チオフェノールとは
チオフェノールとは、ベンゼン環上の1つの水素をチオール基 (-SH) で置換した構造の液体です。
芳香族化合物の1種で「ベンゼンチオール」や「フェニルメルカプタン」「メルカプトベンゼン」とも呼ばれています。常温で無色透明または淡黄色の液体で腐った卵のような特徴的な臭気をもちます。水には不溶ですが、エタノールおよびアセトンによく溶けます。
毒物及び劇物取締法では毒物に指定されており、短期間の暴露でも強い眼刺激や皮膚刺激などを引き起こす恐れがあるため、取り扱う際は十分な注意が必要です。
消防法では第4類第2石油類非水溶性液体、PRTR法では第1種指定化学物質に該当します。有機則は非該当です。
チオフェノールの使用用途
チオフェノールの主な用途は、医薬品、農薬用原料、有機合成中間体、重合防止剤、酸化防止剤です。ほかの化学物質の原料になることが多く、人工光合成の研究における電子源やプロトン源として使用されることもあります。
チオフェノールの具体的な用途としては、以下の様な例が挙げられます。
1. 求核剤
チオフェノールのチオール基は酸解離定数が比較的小さいことから、求核剤として機能します。この性質を利用することで、保護基の脱保護などが可能になります。例えば、アミンの代表的な保護基であるノシル (Ns) 基は、チオフェノールを求核付加させることで、錯体を形成した後に脱保護できることが知られています。
2. 脱離基
チオフェノールは脱離基としても機能します。主に、糖同士または糖と糖以外の有機化合物を連結させる反応 (グリコシル化) が例として挙げられます。
糖の1位部分にチオフェノールを求核付加させた化合物に対して、N-ヨードスクシンイミド (NIS) およびトリフルオロメタンスルホン酸 (TfOH) を作用させると、チオフェノールの脱離能が大幅に向上します。その結果、水酸基をもつ化合物が求核反応にすることでチオフェノールが速やかに脱離し、異なる2つの化合物を連結させることができます。
3. 光合成の研究における電子源およびプロトン源
酸性度が高いチオフェノールは、電子やプロトンの供給源としても機能します。光合成では、キノンという物質が電子やプロトンを受け取ることでヒドロキシキノンという物質に変換されることが重要であることが確認されています。
光合成の研究では、チオフェノールが電子やプロトンを放出するとジフェニルジスルフィドを形成することを利用することで、反応の進行度合いや反応機構を調べることが出来ます。
チオフェノールのその他情報
1. チオフェノールの性質
チオフェノールは腐った卵のような特徴的な臭気をもつので、使用する際はドラフト内で使用することが望ましいです。また、次亜塩素酸で処理することで臭いを消すことも可能なので、チオフェノールが付着したガラス器具や実験装置等は、次亜塩素酸で洗浄することをおすすめします。
チオフェノールの酸解離定数は、チオフェノールの硫黄原子を酸素原子に置換した化合物であるフェノールの酸解離定数よりも低く、比較的脱プロトン化しやすい傾向があります。
光や酸、熱などに晒されると容易に分解が進行し、一酸化炭素、二酸化炭素、硫黄酸化物(SOx)が生成してしまい危険です。場合によってはジフェニルジスルフィドを形成してしまうおそれもあるため、保管する際は遮光した上で容器内を不活性化ガスで置換することが望ましいです。
2. チオフェノールの製造方法
チオフェノールには主に「Freunderberg-Schonberg (フロインターベルク・シェーンベルク) 反応」によって合成されます。これは原料であるフェノールをチオカルバメート化またはチオカーボネート化した後に、熱転位によってフェノール由来の酸素原子を硫黄原子に置換し、最後にアルカリ加水分解することでチオフェノールを合成するという手法です。本反応はフェノールの芳香環上の水素原子が他の置換基になっている場合でも用いることが出来ます。
また工業製品の場合は、引火点を下げるために二硫化炭素が混ざっていることもあります。
参考文献
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0038.html
https://www.nite.go.jp/chem/chrip/chrip_search/cmpInfDsp