イタコン酸とは
イタコン酸とは、脂肪族ジカルボン酸の一つで、メサコン酸およびシトラコン酸の異性体です。
特異な匂いをもつ吸湿性の無色の結晶であり、別名メチレンコハク酸とも呼ばれます。水によく溶ける性質をもっています。また、エタノールには可溶ですが、ベンゼンやクロロホルム、エーテル等には難溶です。
真菌類が生産する炭素数5からなるジカルボン酸で、ビニリデン基 (エキソメチレン基) を有する特殊な分子構造を有します。このためメチレンコハク酸とも呼ばれています。CAS番号はNo.97-65-4です。
イタコン酸の使用用途
イタコン酸は、下記のような様々な用途に使用されています。
1. 高分子原料
イタコン酸が持つ二重結合はラジカル重合を引き起こします。また、ジカルボン酸なのでジオール化合物とともに重合しポリエステルに変換されます。イタコン酸エステルと他のモノマーとの共重合は多くの会社により商品化されています。
高分子にイタコン酸エステルを添加することにより、光安定性、表面硬度、耐熱性、内部可塑性、接着性、耐溶剤性、防水性などの改善が見られます。イタコン酸エステルはアクリル酸エステルと同様、ぺイントベース、紙、皮革コーテング、繊維加工、接着剤ワックスベース、合成ゴム、接着剤などとして広く利用されています。またイオン交換樹脂、ABS樹脂、AS樹脂 (アクリロニトリルースチレン共重合) などにも用いられています。
2. 食品添加物、農薬など
イタコン酸は食品添加物であり、その使用は厚生労働省から認められています。酸味料およびpH調整剤として使用されます。
りんご用摘花剤、植物成長調整剤としての農薬としても使用されます。頂芽中心花の受粉完了後に散布することで、花粉管伸長阻害または有機酸による柱頭の焼けによる受精阻害を引き起こし、摘花効果を示すものと考えられています。
ほかにも印刷用のインキや歯科用セメント、工業用セメントの原料など安全性の高い物質として評価されています。
イタコン酸の性質
イタコン酸は、特異な匂いを有する吸湿性の無色結晶です。融点は164〜168℃ (分解) です。水によく溶け、エタノールに可溶、ベンゼンやクロロホルム、エーテル等にはわずかに溶けます。
イタコン酸のその他情報
1. 取扱上の注意
イタコン酸は極めて安全な化合物ですが、毒物および劇物取締法で劇物に指定されています。酸性物質であるため、取扱時には、必ず保護具 (手袋・眼鏡・マスクなど) を着用します。アルカリ性物質と一緒に保管せず、換気が良く涼しい場所で保管することが大切です。
3. 抗炎症作用について
最近、イタコン酸自身に抗炎症作用があることが発見されました。また、分子内にイタコン酸の分子骨格を持つプロトリケステリン酸、スポロスリオリド、エピエチソリドなどの化合物が抗菌活性、抗酸化活性、抗炎症活性、抗腫瘍活性、植物生長調節活性など多様な生理活性を示すことが判明しています。
これらの活性はα、β-不飽和カルボニル構造に由来するものと推定されていますが、詳しくはわかっていません。このようにイタコン酸の分子骨格を有する化合物やイタコン酸誘導体は医薬品原料として有望視されています。
3. イタコン酸によるSDGs
高分子の原料はほとんど石油であるため、資源の枯渇、CO2濃度増加、地球温暖化の深刻化が懸念されています。例えばポリスチレンはエチルベンゼンから合成されるスチレンを重合させたもので、エチルベンゼンは石油から生産されます。石油由来の高分子を生産することは、持続可能な経済活動 (SDGs) に反すると考えられています。
これに対しCO2を大気中から取り込みながら成長する植物資源を原料として高分子が合成できれば、CO2の循環による地球温暖化を抑制が期待できるため、高分子ポリマー (バイオマス利用ポリマー) が注目されています。
イタコン酸は植物資源を利用する発酵法により得られるバイオマスの1つであり、バイオマス利用ポリマーの代表格です。米国エネルギー省が提案した12種類のバイオベース由来の基幹化学物質の1つでもあります。現在はイタコン酸などのバイオマスを原料とする高分子の研究やイタコン酸を産生する微生物の研究が盛んです。