酒石酸とは
酒石酸は、化学式C4H6O6で表される、ヒドロキシカルボン酸の1種です。
英語名は「Tartaric acid」、分子量は150.1です。ブタンの2位と3位の炭素に結合する水素を1つずつカルボン酸に変換した構造を持つため、2,3-ジヒドロキシコハク酸とも呼ばれます。酒石酸は1分子中に不斉炭素原子を2つ持っていて、3種類の異性体が存在します。
3種類の異性体はそれぞれL-酒石酸、D-酒石酸、メソ酒石酸と呼ばれ、自然界にはL-酒石酸が最も多いです。また、ラセミ体の酒石酸は別名ブドウ酸とも呼ばれています。
融点はL体およびD体が170℃、メソ体が151℃、L体とD体が1対1の割合で混ざったラセミ体が206℃です。また、CAS番号はD体が147-71-7、L体が87-69-4、ラセミ体が133-37-9、立体不定のものが526-83-0です。
酒石酸の性質
酒石酸は常温では無色の固体で、極性のある溶媒に良く溶けます。ラセミ体は水には溶けにくいですが、L体、D体、メソ体はいずれも水によく溶けます。酒石酸は、まずワインを醸造するときに副成する生酒石に含まれる酒石から合成します。
酒石は酒石酸の塩である酒石酸水素カリウムでできているので、まずここに水酸化カルシウムまたは炭酸カルシウムを加えて半量を酒石酸カルシウムとします。次に塩化カルシウムまたは硫酸カルシウムを加えて全量を酒石酸カルシウムにして、酒石酸カルシウムとして取り出します。ここにやや過剰量の希硫酸を加えて、酒石酸を得るというのが酒石酸の合成法です。
別の合成法として、マレイン酸やフマル酸を過酸化水素水で酸化し、生成したエポキシコハク酸を酵素分解 して、L体の酒石酸を合成する方法があります。また、エポキシコハク酸を加水分解して生成するラセミ体の酒石酸を光学分割してL体の酒石酸を得るという方法もありますが、これらの方法は実用化されていません。
酒石酸の使用用途
酒石酸は、食品添加物として利用される場合が多いです。爽やかな酸味を与える酸味料あるいは調味料として、清涼飲料水、ゼリー、ジャム、ソースなどに用いられます。また、酒石酸の塩である酒石酸水素カリウムや酒石酸ナトリウムは、加熱すると分解して二酸化炭素を放出する性質を利用して、膨張剤にも使用される場合があります。
そのほか、pHの調整や収れん作用を目的に、化粧品に配合されることも多いです。クエン酸やリンゴ酸と合わせてケミカルピーリング溶剤に入れることで、皮膚の古い角質を除去する効果があると言われています。 また、酒石酸は有機合成における原料や触媒としても用いられています。
酒石酸は天然に多量に存在する不斉点をもつ物質なので、入手しやすい不斉触媒として利用されています。なお、不斉触媒とは、有機合成において特定の光学異性体のみを合成したい場合に使用する触媒のことです。
具体的には、シャープレス酸化という反応にこの触媒が利用されています。この反応は、チタンテトラアルコキシドと酒石酸ジアルキルから合成される錯体を触媒として用いることで、アルケンから特定の立体配置を持つエポキシドを合成する方法です。エポキシドは様々な誘導体を合成することにつながる非常に活性の高い物質なので、エポキシドを合成できるこの反応は非常に有用です。
酒石酸のその他情報
1. 酒石酸の由来
酒石酸という名前は、ワイン製造時に生じる酒石に含まれていることに由来しています。酒石に限らず自然界に広く存在していて、特に葡萄に多く含まれています。わずかな苦味と切れ味の良い酸味を有しています。
2. 酒石酸と鏡像異性体
1849年にフランスの化学者、生物学者であるルイ・パスツールは酒石酸の塩の結晶には2種類の形があり、それぞれが鏡像に映した関係にあることを発見しました。さらに、彼は2種類の結晶を分離し、性質を調べたところ逆向きに偏光面を同じだけ回転させることが分かりました。そこから、彼は鏡像異性体という概念を発見したのが、化学界に大きく貢献したきっかけです。