析出硬化系ステンレスとは
析出硬化系ステンレスとは、高強度や耐食性が求められる環境において使用されることが多いステンレス鋼の一種です。
析出硬化系ステンレス鋼に含まれるクロム、ニッケル、マンガンなどの合金元素は、ステンレス鋼の耐食性、強度、耐摩耗性を向上させる役割を果たしています。高温下での硬化処理によって非常に高い強度と耐食性を発揮できます。ステンレス鋼の結晶構造が変化し、特殊な強化相が析出するため強度が向上します。
析出硬化系ステンレスの使用用途
1. 原子力発電所
制御棒、核燃料棒、冷却材管などの部品が挙げられます。
制御棒とは、原子炉内の核分裂反応を制御するための部品であり、棒状で長さ数メートル程度です。核燃料棒とは、原子炉内で核分裂反応を起こし、熱エネルギーを発生させるための部品であり、通常は円筒形状をしています。冷却材管とは、原子炉内で発生した熱を冷却するための管状の部品です。
2. 医療機器
人工関節、外科用器具、心臓ペースメーカー、歯科インプラントなどの部品が挙げられます。
3. 石油・ガス産業
海底油田掘削装置、パイプライン、石油精製プラントの設備部品などが挙げられます (例: バルブや配管など) 。
4. 自動車産業
高性能エンジン部品、サスペンション、車体部品などが挙げられます (例: クランクシャフト、カムシャフトなど) 。自動車のクランクシャフトとは、内燃機関においてピストンの上下運動を回転運動に変換する部品の1つです。自動車のカムシャフトは、内燃機関においてバルブの開閉タイミングを制御する部品の1つです。
5. 電子機器産業
高精度計測機器、半導体製造装置の部品などが挙げられます。 (例: センサーやガス分配弁など)
ガス分配弁は、半導体製造装置において高純度ガスを配管から供給するために使用されます。センサーは高精度計測機器や半導体製造装置において、温度や圧力、流量などのパラメーターを計測するために使用されます。
析出硬化系ステンレスの種類
JIS (日本産業規格) では、析出硬化系ステンレスとして、SUS630とSUS631の2種類が規定されています。どちらも固溶化熱処理後に析出硬化熱処理を行っています。
SUS630は、主にクロム、ニッケル、および少量の銅を含む鋼種であり、リッチン化処理により硬化が促進されます。リッチン化処理により、銅が析出して結晶粒界を強化することで硬化します。
リッチン化処理とは、析出硬化系ステンレス鋼の熱処理の一種であり、固溶化熱処理後に実施する工程です。リッチン化処理により、鋼中に含まれる特定の合金元素が析出して、結晶粒界などの欠陥部分に集積し、結晶粒の強化や硬化を促進できます。
SUS631の熱処理では、アルミニウムを添加して硬度を向上できます。理由は、アルミニウムが析出して結晶粒界を強化することで硬化するためです。
析出硬化系ステンレスの性質
析出硬化系ステンレス鋼の主な性質は以下の通りです。
1. 強度
析出硬化系ステンレスは高い強度を持つ材料です。理由は、析出硬化処理によって微細な析出物が形成され、結晶粒が細かくなることで結晶粒界の面積が増加し、強度が向上するからです。また、微細な析出物が結晶粒界に分布することにより、粒界強化効果が現れ、疲労寿命も向上します。
粒界は、材料内部の欠陥や非晶質領域を含むため、強度が低下する傾向があります。しかし、析出硬化系ステンレス鋼のように、微細な析出物が結晶粒界に分布することによって、粒界の強度が向上し、結晶粒界を固め、粒界での滑りや移動を妨げることで強度を向上させます。
2. 耐食性
析出硬化系ステンレス鋼は腐食に強い材料です。理由は、含有量が多いクロムによる酸化膜の形成と、合金化元素による腐食に対する耐性があるためです。クロム、ニッケル、マンガンなどの合金化元素は、鋼材表面を保護することで腐食を防止する効果があります。したがって、析出硬化系ステンレス鋼は、一般的なステンレス鋼と同様に腐食に強い性質を持っているのが特徴です。
3. 焼き入れ性
析出硬化系ステンレス鋼は、一般的に優れた焼き入れ性を持つ材料です。理由は、析出硬化系ステンレス鋼は、熱処理によって析出硬化物を形成できるためです。
析出硬化系ステンレス鋼は、高温での固溶化処理 (オーステナイト化) を行い、その後、急冷して析出硬化物を形成します。固溶化処理により、鋼材の組織が変化し、硬度や強度が向上します。
4. 耐熱性
析出硬化系ステンレス鋼は、耐熱性に優れた材料です。理由は、高いクロム含有量や合金化元素の影響によって酸化膜が形成され、鋼材表面が保護されることに加え、析出硬化処理によって形成される微細な析出物が高温下でも鋼材の強度を保てるためです。また、結晶粒界に分布する析出物によって、粒界の強度が向上することで、高温下でも鋼材の強度を維持できます。
5. 耐疲労性
析出硬化系ステンレス鋼は、高い強度と優れた耐食性を持つ鋼材です。理由は「高い強度」、「優れた耐食性」、「緻密な結晶構造」、「優れた熱処理性能」によるもので、以下の通りです。
高い強度から疲労による変形が少なく、疲労寿命が延びます。ステンレス鋼は一般的に耐食性が高く、疲労亀裂の発生を抑制できます。冷却速度を遅くすることで緻密な結晶構造を持ち、疲労亀裂の発生が抑制され、疲労強度が向上します。また、熱処理によって微細な析出物が形成されるため、疲労強度が向上します。
析出硬化系ステンレスのその他情報
1. 溶接性
析出硬化系ステンレス鋼は一般的に溶接が可能ですが、焼け付きや溶接欠陥が発生する可能性があることに注意が必要です。よって、適切な溶接条件とともに、焼入れ処理や予熱などのが必要です。また、粒界付近に微細な析出物が存在するため、溶接によって粒界脆化が起こる可能性があることも留意すべき点です。
2. 磁性
SUS630、SUS631は磁性のある材料です。固溶化熱処理状態では、SUS630、SUS631は非磁性です。しかし、析出硬化処理後では、SUS630、SUS631は強い磁性を示します。理由は、材料中に微小な磁気的な領域が形成されるためです。
析出硬化処理によって材料中に析出物が形成され、析出物の中に微小な磁気的な領域が含まれることが磁性の原因です。この領域は、材料中の一部分であり、個々の領域は微小ですが、領域の数が増えると、材料全体として磁性を帯びるようになります。
3. 加工が困難
析出硬化系ステンレス鋼は高い硬度や強度を持つため、一般的なステンレス鋼に比べて加工が困難な場合があります。ただし、加工方法や条件を適切に選定することで、加工性を向上できます。