ベンジルとは
ベンジルとは、黄色の結晶または結晶性粉末の有機化合物です。
ベンジルは取り扱いや保管に関する一般的な規制が適用される場合があり、安全な取り扱いが推奨されます。そのためガラス容器を使用し、直射日光を避けて換気の良い涼しい場所に密閉して保存することが望ましいです。
また、ベンジルは比較的安定した物質ですが、光や酸化剤の影響を受けやすいため適切な保存が必要です。さらに他の有機化合物と反応しやすいため、合成化学においても有用な中間体として使用されることが多くあります。
ベンジルの使用用途
ベンジルの主な使用用途は以下のとおりです。
1. 光増感剤
ベンジルは光硬化性樹脂の光増感剤として利用されます。光増感剤とは、特定の波長の光に対する感度を向上させる物質です。
写真材料の分野では「光学増感剤」と「化学増感剤」の2種類に分けられます。光学増感剤は特定の波長以外の光にも反応できるようにする役割を持ち、化学増感剤は光の感度を高める働きをします。
2. 医薬品分野
ベンジルは医薬品分野において中間体として利用されるほか、重合反応の開始剤としても使用されます。そのため、医薬品や高分子材料の製造過程において不可欠な成分として広く活用されています。
3. 電子材料分野
電子材料分野においても注目されているのがベンジルです。特定の条件下で光応答特性を示すため、有機エレクトロニクスやフォトレジスト材料の開発に利用される可能性があります。
ベンジルの性質
ベンジルは密度1.23 g/cm³の固体です。エタノールやエーテルに溶けるものの、水には溶けません。また以下のような物理的特性を持ちます。
- 融点: 94〜97℃
- 沸点: 346〜348℃
- 引火点: 180℃
- 化学式: C6H5COCOC6H5
- 分子量: 210.23
- CAS登録番号: 134-81-6
ベンジルは比較的安定した化合物ですが、高温や強い酸・塩基の存在下では化学反応を起こしやすくなります。そのため取り扱いには注意が必要です。また光や酸化剤によって徐々に分解が進むこともあり、適切な保存が求められます。
ベンジルの構造
ベンジル (英: benzil) は芳香族のジケトン化合物であり、以下のような別名を持ちます。
- ジベンゾイル (英: dibenzoyl)
- ビベンゾイル (英: bibenzoyl)
- ジフェニルグリオキサール (英: diphenylglyoxal)
構造式はC6H5-C(=O)-C(=O)-C6H5で表されます。分子内には2つのカルボニル基 (-C=O) が存在し、それぞれがフェニル基 (C6H5) に結合しています。極性を持ち、特定の化学反応において選択的に働く性質を持つことが、ベンジルの構造から分かります。
1. ベンジルの合成法

図1. ベンジルの合成
ベンズアルデヒド (英: benzaldehyde) をベンゾイン縮合 (英: benzoin condensation) と合成して得られるのがベンジルです。まず、触媒としてシアン化物イオンを用いて芳香族アルデヒドを二量化し、α-ヒドロキシケトンであるベンゾイン (英: benzoin) を生成します。その後、硝酸や硫酸銅 (II) を用いた酸化によってベンジルが得られます。
実験室レベルでは、酸化剤として硝酸銀 (英: silver nitrate) やフェリシアン化カリウム (英: potassium ferricyanide) も利用されることがあります。反応条件を工夫することで、収率を向上させることが可能です。
2. ベンジルの反応
ベンジルに強塩基を作用させると、フェニル基の転位が起こり、ベンジル酸の塩が生成します。この反応は「ベンジル酸転位」と呼ばれ、有機化学における重要な転位反応の一つです。
また、ベンジルは還元反応によってベンジルアルコール (英: benzyl alcohol) に変換されることもあります。還元剤としては水素化ホウ素ナトリウム (英: sodium borohydride) やリチウムアルミニウムヒドリド (英: lithium aluminium hydride) などが使用されます。
3. ベンジル酸転位

図2. ベンジルを用いたベンジル酸転位
ベンジル酸転位 (英: benzilic acid rearrangement) は、水酸化カリウムをベンジルに作用させることで起こる反応です。この際、フェニル基が1,2-転位を起こし、最終的にベンジル酸のカリウム塩を生成します。この反応はユストゥス・フォン・リービッヒ (英: Justus Freiherr von Liebig) によって発見されました。
また、脂肪族の1,2-ジケトンを基質とし、α-ヒドロキシカルボン酸を合成する例も知られています。実験的には、反応条件を最適化することで目的化合物の選択的合成が可能になります。
4. ベンジル酸転位のメカニズム

図3. ベンジル酸転位のメカニズム
量子化学計算の結果によって支持されている機構は、上図の通りです。まず反応は、1のカルボニル基に対して、ヒドロキシドアニオンの付加によって開始します。
付加体2から3への軸回転後に起きる、4へのR基の1,2-転位は協奏的です。溶媒の水と4の間で、プロトンの移動を起こして、5になります。酸で処理した段階で、6が生成します。
5. ベンジルの関連化合物
ベンジル基 (英: benzyl group) 構造はC6H5CH2-であり、トルエンからメチル基の水素1個を除いた構造です。ベンジルと名前が似ていますが、全く異なります。ベンジル酸 (英: benzilic acid) も水酸化カリウムとアルコールの混合物を、ベンジルとともに熱することで作られる化合物です。
参考文献
https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0102-0815JGHEJP.pdf