窒化熱処理

窒化熱処理とは

窒化熱処理とは、金属の表面だけに窒素を浸透させることによって、表面硬さや耐摩耗性、耐腐食性を向上させることを目的とした熱処理技術です。

主に鉄や鋼、合金鋼、ステンレス鋼などの材料に用いられ、表面硬化によって耐久性が求められる部品に用いられています。窒化熱処理のプロセスでは、対象部品を窒素を含んだ雰囲気中で加熱し、窒素が部品の表面と浅い層に浸透することによって、表面を強化することが可能です。

窒化熱処理は、素材の化学的組成や微細構造を変えずに、表面だけを硬化させる「表面改質処理」の一つです。表面硬さの向上に加えて、腐食や酸化に対する耐性を持たせることができるので、産業機械や自動車部品、航空機部品など幅広い分野で利用されています。また、他の熱処理に比べると比較的低い温度で行われるため、部品の変形が少なく精度を保持しやすいというメリットもあります。

窒化熱処理の使用用途

1.自動車部品

自動車のエンジン、トランスミッション、ギア、カムシャフトなど、強度と耐摩耗性が重要な部品に使用されます。窒化熱処理を施すことは、エンジン内部の高温・高圧環境でも部品が劣化しにくくするための重要な技術です。

2.航空宇宙部品

高温や高圧環境にさらされる航空機エンジン部品や燃料ポンプ、タービンブレードなどにも窒化熱処理が施されます。これにより、部品の強度や耐摩耗性が向上し、安全性と耐久性が求められる航空機の運用に貢献します。

3.機械部品

窒化熱処理は産業機械のシャフトやギア、ベアリングなどにも適用され、長寿命とメンテナンスフリーに貢献する技術です。機械の長寿命化によって生産性が向上し、メンテナンスコストの削減が期待できます。

4.金型や工具

金属加工やプラスチック成形に使用される金型や工具も、窒化熱処理によって耐摩耗性と腐食抵抗性が向上し、寿命が延びます。窒化熱処理によって工具の交換頻度が減り、生産コストの削減にもつながる技術です。

窒化熱処理の原理

窒化熱処理によって処理された部品の機能が向上するのは、部品の表面だけに窒素が侵入することです。熱処理の中でも、材料の表面だけが変化する表面熱処理には、物理的な処理と化学的な処理があり、窒化熱処理は化学的な処理に該当します。物理的な処理は焼ならしや焼き鈍しです。窒化熱処理では窒素の原子が母材の中に侵入しますが、窒素原子は母材の原子の隙間に侵入する「侵入型固溶体」です。他には、侵入する原子が母材の原子に置き換わる「置換型固溶体」があります。

窒素が母材に侵入拡散すると、化学反応が生じます。最表面では化学物層が5~20μm程度の厚さで形成されます。金属組織観察をすると白く見えることから、「白層」と呼ばれます。とても硬い層で、マイクロビッカース試験では1000~1200HVになる層です。

化学物層の下には拡散層が0.1~0.5mmほどの厚さで形成されます。窒素は母材の中にあるAl、Cr、Moなどの元素と化合物を作り、拡散層の中に析出しますが、鉄の格子に歪みを生じさせます。鉄の結晶格子に生じる歪みが、部品の表面を硬くする原理です。

窒化熱処理の種類

窒化熱処理には、さまざまな方法があります。代表的なものとして以下の3種類が挙げられます。

1.ガス窒化熱処理

ガス窒化熱処理は、アンモニアガス (NH3) を主な窒素供給源として使用する方法です。580℃前後に加熱された部品をアンモニアガス中で保持することにより、窒素が材料表面に浸透し、表面だけに窒化層が形成されます。ガス窒化熱処理は、コントロール性が高く、均一な窒化層が得られるため、広く使用されている技術です。また、ガス窒化は複雑な形状の部品にも対応しやすいという利点があります。

2.イオン窒化熱処理 (プラズマ窒化)

イオン窒化熱処理ではプラズマによって窒素イオンを加速し、材料表面に浸透させる方法です。プラズマとは個体、液体、気体に次ぐ物質の第4の状態とも言われるもので、気体からさらに温度が上昇し、原子核の周りを回っていた電子が原子から離れ、正イオンと電子に分かれ他状態を言います。プラズマ窒化は、ガス窒化と比べて低温での処理が可能で、精密な温度管理がしやすく、さらに高硬度の窒化層が形成されます。このため、寸法精度が重要な部品に適しており、自動車や航空宇宙、精密機械の分野で広く活用されています。

3.塩浴窒化熱処理 (ソルトバス窒化)

塩浴窒化熱処理は、塩浴炉に材料を浸して窒化熱処理を行う方法です。塩浴にはシアン化物などの塩化物が含まれ、材料が加熱されることで窒素が表面だけに浸透します。この方法は処理時間が短く、硬化速度が早いことが特長です。この処理は、「タフトライド処理」と呼ばれることもあります。