素材の原料です。アルミニウムを精錬する際の電極材や、電気製鋼炉用加炭材、半導体用特殊炭素製品に用いられています。

また、ピッチコークスは、発熱時における強度が要求される鋳物用コークスの粘結剤として、原料炭に配合されています。

コールタール

コールタールとは

コールタール (coal tar) とは、石炭を乾留させ、発生した高温ガス状物質を冷却して得られる液状の物質です。

低温乾留で作る低温タールと高温乾留で作る高温タールがあり、一般的には低温タールを指します。基本的に多種類の芳香族炭化水素の混合物ですが、CAS登録番号は、8007-45-2です。

コールタールは、以前は都市ガス製造における石炭乾留の副産物として得られていました。しかしながら現在は、都市ガスの原料が天然ガスなどへ移行したため、製鉄所における製鉄用コークス製造の副産物として生産されています。

コールタールの使用用途

コールタールの主な使用用途は、タール分留製品原料、防錆塗料、漁網染料、油煙、燃料です。かつては枕木や木電柱などの木材の防腐剤や、トタン屋根の塗料として広く用いられていましたが、近年では建材の移り変わりやコンクリート製の普及により、使用されることが少なくなっています。炭素電極の支持材にも使用されていました。

また、コールタール製剤には角質溶解・形成作用、止痒作用があるため、かつては医療にも用いられていた物質です。特に、皮膚疾患の1種である乾癬では、かつてはコールタールを外用するゲッケルマン療法が行われていました。しかし、後述する発癌性が指摘されてからは行われなくなってきています。

タール分留製品

コールタール分留成分より製造される物質

図1. コールタール分留成分より製造される物質

生産されたコールタールを原料として蒸留をすることにより、タール分留製品の製造も行われています。分留成分のうち、比較的軽質な留分であるタール軽油は、BTX (ベンゼントルエンキシレン) やスチレンモノマーに使用される物質です。

カルボル油およびナフタリン油はフェノールクレゾールなどに使用されます。アントラセン油はカーボンブラック (炭素微粒子) に、ピッチはピッチコークスにそれぞれ使用されます。

コールタールの性質

コールタールの主成分

図2. コールタールの主成分

コールタールの主成分は多環芳香族炭化水素です。主な化合物と含有率は下記の通りです。

  • ナフタレン: 5%–15%
  • ベンゼン: 0.3%–1%
  • フェノール: 0.5%–1.5%
  • ベンゾ[a]ピレン: 1%–3%
  • フェナントレン: 3%–8%

外観は茶褐色あるいは黒色で、粘性の高い液体です。ナフタレン様の特異臭を呈します。比重は1.18-1.23です。 水に微溶であり、ほとんどがベンゼン、ニトロベンゼンに溶解します。

また、一部のアルコール等や苛性ソーダ溶液にも部分的に可溶です。

コールタールの種類

コールタールは、各種鉄鋼製品の防蝕剤、木材の防腐剤、研究開発用試薬製品として販売されています。

防錆防食材としては16 kg、2.5 kgなどの容量で提供されている製品です。研究開発用製品としては100 mL、500 mLなどの容量があります。

また、コールタールは蒸留法により分留されてタール分留品としても販売されています。主なものとその用途は次の通りです。

  • ピッチ: 電極用バインダー
  • クレオソート油: 防腐剤、塗料
  • ナフタリン: 染料、顔料
  • タール酸: 樹脂原料、顔料

コールタールのその他情報

1. コールタールの安定性及び反応性

コールタールは通常の取り扱い環境下においては安定ですが、酸化性物質等と反応します。保管の際は酸化性物質との接触を避けることが必要です。

また、燃焼により黒煙、一酸化炭素、二酸化炭素などの有害物質が発生します。

2. コールタールの安全性

コールタールの有害性

図3. コールタールの有害性

コールタールは、人体への有害性が確認されている物質です。具体的には、発がん性、 経口摂取による有害性、軽度の皮膚刺激、アレルギー性皮膚反応の可能性、重篤な眼の損傷、遺伝性疾患を引き起こす可能性、神経系の障害、呼吸器への刺激などが挙げられます。

IARC発がん性リストではグループ1 (発癌性あり) に分類されている物質です。なお、コールタールは世界で最初に確認された発癌性物質と言われています。1916年、山極勝三郎と市川厚一は家ウサギの耳にコールタールを塗擦する実験を行い皮膚がんの発生を確認しました。

この実験は、世界ではじめての化学物質による人工での癌の発生例として知られています。

参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0722.html

ケノデオキシコール酸

ケノデオキシコール酸とは

ケノデオキシコール酸 (英: Chenodeoxycholic acid) とは、鳥類や哺乳類、魚類などの肝臓で生成される脂肪酸の1種です。

IUPAC名は、3α,7α-Dihydroxy-5β-cholan-24-oic acid、または(4R) -4- [ (3R,5S,7R,8R,9S,10S,13R,14S,17R) -3,7-dihydroxy-10,13-dimethyl-2,3,4,5,6,7,8,9,11,12,14,15,16,17-tetradecahydro-1H-cyclopenta [a] phenanthren-17-yl] pentanoic acidです。別名として、ケノジオール (英: Chenodiol) やケニックス (英: Chenix) とも呼ばれます。略称はCDCAです。

ケノデオキシコール酸はアヒルから初めて単離されたことから、ギリシャ語でアヒルを意味する「ケノ」という単語が名称に含まれています。

ケノデオキシコール酸の使用用途

1. 利胆剤

ケノデオキシコール酸は、胆石を溶かす薬として用いられています。ケノデオキシコール酸は肝臓で合成される重要な胆汁酸で、胆汁成分の1種です。

コレステロールを原料として肝臓内で合成され、腸に排出された後は、腸内細菌によりリトコール酸とウルソデオキシコール酸に変換されます。胆汁は脂肪やたんぱく質などの消化を促し、胆汁の流れが滞ると胆汁の成分が固まり、胆石が生成しやすくなるとされています。

ケノデオキシコール酸を投与すると、腸で吸収された後に肝臓から胆汁として分泌されるため、滞っていた胆汁の分泌が促進され、胆石を溶かすことが可能です。ただし、ケノデオキシコール酸は小さめのコレステロール系胆石の溶解に適し、大きめの胆石や石灰化したものには向きません。

下痢や吐き気、顔のむくみ、肝機能異常、発疹などが主な副作用です。副作用の症状がひどい場合は、早めに医師の診断を受けてください。また、糖尿病の薬やコレステロール低下薬など、飲み合わせに注意が必要な薬がいくつかあります。使用の際は、薬剤師とよく相談してください。

2. 脳腱黄色腫症治療薬

ケノデオキシコール酸は、脳腱黄色腫症に対し早期服用でコレスタノール値が改善するとの報告があります。脳腱黄色腫症とは、指定難病の1種です。アキレス腱が厚くなったり、進行性の知能低下や歩行障害などの症状が見られたりします。

ケノデオキシコール酸の性質

化学式はC24H40O4で表され、分子量は392.57です。CAS番号は474-25-9で登録されています。

ケノデオキシコール酸は融点165〜167°Cで、常温で白色の結晶性粉末の固体です。エタノールアセトン酢酸に溶け、水へは20°Cで89.9mg/Lとあまり溶けません。

ケノデオキシコール酸のその他情報

1. ケノデオキシコール酸の製造法

コール酸 (3α,7α,12α-トリヒドロキシコール酸) のカルボン酸をメチルエステル化し、無水酢酸を用いて3α位と7α位の水酸基をアセチル保護します。12α位の水酸基をクロム酸で酸化してカルボニルとした後、ウォルフ・キッシュナー還元反応 (英: Wolff-kichner Reduction) でカルボニル基を除去、メチルエステルの加水分解とアセチルの脱保護によりケノデオキシコール酸が得られます。

ウォルフ・キッシュナー還元反応とは、アルデヒドやケトンなどのカルボニル基に対し、塩基性条件下でヒドラジンを作用させることでメチレン基へと変換する方法です。また、ブタの胆汁からケノデオキシコール酸を分離精製する方法も可能です。

2. 取り扱い及び保管上の注意

取り扱い時の対策
強酸化剤は、ケノデオキシコール酸の混触危険物質です。取り扱い時および保管時に接触させないよう注意してください。

取り扱う際は、ゴーグルなどの側板付きの保護メガネと保護手袋、長袖の保護衣を着用し、ドラフトチャンバー内で使用します。取り扱い後は、よく手を洗ってください。

火災の場合
燃焼により、一酸化炭素や二酸化炭素などの刺激性で有毒なガスと蒸気を放出するおそれがあります。消火には、水スプレー (水噴霧) や二酸化炭素(CO2)、泡、粉末消火剤、砂を用いてください。

皮膚に付着した場合
ケノデオキシコール酸は、皮膚刺激性を持ちます。皮膚に付いた際は、流水と石鹸でしっかり洗います。汚染された衣類は脱いで、再利用前には必ず洗濯してください。皮膚に炎症が出た場合は医師の診断、処置を受けてください。

保管する場合
ケノデオキシコール酸は、光により変質する恐れがあります。容器は遮光して密閉し、直射日光を避けた、歓喜の良いなるべく涼しい場所に保管してください。保管場所は施錠します。

参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0103-2541JGHEJP.pdf
https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/compound/Chenodeoxycholic-acid
https://www.nanbyou.or.jp/entry/4618

ケテン

ケテンとは

ケテンとはCH2CO という化学式で表される有機化合物です。また、水素原子の代わりに別の原子団が結合したものも含めてケテンと呼ぶことがあり、水素原子が結合したものを限定して指す場合にはケテン単量体と呼ぶことがあります。

水素原子のうち一つのみが他の置換基により置換されたものをアルドケテン、水素原子が二つとも置換されたものをケトケテンと呼びます。

ケテンは常温で気体の刺激性のある物質で、アルドケテンは無色、ケトケテンは黄色です。

ケテンの使用用途

ケテン単量体は非常に反応性が高く、水やアルコール、酢酸など様々な物質と反応します。

ケテンから得られる物質で工業的重要性が高いのがデヒドロ酢酸です。デヒドロ酢酸の工業的製法ではケテンの単量体が用いられています。デヒドロ酢酸は細菌やカビ、酵母などをある程度殺すことができるため、化粧品や食料品に油溶性の防腐剤として添加されるほか、白癬症の治療薬にも用いられています。

また、デヒドロ酢酸のナトリウム塩は保存料としても用いられています。

ケイ酸マグネシウム

ケイ酸マグネシウムとは

ケイ酸マグネシウムとは酸化マグネシウム、ケイ酸、水の混合物の総称で、様々な組成のものが存在します。天然には滑石や苦土カンラン石、頑火輝石など様々な鉱物が存在しています。

苦土カンラン石はオルトケイ酸マグネシウム、頑火輝石はメタケイ酸マグネシウムと呼ばれるケイ酸マグネシウムでできており、それぞれ結晶の形など性質に違いがあります。

オルトケイ酸マグネシウムやメタケイ酸マグネシウムはケイ酸や酸化マグネシウムを加熱融合させることで人工的に合成することも可能です。

ケイ酸マグネシウムの使用用途

オルトケイ酸マグネシウムは高炉スラグの原料として使用されています。

蛇紋石として天然に存在する二ケイ酸三マグネシウムは発がん性を有するため労働安全衛生法において製造が禁止されています。

三ケイ酸二マグネシウムは天然には海泡石として存在し、人工的には硫酸マグネシウムケイ酸ナトリウムを用いて合成されます。三ケイ酸二マグネシウムは制酸剤や医薬品添加物として使用されるほか、カラムクロマトグラフィーにも利用されています。