塩酸とは
塩酸 (英: Hydrochloric acid) とは、化学式HClで表される塩化水素の水溶液で、強酸性の無色の液体です。
CAS登録番号は7647-01-0です。塩酸は、塩化水素を水に溶解することで得られます。工業的製法として、食塩水の電解により発生する水素と塩素を反応させ、その際に生じた塩素水素を水に吸収させて塩酸を得るという方法が一般的です。
塩酸は、ヒトを含めたほとんどの動物の胃液の主成分として自然界に存在しています。胃内部を酸性にすることで微生物による感染症を防いだり、タンパク質を消化しやすいように変性したりする役割を担っています。
塩酸の使用用途
塩酸の主な使用用途として、pH調整剤や実験用試薬、食品添加物が挙げられます。また、鋼や鉄の酸洗浄剤としての利用も重要な用途の1つです。
1. pH調整剤
塩酸は強酸であるため、溶液に添加することでその溶液のpHを調整することができます。医薬品や食品の製造工程、排水やプールなどさまざまな分野でpH調整剤として用いられています。
2. 実験用試薬
塩酸は強酸の中では比較的安全で、化学的な安定性も高く、かつ安価であるため実験室で多く使用されている酸性試薬です。
実験室では、pH調整以外にも塩基量を決定するための滴定試薬として使用されています。
3. 食品添加物
食品添加物としてデンプンの糖化やアルカリ性の中和、さらに清酒のもろみの雑菌増殖の防止などに使用されています。厚生労働大臣から「指定添加物」として指定されており、食品添加物として安全性と有効性が確認されています。
4. 鋼や鉄の酸洗浄剤
金属加工に欠かせない酸洗い (酸洗処理) で使用されています。熱処理された金属の表面にはスケール (酸化被膜) や汚れが存在しているので、メッキ加工など表面処理の前には表面を洗浄する必要があります。塩酸以外の酸として、硫酸が用いられることがあります。
5. その他
その他、家庭用クリーニング液やれんがのモルタルの洗浄、イオン交換樹脂の再生、医薬品の製造など、幅広い用途に用いられています。身近な一般生活用品では、トイレ用洗剤に配合されており、黄ばみの原因となる尿石 (カルシウム塩) を除去することができます。
KClO + 2HCl → KCl + H2O + Cl2
塩酸 (HCl水溶液) を含むトイレ用洗剤と、次亜塩素酸カリウム (KClO) 漂白剤などを混合すると人体に有毒な塩素ガス (Cl2) が発生するので注意が必要です。
塩酸の性質
1. 塩酸の濃度
塩酸は強い刺激臭があり、濃塩酸は白煙を発生させます。濃塩酸として市販されているものは35?37 %が一般的であり、10 %を超える塩酸は劇物に指定されています。
塩酸の濃度と密度の関係は次の通りです。(塩化水素の分子量:36.46)
濃度 (質量分率%) |
モル濃度 (mol/L) |
密度 (20℃) (g/mL) |
1 |
0.28 |
1.00 |
5 |
1.4 |
1.02 |
10 |
2.9 |
1.05 |
15 |
4.4 |
1.07 |
20 |
6.0 |
1.10 |
25 |
7.7 |
1.12 |
30 |
9.5 |
1.15 |
35 |
11.3 |
1.17 |
37 |
12.0 |
1.18 |
上記表より、1規定塩酸 (1mol/L塩酸) を調製したい場合、濃塩酸を約12倍に希釈することで得られます。(例: 濃塩酸約8.3mLを100mLにする)
2. 塩酸の金属腐食性
塩酸には金属腐食性があり、イオン化傾向が水素よりも高い金属は塩酸によって腐食されます。イオン化傾向が水素よりも高い主な金属は、鉄・亜鉛・アルミニウムなどです。
鉄とニッケルの合金であるステンレスは、組成や使用条件によっては塩酸によって腐食される可能性があります。塩酸の保管の際に推奨される容器の素材には、ガラスやポリエチレンなどがあります。
また、濃塩酸と濃硝酸を体積比3 : 1で混合した溶液は王水と呼ばれ、金や白金など通常では腐食しにくい貴金属を溶解可能です。王水は、化学分析での容器洗浄などに用いられます。
塩酸のその他情報
1. 塩酸の危険性
塩酸の危険性は下記のとおりです。
- 急性毒性 (経口)
区分3: 飲み込むと有毒 - 急性毒性 (吸入)
区分2: 吸入すると生命に危険 - 皮膚腐食性/刺激性
区分1: 重篤な皮膚の薬傷・眼の損傷 - 眼に対する重篤な損傷性/眼刺激性
区分1: 重篤な皮膚の薬傷・眼の損傷 - 呼吸器感作性
区分1:アレルギー性皮膚反応を起こすおそれ - 特定標的臓器毒性 (単回ばく露)
区分1 (呼吸器系): 臓器の障害 - 特定標的臓器毒性 (反復ばく露)
区分1 (歯、呼吸器系): 長期にわたる反復ばく露による臓器の障害
塩酸は皮膚や眼に触れると重篤な損傷を与える恐れがあります。使用の際には必ず保護手袋や保護めがねなど、適切な保護具の着用が必要です。塩酸から発生する塩化水素の蒸気は気道に損傷を与える恐れがあるので、局所排気設備の元で使用します。
また、塩酸は歯を腐食します。労働安全衛生法において、「事業者は歯に影響を与える有害物質を取り扱う業務に常時従事する労働者に対し、その業務開始前と6ヶ月に1回、歯科医師による健康診断を行う必要がある」と定められています。
2. 塩酸のグレード
塩酸は食品や医薬品の原料や化学分析など、様々な分野で利用されているため、多様なグレードが販売されている試薬です。
- 1級
- 特級、精密分析用
- ICP分析用、有害金属測定用
- 電子工業用
- 医薬品試験用
- 食品添加物
使用用途によって、求められる純度などが異なってくるので、適切なグレードを選択する必要があります。